2-27 未知との遭遇6
拓海は声を荒げたが、頭に血が昇って周りが見えなくなっているわけではなかった。胡桃がここまでされる敵、怒りに任せて戦ったところで勝ち目がないことは拓海は自覚していたため、頭の中では冷静に相手の行動を見ていた。
(とりあえず、両腕と頭が伸びてくるのは胡桃を助ける前に少し見えたけど他にゲームとかでは定番のブレス攻撃とかはあるのか? でもまずは……)
「付与魔法“水”」
抜き放った拓海の長剣が淡い水色に光り、刃は水属性の魔力を纏う。
冷静になろうと深呼吸した拓海は敵の攻撃を受け流すため剣に属性付与してから銀色のオーラを薄く全身に纏った。
拓海は胡桃と違い、オーラにより動きは速くなっているものの、バンダースナッチの不意をつけるような速さでは動けない。
だが、緩急を上手く使えば突破口が見つかるかもしれないと考えた拓海はバンダースナッチに向かってゆっくりと走りだした。
「いくぞ!!」
自身を奮い立たせるためにも声を出して気合いを入れた。
そしてバンダースナッチが腕を振り上げた瞬間、つま先に力を込めて踏みしめた。
(ここ!!)
トップスピードになりバンダースナッチが腕を振り下ろすと同時に懐に入り込むことに成功した拓海は魔法を詠唱した。
「付与魔法“氷”」
長剣が纏っていた淡い水色の光は、濃い青色の氷属性の魔力の光に変化する。
既に胡桃の攻撃が積み重なってバンダースナッチの体のあちこちに鱗が剥がれ、出血の跡がある傷がいくつかあったため、拓海は鱗が剥がれて傷口が剥き出しになっていた右足に向かって氷の魔力を纏った長剣にとオーラを上乗せして一閃。
するとバンダースナッチの傷口は広がり、傷の内部が一瞬氷ついてから弾け、氷の破片が傷口に突き刺さる。
ーーーゴギャアァァァァァァ!?ーーー
この攻撃にはバンダースナッチもたまらずのけ反り、後ろに飛んで距離を取った。
しかし、ダメージを与えたはずの拓海の顔には全く余裕はなく、一筋の汗が伝った。
(倒し切れるのかこれ……)
胡桃の与えた傷になんとか攻撃が通ったものの、拓海はバンダースナッチを倒すにはどうも決定打にかけるような気がしていた。
そんなことを考えている内にバンダースナッチは身体を回転させて尻尾を振り回して鋭く尖った鱗を飛ばすと共に、回転の勢いのまま右腕を伸ばして殴りつけてきた。
「くっ……!?」
拓海は何とか剣で自身に当たりそうな鱗を弾き飛ばし、水の付与魔法とオーラで強化した剣でバンダースナッチの拳を正面から受け止めた。剣とバンダースナッチの鉤爪がぶつかった勢いで火花が散り、後ろに押されるが拓海は歯を食いしばって飛ばされないように踏ん張る。
ジャイアントゴブリンの時と同じようにはいかず、後ろに押されながらも剣で受け止めきると同時に、拓海はバンダースナッチの腕を弾き返した。
(何とか攻撃は受け止めれるけど、やつを倒すには火力不足すぎる……)
肩で息をしながら、拓海がバンダースナッチをどう倒すか考えながら長剣を構えていると、バンダースナッチの口元が歪み、微妙にニヤついたような気がした。
そして再び尻尾から新たに生えた大量の鱗を飛ばし、今度は伸びた両腕が鞭のようにしならせながら不規則な動きで拓海に迫る。
(!?)
押し寄せる怒涛の攻撃に表情が強張りながらも避けようとした拓海だったが、何かに気が付き思わず足を止めてしまった。
バンダースナッチの攻撃がどう考えても自分に向かっていないのに気がついたからである。そしてその攻撃が向かう先には……。
(おい……まさか……)
バンダースナッチの思惑に気がついた拓海の背中に冷や汗が伝った。
バンダースナッチが攻撃を仕掛けたのは拓海の右後方の木陰で意識を失い、瀕死の胡桃だったのだ。
拓海は目を見開いて、声を荒げた。
「くそっ!? 馬鹿野郎が!!」
拓海は何とかバンダースナッチと胡桃の間に割り込み鱗を弾くが、量がさっきよりも多いため拓海をいくつかの鱗が掠め、防具は傷付き身体にも傷が増えていく。そして、鱗の攻撃が終わって間髪入れずに追い撃ちの蛇のように迫る両腕が拓海を襲った。
「ぐあぁあ!?」
巨大な鈍器に殴り飛ばされたような感覚を覚え、身体に走る衝撃に表情を歪める。
拓海は鱗の攻撃で体勢を崩されていたため、バンダースナッチの一撃を受け止めきれずに後方の木に背中を打ちつけるまで吹き飛ばされた。
「かはっ!?」
背中を打ちつけた拓海は息が一瞬止まったような感覚に陥り地面に落ちると、片手と片膝を地面について激しく噎せた。
(くそっ……今まで戦ってきたモンスターより知能が高い……。このまま胡桃を庇いながら戦うのはかなりきついぞ……)
そして、拓海がよろめきながらも立ち上がるとバンダースナッチは追い撃ちするように再び身体を回転させ、尻尾から大量の鱗を飛ばした。
まだ体勢も整っていない拓海は歯をくいしばり、胡桃の前に立ち塞がると、何とか攻撃を防ごうと痛みにたえながら苦悶の表情で長剣を構えた。
(くそっ……ここまでか!?)
「“シャイニングフィールド”!」
すると聞き覚えのある声と同時に突然拓海と胡桃を光輝く壁が覆って、迫りくるバンダースナッチの鱗を弾き飛ばした。
拓海は突然現れた光輝く壁に驚きながら後ろを見ると、バンダースナッチに恐怖心を持ちながらも負けないようにと自身を奮い立たせ、バンダースナッチを睨むアイリスが杖を両手で握りしめながら魔法を発動させていた。
そして、アイリスは驚いた顔でこちらを見ている拓海に真剣な眼差しで拓海に声をかけた。
「拓海さん! 私も自分がやりたいことをしに戻ってきました! 胡桃さんのことは私に任せて下さい!」
「アイリス……」
そんなアイリスの決意に満ちた言葉を聞いた拓海は頷いて返し、自分の攻撃が防がれて悔しいのか唸り声をあげるバンダースナッチを再び見据えると、後ろからアイリスが魔法を詠唱するのが聞こえた。
「“ヒーリングフィールド”」
アイリスが詠唱すると白い光属性の魔法の光が拓海を包み込んだ。すると不思議なことに拓海の身体の傷が塞がり、体から痛みと疲労が抜けていくのを感じた。
拓海は笑みを浮かべ、バンダースナッチから目を離さずにアイリスに礼を言った。
「ありがとなアイリス! 後ろは任せたぞ!」
「はい!」
もう恐怖で震えていないはっきりと大きく聞こえたアイリスの返事を聞いた拓海は、一度大きく深呼吸をした。
「付与魔法“水”」
拓海は再び長剣を構え、水の付与魔法とオーラを纏いバンダースナッチと対峙するのであった。
次回バンダースナッチ戦ついに決着です。




