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春告げのセリ  作者: K+
春告げのセリ
21/25

21 独りぼっちに、しないで

 翌日、昼前にセリは寝台を出た。

 身体中が軋んだし青痣もたくさん残っていたけれど、すぐ下の階にデンが居るのに、これ以上寝ていられなかった。

 スゥヤが心配そうな目を向けてくる中、ふるふるする足を動かして階段を降り切る。セリはデンに終始庇ってもらっていたので、何処も大して痛めていないと高を括っていたのだが、腰に力が入らない。落っことされたり突き飛ばされたりで、尻餅をついたのが拙かっただろうか。

 この上、切りつけられたり殴られたり転がされたりしていたデンは、一体どうなっていることか。

 セリが扉の開いていた部屋を覗き込むと、椅子に腰かけたグリンザが熱心に指先で図面を確認していた。その向こうに、デンが横たわっているようだ。

 グリンザが居なかったら走り寄りたい気分だったが、セリは声をかけていいのか逡巡する。

 ついて来ていたスゥヤが、そっと扉を叩いた。初めに会った時より、彼女はほんの少し積極的になっている気がする。

 目を上げたグリンザが、ニヤリとして椅子から立った。

「ちょうど良かった。起こしてやって」

 僕は当主代行に話がある、とグリンザは部屋を出る。お屋敷へ来るついでにここにも来るらしいの、とスゥヤが肩をすくめて教えてくれた。恐らくゴウナは、巻き込まれかけた妻が気がかりなのだ。

 出迎え準備にスゥヤも厨房へ足を向け、セリは一人、デンが眠っている傍に寄った。

 安らかな寝顔だった。無防備で、ちょっと少年っぽくなっている。

 セリは(ゆか)に膝をつくと、寝台の枕元に身を寄せる。じっと見ていないと、息をしているのか不安になるくらい、デンは静かに眠っていた。

「デン様……」

 呼びかけてみたが、無反応だ。

 狼の時は、僅かな物音でも耳がぴくぴく動いていたのに。

 指先をのばし、セリはデンの耳元に触れる。人に戻っているからふかふかではなかったが、思ったより滑らかな手触りだった。

「デン様……起きてください」

 反応は無かった。

 やはり、セリが呼びかけたぐらいで目覚めるような状態じゃない。

(このまま、ずっと目が覚めないなんてことは、ないよね……?)

