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異世界に導かれし者  作者: NS
第8章 逢魔時の街メーテス
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8-54 受け継ぐ者

「“雷神鎚”!!」



 残像を作りながら現れた殺気を漲らせて鬼気迫る表情のフィーネが、膨大な量の雷属性を纏った戦鎚を薙ぎ払った。


 しかし、背後をとった死角からの高速攻撃だったのにも関わらず、左手を失い腹部に穴が空いたアスタロトは後ろを振り返ることなく、フィーネの視界から煙のように消えた。



(消えた!?)



 前触れもなく、突然消えたアスタロトに驚いたフィーネは一瞬動きを止めてしまう。


 そして、フィーネは背後に気配を感じて自分の肩に何か冷たい手が触れたのに気が付き、背筋が凍るのを感じながらも歯をくいしばって振り返った。



「え?」



 紅く輝く瞳に、迫る真っ白な尖った鋭い歯。


 フィーネは想定外のアスタロトの攻撃に、思考が停止してしまい、一瞬動きを停止させてしまった。



「“リベルタ・ラシー二”!」



 その直前、いち早く危険を察知して魔法を詠唱し始めたリンスィールの足元から植物の根が勢いよく伸びていき、フィーネの身体に巻き付いて引き寄せることで、アスタロトの牙は空を切った。



 ーーパンッ



 フィーネは紅くなった頰に手を当て、驚いて何度も瞬きを繰り返した。


 リンスィールが引き寄せたフィーネの身体を無理矢理自分の方に向け、いきなりフィーネの頰に平手打ちをしたのである。



「しっかりして。気持ちの切り替えが出来てないなら足手まといよ」



 そして、鋭く気迫のこもった眼と真剣なリンスィールの表情で、ようやく我に返ったフィーネは頭を振って自分の両頬を自分で叩いた。



「ごめん、もう大丈夫」


「そう、なら気を抜かないで」



 魁斗を再起不能まで追い込んだ元凶であるアスタロトを憎み、怒りで殺すことしかなかったフィーネはアスタロトの一挙一動を見逃さないよう、集中して見据えていた。


 それからリンスィールはフィーネに目を向けることなく、特殊な魔法の木で作られた軽くて丈夫な長剣を構え直した。



「へぇ……」



 フィーネの吸血が失敗したアスタロトは、二人から少し離れた所で佇み、目を細めた。


 思考を読み取れるアスタロトにとって真っ直ぐ一人で攻撃してくるフィーネは殺しやすい餌と考えていたが、今の様子を見て少し考えを改める必要があると考えた。


 本気ではないといえ一度自分から逃げ延びたリンスィールのことは早目に殺す必要がある敵と見なすのだった。


 そして、数刻前。メーテスを照らしていた紅い月と街を取り囲んでいた幻影の結界の消失を感じとり、アスタロトは舌打ちした。


 それから、一度心を落ちつかせたアスタロトは残った右手で首を鳴らしながらフィーネとリンスィールに冷めた目を向ける。



「さて、そろそろ休憩は終わりにしようか」


「何ーーッ!?」



 リンスィールがアスタロトの言葉に反応した瞬間だった。


 ノアとの戦いで既に底を尽きかけたと思われるアスタロトから、さっきまでとは比べられない程の魔力が突然溢れ出したのである。


 

(“アビス・イロアス”)



 口に出すことなく、頭の中で魔法を詠唱したアスタロトは気配と共に煙のように消えた。



「“グランドウェイブ”」



 リンスィールの魔法の詠唱と共に、フィーネとリンスィールを中心に大地が歪む。


 直後、リンスィールの後ろの大地の波に何かが触れ合うのを感じた瞬間、リンスィールはフィーネの名前を呼んだ。



「フィーネ!」


「“雷神瞬動”」



 すると、リンスィールの伝えたいことを感じとったフィーネは即座にリンスィールと腕を組んで魔法を詠唱して、二人は即座にその場を離脱した。



(“アビス・ラルグ”)



 そして二人が土の波の中心から抜け出すと、リンスィールは顔をしかめた。


 原因はアスタロトの魔法により、先程の『グランドウェイブ』がアスタロトの深淵属性の魔力に書き換えられて支配権を無理矢理奪われたからであった。


 身体から何かが抜き取られるような感覚にリンスィールは顔をしかめたが、アスタロトの存在がすぐ近くまで迫っていたため、すぐに頭の中を切り替えた。



「リンスィール、後ろ!」


「分かってる」



 フィーネは高速で動いているのにもかかわらず、それを嘲笑うほどの速さで背後から迫ってくるアスタロトを感じながらリンスィールは長剣で後ろに向かって切り上げた。



(“アシッドトランス”)



 姿を微かに確認したアスタロトの腕の色が毒々しい色に変わっていたのを、視界の端で捉えたリンスィールは咄嗟に切り上げた長剣をそのままの勢いで投げ飛ばした。


 すると、アスタロトはリンスィールから放たれた特殊な魔法の木からできている長剣を片手で振り払い、一瞬触れただけではあったが長剣は腐って形を崩しながら消滅した。

 

 そしてアスタロトは止まることなく、一気に二人に肉薄した。



(“アビス・バリエラ”)


「“ライトニング・イージス”」



 アスタロトが魔法を使うと予測したフィーネは、咄嗟にリンスィールを後ろにつき飛ばして魔法を詠唱した。


 しかし、魔法の詠唱してアスタロトから溢れ出る深淵属性の波動を受けた、フィーネの巨大な雷属性の盾に大きな亀裂が入る。



「くっ、うぅ……」



 深淵の波動のあまりの力に、フィーネが必死に雷の盾を維持しながら顔をしかめている時だった。



(“テンペスト・ペネトレイト”)



 フィーネは身体を硬直させた。


 フィーネの目の前にある雷の盾には一箇所だけぽっかりと渦巻くように穴が空いて、崩れさろうとしていた。


 アスタロトの手のひらから放たれた高速で回転する風の魔力圧縮させた弾丸は、雷の盾を突き破り、フィーネの腹部と体勢を立て直したリンスィールの横腹を一瞬にして貫いたのであった。


 そして、二人が激痛でその場に崩れ落ちると同時に、フィーネの雷の盾を破壊した深淵属性の波動が二人を巻き込んで吹き飛ばた。


 二人は勢いよく吹き飛んでいき、至近距離で直撃してしまったフィーネは地面を何度も転がってピクリとも動かなくなってしまった。


 またリンスィールは何とか受け身をとったが、やはりまだ全快していなかったということもあり、流血しながら意識を朦朧とさせ、痙攣する身体を無理矢理起き上がろうとしていた。



「しぶといね」



 しかし、アスタロトは起き上がろうとしていたリンスィールに一気に迫り、抉った横腹を蹴り上げ、リンスィールは悲鳴を上げることも出来ずに地面に何度も身体を打ち付け、フィーネ同様ピクリとも動かなくなってしまった。


 そして、完全に二人の意識が消失したことを感じとったアスタロトは、意識を失って力なく横たわるフィーネの元に歩いていこうとしたところだった。



「ッ!?」



 突然至近距離に現れた気配に驚き、その場から咄嗟に大きく跳んで離れた。


 しかし、アスタロトが気配を感じた方に目を向けるが誰もいない。それどころか、意識を失って倒れていたはずのフィーネとリンスィールの姿がなくなっていた。



「よう」



 そして、突然自分の後方から声がして振り向いたアスタロトの視界には、銀色のオーラを纏った二本の刀を持った見覚えのある一人の男の姿が映るのであった。

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