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教師の一文

作者: 子鉄

 学級崩壊と言うものが社会問題となっている昨今の学校において、もはやそれは他人事ではなく、身近な事になってしまっている。


これはそんな問題と真っ向から向き合い、教育に己の半生を捧げた一人の教育バカの物語である。


――高台にある中学校の三年二組が私の受け持つクラスであった。

みんな仲が良く、生徒も従順であり、なんら問題は無かった。

あの日、あの時までは。


あれは長雨がうっとうしいこんな梅雨時であった。

昨日までは、台風の進行具合くらいしか際立った話題の無かった我がクラスで事件は起こった。


学級委員の吉田の給食費がなくなったのだ。

吉田は裕福な家の子であり、ひと月分の給食費など何てことは無いのかもしれない。

しかし、そういう問題ではない。

やってしまった人間の心のケアが必要なのだ。   

「みんな、目をつぶってくれ。先生はやってしまった事をとやかく言うつもりはないぞ。」     


起きてしまったことを罰するより、やった人間のこれからのことを考える必要があり、まずは一人一人の心と対話すべきだと考えた。やった人間がいけないんじゃない、社会が、教育がいけないんだ。

「じゃあ、そっと手を挙げてくれ。恐がることは何もないんだよ」


 諭すようにやさしい口調で伝えると、みなが静かに従う。       

私は皆が目をしっかりつぶっていることを確認し、そっと自らの手を挙げた。 

みんなありがとう。               


「よし、田中!手を下ろせ」

 

 男優ばりの渋い口調で言うと、生徒達は目を開けた。  


「えっ・・・せっ、先生?」           


 田中は困惑した表情で私を見つめている。

 

「いいんだよ、うん、例の高校推薦しとくよ」


「あっ、ああ、じゃあ」            


 田中は今いち何が起きたか理解できていなかったが、なんとなくフワッとした感じにしてその場を治めた。私は生徒を推薦できる立場になかったのだが。


 こういったクラスの問題をうまく解決するのも我々教師の大事な役目だ。   

職員室に戻り、ホットコーヒーを一口すするとほっこり一息ついた。

            

 しかし悪い事は続くもので、更なる事件が起きてしまったのだ。        

学校のマドンナ的存在の美香先生の下着が盗まれたのである。            

ホームルームでその話をすると、生徒達の間で動揺が広まった。       


「こんなおかしなことがあってはならないんだ!」


 私は涙ながらに事の重大さを訴えた。

 

「田中、立て」


「はっ、はい?」 


 素直に名乗り出ること、真摯に謝ることを促すと、田中は反発した。     


「やっ、やってません」     


「あ?やんのかコラッ!」


「無茶苦茶じゃないですか、僕じゃありません」  


「いつでもやったるちゅーとんにゃわ!」     


「言ってる事がおかしすぎるっ!結局受験も失敗したし」


 一歩も引かない田中は自分の主張を曲げず、このままでは水掛け論、いや、唾掛け論になってしまう。議論の熱さに流れ出た汗をハンカチで拭った。   


「先生それ!」     


 生徒の一人が声を荒げる。


「はい?」       


 ふと見ると、それはハンカチではなく水色のブラジャーであった。

 

「はっ!いや、これは違うんだ」

 動揺しながら自分の身の潔白を説いた。


「これはあれなんだ、美香先生のマンションから盗ってきたやつであって、ロッカーから盗ったやつじゃないんだ」      


 動揺と興奮で目が回り、自分でも何を言ってるのか分からなかった。

しかし、ここで引いたら終わりだ、塀の中だ、絶対に負けられない。


「いいですか?今問題になっているのはロッカーから無くなった下着です。マンションから無くなった下着じゃないんです」              


 教室中を歩きながら、一人一人の頭に手を置き、一人一人に問い掛けた。

皆の顔を横目でちらちら見ながら問い掛けた。     


「私がプライベートで何をしようと私の勝手じゃないですか?我も人なり、僕も人なりでございます」  


「人はお前だけか!」

            

