7-46 最後の守護騎士1
身体が羽根のように軽くなり一瞬宙に浮く感じ。そんな感覚の直後、気付いた時には見知らぬ暗闇の中にいた。
「ここは……」
辺りからは殺意や敵意を持つ存在は感じられず、上を見上げると宙には数個の光を放つマジックアイテムがぼんやりとした光を怪しげに点滅させている。
そして、ルークの魔法でアストレアから転移してきた拓海は思わず顔をしかめ鼻をつまんだ。
(ソラ、これは……)
(うん、あちこちにまだ新しい血痕が沢山ある)
部屋に転移して来て少し感覚が麻痺していたが、この部屋にはあちこちに血痕があり、血の錆びついたような匂いが充満していたのである。
拓海は視界が悪い中、ふと何かが足に当たって目を向けるとそこには見覚えのあるマジックバックであるポーチが留める部分が壊れて落ちていることに気付き、徐々に目を見開いていった。
「胡桃!」
それが胡桃の物であることに気付き動悸が早まる拓海は、顔を上げ彼女の名前を大声で呼び、慌てて目を凝らし辺りを見渡し始めた。
返事が返ってこなくて不安で呼吸が荒くなりそうになったところで、拓海は突然誰かに背中を叩かれた。
「拓海さん!」
叩かれて振り返ると、そこにはいつの間にか心の世界から出てきた蒼色の髪を持つ少女であり、拓海と契約を交わした水の大精霊ソラが頰を膨らませてこちらを見つめて立っていた。
「落ち着いて。叫んだら敵を呼び寄せちゃうかもしれないよ」
ソラのその一言で拓海は少し落ち着いて、申し訳なさそうに謝った。
「す、すまん……」
「敵に見つかってないし、不安になるのは私も同じだから気にしないで。それに、あそこに胡桃は倒れてる」
そして、拓海より夜目が利くソラは拓海と同様に辺りを見渡して突然とある方向に指を差して走り始めた。
「いた、こっち!」
拓海はソラについて追いかけていき、視界に映ったその光景に息を飲んだ。
「く……るみ?」
そこには髪の毛や防具を赤黒く染めて床に倒れている最愛の仲間の姿があった。
「“プルガシオン・ウォーター”!」
その姿を見て目を見開いたソラが治癒魔法を詠唱するのと同時に、拓海は形相を変えて急いで胡桃が呼吸を確認し、少し安心して息を吐いた。
「良かった生きてる……」
拓海はソラの魔法で防具や身体に付いた血が消え、傷口も消えていく胡桃を複雑な表情で見つめ、優しく頰を撫でた。
実際には一週間程会っていなかっただけだが、ここに来る前に炎帝の試練を受けていた拓海は胡桃と会うのは約半年ぶりなのである。
顔を久々に見ることが出来て胡桃を愛おしく感じると共に、傷付き目を覚まさない胡桃の姿に心を痛めて拓海は何とも言えない感情になっているのであった。
しかし、そうは言ってられない。拓海にはやるべきことがあるのだ。
「ソラ、さっき話したように胡桃を任せるぞ。この部屋を一回りしたら俺は柑菜の救出に向かう」
「分かった。でも、無理し過ぎないでね。柑菜に会った時に拓海さんが死にかけとかだったら、余計に悲しんじゃうからね。まぁ、もちろん私達もだけどさ」
「まぁ、し過ぎないようにはするよ。それじゃ、頼んだ」
そうソラに告げた拓海は、胡桃のすぐ近くの床に突き刺さっていた胡桃の桜色のオーラを漂わせる特殊な脇差である『妖刀ー紅桜』を直接手で触れないように霊装のマントで拾い上げて鞘に戻すと、胡桃のマジックバックであるポーチに入れてソラに渡した。
それから拓海は下の階段に続く出口を探すため部屋を壁に沿って歩いていき、血の錆びついた匂いが徐々に濃くなっていくのに気付いて顔をしかめた。
やがて歩いていくと、恐らく出口である扉を見つけると共にすぐ側で陥没した壁に何かが付いているのに気付いた。
(何だよこれ……)
拓海は吐き気を抑え、目の前の一歩退いてしまった。
そこには大量の血痕や様々な直視したくないような物。かつて人であった者が原型をとどめることなく粉々になって床に散らばっていたのである。
ここまで加減の知らない殺され方をしている事から、近距離戦闘の技術ならSSSランクの冒険者に引けをとらない胡桃がかなり拮抗した戦いの中で力を振り絞って競り勝ったことが伺えた。
(そういうレベルの敵がいたってことか。そして、この先にも恐らく……)
少し気になることはあったものの、改めてラダトームにいる敵の強さを再確認して集中力を高めた拓海は、ギルアが死んで封印が解けた扉を開いて部屋を出ていくのだった。




