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春告げのセリ  作者: K+
春告げのセリ
15/25

15 ウチの神獣、男の人に興味ないから!

 気が急いているからなのか、木々も一緒にざわめいているようだった。

 しかしながら鳥の鳴き交わす声は何処となく少なく、セリとスゥヤも言葉少なに黙々と歩く。

 ようやく視界の先が開けているのを見た時、二人は同時に肩の力を抜いた。スゥヤが灰色の双眸を輝かせてセリを見る。

「一度来ただけで覚えてしまうなんて、尊敬しちゃう」

 セリははにかんで笑みを返す。

「帰り道を忘れる前に急ぎましょう」

 冗談に笑い合って、二人は開けた遺跡へ小走りに出た。

 セリには判らなかったが、やっぱりまだ魔力を感じる、とスゥヤは土の舞台を見る。

「中位魔法士並でないと発動できない程の魔力が流れたんだものね」

 スゥヤが言いながら、舞台を箒で払い始めた。セリも倣う。黒土と殆ど見分けのつかない黒っぽい魔砂を、一緒くたに煉瓦の外へと掃き出してしまう。

 足元を見ながら熱心に左右へ土埃を生んでいた二人は、包囲されていると気づくのが遅れた。

 先に気づいたスゥヤが、びくっとセリに身を寄せる。目を上げたセリも、ぎょっとした。

 白い似たような服を着た人達が、ぱっと見ただけで四人居た。皆、二十代から三十代に見える。男が三人、女が一人。

 襟の無い、被って着るような服だ。下衣は色もまちまちで揃えていないようだったが、上に着ている白い服には緑色で同じ紋章のような物が描いてあった。

 後ろにも人の居る気配があって、セリは箒の柄を握り締めて顔を強張らせる。どの顔にも見覚えがない。スゥヤの反応からして、街の人でもないのではないか。

 いつの間に、そして一体、何処から現れたのか。

 何方(どなた)、と間抜けなことは訊けそうにもない。

 微かに震えを伝えてきているのに、スゥヤがセリの前に出た。

「団体の方が、どうしてこのような所に」

 髪は短かったが胸元で女だと判る人が、ちらりと斜めへ目を投げる。一人の男が進み出てきた。

 やはり白い服で、他の面々より年嵩だろうか。白髪混じりの黒髪で、頬骨の浮いた、神経質そうな顔つきだった。

「どうも。我々ベジーを御存知でしたか」

「誰の許可を得て、この森に?」

 セリには見せたことのなかった厳しい顔つきでスゥヤは詰問したが、男は緩く笑んだだけだ。

「我々の活動には国境など無いということは、御存知でなかったですか」

 魔球船(まきゅうせん)という発明のお蔭で活動は世界中に広がっていると、聞いてもいないのに男はつらつらと語った。

 もしかしてさっき飛んでいた魔球船かと、セリは目だけで周囲を窺う。考えてみれば、影が差すくらいだから低い位置を飛んでいたし、羽音も止まりかけのようではあった。この辺りに勝手に着陸したのかと思うが、それらしい物は見当たらない。

「メッセン自治区はミシュマシュとは違います。団体の結集も許可しておりません。一刻も早く森から出ることをお勧めします」

 スゥヤが毅然として言うと、男はおどけるように肩をすくめた。

「この森の動物達は健やかそうですから、そういたしましょう。我々としては、彼らを守る神獣のご尊顔を拝したかったんですが」

(ウチの神獣、男の人に興味ないから!)

 セリが胸中で応えていると、スゥヤは笑みを作っている。

「この森に添うメッセンの者でも、神獣とは一生会えないことがざらなんですよ」

 取り囲んでいた一人が、がっかりしたような顔になった。割と本気で神獣と会いたかったようだ。筋金入りの動物好きといったところか。

 しょうがないですね、と代表者なのだろう年嵩の男が言って、紅一点らしい女に顎をしゃくった。彼女は誰も居ない空間へと歩いていく。

 女は魔法図らしき紙を地面に置くと、その上に掌大の何かを置いた。まさか、とセリが思う間に光が閃く。

 次の瞬間には、思ったとおり、(かい)の魔法で魔球船が元の大きさになっていた。客船ほどではないが、二、三十人は乗り込めそうだ。

 地上から見上げるだけだとよく判らなかったが、金属製らしい卵型の魔球の下に、何本もの細い針金で船を取り付けてあるという乗り物だった。

 それにしても、湖ほど広くなくても自在に離着陸できてしまうのだ。その事実に、セリは背筋が冷える。自治区の森には遺跡の他にも、同程度の広さで放牧地が幾つか存在するのに。

 人の良心を信じなければ、防壁の魔法が幾らあっても足りない。

 やるせない心地になりつつ、セリは船へと向かう団員を見ていた。取り囲んでいた十人ばかりの内、半数が離陸の準備を始めるようだ。船底に近い部分が開いて、出入りできるらしい。

