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異世界に導かれし者  作者: NS
第8章 逢魔時の街メーテス
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8-37 剣神2

 剣聖、雷帝。


 そんな大層な通り名を持つ資格など自分にはなく、自分よりその通り名に相応しい人物がいるのではないかと思っていた。


 そして自分に通り名をつけた炎帝の鳳仁、自分が所属する冒険者チーム『解する者』のリーダーのエル=ルークに何故自分にその通り名を付けたのかを尋ねたことがあった。



 周りの実力者から劣等感を感じていた魁斗は、いっそのこと拒絶されることを願い尋ねたはずだったが、二人は予想外に短く一言言った。



 ーーその実力と才能を君は持っている……と



 魁斗にはお世辞を言っているようにしか思えなかったが、それは違う。


 二人は知っていた、魁斗の内に眠る力の存在を。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



(ーー斗……きて……魁斗!?)



 初めて聞くかなり動揺した自分を呼ぶフィーネの声に、貧血で飛びかけていた魁斗の意識が戻る。


 そしてぼやけた視界が鮮明になり、自分の今の状況を魁斗は理解した。


 そもそも出血多量の重症で意識を保っていられるのはハンスの魔法を受ける前に魁斗が詠唱した魔法のお陰だった。


 『不動の太刀“心”』。魔力を消費し続ける代わりに痛覚を一定時間無くして身体能力を大幅に上げる魔法である。



(これは……)



 膝から崩れ落ちて前のめりに倒れかけているにもかかわらず、魁斗は何故か今までにない程あらゆる感覚が冴え渡っていることに驚いていた。


 ただこれと似た感覚を魁斗自身が自覚したのは初めてではあるが、何度か体感した事があった。


 これこそが仁やルークが魁斗の中に見出した才能。自分と同格以上の相手と戦って窮地に陥るほど、限界を突破して飛躍的に成長するというものであった。


 そして倒れかけている魁斗にとどめをさすため、ハンスが魁斗の頭を斬り飛ばそうと大鎌を振り下ろす。



「桜花の太刀“紅桜”」



 魁斗が魔法の詠唱と共に消えて危険を本能で感知したハンスは、一旦距離を置く為に勢いよく後ろに跳んだ。



(ありがとうなフィーネ、お陰で戻ってこれた)



 魁斗が心の世界にいるフィーネにそう語りかけると同時にハンスの大鎌が粉々に砕け散る。



(魁斗……?)



 紫電を纏った霊刀を片手に、今までとは比べ物にならない程の霊気と魔力を纏ってハンスと対峙する魁斗に、フィーネは心の世界で驚きを隠せずにいた。


 だがフィーネには分かっていた。この状態になった魁斗は誰にも負けないということを。



「いくぞ」



 魁斗は呟くと同時に、ハンスが大鎌を再び形成する前に一瞬でハンスの間合いに入ると同時に魔法を詠唱した。



「透涼の太刀“飛燕”」



 分裂して複数に見える幻影の刃がハンスの身体を襲いかかった。


 しかし、ハンスの身体は何かに引き寄せられるかのような動きで後ろに引かれて、霊刀の刃は空を切った。


 ハンスはいつの間にか後ろの方に鎖の先を突き刺していて、鎖を身体ごと後ろに引き寄せたのである。


 そしてハンスは避けながらも魔法を詠唱していた。



「“マルチ・ヴォーパルシャドウ”」



 ハンスの影から闇族性の魔力で、漆黒の剣が十個以上創り出されて魁斗に向かって不規則に放たれる。


 だが、突然至近距離から反撃を受けた魁斗は動じることはなかった。それどころか、全ての迫り来る剣を最低限の動きで霊刀でいなして避け切ったのである。



「“雷神瞬動”」



 そして魔法を詠唱し紫電と化した魁斗は、まだ体勢を立て直していないハンスの死角に移動して鋭い一閃を放つ。


 しかしハンスは視界から魁斗が消えたことで死角に入られたことを悟って直感で身体を捻り、魁斗の霊刀はハンスの背中を斬り裂いて真っ赤な鮮血が辺りに散った。


 背中から両断するつもりだったのに避けられてしまった魁斗は一瞬驚いたが、更に驚くものに目を見開いた。


 ハンスの背中の傷があっという間に回復していったのである。


 眷属となったハンスは、よほどのある程度の傷をすぐに復元させる自己回復力を持っていたのである。


 回復したハンスは落石を避けながら、そのまま魁斗から距離を置いて新たな闇の大鎌を創り出した。



「ちっ……」



 ここにきて魁斗は貧血で視界がぐらつき、自分の身体も限界が近いと悟った。


 そして、部屋から嫌な亀裂音が聞こえてくることから部屋の崩壊がまだ続いていて部屋が完全に埋もれてしまうのも時間の問題ということも悟る。





 血と汗が魁斗の頰をつたい、地面に落ちる。





 魁斗は息を吐く。


 既に覚悟は出来ていた。





(今までありがとなフィーネ……)


(魁斗?)





 眷属となったハンスと共に心中する覚悟を。





 ハンスに再生不能な一撃。そんな強力な魔法を使えば、間違いなくこの部屋に負担がかかり埋もれるだろう。


 だが魁斗はそんな部屋の心配など今は全くしていなかった。


 ハンスを確実に殺し切る為の一撃を放つことだけを考えていた。






 ありったけの力を使い、全てを破壊する一撃を。

 





 心の世界でフィーネが何かを叫んでいたが、今の魁斗にはその内容は全く頭の中に入ってこなかった。





燼滅じんめつの太刀ーー」





 大気が揺れると同時に、部屋の壁と天井に大きく亀裂が走る。


 魁斗の身体を莫大な量の霊気と紫電の魔力が包み込み、霊刀に集まっていく。


 眷属となって主人の命令を聞き、主人と敵対する者を殺すことしか出来ないはずのハンスは、魁斗の姿を見て戦慄していた。


 大気が揺れる程の霊気と紫電、覇気を魁斗は纏って、右手に持った力を吸収していく霊刀の刃が紫色に光り輝いている。


 魁斗の瞳には正気が宿っていなく、余計な感情を捨てた不気味に紫色に光る眼からは純粋な殺意しか感じ取れない。


 その魁斗の姿はもはや一人の剣士ではなく、剣を手にした武神そのものだった。




「ーー“布都御魂ふつのみたま”」




 轟音が鳴り響くと共に消えた魁斗が霊刀を鞘に納めてハンスの遥か後方に現れる。


 瞬間、防御姿勢をとっていたハンスが宙に浮かんでいた。下半身が消し飛び、上半身だけとなった身体が。


 そして、触れたもの全てを消滅させる巨大な紫電の斬撃の軌跡が遅れて現れる。



(……さよならだ)



 目から生気が消えた魁斗は力無く項垂れながら操り人形の糸が切れたかのように膝から崩れ落ちる。


 魔力を使い果たし、『不動の太刀“心”』の効果が切れた血塗れの魁斗はそのまま意識を失う。


 そして、それと同時にハンスの上半身も斬撃の余波に巻き込まれて消滅し、天井や壁が砕け散り部屋が崩壊するのだった。

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