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春告げのセリ  作者: K+
春告げのセリ
4/25

04 十五と十月になりました

 俺が話す、とデンが静かに口を開いた。

二子(にし)となっているが、俺は正確には養子だ」

 道理でとセリは合点がいく。纏う空気は似ているけれど、外見が全然似ていないのだ、当主とデンは。

 六つの時に拾われた、とデンは続ける。以来、十三年間、メッセン家の息子として育ててもらっているという。

 全くの慈善だけではないと、当主が苦笑いをしながら添えた。

「私が拾った時には、デンは既に魔法弓を会得していた。半ば才能を拾ったのだ」

 弓は訓練されていたから、とデンは淡々と述べる。

 とにかくもデンがメッセン家の養子となった時、当主の一子(いっし)、ゴウナは成人間近だった。およそ十二歳離れている。

 ミシュマシュ首都の魔法学校に通っていたゴウナは、バチェラの称号を得た後、実家へ戻ってきて義理の弟の才能を知る。デンは当主やグリンザの見立てだと、軽くムスタに届く魔力があるらしい。

 十以上も年下の子供相手だ、ゴウナは気にしないことにしたようだった。最先端の学問を修めて帰ってきたという意識も高く、張り切って当主の役割の一端を引き受けた。

 そうして、自治区でも人の多い街の周辺で、当主代行として奔走し、発展に尽力してきた。保守的な住民から反感を表されることもあったけれど、ごく一部だったし、当主が間に入って事無きを得ていた。

 半ば隠居となっていた当主夫妻はゴウナのやることに概ね口を出さず、協力をしていた。デンも、その教師として招聘されたグリンザも同様だ。

 二、三年前まで、メッセン家は一応上手くいっていたのだ。

 だが、歪みの前兆は、更に遡った数年前から、あるにはあった。

 ゴウナは二十二で望んだ相手と結婚したが、三十路を過ぎた今現在まで子に恵まれていない。数年は問題視していなかったらしいが、今ではそれが原因なのか夫婦仲の雲行きが怪しくなっているそうだ。

 このままでは、家督が最終的にデンへ渡る。時折そう(なじ)られると、ゴウナの妻は当主夫人に泣きついていたという。

『貴男は何を言っているの。デンに貴男の後を任せられないと思うなら、デンより立派な子を引き取りお育てなさい。第一、そんなことを言っていたらデンだって、お嫁さんを貰いにくいじゃない』

 夫人がゴウナを叱りつけたら、母親に弱かった彼は渋々頷いてはいたらしい。

「メッセン家当主に課せられているのは、血筋の継承より、この土地を保ち守ることだ。アレの小言は間違っていない」

 当主が懐かしそうに言うと、御令室豪傑、とグリンザが目を細める。デンの細かな睫毛が震えて、セリは当主夫人の人となりを垣間見た。

 恐らく、血の繋がっていないデンのことも、実子と変わらず慈しんでくれたのだ。

 そんな、ゴウナとデンの母である当主夫人は、三年前に他界したという。

 メッセン家がゴウナを中心におかしくなってきたのは、そこからだ。


 三年前、当主夫人は翌々年に迫ったデンの成人に合わせ、伴侶を探そうと気合いが入っていたらしい。

「何せ、この辺の女の人は、みんなムスタに行っていたから……」

 デンはちょっと遠い目になる。グリンザは、悪びれずに甘い笑みを浮かべた。セリは見なかったことにして茶を啜る。

 夫人は系図を辿り、シノノメ里との交流を知ったようだ。ほぼ親交が途絶えてしまったことも。

 文献をあさって変化(へんげ)魔法に関しても調べた夫人は、とても惜しい、と当主に力説したらしい。

「今ならグリンザ・ムスタが居るし、何とか魔法図に起こせないかと言っていた。申請するかどうかはともかく、実現させられたら、ダクタを得られる程の成果だと」

 世界に数えられるほどしか居ない、高位魔法士並の魔法だと夫人は考えていたわけだ。

『改めてシノノメへ頼みに行けないかしら。デンのお嫁さんにもなってくれたら素敵だわ。変化魔法の伝承者――』

 それが、夫人の最期の言葉だったらしい。

 話していたのは屋敷の階段を降りながらで、熱中するあまり踏み外した。当主が咄嗟に手を掴んだものの、共に転がり落ちた。

 夫人は打ち所が悪く帰らぬ人となり、当主は足がままならなくなってしまった。

 聞いたセリは茫然とする。

「わ、わたし、その魔法は……」

 知らないことが、猛烈な罪悪感となって襲ってきた。自分の里の技なのに。

 デンが(かぶり)を振った。

「いいんだ。これまで誰も魔法図に起こしていない。相当に入り組んだ多重構造の可能性もある」

「デン君、図面()く苦手です」

 グリンザが困ったように笑った。「あの事故ときも、デン君、ワタシ、部屋で図面練習するました」

 うむ、と当主が眉間に深く皺を刻む。

「明らかに事故だった。他の誰にも責任は無い」

 だのにゴウナは、執拗にデンの所為だと言うようになったらしい。

 最初は〝デンが自分で妻を見つけることもできないから母が死ぬ羽目になった〟と主張していたようなのだが、そのうち〝婿入りでメッセン家から出されると思い、母を殺したに違いない〟に変化していったそうだ。

