8-41 魔将アスタロト2
魔将アスタロト。そう名乗った不死の王、真祖の吸血鬼にはこの世界に生まれてから特殊な力が備わっていた。
『血継』。打ち負かした相手の魂と血を喰らうことで、相手の力を受け継ぐ力。
受け継ぐといえば聞こえはいいが、実際には相手を殺して力を奪い取るという力である。
何千、何万年と数え切れない程の年月を生きてきたアスタロトは、既に何千、何万人と数え切れない程のヒトの魂と血を喰らい、自身の力に変えてきた。
そんな様々な才能を奪い続けたアスタロトは近距離から遠距離、武器、魔法を極め、全てのあらゆる戦闘において弱点がない。
強くなり過ぎたアスタロトは敗北を知らず、自分と互角の戦いをすることが出来る者などかつて戦ったことがある始祖の七人以外いない。
少なくとも今を生きる者の中にはいるはずがないとアスタロトは思っていた。
しかし目の前の少女、ノアは違った。信じられないことに、ノアの才能はアスタロトがこれまで奪い続けた才能の積み重ねに匹敵していたのである。
ノアは月光属性であらゆることから身を守り、陽光属性により自身の力を極限に引き上げ、魔剣クシアで冷静な判断をしながら相手の精神を乱して行動を制限するという戦闘スタイルだ。
それはアスタロトの得意な様々な精神を揺さぶる魔法や状態異常を起こさせる魔法に耐性を持つことで封じ、攻め続けることで純粋な戦闘技術と身体能力の勝負に持ち込むことが出来るという、ノアはまさにアスタロトの天敵といった存在であった。
メーテスのメインストリートで音を置き去りにして無数の黒と金の軌跡がぶつかり合い、周囲の建物や道が遅れるように崩壊を続けている。
そんな中、黒の軌跡を作り出す霊気と深淵属性のオーラを身に纏ったアスタロトが風を斬り裂きながら、大鎌を高速で縦横無尽に振り回し、無数の黒の斬撃がノアに襲いかかった。
気配を散らしてフェイントを入れながらノアは魔法を詠唱した。
「“ヘーリオス・インテンション”」
魔法を詠唱したノアの瞳が黄金に揺らめくように光輝いた瞬間、アスタロトが放った無数の黒の斬撃が金色に色が変わり始めて燃え尽きるようにして消滅していく。
しかし、直感で危険を察知したアスタロトは、金色の軌跡を描きながら目にも留まらぬ速さで繰り出した、陽光属性を凝集して金色に輝くクシアによる剣技の間合いから外れていた。
「これほどとは……やはり実力を隠していたな」
魔剣クシアが頰をかすめたアスタロトは、後ろに跳びながら一瞬視界が捻じ曲がるような感覚を覚えるが、瞬時に精神集中を行って我に返ってノアを睨んだ。
(あの魔剣……厄介だな)
地面に降り立ったノアから、周囲の空間を揺らめくほどの熱と渦巻く陽光属性のオーラが消え、瞳の色が元に戻って通常の陽光属性のオーラだけがノアに残った。
いくつか切り傷はできているが、アスタロトによる血液と魔力で形作られた様々な武器による無数の未知の攻撃を、ノアは天賦の戦闘センスで致命傷無く全ていなしていた。
それどころか、カウンターや高度なフェイントによりアスタロトに反撃をしていたのである。
「一人の方が少し得意ってだけよ」
クシアを構えるノアは余裕そうな表情でそう答えていたが、内心焦りの気持ちがあった。
それは陽光属性の魔力がこのメーテスに来てから、陽に当たっていることがなく、減り続けているからであった。
アスタロトに傷を与えても軽傷なら瞬時に回復されるのに対して、ノアは魔力を大量に使い続けているため、互角では足りない。アスタロトに勝つには、ノアが全てにおいて圧倒しなければならないのだ。
(私もそろそろ腹をくくるしかないな……)
自分の中で陽光属性の魔力が徐々に減っていることを感じながらノアは息を大きく吐く。
そして目付きが変わったノアは、身体の中で自身の陽光と月光の魔力を混ぜ合わせ始めるのであった。




