8-40 魔将アスタロト1
逢魔時の街、メーテスの道幅が広いメインストリートで人外の紅眼の青年と獣耳がある白髪の少女が対峙していた。
エンヴィー卿の館から移動してきたノアと吸血鬼の青年は互いに一挙一動を見逃さないように集中している中、ノアは魔剣クシアを構えつつ尋ねた。
「一ついいかしら。あなたは何の為にこの街を滅ぼしたの?」
ノアは大量の人々を虐殺し、街を滅ぼしたというのにもあまり悪意や憎しみといった負の感情が感じられない吸血鬼の青年に違和感を感じたのである。
尋ねられた吸血鬼の青年はその質問を聞いて肩をすくめた。
「普通なら無視しているところだが、ここまで辿り着けた褒美に答えてやろう」
吸血鬼の青年は真顔で特に感情無く答えた。
「暇つぶし半分、計画の為といったところだな」
「暇つぶしって……」
数え切れないほどの人達を殺したことに特に何も感じていない様子の人ならざるものに、ノアは改めて目の前の吸血鬼の青年が危険な存在であることを思い直した。
そして鋭い目つきで殺意を向けてくるノアに、小さく笑って吸血鬼は天を仰いだ。
「長年生きてると、たまには刺激が欲しくなるんだよ」
「刺激?」
「あぁ、まさにお前のような未知なる者との遭遇も刺激だ」
街の人々を眷属にし、殺したエンヴィー卿の名を使ってしばらくこの街を拠点に活動する予定だった吸血鬼の青年にとって、ノアとの遭遇は吸血鬼の青年にとって想定外だった。
視た者の情報を視ることが出来る魔眼で視ることが出来ず、幻狼を滅する程の実力者。久々の強者との邂逅に吸血鬼の青年は心が踊り、興味が湧いたのである。
本来ならば拓海達を街中でおよがせてその動向を観察して楽しむ予定であったが、その裏で様々な想定外のことが起きたせいで急遽このようにノアと一対一の場を設けたのである。
「それはそうとお前。名は何だ」
「ノア。あなたには名はあるのかしら?」
「名か。そうだな……今は魔将アスタロトと言われている」
「魔将……なるほどね計画というのはそれ関連みたいね」
冒険者パーティー『解する者』に属し、魔将達の潜伏地を探っているノアにとって聞き流すことが出来なかった。
そして、魔将という言葉に反応したノアを見たアスタロトは、自分の中で何かが繋がったのか、なるほどといった様子で頷いた。
「なるほど、お前もあいつが言っていた『解する者』とかいう冒険者パーティーの一人か。確かに一緒にいた男の一人も属していたようだったしな」
ノアは口をつぐんだまま、魔将が必ず持つと言われるアスタロトの魔眼の力について考え、今までのアスタロトの言葉からその力について他人の情報を視れるというくらいには把握した。
「さて……サービスはこのくらいでいいかな? 色々観ていたからね」
「わざと? 随分余裕があるみたいね」
「まあそういう訳ではないんだがね。ただ、それではつまらないと思っただけさ」
(つまらない……ね)
緊張感がなく、これから殺し合うというのに余裕がある雰囲気で小さく笑うアスタロトにノアは更に警戒心を高めた瞬間、抑えていたであろうアスタロトの体内の魔力が急激に高まるのをノアは感じ取った。
(“アビス・イロアス”)
「“ソル・シュトラール”」
本能で危険を察知したノアが魔法を詠唱すると同時にアスタロトの姿がノアの視界から一瞬で消え、ノアはアスタロトが通ることで微かにする空気を切る音を聞いて、自分の背後にクシアによる回し切りを放つ。
すると、黒々とした深淵属性のオーラを身に纏ったアスタロトが振り下ろした自分の血液と魔力で作り出した剣と、ノアの魔剣クシアがぶつかり合い火花が散った。
そして、ノアがアスタロトの剣を受け止めた勢いで地面が割れたが、そのままお互い一歩も退かず、高速の剣撃を繰り出していた。
「いいね。これ程の腕前、マルコシアス以来かもしれない」
すると、そう話しながら剣を目にも止まらぬ速度でふるい続けるアスタロトの左手に魔力が集まったのを、ノアは感知して咄嗟に横に跳んだ。
(“アシッドブラスト”)
直後、アスタロトの左手による突きと同時に衝撃波が発生して、ノアがいなくなって誰もいなくなった空間を衝撃波が突き進み建物に直撃すると、建物が溶けるように腐り落ちた。
(魔法の無詠唱?)
腐り落ちた建物を横目に、アスタロトの力の一端を垣間見たノアの頰を一筋の汗が流れた。
そして改めてアスタロトに目を向けたノアは目を見開く。
先程アスタロトを認識し、その姿があった場所から一瞬で消えたのだ。
(“ラヴァ・ゼーデル”)
仁と同じ気配と存在感を置き去りにし、ノアの懐に入り込んだアスタロトによる、表面に大量の熱気を帯びた剣で繰り出された紅蓮の連撃がアスタロトに気付かなかったノアを斬り裂いた。
「“ラディーレン・ルナエフェクト”」
しかし、今度驚かされたのはアスタロトの方だった。斬り裂いたはずのノアがその場から消えたのだ。
ノアもアスタロトと同様に気配と存在だけをその場に残して、既に少し後ろに下がっていたのだ。
そして、ノアの銀色に輝く瞳に写し出されたアスタロトの纏っていた魔力が霧散すると同時に振り下ろされたクシアを、アスタロトは何とか剣で受け流し、距離を大きくとって不敵に笑った。
「なるほど……今の攻防で擦り傷一つつけれないとはね」
「まさか今のが全力?」
「そんな訳ないだろ。ただ底が見えない相手に出会ったのが久々でね。楽しませてくれよ?」
黄金の髪を揺らし、紅い瞳を不気味に輝かせながらアスタロトは悍ましい殺気を、白髪をなびかせて黄金に輝く陽属性のオーラを纏ってあらゆる感覚が研ぎ澄まされたノアにぶつけるのであった。