 肉体的にではなく精神的に、セリは足元が覚束なくなった。

 デンが貴女でいいと言って連れて来てくれたから、メッセンに居場所が出来たのだ。

 デンが大事にしてくれたから、セリはメッセンで地に足が着いていたのだ。

「デン様、お花を見せてくれる約束です。お嫁さんにも、してくれる約束です」

 言い連ねたら、うん、と笑ってくれたデンが思い出されて切なくなった。

 泣くまいと歯を食いしばるのに、勝手に涙が溢れてくる。

「一緒に、ごはん食べて。馬、乗ったり、並んで歩く、したいの……デン様とが、いい……独りぼっちに、しないで」

 セリが枕元で布団に顔をうずめると、玄関の方が賑やかになった。

 この部屋は奥の方にあるが、扉が開いている所為か、ゴウナだとはっきり判る大声が聞こえてくる。

 親父がげっそりしちまってる、と聞き取れて、セリは当主が気がかりになった。本来ならセリ達は、もう屋敷へ帰っている筈だった。

 ささやかな旅行気分で出かけていった息子達が、何日も寝込む事態になっている。心労が嵩んでいるに違いない。

 シノノメの小娘は何処だ――さっさと屋敷へ帰るように言え、と尊大な台詞が並び、スゥヤが憤慨しているような声もした。

 例えデンの意識が戻らなくても、屋敷へ一緒に帰れるのなら、セリはゴウナの言うことに反抗する気はない。

 久しぶりに会ったのに喧嘩を始めかけている代行夫妻の元へ、セリは立ち上がりかけた。足に力が込めにくく、デンの枕元に縋る。

 布団が沈み込んでしまい、焦ってセリが目を転じたら、なんと、デンがうっすらと瞼を開いている。

「で――」

 驚きと喜びとがごっちゃになったセリに、デンの腕がのびた。数日寝たきりだったとは思えない強さで、抱き込んでくる。

 怪我人の胸へ乗っかるような恰好になってしまったセリは、短く狼狽の声をあげた。

 デンが、うわ言のように何か言う。

「――ない」

「で、デン様……っ」

「俺のだ……奥殿は、俺のだ」

 離すものか、と言いたげに、ぎゅうと抱き締められて、セリは頭から湯気が出そうだった。「俺の……何処にも、やらない」

「デン君、場所は間違ってないけどさ、そういうのは二人きりの時に言おうね!」

 開いたままの扉から、グリンザの陽気な声が乱入した。

 セリの身体に加わる一方だった腕の力が、ぴたりと止まる。

 熱烈さにのぼせかけていたセリが掠れ声で名を呼ぶと、デンはせわしく瞬いた。セリと目が合うや、腕を突き出して引き剥がしてくる。

「ぅ――あ――」

 真っ赤になって飛び退きかけたデンは、ものの見事に寝台の向こう側へ滑って落ちた。慌てて助けようとしたものの、セリもひっくり返りそうになって布団の上でじたばたする。

 そんな一部始終を、グリンザ、スゥヤに加え、ゴウナにまでしっかり見られた。

 穴があったら入りたいというのはこういう事かと、セリは実感したものである。



 ともあれ、デンの意識は戻った。

 一刻も早く屋敷へ戻れ、森の管理責任を果たせ、とゴウナは言ってきた。

『お前が居ないとオレの手に余るだろうが』

 湖での所用を終えたゴウナは、むすっとした顔で言い捨てると、屋敷から街へと戻っていった。何でも、予想通り、ミシュマシュから役人が再来するらしい。

 デンが目覚めて喜んだのも束の間、新たな問題の浮上だ。

 街には他にも、トザナボの記者と言う人が幾らか集まってきているそうだ。異音を発しつつふらふら飛んでいた魔球船は、メッセン自治区の外からも目撃した人が多数居たようで、森に落ちたのではと噂が飛び交っている。何か情報をくれと言って来ているようだ。

 ゴウナが湖から去って十日ばかり。明日にも街に役人が到着すると知らされたセリは、寝台でシチュを食べるデンに給仕をしつつ、眉尻を下げた。

 目覚めた当初、デンは五感の一部がおかしかった。目で物を判別しにくく、反面、音とにおいを無駄に拾ってしまう、と溜め息をついていた。

 このまま異常が残るのかと不安な幾日かを過ごしたが、昨日辺りからやっと人の感覚に戻ってきたようだ。けれど、倦怠感は残っているみたいだし、まだまだ弓は引けそうにない。

 今回のことで、当主も少々体調を崩していた。

 要するに、森の管理を主に担っていた面々が、揃って臥せっていたのだ。

 こんな病み上がり状態の中、厄介な役人が来るなんて……

 自治区は、これからどうなってしまうのだろう。

 役人到来の話を伝えてくれたスゥヤとグリンザは、大丈夫、と目を細めた。

「セリさんが変化(へんげ)魔法を教えてくれたから、何とかなりそうよ」

「僕、頑張ったよ。奥方が踊って僕が描き上げた。言うなれば共同作業だねっ」

 天才ムスタがいい笑顔で言うと、匙を口へ運んでいた手を止め、デンが半眼を閉じて見やる。グリンザは表情を変えず、しれっと続けた。「羨ましかったら図面描けるようになろうね、デン君」

 うっ、と言いたげにデンは目を逸らす。とことん苦手のようだ。

「デン様、古代魔法の魔法図なら描けるんじゃ……? 狼の踊りを覚えれば、いいわけですし」

「奥方、デン君は、とっくに覚えてるよ?」

 グリンザが、にやにやした。「覚えてなきゃ頭の中で描き換えなんて無理。練習から何度か見てたとは言ってもさー、もうどれだけ奥方の足を熱心に見てたんだろう。僕、感心し――」

