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春告げのセリ  作者: K+
春告げのセリ
13/25

13 熊……? でっかい

 翌日、セリ達は二家族と別れて湖を後にした。

 屋敷からは北西の地点に湖は在り、遺跡は北北東に当たる。湖を出発した一行は、ほぼ東に進路を取った。

 屋敷を出た時、スゥヤは湖に逗留予定だった。しかし、変化(へんげ)魔法かもしれないものを見逃すなんて駄目な気がします、と防壁魔法の発動を申し出た時と同じ顔つきで言い、一緒に行くこととなった。

 今回、古代の魔法図へ魔力を流すのはグリンザで決定している。

『君に何かあったら、奥方が泣くよ?』

 ささやかな口論の末、そう言われたデンが言葉に詰まって決定した次第だ。

 古代魔法は、防壁の魔法図へみんなでやったように、複数で魔力を注ぐことはできないのだそうだ。一人で、しかも発動まで一気に流し込まないといけない。

 セリが裏庭で通して練習しているのを、グリンザもデンも屋敷の二階から何度か見ている。そこそこ大きな魔法図になるのは判明していた。

 おまけに今回、発動するとは限らない。不発だった時が厄介だ。難易度の高い魔法ほど、不測の事態も規模が酷くなる。昨夜スゥヤが発動させた魔法より、ずっと危険の可能性は高いようだった。


 踏み分け道は無かったが、森には住人の付けた目印が点在している。デンもグリンザも迷わずにセリとスゥヤの馬を引き、昨日と似た時間帯に目的地へ到着した。

 思ったより開けた場所だ。

 春頃までは草木がはびこっていたという話だったから、随分と頑張って整えたのが判る。

 中程に、煉瓦を埋め込んで円が作られている。内側は掘り返した上に、黒土を敷いてあるようだった。

 元から在った遺跡はその部分だけらしく、デンとグリンザは広場を突っ切って森へ再び入っていく。少し先に、小屋が建っていた。初めてメッセンの森で泊まったのと同じような佇まいだ。

 その日はそこで一泊し、翌朝、いよいよ古代魔法の実践となった。


 見られているとはっきりしている状況で、自分だけが踊るのは、かなり恥ずかしかった。

 それでも、間違えても土を(なら)せばいいだけだから、とグリンザが気軽な口調で言ってくれて、セリは肩の力を抜く。スゥヤも、セリさんなら大丈夫、と励ましてくれた。うん、とデンも口角を上げて賛同する。

 セリは裾の邪魔にならない下衣に素足で熱い煉瓦の上に立ち、一つ大きく息を吐いてから、ぬくもっている黒土に踏み入った。柔らかい。

「ここから始めます」

 宣言すると、みな頷く。グリンザとデンは、魔砂(まさ)を入れた注ぎ口の細長い如雨露を持って待機している。

 静かに、セリは命溢れる夏空の下で踊った。

 これまで練習を重ねた一つ一つの動きを、大事になぞっていく。

 ここに大切な人達と居る今を喜びながら、土を踏み締め、愛でた。

 ゆっくりと、地に屈み込む。

 顎から伝い落ちた汗を手の甲で拭い、セリは立ち上がると破顔した。

「間違えませんでした」

「お疲れさま」

 デンが、ほっとした様子で笑みを返してくれる。セリが思わず駆け寄りかけたら、焦ったようにグリンザが手で制してきた。

「待って奥方! 動かないで!! 後で好きなだけいちゃいちゃしていいから、待って!」

 魔法図だったのを思い出し、セリは寸での所でその場にとどまる。

 スゥヤが、我に返ったように胸元で手を組んだ。

「素敵だったわ、セリさんっ。ゆったりした動きなのに、何かしら――とってもとっても、素敵だったわ」

〝いちゃいちゃ〟で先夜の寸止めを思い出してしまったセリは、称賛に礼も返せず、もじもじと頬を押さえてうつむいた。

 デンは聞き流したようで、腰を屈めて土に付いた跡に目を眇めた。そっと如雨露を傾け、少しずつ魔砂をこぼし始める。粒子の細かな灰色の砂が、さらさらと注がれて筋を生んでいった。

 グリンザと二人がかりで慎重に砂を乗せていくと、徐々に図柄のようなモノが出来上がってくる。セリもスゥヤも、固唾を呑んで作業を見守った。

 そろそろ動いていいよ、と言われ、セリは爪先立ちで跳ねるように土の舞台から離脱した。待ち構えていたスゥヤが布を手渡してくれて、セリは足の土を落としてから厚布の靴を履く。

