8-43 炎獄vs氷獄1
「ッ!?」
紅蓮に燃え盛る長剣の刃が、身を屈めるようにして避けた拓海の髪を微かに焦がした。
教会や周りの建物にも焔が燃え移り、揺らめき燃え盛る紅蓮の焔に身を包むマルコシアスの足元の地面が、ボコボコと音を立てて沸騰している。
あらゆるものを焼き斬る紅蓮の焔を身体の一部のように扱うマルコシアスが最も得意であり、最強と自負する戦闘スタイルに拓海は防戦を強いられていた。
『インフェルノ』
神話クラスの火属性の魔法であり、マルコシアスが極めた魔法である。
触れたものを一瞬で溶かしきる程の高温の焔を自在に操り、超広範囲攻撃、あらゆるものを燃やし尽くす防御、形状変化による変則的な攻撃。
単純ながら純粋に強い魔法であり、本人が魔法を止めない限り本人から溢れ出る焔により被害が広がり続ける地獄の業火の名を冠する魔法だ。
拓海は霊気を纏い、氷属性で体内の環境を調整しているため無事ではあるが、通常であれば近づくだけで体内の血液も沸騰し、身体中の水分が一瞬で蒸発してしまう。
「どうした、適当な小技はもう通用しないぞ」
辺りの大気を熱気で揺らしながら大剣を片手に近づくマルコシアスは、常人ならば恐怖で身動き一つとれないほどの殺気を放ちながら対峙する自分より小さいながら二本の刀を構える拓海に大剣の先を向けた。
だがマルコシアスは、ぎりぎりで攻撃を回避し続ける拓海に違和感を覚え始めていた。
(こいつ……まさか見たことがあるのか)
拓海のマルコシアスの魔法に対する動きが明らかに初見に対する動きではなく、変則的に動く焔にも対応しているのである。
その上拓海に焦っている様子はなく、アストレアの防衛戦からまだそこまで長い時間が経っていないというのに、目の前に立つ一人の男の強さはもはや別人であった。
拓海が使える属性は氷。マルコシアスの火属性とは相性が悪く、知りうる氷属性の魔法の中で自分の魔法を上回る魔法をマルコシアスは知らなかった。
だが拓海の目からは絶望感どころか勝負所を見極め、勝利を掴みにいく闘志を感じられた。
拓海は桔梗に魔力を流し込みながら焔に包まれたマルコシアスを見据えて、静かに呟いた。
「攻撃が当たらなくて焦っているのか?」
「何……?」
戦いの中、マルコシアスの話を聞いた拓海は様々な感情が渦巻いていたが、あの時とは違いソラと心を通わせて落ち着きを取り戻していた。
(大丈夫、拓海さん?)
(あぁ、もう大丈夫だ。ありがとな、ソラ)
マルコシアスの話を聞いた時、拓海はアストレアの防衛戦の後に大和でみた夢で短い時間ではあるが、出会ったもう一人の自分を思い出していた。
憎しみと怒りといった強い負の感情に任せ、力に溺れて暴走し、自分自身を見失っていたあの時の自分。
当時ソラが放置すれば今の拓海の人格が壊れてしまうほど危険だと感じて、封印した拓海の中のもう一つの人格である。
拓海自身分かっていたことではあったが、マルコシアスの話を聞いた今は、この先自分や仲間達に偽りなく強くなるには、いつかはそんな自分も受け入れなければならないと改めて再認識した。
負の感情で自分の思考を惑わす存在であれ、やはり自分なのだ。
そこを受け入れなければ、いつかマルコシアスと同様に、自己矛盾に耐え切れなくなってしまうかもしれない。
急に強い負の感情の塊のような自分を受け入れるのは無理かもしれない。だが、拓海はソラと共に少しずつそんな自分を受け入れると心に決めたのである。
拓海は二本の刀を手に、こちらに殺意を向けながらゆっくり歩み寄るマルコシアスに真剣な表情で話し始めた。
「マルコシアス、俺は自分の醜いところや弱いところも受け入れていく。あんたのようにはならないよ」
すると、そう話した拓海からは先程とは比べ物にならない量の霊気と魔力が溢れ出し、二本の刀には銀色と蒼色のオーラが纏わりついていく。
その言葉を聞いたマルコシアスは、一度立ち止まり拓海の言葉に拓海に聞こえないほどの小さな声で呟いた。
「そうか……次に会う時が楽しみだ」
そして大剣をゆっくりと構えたマルコシアスを前に、拓海は自分の身体から封印していたものが解き放たれて溢れていくのを感じながら、魔法を詠唱した。
「“コキュートス”」
瞬間、空気が変わる。
溢れ出ていた霊気と氷属性の魔力が拓海の周りに渦巻き、さっきまで空気が歪んで見えるほど高温だった空間が、拓海を中心に凍てつき始めた。
「これからが本当の勝負だ」
その言葉と同時に拓海がマルコシアスを睨み、殺気と意識を集中させた瞬間、銀色の霊気を纏った鎧を纏った氷の巨人が創り出され、手にした巨大な氷刀を振り下ろしてマルコシアスに襲いかかるのだった。
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