「ムスタの起こした魔法図見せて」

 耳を赤くしたデンが強引に話を変える。

 笑いながら、グリンザは革表紙の手帳から数枚抜き出した。

「門外不出だよ」

 防壁の魔法図を見た時のように、セリ達は顔を寄せ合って目を落とす。

 大量の柄が絡み合っていた防壁の魔法図とは違い、絵のような図面だった。元々の古代魔法図とも全く違う。所々木や花や生き物が描いてあるようにさえ見える。不思議な図面。

 恐ろしい来歴を持つかもしれないシノノメの魔法が、メッセンで生まれ変わったように見えた。

 知識のあるデンやスゥヤには別のモノが見えたのか、尊崇に近い目で顧問魔法士を仰いだ。

「これは、確かに門外不出だ。よくこんな短期間で……」

「ミシュマシュの魔法省に知られたら煩いですね」

「御先祖に倣って秘密にしようね」

 二人の感想に、グリンザは片目を閉じてセリに言う。

 勿論、セリに否やは無かった。


 翌日、デンは何とか馬に乗ることが叶い、セリが手綱を引いて屋敷へ戻った。

 その二日後、入れ代わりに、街から役人や記者を引き連れ、ゴウナが湖へ向かった。



 動物愛護団体ベジーの物らしい魔球船(まきゅうせん)が落ちてきた所為で、森に住む神獣の機嫌が悪くなっている。自治区の住民達が、なだめるのに苦労しているらしい。

 ミシュマシュ魔法省魔球船管理部の部長は、メッセン自治区に到着してすぐ、そんな話をトザナボの記者から聞かされた。

 前回単身で赴き、今回も同行してきた部下は、胡散臭そうな顔をしていた。

『その神獣を見てみたいものだと言っても、滅多に人前に出てこないだの何だのとはぐらかされたんですよ。大体、人前に出てこないモンの機嫌が悪いなんて、どうやって判るって言うんですか』

 部長も同意の頷きを返し、でも遠望筒(えんぼうとう)で奇妙な動物を見た者が居る、と続けた記者の話を打ち切らせた。

 羽の生えた大犬が人を――と尚も言い募ろうとしていた記者は、追い返された。

 魔球船に組み込まれた天球儀の魔法で、メッセン自治区に在る湖一帯の地形は、ある程度把握できている。

 しかし上空から見ただけの情報で、補給用施設を何処に建てればいいかなどは、到底判らない。現地視察は必須だ。

 水流への配慮や、どの辺を伐採して均せそうかなど、今回はしっかり話を進めたいのだ。

 会談に姿を見せたメッセン自治区当主代行は、山男のような逞しい体躯だったが、頬がこけてげっそりして見えた。付き従ってきた者もやつれていて、前回も彼らに会っている部下が、いささか驚いたような顔をしていた。

『仰るようにあの湖は、緊急着陸し易い場所なんでしょうな』

 音量はあるが疲れの滲む声で、ゴウナと名乗った代行は言った。そうして、記者がもたらしたのと似たような話を聞かせてくる。

 原因は判らないがベジーの船が落ちてきた。メッセンの住民達が救助に当たったが、乗組員の生存者は見つかっていない。遺体を二人分見つけた。他にも乗っていたようだが、どうなったか判らない。何故ならば――

『あの辺りは貴男方にもお話ししたとおり、神獣の縄張りとも言える。これまでは本当にたまぁに足跡を見るくらいだったが、今回はアレが落ちた周りに、大量に足跡が残っててなぁ……』

 ゴウナが真顔で溜め息をつく。

 何やら信憑性が出てきていて、ミシュマシュの面々は相槌も打てずに話し手を見た。

 赤い癖毛をぐしゃぐしゃと掻いてから、八つ当たりをぶつけるようにゴウナは言った。

『神獣は驚くほど賢い。だが獣は獣だ。これまで、我らメッセンの者は神獣を刺激しないよう、上手く折り合いをつけてきたんだ。けど、これで人間の味でも覚えられたら、我々は森で暮らしていけなくなるかもしれない。下手したら街も危うくなる』

『……今時、そんな……』

 部下は笑い飛ばそうとしたようだったが、声が引きつってしまっていた。羽の生えた大犬が人を――と、中途半端に耳にしていた記者の台詞が、蘇っていたかもしれない。部長の脳裏には浮かんでしまっていた。

『こんな時にあの一帯を見たがる貴男方はなんとも怖いもの知らずだと思うが、こんな時だからこそ、我らとしてもいい加減、解ってもらえるかとも思うんでな。案内はする』

 こうして魔球船管理部の一行は、予定とは別種の緊張を伴って、森の中へ入ることになった。

 話を聞きつけたトザナボの記者も同行したがり、偽りを書かずに見たままを書くなら、とゴウナが渋々の様子で許可を出す。

 この流れでは補給施設建設に否定的な記事を書かれそうで、管理部の面々としては苦々しかった。が、同行拒否を言える雰囲気でもなかった。


 街から湖へは、二日かかった。

 夏の森は鬱蒼と茂り、方々から鳥の声がする。

 初めて踏み込む者達は、そわそわと辺りを窺っていたが、先導するゴウナや付き添いが特に警戒も見せずにどんどん馬を進めるので、次第に気が緩んだ。起伏のある場所を馬に揺さぶられ、悪態をつく。

