2-8 決闘1
アイリスと出会ってから数日、拓海はこれといった情報を得られず父親の捜索と元の世界に戻る情報集めは難航していた。
そんな中今日は拓海の怪我もほとんど完治したため、久しぶりにモンスターの討伐依頼を受けるために酒場で胡桃と待ち合わせをしたのであった。
胡桃に久々なのにいきなり討伐依頼を受けて大丈夫かと心配されたが、拓海は怪我をしている間も腕にあまり負担がかからないように毎朝日課だった剣の素振りを新しく買い直した長剣で行っていた。拓海が元の世界でも小さい頃からずっと続けている習慣である。
ちなみにこの長剣は前回の剣に比べてもっと素材の良いもので、ジャイアントゴブリンを討伐して聖都に戻って来た時に胡桃が買って拓海にプレゼントした物である。流石に年下の女の子に買ってもらうのは気がひけたが胡桃が納得してくれなかったので、拓海はありがたく買ってもらうことにしたのであった。
酒場に着いた拓海は辺りを見回したが胡桃の姿はなかった。もう一度探してみたが、どうやらまだ来ていないようだ。
(やっぱり早かったか……。胡桃が朝に弱いことすっかり忘れてたなぁ)
暇だったので待ち合わせの三十分も前に来てしまった拓海は内心そうぼやくと、とりあえず時間をつぶそうと近くの空いている席に座る。
そして拓海はメニューを手に何か注文するため店員を探していると、少し離れた席に座っている一人の少女を囲むように三人の男が立っているのを見つけた。
(あれは……)
よく見たら怯えた表情の少女は先日拓海と出会ったエルフのアイリスだった。様子を見ていると何やら男達に何か言われ、アイリスは怯えた表情でしきりに首を振っていた。やがて痺れを切らした一人の男が嫌がるアイリスの腕を引っ張って無理矢理どこかへ連れて行こうとした。
「いいから来い!」
「い、いやっ……!?」
明らかに様子がおかしいと思った拓海は、すぐに三人の男達のほうに向かった。
「あんたら何してるんだ? やめろよ。彼女、嫌がってるだろ」
鋭い目つきの拓海がアイリスの腕を引っ張る腕を掴んで声をかけると、三人の男達は鬱陶しそうに拓海の方を向いた。泣きそうな表情を浮かべていたアイリスは拓海を見て目を見開き驚いた顔をしている。
急な邪魔が入って苛立ちの表情をみせる酒臭く少し顔が赤いリーダーらしき男は怒気を孕んだ視線を拓海にぶつけ、アイリスの腕から手を放すと拓海の手を振り払った。
「鬱陶しいぞお前。俺達はただこの女と少し遊んでやろうと思っただけだ。失せろ」
元の世界では体験したことがない人の悪意に拓海は一瞬たじろぐが、拳を握り締めて男に負けじと視線を向ける。
「俺の仲間だ。今すぐ彼女から離れろ」
リーダーの男の殺気に臆することなくそう言い放つ拓海が男達を睨みつけると、苛つきを抑えきれなくなった一人が突如激昂して拓海の胸ぐらを掴んだ。
「んだとこらっーー」
拓海が応戦してやろうと身構えると、目の前の男が突然周りの机や椅子を巻き込んで急に後方に吹き飛んだ。
そして大きな音が鳴り響いたせいで、さっきまで無視していた人達も騒めき始めた。
「早めにきて拓海を驚かそうとしたのに、あんた達拓海に何してるの?」
胸ぐら掴んでいた男が消えるように突然いなくなり、風圧を感じた拓海は後ろにタタラを踏むが何とか倒れずに体勢を立て直した。
拓海が顔を上げると、いつの間にか胡桃がモンスターと対峙した時と同じ目つきで男達を睨んで男達と拓海の間に立っていた。
吹き飛んだ仲間を横目にリーダーの男は冷静さを取り戻したのか胡桃の姿を見て舌打ちをして拓海を睨みつけた。
「なるほどな。お前が最近噂になっている駆け出し冒険者の桐生拓海とやらか。どうせジャイアントゴブリンもそこの『黒流星』の手柄を横取りしたんだろ?」
「拓海はーー」
「いいって胡桃」
このままだと怒りに満ちた表情の胡桃が暴れそうだったので、拓海は胡桃を手で制して男に言った。
「じゃあ試してみるか?」
そんな拓海の様子を見たリーダーの男は小馬鹿にするように鼻で笑った。
「はっ、いいだろう。身の程もわからん馬鹿には力の差を見せてやろう。そうだな明日の正午アルカディア城の十階にある幻想式闘技場で決闘だ」
「分かった、受けて立ってやる」
「言ったな? 逃げるなよ。逃げたら口だけの負け犬っていうレッテルが貼られると思いな」
冒険者にとって悪名や悪い噂というのは大きく影響する。主に依頼者やギルドとの信頼関係に関わり、仕事を受けることが出来なくなることや、下手をすれば街から出入り禁止にされることもあるらしい。
しばらく拓海とリーダーの男は睨み合った後、やがて舌打ちして視線を切ったリーダーの男は仲間の二人を連れて去っていった。
すると恐怖で床に座りこんでしまっていたアイリスがゆっくりと立ち上がり申し訳なさそうな表情を浮かべて近寄ってきた。
「あ、あの拓海さんすいません……。私のせいで巻き込んでしまって。助けてくれてありがとうございます」
「はは……流石に見てられなかったからさ。それより怪我はない?」
「あ、はい。大丈夫です」
そんな風に拓海とアイリスが二人で話していると、後ろから何やら不機嫌そうな顔でこっちを見ていた胡桃が拓海に声をかけた。
「ちょっと、あれでも一応あの人達Cランクの冒険者よ?」
「だけど格上だろうが絶対勝つよ。あんな奴らには負けない。胡桃、悪いんだけど今日は明日に備えて対人の特訓をしたいんだけどいいか?」
「は〜……まあいいよ。付き合ってあげる」
しょうがなさそうに息を吐いた胡桃はそう返した。拓海は苦笑いしながら胡桃にありがとうと言葉を返してアイリスに振り返った。
「それじゃ、俺達は行くから」
「ほ、本当にごめんなさい……」
胡桃が一言アイリスに大丈夫よと声をかけてアイリスに別れを告げ、二人が酒場を出て行こうとすると何やら鬼の形相で酒場の管理人さんが拓海達の前に立ちふさがっていた。
((あ……))
その後、二人はその場で正座をさせられ、こっ酷く叱られたのであった。