 華やからしいミシュマシュの首都で青春時代を過ごしたゴウナは、森の本宅を好まず、結婚する前から街暮らしだ。

 その当主代行が、行きつけの酒場などで事あるごとにデンの悪評を広めていると知り、父親は激高して息子を呼びつけた。

 これではお前にメッセンの地は任せられぬ! と当主が叱責した結果、ゴウナは頑なになった。

『これもデンの奴が仕組んでるのか!? 冗談じゃないぞ、親父! メッセンはオレが守る――オレは、おふくろの遺志を継いでやるッ』

 喚いて本宅を飛び出していったゴウナの動向を調べたら、彼が勝手にシノノメ里と交渉したことが判った。

 当主の痛めた足では、長時間の歩行や乗馬は困難で、森を抜けて街へ出られなくなっている。今更デンが口を出しても、話がこじれかねない。そもそもゴウナが聞く耳を持とうとしない。

 当主がゴウナを再度本宅へ呼び出すと、一応、彼は現れた。

 デンをくれてやるから変化魔法の使い手を寄越すように――シノノメ里に、そんな厚かましい、脅し混じりの使者を出したと言う。

 一地区を預かる当主代行の行為としても、あまりにもお粗末だった。

 絶句した当主とは裏腹に、ゴウナはせせら笑っていた。不甲斐ないお前の代わりに行き先を見つけてやったオレに感謝しろ、とデンに言ってのけたそうだ。

 ならぬ! と当主は再び激怒した。

 口論の末、最終的には当主の断行でシノノメに追加で使者が出された。

 最新の魔道具と交換で、息子の妻として古来どおりの娘を貰いうけたい――元々夫人が願っていたことと近い形に修正を図ったのだ。

 ゴウナは当然反発した。そして言い出したのが、さっき乱入してきた時にも宣言していたことだ。

 余所者がメッセンを名乗るならば最低限、魔法士の称号を得ていて然るべき。称号も得ていない者に、後は任せない。

 メッセンを守る為にシノノメから来る娘なのだから、変化魔法を伝え、高魔力持ちの子を産むまでは断じて認めない。余所者として扱うし、街に来たら追い出す。

「シノノメからの返事は何ヵ月も来なかったから、こちらの無礼を黙殺という形で流されたのかと思ってた。義兄者も、俺を引き取る気が無いならシノノメなどもうどうでもいいと言い出して……」

 デンは小さく息をつく。「取り敢えず俺は、ミシュマシュの首都へ称号を得に行く準備を始めていたんだ」

 ところが、つい先日になって、シノノメから一行が発ったと連絡が届いたのだ。

 約束どおり魔道具を宜しくとも添えられていて、ゴウナは自分の失礼を棚に上げて怒り狂っていた。

 メッセンの名に泥を塗らないように、と当主が厳命した為、嫌々ながらも魔道具は手配してくれたようである。

 デンが森でカシワの所に結わえて残したのは、その魔道具だったわけだ。

「国を越えて来た妻を義兄者(あにじゃ)に追い返されては、シノノメとの関係にも悪影響だ。多分そうなった時は俺の所為ということにされただろうし……」

「だからワタシ達、代行に内緒で、奥方お迎え場所、変えてもらうしました」

 グリンザが肩をすくめる。「穏便するつもりでした」

 当主から(ただ)す視線を向けられ、グリンザは曖昧に笑う。

「多分、穏便枠で済んだです」

 カシワがセリにしようとしたこともナンだったが、それを止めたデンの振る舞いも思えばアレである。グリンザが仲裁に入らなかったら、結局のところ関係は最悪になっていた可能性がある。

 デンも悪手を取った自覚はあるのか、うつむいてぼそぼそと言った。

「ま、まぁ、奥殿がついて来てくれて、義兄者よりひと足早くここに着けたのは良かった」

 頷いて、当主は顎髭を撫でた。

「ゴウナの奴は、条件どおりの娘など居るわけがない、魔道具を損しただけだと喚いておったが。セリ殿は、変化魔法はともかく、魔力は無いな?」

 こくりとセリが首肯すると、俺はそれだけでいい、とデンが養父に向いて姿勢を正す。

「変化魔法に関しては、俺とムスタでシノノメに出向くこともできる。廃れてしまったなら、何か他の方法で義兄者に納得してもらう」

 うむ、と応じた当主は、薄青い瞳に真摯な光をたたえてセリを見た。

「叶うなら、メッセンと我が子の為に未来を残してほしい」

 立派な赤子を望まれている。

 実のところは切実なんだろうに、叶うなら、と前置を付けてくれた当主に、セリは感謝した。

 はい、と言葉にすると、十五の身には程遠く思えていた結婚に現実味が増す。

 向かい側のデンが、ほんの少し、照れ臭そうに目を落とした。ちょっとセリが口元をほころばせると、ところで、と当主が軽く咳払いする。

「セリ殿は未成年に見える。幾つだね」

「十五と十月(とつき)になりました」

「えっ」

 デンが声をあげる。やはりそのぐらいか、と当主が孫を見るように目を細める前で、グリンザがにやにやした。

「デン君、幾つ思った」

「……十七ぐらいだとばかり……」

 口を手で覆ったデンが、くぐもった声を漏らす。「後二年以上駄目とか……」

 セリが当惑気味に視線を交互させると、当主が何処かしら悪戯っぽく微笑した。

「ミシュマシュやこの地区では、結婚できるのは成人後だ。メッセン家の者としては、守ってほしいが」

「なるほど」

 里とは違い、ここではセリみたいな娘でも、ひとまず必要と思ってもらえた。

 十八までに少しでも良い妻になろうと、セリは胸中で目標を定める。

 その対面で、デンは頭を抱えていた。

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