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春告げのセリ  作者: K+
春告げのセリ
6/25

06 デン様――!?

 メッセン地方に初雪が降った。

 やがて積もるようになってくると、グリンザの魔法図(りきさく)で必要な道や畑の雪は定期的に溶かすようになった。

 溶けた所は問題なく通れるようになっているのに、デンが帰ってこない。

 グリンザが賭けていた日は、過ぎてしまった。

 もう、当主が賭けた日になってしまう。

 デン自身はひと月半と言ったのだから、まだ予定内ではあるけれど。

 セリは気落ちが表情に出ないようにしながら、部屋の窓から外を見ていた。冬に入って、言葉の練習時間がたくさん取れるようになったが、気が散りがちだ。

 外では、うっすらと白い服を着た木々や大地が、晴れ空の下で凛としている。たまに、はらりと、衣の袖が舞うように雪が散った。

祖母(ばば)様が亡くなってから、踊りの練習してないな)

 里の収穫祭で、子供や若者はよく踊った。セリも勇気を出して輪に加わろうと思ったけれど、みんなとは覚えている踊りが何だか違った。結局すごすごと帰ってきて、セリは泣いて祖母に愚痴ったものだ。

『祖母様の教えてくれたの、今の流行りと全然違う。みんな手を握り合って、足を振ってた。わたしみたいに足ひきずってたら、また変だって嗤われちゃう』

『おかしいねぇ。地に足着けてぇ立ってられるよ、ありがたいありがたいて踊りだよぉ?』

『みんなは立ってるのをありがたがってるんじゃないもん、収穫できたのをありがたがってるんだもん!』

(莫迦な屁理屈言ったな、わたし……恥ずかしい)