 大人しく帰ってはくれそうなので、箒を握ったままセリとスゥヤは見守る。

 準備が整うまでか、団体代表が、聞いてもいないのに船自慢を始めた。団員の中に魔道具オタクが居るようで、ミシュマシュにも無いベジー印の魔球船らしい。

 改良した防壁の魔法で風の影響を極限まで消してある上、独自の制御装置で垂直方向への移動が得意。同じ場所で浮き続けていることもできる。だから、この程度の広さの場所に、周りの木をへし折ることもなく離着陸できる。

 嫌な物を発明してくれたなぁ、というのが率直なセリの感想だ。後は、魔道具オタクと魔法図オタクはどの辺が違うんだろう、などと、どうでもいいことが浮かんだ。

 離陸できるのか、行けます、と女の声が聞こえてきた。船自慢をやめ、男が頷く。

 セリは安堵したが、まだ乗り込まずに残っている者達は多いし、何故かいつまでも二人を包囲しているような立ち位置だ。

 代表が、ところで、と話題を変えた。

「消しに来たということは、貴女方は古代魔法に関わったわけですよねぇ」

 セリはどきりとする。スゥヤも表情が引きつっていた。

 代表は、二人の反応を観察するように、黒い目を糸のように細めた。

「小耳に挟んでるんですが、最近、メッセン家にはシノノメ里から娘さんが来たそうで」

(え――わたし……!?)

 瞬くセリの斜め前で、スゥヤが小さく首を傾げる。

「お屋敷で花嫁修業している子が何か。わたしとこの子は街から避暑に来ただけなので、彼女のことは、あまり詳しくありません」

 咄嗟にスゥヤがセリの事を隠したと知り、セリは箒を握り直す。すっかり汗ばんでいる。

「あぁ、シノノメの人って黒い髪と目でしたねぇ」

 じろじろ見られて、セリは目を逸らす。

 生まれて初めて、自分の目の色が青で良かったと思った。黒に近い青もあるだろうに、セリの瞳は鏡や水溜まりで何度見ても、青としか言いようのない色だった。

「まぁ、一番話を聞きたいのはシノノメの娘さんからですが、貴女でもいいかな。御当主の代行夫人でしょう?」

 矛先がスゥヤに向いてしまって、セリは息を呑む。

 代表は変化(へんげ)魔法について某か聞きかじっているようだけれど、セリには話せるようなことなんて無い。スゥヤだって同様だ。

 周りに居た男達が包囲を狭めてきて、セリは狼狽した。

「何なんですか――スゥヤ様にお話あるなら、代行様を通してからにするです」

 セリが箒を両手で構えてスゥヤに並ぶと、代表がにいっと笑った。

「貴女、慣れてないねぇ。ミシュ語、覚えたてかな」

 図星に総毛立ったと同時に、横から箒を奪われる。

「セリさん、逃げて!」

 スゥヤが叫ぶや、男に自分の箒の柄を突き出した。男が跳んで避ける。スゥヤはセリを森へ押しやり、振りかえりざま、迫りかけた男達に片手を突き出す。「触らないで! 火傷しても知らないわよっ」

 スゥヤが頭に(えが)いて発動できるのは、冷やす魔法なのだ。

 代表が、男達の向こうで苦笑したのが見えた。

「御夫人はバチェラでしょう? バチェラの会得できそうな攻撃系の魔法なんてありましたか。はったりはおよしなさい」

(はったりじゃないもん――冷た過ぎると火傷するじゃないっ)

 言い返したかったが、足手まといでしかないセリは、まろびかけながらも木立の中へ走り出す。追え、と背後で指示が聞こえ、セリは慄いて肩越しに振り返る。

 呆気なくスゥヤが押し退()けられ、地面へ倒れ込んでいた。セリが名を呼んで踵を返しかけたら、地を殴りつけながら鬼気迫る形相で睨まれ、怒鳴られる。

「逃げるのよッ!!」

「っと――退()け!」

 代表が飛び退いた瞬間、辺りの地面が凍りつく。

 間に合わなかった数人が、一気に脛まで氷に覆われ、うろたえたように足を持ち上げようと足掻いた。

「草木の名だ。セリ――シノノメ出、確定かな」

 代表の呟きを拾ったセリは、もはや一目散に湖へと駆け出していた。

 もうセリには、この気味悪い事態をデンやグリンザに知らせることしかできない。一刻も早く知らせないと、スゥヤがどんな目に遭わされるか判らない――


 木々の彼方へ華奢な背中が消え、それを追う姿も見えなくなった。

 力尽きた様子で倒れているスゥヤを見下ろし、代表は鼻で息をつく。

 彼の言うとおりスゥヤはバチェラで、魔力量は多くない。飲み物を冷やすぐらいなら無問題でも、この範囲を凍結させたのは明らかに使用限度を超えていた。

 それでも周囲では三人も足を固められ、情けない声を出していた。

「応用してくるとは意外だったなぁ。基礎魔法が人にかけられないのは承知の上だったか」

 魔球船から出てきた団員が仲間の足元を溶かし出したのを一瞥し、代表はスゥヤを放置して歩き出す。

「代行夫人、連れていかないんですか」

 船の入口から女が問うと、代表は面倒くさそうに言った。

「見つけにくいよう埋めといて。小賢しい女は嫌いなんだよねぇ」

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