2-12 体術訓練
次の日、拓海と胡桃、そしてアイリスは依頼を受けるため冒険者ギルドの受付兼酒場に来ていた。三人は高ランク帯の特別な依頼を除いた依頼が貼り出してある掲示板の前に立っていた。
「二人共どの依頼にする?」
「私はお二人が選んだ依頼について行きますよ」
拓海が胡桃の意見を聞こうとすると、拓海が質問するよりも早く胡桃が何かを思い出したかのように話し始めた。
「あ、そうだ! ちょっと二人に今後のためにも教えておきたいこともあるからこれにしよ!」
胡桃が選んだ依頼はDランクの依頼だった。依頼の内容はここ最近街で引ったくりが頻繁していて、その犯人を捕まえるというものである。
「う〜ん、これが何で今後のためになるんだ?」
「えーと、街中で武器や魔法を無闇に使うと危ないのはわかるよね?」
いまいちよく分かっていない拓海が疑問を口にすると胡桃が二人に問いかけると、アイリスは小さく声をあげて、分かって嬉しいのか笑みを浮かべて答えた。
「あ、分かりました! 要はほぼ体術のみで犯人を捕まえないといけないんですね!」
「流石アイリス! 拓海は今後武器がない状態でも戦わないといけない時があるかもしれないし、アイリスも可愛いんだから前みたいに変な男に絡まれた時に自分の身は守れるようになった方が良いと思ってね。まあ、そういうわけでどうかな?」
拓海は今度は理解したようで、胡桃に頷いてみせた。
「なるほどな、了解。じゃあそれにするか!」
「か、可愛いって……そんな……」
アイリスが胡桃に可愛いと言われて一人顔を赤くして照れているのはさておき、依頼を受ける前にまず胡桃から体術について教わるために街の訓練施設に向かった。
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拓海達は幻想闘技場と同じ仕組みの架空の部屋で訓練を行うことができる施設に来ていた。施設は十五分刻みで部屋を借りられ、冒険者以外にも様々な人達で賑わっている。
そして拓海と胡桃、アイリスの三人は早速借りた架空の訓練部屋を来ていた。
「本当に便利だなこの技術」
拓海が周りを見渡しながらそう感嘆の声を漏らしている中、アイリスは初めての幻想闘技場に目を輝かせて感動していた。
「私初めて体験しました! それにしても架空の空間って感じが全然しませんね……」
二人のそんな様子を見た胡桃は小さく笑うと、拓海に声をかけた。
「ふふっ、じゃあ早速始めよっか。まず拓海ね」
「おう!」
「まずは私の体術を見せるよ。私は体術だけで拓海は魔法は使わない代わりに武器も使っていいから私と勝負よ! 私に一太刀でも入れれたら拓海の勝ちでいいよ! 私は拓海を降参させるか行動不能にしたら勝ちってことで。アイリスはちょっと離れててね」
「あ、分かりました!」
後から聞いた話、体術を極めている人の中には拳に魔力を纏って武器を破壊したりする人もいるようだ。ちなみに胡桃もある程度の実力の相手には武器破壊をして無力化させることも出来るらしい。
アイリスが小走りで二人から離れたところに移動したのを横目に、拓海は少し離れた場所に立つ胡桃を見据えた。
「いつでもいいよー!」
そう声をかけてから胡桃が動き出さないのを見たところ自分から攻撃をしないのかと思った拓海はつま先に力を入れた。
「よし……じゃあいくぞ!」
拓海はまず片手で長剣を抜き放ち胡桃に向かって駆け出す。
しかし、胡桃は目線や表情をぴくりとも変えず、その場から動かずじっくりと拓海の動きを見ている。
「はぁ!」
そして拓海は胡桃に剣が当たる範囲内に入ると、まだ動かない胡桃に向かって長剣で素早く横に薙ぎ払った。
「甘いよっと!」
すると胡桃は体勢低くして、薙ぎ払いを避けながら回転するように拓海の長剣を足で上に蹴り上げた。
「うおっ!?」
長剣を蹴られた衝撃で手が痺れたが何とか落とさなかった拓海は後ろにたたらを踏み少しバランスを崩してしまう。
だが拓海は胡桃にこの一撃は防がれると最初から思っていてそれほど焦りを感じていなかった。
(それにしても避けるだけじゃなくて、薙ぎ払った剣を足で弾き飛ばすなんて……)
それから拓海はバランスを崩しながらも、素早く左手で短剣を抜き放ち、そのまま胡桃に向かって投げたが、胡桃は投げつけられた短剣に動じることなくそのまま三メートルくらい後ろに飛びのいて短剣を避けた。
「今のはいい判断ね! あのまま短剣を投げずに立ってたらそのままボコボコにしてたよ。それじゃ今度はこっちからいくね!」
(こい……ッ!? ちょーー)
体勢を立て直した拓海が警戒して長剣を構えた時には、もう既に拓海の視界一杯に胡桃の拳が迫っていた。
拓海は反射的に顔を横に反らしたが、安心する間も無く横腹に激痛が走り、浮遊感に襲われる。
「がはっ!?」
息が詰まり思わず苦悶の表情になる。
拓海は自分の身体がくの字にして横に吹き飛ばされたところで、ようやく蹴り飛ばされたことに気づいた。そのまま床を転がって顔を上げたが、口の中を切ったのか口の端から血が出ていた。
そして、よろめきながら起き上がり、口の端から流れた血を手で拭って顔をしかめながら蹴られた横腹を抑えた。
(いてて……。くそ、何て威力だ!? まともにやったら勝ち目はないな……だったら!)
