番外編4(中編)
それからルミエールに周囲の話を聞いたところ、まだこの時代には聖都アストレアをはじめとする五大都市がなかったようだ。
森の中を歩きながらそんな話を聞いた楓が今まで『時』を渡り歩いてきた中で、最も古い時代に飛んだことが分かり、ふとこの時代の人の暮らしが気になった。
「なあ、街がないなら人はどこで暮らしてるんだ?」
「人……?」
「え? そうか、えっとーー」
自分が人であることさえ記憶をなくしているルミエールに、楓が簡単に説明するとルミエールは無言で楓の手を掴み、今まで歩いていた方向とは違う方向に歩き始めた。
その掴む力と引っ張る力強さに驚いて、そのまま足元に注意しながらついて行き、数十分引っ張られながら歩き続けて、目の前に現れた距離の長い天然のトンネルを抜けた。
そして楓は目の前に広がるその景色に息を飲んだ。
「これは……」
膝くらいまでの草丈の草原がずっと遠くまで、目に見える範囲では広がっていて、そこそこ離れたところに小さな林と木の柵が見え、おそらく集落があるというのが分かった。
普通ならばただの良い景色で済ませられただろう。しかし、楓はその光景に違和感を感じてしまった。
(モンスターが一体もいないな……)
森を長い間歩いていた時もそうだったが、この世界では普通森の中には大小大きさは様々だがモンスターの気配が入り混じっているものである。だが、こんなにも広く続いてる草原にもモンスターの気配を感じることが出来なかった。
そんな疑問を感じていると、ルミエールが集落に向かって指を差して無機質な声で呟いた。
「あそこ、人いる」
「そうみたいだな。ちょっと行ってみないか?」
「楓が行くなら行ってみる」
「なら行こうか。じゃあ、ほら」
行く事が決まって楓はルミエールの前に背を向けてしゃがんだ。
「裸足のままだろ? 今更かもしれないけど、おぶって連れてくぞ」
目的地がはっきりすれば、そこまで楓がおぶった方が早い上に裸足で歩き続けるルミエールの足が心配だった。
そしてルミエールが楓の背中にしっかりと掴まると、楓は魔法を詠唱した。
「“アクセルタイム”」
瞬間、楓の身体は消えた。
「わっ……!」
ルミエールはあっという間に後ろに流れていく景色と、吹きつける風を感じて何故か懐かしい感覚を感じながらも無意識のうちに思わず声を上げていた。
走りながら、背中で初めて聞く無機質ではないルミエールの声を聞き、楓は小さく笑った。
「よし、もっとスピード上げるからしっかり掴まってろよ!」
「んっ!」
それから数分後、集落の近くまで行き入り口の付近に立っていた二人組の巨体の男に近づいていくと、その二人は驚きながら楓を見つめ、一人が楓に尋ねた。
「お前さん、どっから来た?」
「えっと向こうの方から来ました」
下手な嘘が思いつかなかった楓は苦笑いしながらさっき抜けてきた山の方を指差してそういうと、二人は顔を見合わせて大笑いした。
何故笑っているのか分からない楓は、首を傾げた。
「何か可笑しいこと言ったか?」
「がははっ! そりゃねえって。あんな何もない山から来るわけないだろ」
「資源も全くないから、集落もないしなぁ。嘘をつくにしても、もう少しましな嘘つきなよ」
それを聞いて楓の表情が曇った。
(おかしい……。明らかにそこの林よりかなり大規模な森と水場もあったぞ。なのに何でないと断言するんだ?)
「ははっ、ちょっとからかっただけさ。ちょっと旅しててな。しばらく世話になりたいんだが」
それから、事前に武器を全てマジックバックにしまっていた楓は特に怪しまれることなく何とか集落に入る事が出来た。
「おぉ……」
楓は思っていた以上に広く、木造の建物が沢山建っていることに驚きながらルミエールと共に集落を見て回ると共に情報収集している最中、楓は一つ異常なことに気付いてしまう。
誰もルミエールに話しかけたり、視線を向けることがなかったのである。最初は気のせいかと思っていたが、隣にルミエールにいるのにもかかわらず住人に一人でこの村に来たのかと尋ねられたことで確信してしまった。
ルミエールの存在を自分以外誰も認識出来ていないという事に。




