1-1 出会い
ここから本編が始まります!
「何処だ……ここ」
長い夢を見ていたかのような気分だ。目を開け、意識が覚醒した拓海は上体を起こし、周りを見渡すと三百六十度木がそびえ立ち、ここが森の中だということが分かった。
空を見上げると木々の隙間から月の光が漏れていた。そして木々の間からは所々月明かりが差し込んで、所々地面を明るく照らしている。
拓海はその場で立ち上がり、肩に痛みが無くなっていることに気づくと自分の肩に目を向けた。
(あれ? 傷がなくなってる)
服には穴が開いていたが、どういう訳かさっき包丁で刺されたはずの肩の傷が綺麗になくなっていた。
不思議に思いながらも、拓海はとりあえずこれからどうしようかと考えた。
(柑菜が心配だな……。それにここはどこだ? とりあえずこの森……だよな。ここから出たいな)
拓海は再び辺りを見回したが、どこも同じように草木が生い茂り、風で騒めく草木の音だけが聞こえる。
人の声、街の灯りといったものは一切見えないし感じとれなく、不気味な雰囲気に気圧されながらもこれからどうするか拓海は考えていた。
(どこに向かって歩けばいいんだ……。とりあえず適当に歩くか)
ーーーー………………ォォォオ……ーーーー
そう渋々といった感じで拓海が歩きだそうと一歩踏み出した瞬間、突然どこからか聞いたことがないような低い唸り声が聞こえてきた。風のせいか、それともその声のせいかはわからないが木々が激しく震えている。
その唸り声を聞いた拓海は思わず身震いしてしまい、足がすくみそうになった。
(おいおいおいおいっ、ちょっと待てよ!? 何だよ今の唸り声!? 今手ぶらだし、襲われたりしたら何も抵抗できずに死ぬぞ)
しかし、このままここでじっと待っているわけにもいかずに拓海は何とも出会わないよう祈りながら適当に進む方角を決めて周りに注意しながらゆっくりと歩きだした。それから拓海は周りにはえている草木をかき分けながら一心不乱に歩き続けた。
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(お、あれは……)
幸い何にも出くわすこともなく一時間ほど歩いたところで湖が見えてきた。拓海はさっきまで歩いても歩いても、周りに木しかなかったので湖を見かけて少し安心して胸を撫で下ろした。
割と小さな湖だ。水面が月明かりを反射してキラキラと光って見える。この先どうなるのか不安ではあるが、拓海はこの景色を見て少し心を落ちつかせた。
どうせなら喉も渇いてきたから少し休憩しようと湖に近づいてしゃがみ込み、湖の中を覗き込んで見てみると、水面に自分の顔が映った上に湖の底が見えるくらい水がかなり透き通っているのが分かった。
(すごいなこの水。滅茶苦茶綺麗だぞ)
これなら何とか飲めそうだと拓海が生きるためと割り切って手で水をすくって渇いた喉を潤していると、視界の端に湖の反対側で微かに何かのシルエットが微かに見えた気がした。
(ん?)
興味を持った拓海はゆっくりと立ち上がり目を凝らして見てみたが、周りが暗いせいかいまいちよく見えなかった。
(よく見えないな。あれは何だろ? ちょっと見に行ってみるか)
そして拓海は近くの木陰に身を隠しながらそれに慎重に近づいていき、その動いていたシルエットの正体が見える位置まで移動した。
(ッ!!)
そして、そこには拓海のいた世界ではいないはずの身長百二十センチくらいであろう全身緑色の人型の何か。
その緑色の得体の知れない何かが湖の近くで三体彷徨っている。それぞれ手には木で出来た剣、槌、弓を持っているのが見えた。
(あれは……)
拓海は目を見開き、現実には存在しないはずのそのモンスターを見て考えを改めた。
(確かゴブリンってやつか。昔ゲームで見たことあるぞ……。しかし、未だに信じられないんだけどあの男が言ってたように本当に俺は異世界に来たのか……)
現実を受け止められず動揺しながらも、ゴブリンに見つからないようにこの場を去ろうと後退りすると、暗くて後ろにちょっとした段差があることに気づかなかった拓海は盛大に尻餅をついてしまった。
「いてて……」
そして、尻をさすりながら拓海が立ち上がる。
「あ……」
離れた所にいたゴブリン三体が音に反応したのか、こちらを見ていて、その内の一体と目が合ってしまった。
しばらく沈黙が流れる。
(あ、あれ? もしかしてこっちに気づいた……?)
すると拓海の考えを肯定するかのように拓海の姿をはっきり確認した三体のゴブリンは、それぞれ武器を構えて雄叫びを上げながらこちらに向かって走ってきた。
「ちょっ、嘘だろ!?」
思わずそう声を出してしまった拓海は三体のゴブリンを撒くため一目散に森の中を走りだした。
「はっ……はっ……はっ……」
昔からよく外を走っていて、体力と足の速さに自信があった拓海は走り始めてしばらくして、ちらりと後ろを見ると歩幅の違いか既にゴブリンとの距離は二十メートルくらい離れたことに気が付いた。
(よし、このままいけば!)