「魔球船なら、半日もかからずに到着できただろうにな」

「よくこんな、気持ち悪い虫だらけの場所を行き来しようと思うもんだ」

 聞きつけたゴウナが、鼻で笑った。

「否定できんが、住民はそれでいいと満足している。虫が居ないと他の生き物が育たん」

「動物園の人が似た話をしてましたね。食物連鎖の根幹でしたっけね」

 記者の一人が応じると、はぁん? と関心なさそうにゴウナは返していた。

「東の動物園も、最初はメッセンに作りたいとか言ってきたんだよなぁ。ミシュマシュのお歴々は、ここを空き地とでも思っておられるのかね」

 そのとおり、メッセン家に貸してやっている田舎の空き地という認識だ。魔球船管理部の面々は、ゴウナの嫌味を無視した。

 二日目の昼前、風に水気がやや多くなり、涼しくなってくる。湖が近づいていると知れた。

 そろそろだ、と告げたゴウナは、おもむろに慎重になった。従者達も馬の歩みを遅くしていく。

 湖面が木々の合間に見え、ついて来た一行も少しばかり緊張を取り戻した時、何かの遠吠えが耳に飛び込んできた。

 俄かに馬が落ち着かなくなる。慌てふためいてなだめる一行を置いて、ゴウナが先へ向かった。

「それを、片付けてくれる人らだ! 我慢してくれーッ」

 大音声にぎょっとして目を投げると、湖の対岸に巨大な影があった。

 連れ立ってきた大半が、口と目をぽかりと開ける。

 銀色の毛をなびかせた四ツ脚の獣が、この距離からでも判る薄青い目で見据えてきた。羽は生えていないようだ。狼だろうか、だが普通ではあり得ない。

「な――なん、だ、あの、でかさ、は」

 ザザザッと獣の近くの枝葉がしなり、銀色の隣にもう一頭、似たような薄茶の獣が躍り出た。

 それがひと跳びで湖の畔に横たわっていた魔球船の傍に着地し、狙いすましたように後脚で船体を蹴り飛ばした。

 派手な音と共にこちらへ少し船が転がり、辺りから鳥がギャアギャア云いながら一斉に飛び立つ。魔球船管理部の面々も恐慌をきたした。

「ま、待て――わ、わわ我々は、あの船とは、無関係だぞッ」

「そ、そう――我々はっ、こ、こっ、この場所が心配で、来ただけでっ」

 何とか発言できたのは部長と今一人だけで、荷物持ちのような下っ端部下は、声をあげて早くも馬首を転じ、逃げかけている。

 銀色の方は耽々と睨みつけてくるだけだが、薄茶の方は気が立っているようで、ガアッ、と吼えついてきた。丸太のような前脚でその辺を薙ぎ払っている。地面が抉れ、土くれが水しぶきのように飛び散っていた。

 ゴウナが馬から飛び降り、解った片付ける、片付けるッ、と繰り返している。

「片付けりゃいいんだろう、解ってる!」

 終いに対等な口をきいたので、部長以下は震えあがって喚いた。

「お、おい、莫迦ッ、慣れているにしても、何が逆鱗に触れるか判らんのに――っ」

 そうとも、と言わんばかりに銀色の獣が吼えた。薄茶も頭を反らし、高々と空気を鳴動させる。

 森のあちこちから、呼応するような吠え声がこだました。


 夜通し走らせてでも森を離れたかったが、馬を潰す気はない! とゴウナに怒鳴られ、泣く泣く途中で眠れぬ()を明かし、ほうほうの(てい)で一行は街に逃げ戻った。

 当主代行邸で、食事の手配を使用人に任せた夫人が、卓に茶を並べながらおっとりと言う。

「随分お早いお戻りでしたが、神獣に会えたなんて。きっと皆様には御利益(ごりやく)がありますよ……え、銀色の!? まぁ、(ぬし)様じゃないかしら。主様は、わたし、まだ一度もお姿を見たこと無いんですよ、なんて羨ましい……」

