8-38 意志の力
教会の地下深くに作られた空間が崩壊した頃、場所は変わってエンヴィー卿の館。
館の一階ホールで、アイリスがまだ目を覚まさないエルフの女冒険者をかばいながら、執事服を着た吸血鬼の眷属の一人であるカイルと対峙していた。
しかしアイリスの身体は傷つき疲弊しているのに対して、カイルは左手に投げナイフを三本、雷を纏った短剣を右手に持って全く疲弊した様子もなく佇んでいた。
その理由はカイルが投げナイフや魔法による攻撃を、まだ目が覚めないエルフの女冒険者に浴びせ続けているからであった。
アイリスは防御魔法で防ぎ続けているが、徐々にカイルによる攻撃は激しさを増し、余裕がなくなってきていた。
(このままじゃ……!?)
魔法の間を通って顔面に向かって飛んできたナイフを頰に掠らせながらも、なんとか避けたアイリスであったが、気付かぬ内にカイルが懐まで迫っていた。
「しまっーー」
「“ポテンシャルライズ”」
アイリスは咄嗟に魔法を詠唱しようとしたが、身体能力を引き上げたカイルに鳩尾を蹴り上げられる。
身体が宙に浮かび上がり、息が詰まって血反吐を吐き出す。
「かはっ!?」
痛みで一瞬意識が飛びかけるが、そのまま短剣で追撃しようとするカイルに、歯をくいしばって苦し紛れに聖属性の魔力を纏った杖を振り回した。
しかしカイルは咄嗟に後ろに跳んで避けてアイリスの攻撃は空を切り、アイリスは膝をついた。
「はぁ……はぁ……」
ぐらつく視界の中、アイリスは少し前にルミエールに様々なことを教わっていた時の事を思い出していた。
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拓海が炎帝の試練を受けていた時のこと。アイリスも時間の流れがゆっくりと流れる拓海がいたところとはまた別の特殊な空間でルミエールに様々なことを教わっていた。
「君には決定的に足りないものがある」
そんな中、ルミエールに言われた言葉にアイリスは杖を両手で持ちながら、首を傾げた。
「足りないものですか……」
「分かるか?」
「えっと……体術や魔法を扱う技術とかでしょうか?」
アイリスが迷いながらそう答えると、腕を組んだルミエールは首を横に振った。
「違うな。体術は確かにまだまだ未熟だが、魔法を扱う技術に関しては君は天賦の才を持っている。自信を持って良い」
「では……何でしょうか?」
するとルミエールは何も言わず、突然腰から魔剣イーリスを引き抜いて剣先をアイリスに向ける。
そして、次の瞬間ルミエールの纏う雰囲気がガラリと変わり、アイリスは恐怖で体が震えて足から力が抜けてその場に膝から崩れ落ちた。
「殺気だ」
イーリスを再び鞘に納め、青ざめてまだ足に力が入らないアイリスの手を取りながらそう答えるルミエールに、アイリスは表情を曇らせた。
「自覚はあるようだな」
「はい……」
実際それが原因で里の他のエルフと手合わせした際、魔法や体術でも格下の者に負けてしまうことがあったりしたのだ。
対人での実戦経験が少ないアイリスは更に穏和な性格というのもあり、実力者や熟練の戦士が持つ殺気が出せないでいた。
しかし、ルミエールはそんなアイリスに微笑んで言った。
「なに、君の場合は殺気を出せなくてもいい」
「え……?」
「他にもやりようはあるということだ。重要なことは何の為に戦うか。自分が戦う理由、意味を意識することだ」
「自分が戦う理由……」
アイリスがその言葉を噛み締めていると、ルミエールは頷いて言葉を続けた。
「強い意志の力は自分の限界を超え、理すらも超越する。極限の状態に陥った時、自分が戦う意味を思い出せ」
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「“ライジングソウル”」
「私の戦う意味……」
膝をついて俯いたアイリスにカイルがとどめをさそうと、雷と化したカイルがアイリスに迫るが、あと一歩で間合いというところで何かを突如危険を感じ取って弾かれるように再び後ろに下がった。
「“ディヴァイン・テンラム”」
そしてカイルは魔法を解除して人型になって、アイリスに目を向ける。
そこには杖を片手に、背中に聖属性の魔力で創られた三対の光の翼を広げたアイリスが立っていた。
(それは、拓海さんや皆さんと再び笑い合う日常に戻ること。私はこんなところで絶対死にませんよ)
先ほどとは明らかに眼の色と、纏っている雰囲気がまるで違うアイリスがカイルにエメラルドグリーンに輝く杖を向けるのだった。




