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異世界に導かれし者  作者: NS
第8章 逢魔時の街メーテス
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8-48 崩れた心1

 天に向かう黒龍がクシアを飲み込み、数秒。黒龍の口の中から何かが砕け散る音を聞いた直後のこと。


 満身創痍の状態で喪失感に襲われていたノアは目を見開いた。



(ーーえ?)



 幻狼との戦いで微かにヒビを入れられていたとはいえ、クシアを破壊したアスタロトの魔法に驚いたわけではない。


 ノアにとって大切な物であるクシアが壊されたことに対する悲しみより先に、頭の中に突然流れ込んできた映像、情報にノアは驚きを隠せずにいた。



(何……これ?)



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 やけに視線は低いが、ノアは椅子に座って温かいスープとパンを食べていた。



「あら、ノア。パン屑が付いてるわよ」



 声がした方を見上げると、そこには穏やかで優し気な笑みを浮かべる女性が隣に座っていた。


 ノアと同じ美しい白の長髪の獣人である。


 だが初めて見たはずのその女性のことをノアは知っていた。



「ママとって!」


「ふふっ……仕方ない子ね」



 その女性はノアの口元のパン屑を布巾で拭きとり、ノアの頭を優しく撫でるとノアは耳をぺたんとたたんで無邪気に尻尾を振って気持ち良さそうに表情を緩めた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



(何で……どうして忘れてたの? 何で今なの? 何で、何で、何でーー)



 そしてノアがパニック状態に陥っている中、流れ込んでくる映像が乱れてまた違う映像が次々に頭の中に流れ込んでくる。


 人間の父親に肩車されて木になっている果物に手を伸ばしている映像、母親と一緒に風呂に入っている映像。


 そして、自分の誕生日に最愛の妹が恥ずかしそうに綺麗な花をプレゼントしてくれた映像。



(シノ、シノ……何でっ、私、私はっーー)



 数々の数え切れないほどの、今まで失っていた記憶や知識が入ってくる中、とある映像がノアの頭の中を駆け巡った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 座り込んで力無く項垂れ、血塗れで息絶えた父親の姿。


 隣で泣き崩れるシノの姿。


 そして、何者かに首を掴まれている息絶えた母親の姿。


 かつてトラウマとなり、ノアの心が壊れた原因となった悪夢のような映像が流れている中、当時は余裕がなかったがノアは気付いてしまった。



 ーー自分達の母親を殺した何者かの正体に



 金の短髪に、紅く輝く瞳。口の端から覗く鋭利な歯に、背中の漆黒の羽が特徴的な青年。



 ーーその正体は魔将アスタロトだった



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 その映像の後、ルミエールに拾ってもらうなどのかつての記憶の映像がしばらく流れ続け、クシアに封印されていたノアの記憶の復元が完全に完了した。



「ーーてやる」



 黒龍が消え、クシアの破壊を確認したアスタロトは足元から聞こえた微かな声に気が付いて視線を向け、目を見開いた。



「殺してやる……よくも、よくもっ!」


「これは!?」



 ノアが先程とはうって変わって突然悲しみよりも、理性が崩壊して憎悪の感情で溢れていることにも、多少驚きはしたものの、一番の原因は違った。


 つい数秒前までは『ノア』と視えていた名前が『ノア=ミーリエル』になっている上に、ノアから視えるものが変化していたのである。


 そして、その内容とノアが自分に憎悪の感情を向けることから、アスタロトもようやくその理由に気が付いた。



「そうか。お前、あの『神獣の子孫』を殺した夜に生き残っていた子供の一人か。ははっ、まさか本当に生きているとはね。驚いたよ」


「うるさいっ! 殺してやる!」



 そう絞り出すような声でアスタロトに殺意を向けるが、既に指一本動かす力も残っていないノアを、アスタロトは鼻で笑うと、純白であったが今は土と血で薄汚れたノアの髪を乱暴に掴み上げた。



「あうっ!?」



 腕と足には全く力が入らずに無抵抗なまま持ち上げられ、アスタロトは自身の目の前に憎しみに満ちた眼のノアを移動させて笑みを浮かべる。



「良い眼だ。その眼を見ながら吸い尽くすのもありだが、お前にはもっと他の利用価値がありそうだ」



 だがそんなアスタロトの言葉が聞こえていないのか、ノアは涙を流しながらも歯を食いしばりながら睨み続けている。


 すると、そんなノアの眼の奥底を覗き込むように視るアスタロトは突然無表情になると低い声で呟いた。



「僕の眼を見ろ」



 そして、ノアが思わずアスタロトの眼を見てしまった瞬間、大きく身体を痙攣させた。



「か……は……ぁ……」



 アスタロトと目を合わせた瞬間、身体に生じた異常な感覚に、ようやくノアは理性が戻った。


 だがそれが余計にノアを恐怖に陥れていた。


 身体の中に得体の知れない何かが流れ込んできて、自分の思考を乱して憎悪の感情に書き換えられていき、ノアは徐々に自分が自分でなくなっていく感覚に蝕まれていた。



(や、やだ。だ……れか、助……けて)



 ノアの自我が消えいる直前。


 

「その汚い手をノアから離せ」



 アスタロトは反射的に掴んでいたノアの髪から手を離して、後ろに跳んだ。


 そして、そのままその場で崩れ落ちるノアは誰かの腕に抱き止められた。


 自分の中に侵食してきていた何かが消えていくと共に、徐々に意識が戻ってきたノアの視界には一人の男の顔が映っていた。



「たく……み」


「すまん、遅くなった」



 拓海は自分の腕の中で、見た事がない程心身共に弱りきったノアの姿に悲しそうな表情を浮かべたが、すぐにアスタロトに目を向けて睨みつけた。


 拓海の桔梗による斬撃が頰に掠めたアスタロトは舌打ちをしながら、殺意のこもった眼で拓海を睨んだ。



「ちっ……鬱陶うっとおしい」



 アスタロトが忌々しそうにそう呟いている間に、拓海の『ファントムミスト』による分身が地面を転がっていた瀕死のゴスロリ姿の女の子を抱えて、拓海本人の後ろで控えていた。



「拓海、行って。時間は稼ぐよ」



 それから、拓海の隣に魁斗の契約精霊であるフィーネが戦鎚を手に現れ、更にその隣にはメーテスで生き残っていたエルフの冒険者であるリンスィールが遅れて到着するのだった。


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