しかし拓海が動き出すより早く、胡桃は容赦なく蹴り飛ばされて体勢を立て直していない拓海との距離を一気につめていた。
「これで終わりだよ!」
そして拓海の顔面に蹴りを放った……ように見えた。
拓海の目の前で急停止して蹴りを放つ片足を上げかける予備動作をした瞬間、視界から急に消えるかのように拓海の横に素早く回り込んで拓海の後頭部に回し蹴りを放つ。
「っ!?」
決めにいった一撃が空を切り、胡桃は拓海の戦闘センスを見誤っていたことに気が付いた。
拓海は頭を下げて回し蹴りを避けると同時に、振り返りながら長剣で横に薙ぎ払った。
胡桃は驚きながらも迫り来る長剣を瞬時にその場から飛びのいて避けると、目を丸くして拓海を見つめた。
「びっくりした……。拓海、今のよく避けたね……」
拓海は息を吐くと、立ち上がって苦笑いしながら答えた。
「今のでも当てられないのか……。まあ、予測して直感で避けたんだよ。まともに胡桃の攻撃を見てから避けても間に合わないし」
拓海が長剣を両手で握り、構え直す。集中力が相対する胡桃にも伝わるほどのもので、胡桃は小さく感嘆の声を上げた。
「へぇ……」
(やっぱり戦闘センスあるな〜、じゃあこっちもちょっと本気だすかな!)
胡桃は目を閉じてその場で一度深呼吸をした。そして、小さく何かを呟く。
そんな胡桃に拓海は何が来るのか警戒して長剣を握る両手に力がこもる。
拓海の視界が回転した。
「……は?」
気づいたら拓海は後方に吹き飛ばされていた。最初の一撃とは比にならない勢いで床に身体を叩きつけながら転がる。
それから拓海は立ち上がろうとしても体の節々が痛み、立ち上がることが出来ずに床に倒れ込んでいた。
「はぁはぁ……ごめん。ちょっとやり過ぎちゃった……。駄目だなぁ、やっぱりまだ制御しきれないや……」
胡桃の声にゆっくりと顔を上げた拓海は、さっき拓海が立っていた場所からよろめきながらこちらに歩いてくる胡桃の頭から何かが弾けて光の粒子となったのを見た。それに気のせいか、胡桃の目の色が変わって見えた気がした。
そして拓海は仰向けで倒れながら、力無く笑った。
「ははっ……ま、参った。それにしても何だよさっきの? 全く反応出来なかったぞ」
「ん〜、秘密! 私も久々に試したくなっちゃってさ。まあ、まだ完全には使いこなせてないんだけどね……。それより大丈夫?」
「ちょっと大丈夫じゃないかも」
「あはは……ごめん」
申し訳なさそうな胡桃がそんな話をしてるうちに心配そうな表情を浮かべたアイリスが駆けつけて来た。
「拓海さん、胡桃さん大丈夫ですか!?」
「私は大丈夫だから拓海を治療してあげて」
「あ、ではまとめて魔法をかけるので胡桃さんも来て下さい!」
それから胡桃と共に拓海に小走りで駆け寄ったアイリスは魔法の詠唱を始めた。ちなみにアイリスは回復魔法や光魔法が得意らしい。ゲームでいうヒーラーというやつだ。
「“ヒーリングスフィア”」
すると魔法の詠唱と共に現れた光の球体が三人を包み込み、全身の疲労が少しずつ和いで体の傷も治っていった。
「はい! これで治療は完了です!」
「へ〜こんな魔法があるんだな……。ありがとなアイリス!」
「アイリスありがと!」
その後、二時間ほど拓海とアイリスはそれぞれ近接戦闘や簡単な護身術や体術を教わるのだった。
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「「「あれ……?」」」
訓練を終え体術も多少なりとも身につけた二人と胡桃が酒場に戻り、訓練前に決めていた依頼を受けようと意気揚々に依頼が貼り出されている掲示板に行くと、その依頼は掲示板にもうなくなっていたのだ。
「ちょ、ちょっと聞いてくる!」
そして、拓海とアイリスが呆けている間に胡桃が受付嬢に聞きにいくとどうやら既にその依頼を誰かが受けてしまったようだった。
それから訓練の前に依頼を受けておくべきだったと三人は肩を落として酒場を後にするのだった。