 椅子の上で抱えた両膝に、セリは顔をうずめた。

 ここ数日、祖母が亡くなる前後のことをよく思い出す。

 温かかった祖母を忘れる気なんて毛頭無いが、やけに浮かんでくるのが今は嫌だった。

 また独りぼっちになる、予感のようだったから。

 部屋に一人で居ない方がいいかも、とセリは顔を上げた。

 再び窓の外に目を投げたら、雪の降る寒さをものともせずに、集落の男の子が駆けてくるのが見えた。畳んだ紙らしき物を持っている。

 あれには見覚えがあった。半月に一度くらい、当主に持ってくる代物だ。文字がたくさん書いてあるけれど、書類とは違う感じ。

 セリはミシュ語を少し読めるようになってきていたから、興味が湧いた。立ち上がって、部屋を出る。

 セリの貰った部屋はデンの部屋の隣で、二階だった。

 このところ気に入っている女性用の服をなびかせ、廊下を急ぐ。階段では長めの裾を持ち上げて、気を付けた。

 一階の廊下に出たら、当主の部屋へ向かっているひょろひょろの後ろ姿がある。

 セリが裾を持ち上げたまま駆け寄ったら、振り返ったカイケン老が、不服気に皺々の口を突き出した。

「セリ嬢、若いおなごは素足で勝負しましょうや」

「寒いの嫌です」

 ぱっと手を放して、セリは裾の隙から覗いていたサリュエリュを隠す。急いで話題を変えた。「じじ様、それね、わたしも見ていい物でしょうか」

 カイケンの手には、さっきの男の子が持ってきた物があった。

「トザナボの方が良いとな?」

「誰ですか」

「人の名じゃないですな。これには東西南北の出来事が色々と書かれておるんですわ。それで東西南北の、頭一字ずつ取ったわけで」

 へぇ、とセリが合点すると、老爺はにやにやした。折り畳まれた紙の下から、封書をちらりと見せる。「デン坊よりトザナボで良いんですな?」

 小さく口を開け、セリは思わず手をのばす。

「デン様――!?」

 カイケンは、セリの手が届かない所へひょいと紙束を掲げてしまった。

「なりませんぞ。御当主宛てでございますから、先ずは御当主がご覧になってからです」

「――ご、ごめん、ごめんなさいします。わたし、わたしも見るしたい――」

 焦って言葉が回らなくなった。もどかしさにセリが両手を彷徨わせる間に、ほいほい、と老爺はすったか歩き出す。

「お茶の道具を運びますから、御当主に淹れておあげなさい。見せてくださろ」

「じじ様、素敵」

 うっしゃっしゃっしゃ、とカイケンは元美男と思えない笑声をあげていた。


 当主が手紙を読んでいるうちに、デン君から便りが来たんだって? とグリンザも来た。

 セリが彼の分も茶を淹れていたら、当主は目を上げる。

「セリ殿、読めるかな?」

「頑張ります」

 当主が一枚きりの便箋を向けてくれて、セリは目を輝かせて受け取った。

 図面は下手らしいけれど、デンの手跡は普通に読める。

 元気か尋ねている。称号は貰えたと書いてあると思う。〝帰る〟が否定されている――帰らない?

 セリは動揺して、何度もその部分を読んだ。理由が記されているようだけれど、知らない単語が多い。

【グリンザ・ムスタ】と何度も出てくる。セリの名前が出てこない。

 セリがしょげると、どれどれ、とグリンザが横から覗き込んできた。

 あちゃあ、という呟きに、セリは肩を落として手紙をグリンザに渡す。

「セリ殿、解ったのか」

「……デン様、称号貰えました。帰らないです。ムスタの心配してます」

「……最初は正解だ。後は、どうだろうな」

 当主が苦笑し、グリンザが肩をすくめた。

「デン君、僕の類友に捉まって、魔法弓を図面に起こしたいと迫られてるようだ。穏便に振り切ろうとしてる。それで、ひょっとすると戻りが少し遅くなるかもしれないって」

「――少し」

 セリが拾うと、そう、少し、とグリンザが強調した。

「遅れたとしても少しだけど、僕にくれぐれも奥方を頼むと言いつつ、婚約相手の居る女性にあまり近づくのはムスタの名前に傷がつくかもだから気をつけてなんて、遠回しに牽制してきてるよ! 奥方、デン君を出迎える時に手を繋いで並んで行こうか」

「狙い撃ちされてもしらんぞ」

 蜜のような笑みを浮かべたグリンザに、当主がぼそっと忠告している。

 セリは、もう一度デンの手紙を見直した。〝奥方〟を探す。

 思えばデンは、名前を呼んでくれない。貴女、と言うことが多い。たまに、奥殿。大事そうに口にしてくれるから、くすぐったい。

 多分この綴りと思える言葉が見つかって、ほっとした。華やかな(みやこ)に行っても、デンはセリを忘れないでいてくれた。


 手紙を丁寧にしまった後は、三人で茶を楽しんだ。

 当主とグリンザが、デンの戻る日を改めて賭け直す。セリは、卓の隅に置かれていたトザナボを見せてもらえた。

 両面に綺麗な文字が整然と並んでいたけれど、デンの便りよりも読めない単語が多かった。隅の一角に絵が描いてあって、新しい魔道具の宣伝だというのは解った。時間を計って、音で知らせてくれるみたいだ。【特価九千ミマ】。

