7-58 譲れないもの4
「がはっ!?」
鎧を着ているのに関わらず、拓海に腹部を蹴られたザインは血反吐を吐き出して吹き飛び床を転がっていく。
(く、そ……何でだよ……)
歯をくいしばり、追撃の手を緩めない拓海の桔梗による斬撃を紙一重で避けたザインは口の端から流れる血を拭い、疲弊した表情で拓海に目を向けた。
今ザインは魔法が使えなくなっていた。先程、拓海の魔法を防いだ時に使った玄武のもう一つの力が原因の一つだろう。
『金剛力ー魔』。自身の魔力と玄武のオーラを融合させることで、オーラの形を自由に変えられる力だ。そして、このオーラは物理的な攻撃は勿論魔法も防ぐことが出来る。
しかし、いくら拓海の魔法が強力だろうが何時ものザインならば、まだ魔力には余裕があっただろう。
その理由は単純。本人は気付いていないが、ザインは現在精神的にかなり疲弊していて、魔力の加減が上手く出来ない上に、使用出来る魔力の量も普段より減っているのである。
「が、ぐぁ!?」
そうこうしている内に霊気を身に纏った拓海がザインの魔剣ネーヴェを弾き、ザインの肩を鎧の上から霊刀で貫いた。
(あぁ……天罰がくだったのかな……)
痛みで表情を歪めるザインは意識が飛びかけながら、ふとここの地下に柑菜を連れてきた時のことを思い出していた。
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「……」
黙って地下に柑菜を連れて来たザインは、最下層の部屋の中央に着いて後ろを静かに振り返った。
そこには魔力や精霊の力を封じ込む首輪をはめた柑菜が無言のままザインを見つめてた。
その柑菜の目を見て、ザインは一瞬決意が揺らぐが歯をくいしばり殺意のこもった目で睨みつけた。
「お前にはラダトームに繁栄をもたらす糧となってもらう」
そして、クレアから貰った魔法が記されたマジックアイテムを柑菜に向かって投げた。
直後部屋に絶叫が響き渡る。
「あぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!?」
柑菜の首輪が光輝くと共に部屋の床、天井から鎖が高速で伸びてきてあっという間に柑菜の全身をきつく拘束した。
やがて締め上げられ、痛みと苦しさのあまり涙を流す柑菜の身体が光り始め、床や天井に繋がる鎖を光が伝って部屋の床や壁に光の波紋が一定感覚ごとに伝っていく。
その後、ザインは柑菜に近付き無理矢理顔を上げさせて尋ねた。
「お前の仲間の情報を洗いざらい吐け」
「はぁ……はぁ……い、言う訳ないじゃーー」
苦しくて上手く声が出せない柑菜は、最後まで答える前に大量に吐血してザインの服にその一部がかかった。
鎖の力で命令に従わなかった柑菜は、鎖でより強く締め付けられて最早悲鳴を上げる力もなく口から血を垂らし項垂れた。
その様子に、自分は正しい選択をしたと言い聞かせていたはずのザインは思わず一歩引いて顔を背けてしまった。
「何て……顔してるのよ」
突然聞こえた柑菜の声に、驚き目を向けると柑菜はザインの目を見つめていた。
「私の、力を使えば……エル、ちゃん……治る、の?」
「精霊の力の研究が進めば……。俺はその可能性にかけた」
「そ、か……。治ってくれ、るかもしれないなら……頑張らない、とね」
そう優しげに笑う柑菜の表情を見てザインは目を見開いた。
恨まれると思った。どれだけ罵倒されようが受け入れる覚悟があった。
しかし柑菜はそんなことをするどころか、悪態一つ吐かなかった。
「何で……。悪態一つも吐かないんだよ」
表情を歪ませたザインは罪悪感が湧き出てきて、様々な感情が混じり合いパニック状態に陥っていた。
ラダトーム帝国騎士団の守護騎士であり、トップに立つザインではあるが、やはりまだ十代の子供なのだ。仕事だからといって割り切るには無理があった。
「顔、上げて」
柑菜の言葉に、ザインが顔を上げると驚くことに柑菜は血の気が引いた顔で口元に不敵な笑みを浮かべていた。
「あなたには、悪いけど……お兄ちゃん達は、絶対来る、よ」
「来ても死ぬだけだぞ?」
「来る、よ。そうゆう……人だもん。自分の命より、仲間の命を守りたがる……そんな、人だもん」
その言葉を最後に柑菜は意識を失ってしまうのだった。
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そして霊刀がザインの肩から抜かれると、血が噴き出してザインは遂に視界が揺らぎ膝をついてしまった。
拓海が桔梗を振り上げる様子が霞む視界に映る。
ザインはゆっくりと目を閉じた。




