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春告げのセリ  作者: K+
春告げのセリ
9/25

09 奥様でしたか

「初めて見る形だけど多分魔法図。魔法図と考えれば色々と説明もつくよ!」

 グリンザは早口に言って、雪面に残った跡の素描を真剣に見る。

 セリ達が居るのは、屋敷の書庫だ。当主夫人が遺した、変化(へんげ)魔法についての覚え書きを見直すことにしたのだ。

 多くは、変化魔法を教えてもらえた祖先の日記。該当部分を抜き出したものだ。

 ここに到ってセリも、前から引っかかっていた記憶がほどけていた。

 里長(さとおさ)の長男が問いかけてきたではないか――何か舞えるか、と。踊りに魔法が隠されていたからこその問だったのだ。彼は里長よりも少し真面目に、メッセン家の希望に添おうと考えていたのだろう。

 しかし問題は、里のどの踊りが変化魔法に通じているか。

 デンとグリンザは、ほぼ即答で、十中八九セリが教わった踊りだと言った。

 古い型の、山神に感謝する踊り。祖母は変化魔法だなんて一言も口にしなかった。ひょっとすると当人達は知らぬまま、辛うじて受け継いでいた可能性が出てきている。

「確かさ、森の奥に変な場所あるよね」

 グリンザが図面に指を彷徨わせながら言う。うん、とデンは覚え書きの紙をめくりながら応じた。

「妙な気はしてた。外枠に石を敷いて、内側を土だけにしてたような……今は草木で判りにくくなってるけど」

 覚え書きは当然ミシュ語で、しかも古い言い回しの抜き書きだ。セリにはちんぷんかんぷんなモノが圧倒的で、お手上げ状態だった。

 解読できたものと言えば、嫁いできたシノノメの人が話してくれたらしい、お伽話を書き留めたもの。


【ある所に、良い人の子と悪い人の子がおりました。

 二人は、豊かな山で暮らしたいと思っておりました。

 それを知った山の神様は、二人に機会を与えてあげました。

 山の神様の魔法で、二人は大きな鳥になりました。

 大きな鳥に、山の生き物たちはびっくりです。

 二人は人の言葉で自己紹介をしましたが、嘴から出たのは鳥の声でした。

 声は鳥でしたが、本物の鳥にも、他の生き物にも、何を云っているのか通じませんでした。

 それでも、

 良い人の子は、一生懸命、他の鳥の真似をしました。

 悪い人の子は、誰彼構わず、大きな体を自慢しました。

 やがて、

 良い人の子は、言葉が通じなくても、鳥たちと仲良くなりました。

 悪い人の子は、山の生き物たちから怖がられるようになりました。

 山の神様がやって来ました。

 魔法で、二人は大きな野鼠になりました。

 大きな野鼠に、山の生き物たちはびっくりです。

 ふりだしに戻ってしまった二人もびっくりです。】


〝それでも〟と物語は繰り返す。

 良い人の子は山の生き物達に次々と馴染んでいき、最後には神様に山で暮らすことを許される。対して、悪い人の子は山から追い出されてしまう。

〝今でも、諦めきれずに山の近くで暮らしているとかいないとか〟という文で締め括られていた。

 読み終えたセリが目を上げると、グリンザがキラキラした瞳でこちらを見ていた。熱視線に軽く引いてしまう。

「奥方、通しで全部踊ってね!」

「えと、雪が消える前に?」

「いやいや、雪の上は奥方の足も冷えちゃうし、今度は土か砂の上ね。僕らが話してた場所で」

「ムスタ、奥殿はその物語を熱心に読んでたから」

 デンが覚え書きを片付けながら指摘する。セリが、ごめんなさい、と告げると、グリンザはにこりと笑った。

「あぁ、うん、そっか。そんな奥方をデン君も熱心に見てた、と」

「昔は魔法図を地面に描いていたんだ、奥殿」

 やや強引にデンは説明を始めた。「古代魔法と言われてる。地面に浅く筋を付け、その筋にマサを敷き詰めていた」

「魔鉱脈の近くで採れる砂だよ。魔力をとても通し易い。今も魔法図を描く染料の材料だね」

 にやにやしながらグリンザも説明に加わる。デンは、耳の先をちょっと赤らめたまま続けた。

「変化魔法は、大昔の方法で発動させていたかもしれない。鉱脈の近くにそれらしい遺跡が在って、日記にもその付近に出かけたらしい記述がある。そこを元に戻してみるから、今度、踊ってほしい」

 無能なセリが、もしかするとメッセン家の役に立てるかもしれない。当日までに、しっかり練習しておかねば。

 セリは唇を引き結ぶと、頷きを返した。



 当主からも、結果が楽しみだ、という諒承代わりの言葉を得て、早速、デン達は森の遺跡の復元に取りかかった。が、何せ他にもやることはある。一つのことだけに、かかり切りになるわけにもいかない。

 あちらこちらで咲き出す花々と競うように、家畜の出産や作物の種蒔きが行われた。粗方終わってようやく集落の人達の手が空き出した頃には、初夏になっている。

 もう少しすると、羊や山羊の毛刈りがあり、収穫の始まる野菜も増えてくる。今の内にと、デンは手伝ってくれる人達と泊りがけで数日森の奥へ出かけたりした。

 セリは、午後になると裏庭でひたすら踊りの練習に励んでいる。

 シノノメ出身のご先祖様は、はっきり変化魔法と解っているモノを携えて嫁いできたろう。お互いが誠実に約束を守っていたらしい時代だ。舞は完璧だったに違いない。その点が、セリと完全に違う。

