8-17 その頃1
拓海達が宿屋の机の中から見つけたメモを読んでいる頃、聖都アストレアのとある家の一室にあるベットの上で、一人の少女が目を開ける。
少女はゆっくりと身体を起こすが、まだ意識が朦朧としていて、ぼやけた視界の中しばらくそのまま硬直していた。
すると少女は頭を手で抑えて目を強く閉じて、柔らかく暖かい布団を抱きしめた。
動悸が激しくなり、呼吸が荒くなる。悪い夢でも見たのか、何故か不安な気持ちが沸き上がってきたのである。
そう少女が苦しんでいると、部屋の扉が唐突に開いた。
「胡桃ちゃん!? 大丈夫!?」
部屋に入ってきた私服姿の御空色の髪を持つ女性、シルフィが慌てた様子で息が荒い胡桃に近付き、胡桃の額を手で触れた。
「“キュアライズ”、“ヒーリングスフィア”!」
すると、治癒力を高めた光の球体に身体を包まれた胡桃は徐々に顔色が良くなっていき、胡桃の朦朧としていた意識も次第に明瞭になっていった。
「あ……れ? シルフィさん……?」
「よかったぁ……具合はどう?」
すると、安心して息を吐くシルフィと顔の距離が近いことに驚いた胡桃は目を見開き、彼女の腕の中で抱かれていることに気が付いて、急に恥ずかしくなって顔が少し赤くなった。
「は、はい! 大丈夫です」
「本当? 何か顔赤いけど?」
「大丈夫ですってば!?」
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それからしばらくして、買い出しから戻ってきた志乃が目を覚ました胡桃を見て、 瞳を揺らしながら強く抱きしめていた。
それもそのはず、胡桃はラダトームから今まで目覚めなかったのだ。
ラダトームからアストレアに帰ってくるまでの間も、志乃は出来るだけ側で看病をし、着替えなど身の回りの世話をするだけでなく、何度もうなされていた胡桃の手を握り、元気づけようとしていたようだ。
またラダトームからアストレアに帰ってきてから、上から指示されて街の入口で待機していたシルフィに志乃が相談して、胡桃は今までシルフィの自宅で看病されていたのであった。
そして、シルフィに一旦席を外してもらい志乃からあれからの事の顛末を聞いた胡桃は、柑菜が無事救出されたことに安堵していた。
「拓海、すごく心配してた……」
「そっか……でも、無事に試練を乗り越えたみたいで良かったよ。柑菜とも早く会いたいな……」
あれから柑菜とエルはガノン達に護衛されながら、一先ず先に大和に向かったようだ。
最初は胡桃が目を覚ますまで側にいたいと言っていたが、エルの体調がいつまた悪くなるか分からないので早く美琴に診てもらうため志乃が行かせたらしい。
ちなみにラダトームに囚われていたエルフの子供達は、アイリスの父であり空間魔法の使い手であるサリオンの空間転移の魔法で、無事アレゼルに戻っていったようだ。
話を聞き、奇跡的に仲間の誰一人死ぬ事が無く、何とか皆が無事であったことに安堵し、胡桃は胸を撫で下ろした。
「拓海とアイリス、大丈夫かな?」
「ん、大丈夫……! 魁斗さんもいる……拓海、言ってた」
耳をパタパタさせ、安心させようと胡桃の手を握る志乃に、胡桃は小さく笑って答えた。
「なら安心だね! 私は拓海が帰ってくるまで、とりあえずアストレアで待機かな?」
「ん! るみちゃん、体調まだ良くないから……絶対安静。分かった……?」
「あはは……そうだね。しばらく安静だね」
胡桃が暇でリハビリといって直ぐに依頼を受けて行ってしまうのを危惧した志乃は、ジト目で胡桃に迫って圧をかけながら言うと、胡桃は苦笑いしながら肩を落としていた。
どうやら志乃が念を押さなければ、胡桃は本当に依頼を受けるつもりだったようだ。
(拓海……早く会いたいな)
胡桃は腕に着けた拓海にもらったミサンガにそっと手を触れ、一人ひっそりと微笑むのだった。