「面白い事は書いてあった?」

 グリンザが濃い緑の目を細め、セリは照れ笑いをした。

「デン様のお手紙より、難しいです」

 ふむ? と当主が軽く身を乗り出して目を走らせる。指で示しながら教えてくれた。

「もうすぐ新しい年だからな、ここには魔法学校の入学の仕方が書いてある。こっちは、ミシュの都で今年決まった約束事のお知らせだ。ホウリツ。解るかね?」

 言葉を繰り返し、セリは頭の帳面に書き込む。

 セリの発音に当主は頷いてから、紙面の文字を指で辿った。

「今度から、都で大きな集まりをする時は、警備隊が見ていることになったようだな。動物をとても好きな人が、このところ都の辺りで派手に騒いでいるのだ」

 セリが小首を傾げると、アイゴ団体、とグリンザがゆっくり発言した。

「個人の主義だけにしておけばいいのにね。数年前、西の方に珍しい生き物を見せる場所を国が作ったんだけど、一部が騒いでるのさ」

「何をですか」

「集められた生き物を、可哀相だから放してやれって」

 珍しい生き物に興味が湧いていたけれど、団体の主張にも共感できた。確かにその生き物が好んで来たのでなかったら、気の毒かもしれない。

 当主が顎髭を撫でつつ言った。

「その場所を作る話が出た時、メッセンにも都から使者が来た。噂の神獣も保護するべきではないかと」

 珍しいとされる生き物だから、ただ見せるだけでなく保護もするようだ。それなら騒ぐこともない気もしてくる。

 我が森の神獣は易々と人前には出てこないって追い返しましたねぇ、とグリンザが思い出したように笑う。

「西の方の事を、どうして都で騒ぐの……?」

「東の方でもそういう場所を作る話が出たからだ。作り始める前に止めさせようと言うわけだな。新しい事の話し合いは都で行われているから」

 当主がトザナボを見ながら説明してくれる。

 他にも、南でとても大きな瓜が収穫された話や、北で魔道具を使った橇が犬の橇に競争で負けたとか、風変わりなことも書いてあるようだった。



 デンが出かけてから一ヵ月半が経とうとした日、屋敷にゴウナが現れた。

 セリはちょうど、当主に茶を出そうと思って、廊下を歩いていたところだった。

 金に近い赤の癖毛とがっしりした身体つきは、一度見ただけなのによく覚えていた。セリが思わず立ち止まると、当主と同じ色なのに冷たく感じる薄青い目が細められた。

「余所者めが、居ついていたのか。魔道具代の足しにもならん召使いの真似事なんぞして。ぬけぬけと居座っている辺り、隣の国の奴は図々しさが血に染み込んでいるとしか思えんな」

 セリが何も言えずに茶器を持ったまま立ち尽くしていると、ゴウナは鼻で嗤った。「デンに似合いの貧相さだがな。とてもじゃないが魔法学校にやれるような子は産めまい。さっさと里に帰ればいいものを」

「ややっ、ゴウ坊、又いつの間に来なさったっ」

 カイケンの声が割り込んできて、ゴウナはたちまち顔に血を登らせた。

「じい、その呼び方、やめんか!」

「虫だらけの森は嫌いだと逃げ出しておいて、呼んでもないのによう来なさるなぁ」

「いつまでガキの頃の話を持ち出す――親父に報告があって来たに決まってるだろうがっ」

「ほい、では行った行った。御当主はひと休みなさる頃ですわ」

「言われんでも行くわ!」

 どかどか廊下を踏み締め、ゴウナは当主の部屋へ向かう。身をすくめていたセリは、老爺を見上げた。

「じじ様、ありがとう」

「なんの。しばらく厨房にでも居なされ」

 へらりと笑み崩れたカイケンは、促す風を装ってセリの尻を撫でる。セリが小さく悲鳴をあげると、いい尻ですぞ、と弾む足取りで老爺は仕事へ戻っていった。


 その日のゴウナは、出かけているデンのことで何か言いに来たのかと思ったけれど、違ったらしい。

 過日の話に出ていた動物愛護団体が、集会をメッセン自治区で開きたいと言いに来たようだ。それを断ったという事後報告だった。

 神獣のお膝元で抗議行動の団結集会とやらをしたかったらしいが、オレは獣肉(けものにく)が大好きだ、とゴウナは胸を張ったそうである。

 我らは中央と事を構えるつもりなどないからな、と当主は代行の判断に頷いていた。

 因みに(くだん)の団体、元は隣国に本部があったらしい。セリがゴウナに投げられた厭味は、半ばとばっちりだった。

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