 自分の踊りが見当違いだったらどうしようと、セリは不安にもなった。けれど、その時はその時、とデンが笑ってくれた。だから、とにかくセリは覚えているとおりに踊り切れるよう、おさらいを繰り返している。

 そんな風にして夏が近づいてきた日、昼食後にゴウナが来た。


 食堂の扉が開くや、急ぎの話だ、親父! とゴウナが大声を響かせた時、セリは食後のカフィを味わっているところだった。

 びっくりして、こぼしそうになる。夏は魔法で冷やすと美味しいんだよ、と話してくれていたグリンザも、ちょっぴり肩をすくめた。デンは動じずに義兄へ目を流し、当主が少し呆れたように言った。

「落ち着かんか」

「返事を急かされている。しょうがない」

 どしどしとやって来る大きな身体の向こうで、廊下に居たカイケン老がやれやれと言いたげな仕種をしていた。その隣に、三、四十歳くらいの見知らぬ女の人が、布包みを抱えて立っている。

 亜麻色の髪で、綺麗な顔立ちだのに、いささかやつれて見える。セリと目が合うと、ぎごちなく笑んできた。

 セリが小さく笑み返すと、ゴウナがじろりと見下ろしてきてから、肩越しに目を投げる。

「仕事の話だ、お前らは余所へ行ってろ」

「乱入してきた者が威張るな」

 当主は鼻で息をついてから、廊下の女性に目をやった。「今日からかね?」

「は、はい。お知らせしてからと、思ったのですが……」

「オレも来る用事が出来たから、ついでだ、ついで」

 応じたか細い声に被せるように、ゴウナが言う。

 グリンザが、こそこそと隣国の言葉で囁いてきた。

「代行奥方、暑い苦手。夏、少し森くるです」

「奥様でしたか」

 合点したら、当主がゆったりと声を響かせた。

「セリ殿、すまないな。スゥヤ殿と部屋を用意してくれ。クラカに言えば解るから」

 はい、とセリは席を立つ。カフィを残してしまうのが惜しかったけれど、後でデンにねだろうと思ったら気分は浮上した。


 セリはミシュの(みやこ)からデンが戻る直前に会ったのが最後だったけれど、ゴウナはあれからも街に関する報告などで、何度か屋敷に来ているらしかった。今日のような感じではなく、概ね当主の執務時間に合わせて。

 デン絡みで危ういところを見せるようになったゴウナだが、当主代行の仕事をさぼることはないようだ。

『言われたとおりに称号を得たからか、このまえ俺が会った時は、それほど当たりがきつくなかった。養父上を継ぐのは義兄者だと俺は思ってるし、ひとまず納得してくれたならいいんだけど』

 これ以上ぎくしゃくするのは御免だと言って、デンは称号もゴウナと同位の物だけ発行してもらって帰ってきている。グリンザの類友が、かなりしつこく、ムスタも発行してもらえと勧めてくれたそうだが。

 そうやってゴウナについてはたまに聞いていたけれど、その奥さんについては殆ど知らなかったと、セリは今更ながら気づく。

 セリより倍近く年上の筈だったが、当主代行夫人は歩き出しただけで腰の低さが滲み出ていた。はっきり言って、夫君の放つ空気と真逆だ。クラカおばさんを捜して厨房へ足を向けたら、ごめんなさい、と気弱い口調で言う。

「急に、来ちゃって……」

「大丈夫です。夏は、いつもお越しになるんでしょう?」

「ここ数年――お義母(かあ)様が亡くなってから、ご負担をかけている気がして、暑さの盛り頃だけお世話になってたんだけど……」

 スゥヤは口ごもってから、灰色の瞳で上目づかいにセリを見た。「今年は、ゴウナが、貴女が居るから前のように滞在しても大丈夫だと言い張って」

 図々しい余所者が居座っているくらいだから、実子の正妻が長居して何が悪いという意味だろうか。

 セリが表情を決めかねていたら、スゥヤはしみじみと言った。

「本当に、お義父(とう)様が以前のようにお元気になっていて、驚いたわ。夏にしか来ない不義理なわたしでは、どう励ましたらいいのか、解らなかったの」

 セリは瞬いた。変化に気づいていなかったが、当主は見違えたようになっているのか。

(そういえば、最初はもっとお年寄りに見えていたかも)

 まだ五十代と知って、少し驚いたものだった。夫人を亡くした上に思うように動けなくなって、老け込んでいたわけか。

 スゥヤは、すまなそうにうつむいた。亜麻色の細い前髪が、はらりと目元にかかる。

「ごめんなさいね、わたし、一人で馬に乗れないし、方向音痴で……お義父様が足を悪くされてからも、森のことから何から、全部貴方達に押し付けてしまって」

「わたし、義父様には、お茶を淹れるぐらいしか、してません。色々してるのは、デン様」

 もじもじしながらセリが言うと、あぁ、とスゥヤは更に肩を落とした。

「デン君には、わたし、顔を合わせられないの。わたしに子供が出来ない所為で、ゴウナはおかしなこと言い出すようになってしまったし」

 それをスゥヤが気に病むことはないと思った。セリは足を止め、少しだけ上にある悲しげな灰色の目を見つめた。

「大丈夫です。デン様、納得してもらえるように頑張ってます。代行様も、解ってきてくれてるみたいです」

「……だといいわ。酷いことや偉そうなことをたくさん言って、引っ込みがつかなくなってるみたいだけど。お義父様の様子が良くなってることは、本当に嬉しそうに話してたから」

 スゥヤはそう言って、僅かに安堵したような表情を浮かべた。

〝山〟の近くに住む人だけれど、最後に追い出された人ではないのかもしれないと、セリはゴウナに対する認識が少々変わったのだった。

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