「こんなもんかなぁ」

「敷き詰めたとは言い難いけど、隙間なしには埋められたと思う」

「魔砂、ぎりぎり足りたね。良かった」

 グリンザとデンが言い合って、小屋から運んできていた脚立を近くに広げる。お次は魔法図を写しておくのだ。

 グリンザが脚立に腰かけ、少し俯瞰した状態で素描を始める。

 セリとスゥヤはそっと場を離れ、小屋へ戻って昼食の支度をした。

 スゥヤは調理しながら、あれは変化魔法に違いないと興奮した口ぶりで言った。

「きっと発動するわ。ゴウナにも見せたい」

「ムスタが図面に起こせるといいですね」

「あの大きさの古代魔法式の魔法図となると、図面に起こすのは大変そう……グリンザ様なら、やり遂げてくれるかもしれないけど」

 スゥヤは魔法学校を卒業しているだけあって詳しく説明してくれたけれど、セリには難しかった。

 とにかく、古代魔法の魔法図と現代の紙や頭の中に描く魔法図は、発動までに必要な要素が色々と違う。魔砂その物を使うこと然り、一人の魔力でしか行えないこと然り。

 故に、図に描かれている模様を相当変えないといけなくなってくる。変えた模様できちんと発動させるには、更に描き順なども変更が必要。殆ど一から新しく作るようなものだ。


 二人が手軽に食べられる物を拵えて遺跡へ戻ると、グリンザは素描を終えた紙を手に、間違って写していないか最終確認をしていた。

 デンはその脇でしゃがみ込み、より均等に魔力を流せるよう、ヘラを使って魔砂を平らにしている。

 太陽が中天に届く頃、作業は完了した。

 大きな保護布で魔法図を覆っておいて、セリ達は木陰で昼食を摂る。

 グリンザはこの後の緊張を微塵も感じさせず、焼き肉や野菜を挟んだパンを頬張っていた。三つをぺろりと平らげてから、掌大の魔法図を見せてくる。

「今回描いた防壁の魔法図を、少し弄ってあるヤツ。屋外で使えるけど、範囲は凄く狭い。大丈夫と判るまでは、範囲から出ないでね」

 真顔でセリ達は頷く。緊張を見せているのは、魔法を試みる当人より、見守るしかない三人の方だった。

 その図面をデンに渡してから、グリンザは素描された紙を取り出す。線上を指で追いつつ、形のいい眉を寄せた。

「ある程度解ってるつもりだったけど、ミシュマシュから古代魔法の字典を取り寄せておくんだった。ここに、何の動物になるかが組み込まれてるみたいなんだけど……」

 好きな動物になれる魔法ではなかったのかと、セリは図面を覗き込む魔法士達を見ながら思う。

 昔はこの部分だけ変えて何種類かの舞を伝えていたのだろうと、スゥヤが意見を述べて、男二人が同意している。だから、記録にも複数の動物が残っている。

「カッコイイのだといいなー」

 水筒に栓をしつつ、グリンザが立ち上がった。「でも、奥方が教わってたんだから可愛い系統か。そっちの方が女の子にはうけるか……?」

「発動を引き受けたがった真の理由はソレか……」

 デンが脱力したように洩らすと、グリンザは爽やかに笑って舞台へ足を向ける。

 保護布を取り払ってから、グリンザを残し、セリ達は木陰まで引き返した。デンの手にした魔法図を見て、このくらいの範囲みたい、とスゥヤがセリに手で示す。前後左右に四、五歩、動けるかどうかといったくらいだ。

 万一の怪我に対処する薬や包帯はセリが抱え、デンが防壁の魔法を発動させる。三人は身を寄せ合った。

 それを見届けたグリンザは片膝をつき、古代魔法図の始点に掌を当てる。

 遠目だと、魔砂から若芽が萌え()でたかに見えた。

 灰色が、グリンザの魔力の色へとどんどん変わっていく。紙の魔法図と違い、変わった端から光の粒が舞い上がり始めている。

 デンもスゥヤも経験のない現象で、セリ同様に息を呑む。女二人は祈るように胸元で手を組んだ。

 終点に魔力が達する頃には、乱舞する光でグリンザの姿は霞んだ状態でしか視認できなくなっていた。それでも三人は、目を細めて必死に注視する。

 カッ――と、一際眩い光が迸ったのは、最後まで魔力が通った(あかし)か。

 瞬きを繰り返して三人が見やる先に、茶色っぽい大きな物が出現していた。

「熊……? でっかい」

 掠れた声でセリは言う。背の高いグリンザを優に超える体高で、大熊がうずくまっているように見えた。

「わ、わたし、大狐に見える」

 スゥヤが目をしばたたかせつつ、口元へ手を当てる。「尻尾が……」

 言われてみると、ふさふさしたような太い尻尾が足元を覆っているようだ。

「俺には狼にしか見えないんだが……」

 デンが戸惑ったように言い、セリとスゥヤは改めてよく見てみる。

「あ、本当」

 セリが声をあげる()に、視界の先で巨大な茶色い狼がむっくりと起き上がった。しかし、少々よろめいている。大儀そうに前脚を踏み出したと思ったら、へたりと伏せてしまった。

