8-2 協力者
次の日、陽が落ち始めた頃。あと二時間ほどで拓海達が合流地点に辿り着くという時のこと。
「ッ!? アイリス、止めてくれ」
何かを察知したのか、拓海の形相が突然急変して目付きが変わったのを横目で確認したアイリスは、拓海の邪魔しないように無言で頷くと、馬型のモンスターであるデプラファンを手綱で引き止めた。
(何だ、この感じ……敵?)
桔梗により感覚を強化して荷車を飛び降りた拓海は眉をひそめた。
いち早く察知したその強大な気配の方を、霊気を纏わせた目で見たが、以前仁やザインと対峙した時のような黒いもやのようなものが見えなかったのだ。
未だにまだ自分で自分の力を把握し切れていない拓海は、敵だとは確信出来ないままではあるが、桔梗を引き抜き構えながら警戒心を高めていると、微かに風を切る音が近づいてくるのが聞こえた。
(こいつ……!?)
強化された視力で暗闇の中、アイリスに向けて超スピードで迫る一つの石を捉えて拓海は桔梗で斬り裂き、石は左右に分かれてデプラファンが引く荷車の左右に散った。
だが拓海が石に一瞬意識を向けた時、拓海は少し離れた場所にあったはずの気配が一瞬で消えたことに気付くのに遅れてしまった。
そして、すぐ五メートル程先に現れた気配に気付いた拓海は目を見開き、素早く霊気を全身に纏った。
「ちっ……」
拓海は急いで構え直すが、目の前に突然現れた黒衣の人物は御構い無しに拓海に殺気を向けて飛び込んでくる。
すると桔梗で迎撃しようとした拓海はあることに気付く。
黒衣の人物が何も武器を持っていないことに。
(素手で俺とやり合う気か?)
しかし、その拓海の疑問は一瞬で消える。否、そんな事を考える暇がなくなったのだ。
ーー余裕ね
一瞬そんな言葉が聞こえた気がした瞬間、拓海が力を込め振り抜いた桔梗の刃を黒衣の人物はそのまま掴み、もう片方の拳で振り抜いてきたのだ。
まさか霊気で肉体強化された斬撃を素手で受け止めるとは思いもよらず、拓海は片手で桔梗を持ったままもう片方の手で拳を作り、相手の拳に合わせるように殴りつけた。
ーーダンッ
大きな打撃音が響くと同時に、想像以上の衝撃が拓海の拳に走った。
(こいつ、強い。それにーー)
拓海が合わせた拳の大きさが自分より小さく、どこからこんな力が出るんだと驚きながらも歯を食いしばり力を込めた。
しかしお互い力が拮抗し、両者は一旦距離を置くと今度は高速の接近戦が始まった。
そして、そんな一連の流れを見ていたアイリスは黒衣の人物に徐々に違和感を感じ始めた。
(あのお方……もしや)
「“シャイニングフィールド”」
最初は魔法で支援しようとしたが、アイリスは黒衣の人物の正体と目的をいち早く察して、構えかけた杖を下ろしてデプラファンと荷車を戦いの余波で壊されるのを心配し光の障壁を張り、二人の様子を見守った。
そんな中、拓海は黒衣の人物から絶え間無く繰り出される殺気を込めた攻撃と気配を消した攻撃を交えた高速の連撃を捌いていて、魔法を詠唱する余裕がない状態が続くが、アイリスと同様に黒衣の人物の攻撃に違和感を感じ始めていた。
(こいつ、試してる……?)
ーーまるで師匠である魁斗と手合わせをしているような
その直後だった。桔梗の刃が空を斬る。
「なっ!?」
拓海は確かに黒衣の人物を斬ったはずだった。
しかし、拓海はすぐに気付いた。それは仁がよく使っていた気配だけをそこに残して相手に自分がそこにいると思わせる錯覚を見せる技術であることに。
そして消え失せた黒衣の人物は煙のように拓海の隣に現れ、黒衣の人物の魔力と力、そして殺気が異常なまでに膨れ上がる。
(ーーッッ!?)
拓海は以前マルコシアスや仁といった強者から放たれるような覇気を真隣から浴びせられてしまう。
以前の拓海なら恐怖の感情で身動きがとれず硬直してしまっただろう。
だが拓海は桔梗を握り直し、自身の勇気の感情を爆発的に引き上げ黒衣の人物の方に向き直って、既に目の前まで迫った『死』の気配を全身で感じとった。
直後。強風が辺りに吹き荒れ、拓海の髪を揺らしアイリスが作った障壁が少し軋む。
「…………にゃっ」
「いてっ!?」
そして、拓海が目の前で止まった黒いグローブに包まれた拳から目を逸らさずに凝視していると、黒衣の人物はそのまま拓海の額にデコピンをかました。
力が抜けて拓海が後ろに蹌踉めく中、黒衣の人物は腰に手を当て仁王立ちしていた。
「最後まで気を抜いちゃ駄目でしょ。んー及第点ってとこかなぁ」
拓海は何か言い返そうとして、黙って息を飲んだ。それはアイリスも同様であった。
黒衣の人物がフードを取ると、そこには綺麗な白髪に二つの獣耳があり、こちらを見つめる水色の瞳は拓海がよく知る人物と見た目は酷似していたからであった。
拓海達が言葉を失っていると、突然黒衣の人物の雰囲気が柔らかくなり、首を傾けた。
「にゃ? どうかしたかにゃ?」
「あ、いや別に。あんたがルミエールさんが言ってた今回の仲間なのか?」
「にゃ、私の名前はノア。桐生君よろしくにゃっ!」
「あ、あぁ。よろしく」
そうケラケラと笑うノアに微妙な違和感を感じていると、ノアは次にアイリスに目を向けた。
「君はいち早く気付いた見たいだけど、投石は自分で気付いて処理出来ると良かったかもね」
「は、はい」
アイリスは返事をしたが、ノアの雰囲気と口調がコロコロと変わるのに違和感を感じて複雑そうな表情を浮かべていると、ノアはそれを見て申し訳なさそうに苦笑いした。
「ごめんにゃ、昔からオンとオフの切り替えが激しいってよく言われてて。許して欲しいにゃぁ……」
そう笑うノアの瞳はどこか寂し気な気がしたが、拓海は敢えてそのことについては何も言わなかった。
「まあ、それはそうと荷車に一旦戻りましょう。話は移動しながらしませんか?」
「にゃっ、分かったにゃー」
「はい!」
すると、適当に返事をしたノアは軽快な動きでいち早く荷車の屋根に飛び乗り寝そべって欠伸をした。
「しばらく寝るから着いたら起こしてくれにゃぁ……」
「お、おう」
話は現地で魁斗を含めてすれば良いかと割り切り、それから拓海は荷車で身体を休め、アイリスは手綱を取って集合予定の村に再び向かい始めるのだった。