そして、多分走るスピード的にも追いつかれないだろうと拓海は余裕をかましていると風を切り裂く音と共に後ろから右肩に何かがかすめた。
「くっ!?」
驚きと肩に走る痛みに目を細め、思わず声を出した拓海はそっと自分の肩を見てみると服が裂けて、肩から血が流れていた。
(いてぇ……今のはゴブリンの弓矢か? 早くあいつらをまかないとやばいなこれは……)
それから拓海は肩の痛みを我慢しながら今度は後ろから狙いを定めにくくするため周りの木々の間をジグザグに走って全力で逃げ続けるのだった。
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「はぁはぁ……はぁはぁ……」
しばらく走っていると後ろから追ってくる音が消えて、一安心した拓海はゴブリンの矢が掠めて血が出ている肩を手で押さえながら顔をしかめ、ふらふらとぐらつきながら適当な木を背にして座り込んだ。
(くそっ、いてぇ……。それにしても危なかった……。これからは迂闊に近づかないようにしよう)
しかし、とりあえず痛みが和らぐまで休憩しようとして一息ついた拓海は気付いてしまった。
自分がとんでもなく危険な状況におかれていることに。
土を踏みしめパリパリと落ち葉が粉々に砕ける乾いた音が徐々に近づく。
そして拓海の目の前に体長二メートル近くあるだろう巨大な黒い狼に似たモンスターが木々の間から三体闇に紛れて現れた。
(嘘だろ……)
その様子に拓海は絶望し、口を半開きのまま心の中でそう呟いた。
自分の激しい息遣いとゴブリンから逃げるのに必死だった上に体色が闇に紛れて、拓海は近くまで接近されるまで気づかなかったのであった。
「くっ!?」
どうにかして逃げようと拓海は急いで立ち上がったが、逃げる間も無くあっという間に囲まれてしまった。
(くそっ、油断した!? 逃げ場もない……。俺は……死ぬのか……?)
そう拓海が諦めかけて、ぎゅっと力強く目を閉じたときに柑菜の笑顔が脳裏にちらついた。そして拓海は自分を奮い立たせようと、首を振ると再び目を開けて目の前のモンスターに意識を集中させた。
(そうじゃないだろ! 柑菜を一人にするのか? いや、俺は生きて元の世界に帰るんだ! 何か策を考えろ!)
しかしそんな都合良く打開策があるわけもなく三体のモンスターは拓海にじりじりと距離を詰めてくる。
拓海は苦し紛れの抵抗で歯を食いしばりながらモンスターを睨みつけることしか出来なかった。
そして、モンスターと拓海の距離が三メートルにも迫った時だった。
「“シャドウバイラール”!」
凛とした声が拓海が座り込んでいた木の上から響きわたると、モンスターの周りの地面から黒い鞭のようなものがいくつも飛び出し、あっと言う間に三体のモンスターの身体に這うように巻きついて地面に拘束した。
そして誰かが拓海がもたれていた木から飛び降りて、上から何か刃物のような物を慣れた手つきでそれぞれの首筋に一閃させると三体のモンスターは声を上げる間も無くあっという間に絶命した。
そんな突然目の前に繰り広げられる展開に、拓海が何が起こったのかわからずにぽかんと立ち尽くしていると、モンスターの死体の向こうから誰かが歩いてきた。
「ふぅ……。あなた大丈夫だった? 怪我はない?」
拓海の目の前に現れたのは、くノ一のような格好をして白いマフラーが特徴的な黒髪の女の子だった。
「あ、あぁ……。まあ君のお陰でね。助けてくれてありがとう」
見た感じ年は柑菜と同じくらいだろうか。少し幼い顔立ちだが、その目は年に不相応な鋭い目つきをしていた。
拓海がそんなことを考えていると、拓海の姿を上から下まで見た白マフラーの女の子は呆れた顔をした。
「肩から血が出てるし、怪我してるじゃない……。すぐ手当てしないとね。それにあなたには色々聞きたいこともあるし、まずは森を出ましょ!」
「すまん、案内してくれると助かる」
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それからその白マフラーの女の子の後ろを追いかけて森の中をしばらく歩いていると、ようやく森を抜けることが出来た。どうやら拓海は運良く森の外に向かって歩けていたようだ。
辺りには一帯、膝の高さくらいまで草が生えた草原が広がっていて夜風でざわざわと音を立てて揺らめいている。
そして、拓海は目を凝らしてみると少し離れた所に明かりが見えた。あれは村なのだろうか。
後ろで目を凝らして遠くを見ている拓海に気づいた白マフラーの女の子は親切にも立ち止まってくれた。
「見える? あそこに行けば治療も受けられるからあと少し我慢してね」
「了解。あ、でも治療受けても俺無一文なんだけど大丈夫かな?」
「あ〜、じゃあ代わりに払ってあげるよ。そんなにたいした傷じゃないだろうしね!」
「あはは……。ごめん、後で何とかして返すよ」
二人は話しているうちになんとか村の入り口までたどり着いた。村は木の柵で囲まれていて、両サイドに篝火のついた少し大き目の門とその傍らに一人の番人が立っている。
番人は拓海の姿を見て少し驚いた顔をしたが、白マフラーの女の子が軽く事情を説明したところ快く村に通してくれた。それから二人は番人に治療するために村の宿屋まで案内されるのだった。