「希望どおりにカッコイイ部類だったとは思うけど……」

 デンが微かに不安を滲ませた声で、ここに居て、とセリ達に告げると、グリンザの方へ駆け寄っていく。

 ムスタ、とデンが声をかけると、くぅん、と鳴き声が聞こえた。スゥヤが頬に手を当てる。

「どうしよう、今少しきゅんとしてしまったわ」

「ムスタの思惑通りですね……」

 セリもちょっと可愛いと思ってしまったので、どぎまぎしながら応じる。

 立派な狼になってる、とデンは告げ、具合はどうなのかと尋ねたりしたけれど、グリンザ狼はぐったりしたまま、わふぅ、としか応えなかった。

(そういえば、あのお伽話で動物になった二人も、話してるつもりで言葉が通じなかったよね……?)

 とにかくも、魔法自体は無事に発動したようだ。大丈夫だと思う、とデンが頷いて、セリ達もグリンザに歩み寄る。

 近づくと、より大きさに圧倒された。魔法と知らなかったら、神獣と思ってしまっても無理はない。伏せているのに、顔の位置がセリ達と変わらなかった。

 グリンザ狼は緑色の(つぶ)らな目でセリとスゥヤを見ると、ふさふさの尻尾で地面を掃き出す。グリンザ様だわ、とスゥヤが呟いた。全く同感である。真っ先に駆けつけたデンには、この狼、尻尾を振らなかった。

 揺れる尻尾の周辺には、グリンザが着ていた衣服の切れ端が散らばっていた。大きくなったから、破けてしまったようだ。

「服を持って来ないと、元に戻れないでしょうか」

 セリが散らばった布を拾い始めると、うん、とデンは肩をすくめる。

「どうも身体を痛がってるように見える。急激に大きくなった所為かな。戻るとしても、少し落ち着いてからにした方が、多分いい」

 ぐるぅ、と唸り声のようなモノが返ってきた。お見通しかぁ、とグリンザが言った気がする。

 デンは、口端をほんの少し上げた。

「今のムスタは、死にかけの野生動物みたいだもの。弱みを知られたら真っ先に狙われてしまうから、頑張ってる感じ」

 ぱたりと尻尾が落ちて、グリンザ狼は顎も前脚の上に落とす。拗ねたように、きゅぅんと鳴いた。スゥヤが又もときめいてしまったようで、目を泳がせる。

 泳いだ視線が、足元で止まった。セリも目を落とすと、魔法図を描いていた砂が消えている。否、黒くなってしまったようだ。スゥヤは驚いたように言った。

「たった一回で黒魔法図に……」

「魔砂がギリギリの量だったとはいえ、凄い燃費だね、古代魔法」

 デンは頭を掻く。「もう使い物にならない」

 そうなの? とセリがびっくりすると、スゥヤとデンは頷きを返す。

「黒魔法図へ無理に魔力を流すと、発動失敗とは違って確実におかしなことが起こる」

 現代の魔法図も、何度か使っていると線が黒くなるから、そうしたら図面を新調するそうだ。

 足元の魔砂は完全な黒にはなっていなかったが、染料へ流用しても粗悪品しかできそうにないから、もうこのままにしておくようだ。

 ひとまず小屋へ帰ろうということになって、立てそう? とセリ達はグリンザ狼を見た。

 知的な光を目に宿した巨大狼は、やや乾いた鼻先でデンの腕を押しやった。意図を察した三人は、周囲から離れる。

 そうっと身を起こしたグリンザ狼は僅かにたたらを踏んだものの、セリ達を見て顎を振る。歩けるようだ。


 そうして小屋まで帰ったけれど、当然ながら、屋根に届きそうな巨大狼は入れなかった。

 直前までグリンザは自分の大きさを失念していたらしく、玄関口で固まっていた。

 デンが着替えの布包みを木陰に置いて小屋へ戻ると、グリンザは開いた扉から大きな鼻先を突っ込んできて、ヒゥンヒゥン鳴いた挙句、最後はぷしぷし云わせていた。切なげな鳴き声とその仕種に、スゥヤはかなり心が揺らめいていたようだ。

 セリとしては、艶々の黒い鼻先でいっぱいの玄関というのは、小屋の裏に繋いでいた馬達の悲鳴も合わさって、なかなか怖い光景だった。

 夢に出ないといいな、と思ったものである。

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