「冗談じゃないっ。あんな危険な生き物を、今の今まで生かしておくなんて――メッセン家は何をしてるんだ、討伐隊を出すべきじゃないのか!?」

 部長が噛みつくと、莫迦言え、と言うように当主代行がぎょろりと目を剥いた。

「何度も言ってるだろう。長いこと、あの神獣達とメッセン家は一緒にこの地区を護ってきたんだ。上手いこと共存しているところに水を差してきておいて、これ以上勝手なことを言い出さないでくれ」

 そうだアレ持ってこい、とゴウナは夫人に指図する。

 ほどなく、使用人が檻を乗せた台車を押してきた。中に、鶏のような鳥が四羽居る。いずれもぐったりしていた。

 何だこれは、と部長が問うまでもなく、ゴウナが言う。

「例の魔球船に積んであったんだ。神獣達は食う気になれなかったみたいで、ほったらかしてあってな。動物解放だか何だか知らないが、ウチの森に勝手に放すつもりだったんじゃないか? 困るんだよなぁ、そういうことされると。生態系が乱れるだろう」

「わ、我々がしようとしたわけじゃない」

「そこは信用したいところだが、魔球船の開発や管理は、貴男方がしているのだろう?」

 部長は言葉に詰まる。知らぬ間に、ベジーへ設計情報が流出していたらしいのは事実だ。実はこの件、管理部として由々しき事態である。

 この一見粗野そうな当主代行は、そこに気づいているようだった。銀色の獣とそっくりな色の目を、剣呑に細める。

「メッセン家は好意で自治区上空の飛行も許可していたし、神獣の機嫌を損ねるのも覚悟で、緊急時には着陸する場所も提供しようとしてきた。しかし、こうして何処の物とも知れん船が降ってくるようじゃ、色々と考え直させてほしくなるというものだ」

「……う……ぐ……」

「とにかく、責任持って、この妙な積み荷ごと引き取ってほしい。この先も、緊急着陸に限っては自治区も認める用意はある。神獣の御機嫌にもよるが、前回そちらの(かた)に提示した条件で整備はしておこう」

 ぐいぐい押してくるゴウナの話術に加え、帰路で晒した醜態も負い目となって、管理部の面々は尻尾を巻いてミシュマシュへ帰ることになった。


 魔球船発着所のある都市までは、馬で向かうしかない。支度をしながら、部下が疎ましそうに言った。

「色々と、無駄な荷が多いですね……」

 生き物には、圧縮の魔法がかけられない。

 ベジーが所有していた魔球船は魔法で模型のようにしてしまえたが、積み荷だった鳥はそのまま運ぶ他なかった。

 その上、神獣を守れ――補給所建設反対、と当主代行邸の傍で騒いでいたベジーの過激派数人へ、誰かが密告したらしい。我々の船を持ち去るというのは本当か、などと突っかかってきたので、ついでに捕らえて連行する羽目にまでなっていた。容疑は違法な魔球船製造である。

 連行の為の人員をメッセン家が融通してくれたが、嫌な借りが増えていく一方だ。

 ゴウナに見せられた時はぐったりしていた鳥達は、今やそれなりに元気を取り戻している。荷馬車へ檻を積み込む際も、何の鳥なのかよく判らない耳障りな叫びをあげていた。

 生態系が乱れるとゴウナが不愉快そうに言っただけあって、四羽とも鶏のようでいて妙な鳥だ。

 特にうるさいのは二羽。怪鳥の如き鳴き声をあげ続けている痩せぎすの黒鳥と、毛羽立っているのが普通なのか、ギョッギョッとさえずるばかりで一向に羽づくろいもしない金鳥。

 残りはさほど騒がしくはないが、不気味だった。鳥の癖にアリクイのような長い舌を出し入れしては、うろうろと檻の中を歩き回っている個体。もう一羽は、片翼を傷めているらしく、何やら泣いているような媚びているような、微妙な目つきで人間共を見てくる。

「ちょうど途中に動物園が在ります。得体の知れない鳥なんてお(あつら)え向きです。押しつけませんか」

 部下が提案してくると、後ろ手に拘束されている愛護団体の連中が、口だけは達者に抗議してきた。

 魔球船管理部の面々は、苛立ちを募らせながら、メッセン自治区を発つ。

 そして結局、腹いせも兼ね、四羽は動物園へ処遇を丸投げされたのだった。

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