番外編4(前編)
「ん……」
目を開けると、視界には何時もと同じ岩場が映っていた。
ーーピチャ、ピチャ……
洞窟に水音が反響する。それ以外の音は全くない。
顔にかかった長く綺麗な金色の髪をかきあげ、純白で汚れのない煌めくワンピースに身を包んだ彼女は静かに立ち上がり裸足のまま洞窟の外に出る。
久々に曇った蒼色の瞳で何気なく空を見上げると、自分の目とは対照的な澄み渡った青空が映る。
何時も無気力で何も考えたりする事はないが、何故か今日は何かが起こるような気がした。
そして不意に空に手を伸ばすが、当たり前のように何も掴む事は出来なかった。
彼女が目覚めて早数年。誰一人として記憶が無い彼女に気付く事無く、また彼女も誰かに話しかけるという事も無く、今はとある森の最奥の洞窟でひっそりと暮らしていた。
ーーくぅ……
不意に腹の音が鳴り、自分のお腹に手を当てる。しばらくの沈黙の後、彼女は無表情で呟いた。
「お腹……空いた」
それから、彼女はそのまま洞窟に戻って寝ようかと考えたが流石に一週間何も食べてなかったので、仕方なく近くの食べる事が出来る木の実がなる木が沢山生えている小川に向かった。
そして、その選択により彼女は不思議な一人の青年と出会う事になる。
(誰……?)
木陰から覗き込むと、小川の側で魚を焼いている見知らぬ一人の青年を見つけた。
すると、青年はこちらの視線に気付きお互い目が合ってしまう。
「えっ……」
「あっ……」
青年は目を見開き、そのまま硬直した。こんなところで人に出会うとは思っていなかったとゆう事もあったが、青年が驚きのあまり黙ってしまった理由はそうではなかった。初めてここまで整った顔立ちと美しさを兼ね備えた女性を目にしたからだ。
しかし彼女は裸足な上に表情から感情が全く感じとる事が出来なくて、青年が違和感を感じ始めたところで静かな空間の中可愛い音が響き渡る。
ーーくぅ……
お互い反射的に彼女のお腹に目を向け、再びお互い目を合わせる。
「腹……減ってるのか?」
彼女が無言で頷いて応えると、青年は小さく笑って彼女に手招きした。
「こっち来なよ。魚一つ分けてあげるからさ」
それから彼女は青年に近いていき、焼き魚が突き刺さった棒を一本受け取りあっという間に食べ切った。
夢中で魚を食べていた彼女の横顔を不思議そうに眺めていた青年は、彼女が食べ切ったところで尋ねてみた。
「あなたの名前を教えてくれないか?」
彼女は自分の名前もはっきりと覚えてなく、特に気にしていなかったのでしばらく青年の顔を無言で見つめていたら、ふと唯一覚えていた名前を答えた。
「るみえーる……?」
「何で疑問系なんだよ……。まあ、こんなとこに武装無しでいるあたり何かしら訳ありなんだろうけど」
「あなたは……?」
ルミエールが初めて自分を認識して、話しかけてきた青年に少しだけ関心がわき尋ねると、青年は焼き魚を食べ終え手に持っていた棒を凍らせて砕きながら答えた。
「俺は桐生楓、旅人だよ」
この時、二人はお互いこれから長い付き合いになる事など全く予想していなかった。