 生徒の一人が呟く。

一人が言うと、後は決壊したダムのように全員の不満が流れ出た。                 

「帰れっ!帰れっ!」  


「帰りたくない、今夜は帰したくないんだっ」   


みんなに伝えたかった。

みんなに分かってもらいたかった。

みんなの机に二千円づつ置いた。足りなければ定期を解約するつもりであった。

私にはそれ位の覚悟があった。


「うるさいっ、帰れ」

「変態!」

「気持ち悪い!」


 生徒達の罵倒が鳴り響く。

私の長い教師生活でもこのようなことは初めてであった。

結局自分の教育が間違っていたのか、彼等がろくな家庭に育たなかったのか。

恐らく後者であろう。

私はきちんと教育実習を終えているのだ。

当時の山田先生から、実習評定の欄に◎を二つももらっているのだ。

声が大きかったことと、ごはんを残さず食べた事である。


 ふと、生徒全員の目を見て胸がギュッと締め付けられる思いになった。

私は気付かれぬように背中に手を回し、ブラのホックを外した。 

結局こんなものがあるから胸が締め付けられるのだ。

そう、いけないのは私ではない。淡いピンクや薄いクリーム色のこの布が全てを狂わせていたのだ。 純白もいいよね。    


 私はついに決心を固めた。『こちらだって被害者です』という旨の内容を含んだ辞職届を書いたのだ。            


辞職届       


拝啓          

みなさん元気ですか?

私はこちらで元気にしています。

こちらの牧場ではみんなが親切にしてくれます。

昨日初めて牛の花子のお乳を絞らせてもらいました。

その姿を見て私のお父も目を細めていました。   

例の事件に関しましては、私はお宅等と闘う覚悟がありますが、無かった事にする用意もあります。

それはあります、はい。

ちなみに頭は既に丸めさせて頂いた所存であります。はい。         


追伸

先生は信念を曲げなかったよ。

みんなありがとう


 自分の想いを書き記すと、着払いで封筒を送った。

人類にとっては小さな一歩だが、私にとっては大事な、とても大切な一歩だ。 


 夜空を見上げれば、満天の星が輝いている。

考えると素敵な思い出ばかりが甦ってきた。


初めて行った修学旅行。

学年主任の吉田先生と同室になったけど、

会話が無いので一晩中ロビーで本を読んでいたのは私です。


みんなで頑張った体育祭。

間違えて男子更衣室を覗いていたのも私です。   


つらいけど楽しかった夏合宿。

初日の夜にホームシックになり、泣きながらお母さんに迎えにきてもらったのも私です。           


色々あったが非常に充実した日々であった。

子供達の教育はうまくいかなかったが、私は今ここで、この牧場で、牛や豚を育てている。     

大変だがとてもやりがいがある。

教育というには程遠いが、それでも大事にしてやればみんなすくすく育ってくれるんだ。      

可愛がってやれば懐いてくれるし、自分を親のように慕ってくれる。

みんな家族なんだ。


そうだ、今夜は花子を焼いて食べよう。


汗を拭いながら牧場を見ると私は我が目を疑った。


「いやっ、そ、そんな馬鹿な」


動物達がみんな逃げ出していたのだ。

横を見ると、傍らで父が突き飛ばされて虫の息になっている。

ああ、何ていうことだ。

トン平やブー子まで。

コトコト煮込もうと思っていたのに。


 その後、私は泣きながら祖父の代から受け継いだ牧場日誌を全て燃やした。

そして、みんながいなくなった事を嘆きながら白い飯を食べた。    

大好きな花子を想いながら食べた。

主に花子のハラミの部分を想ったのだ。



 窓から外を眺めれば、強くて大きな大地に見果てぬ地平線がずっとずっと広がっている。


 でっかい空が笑っていた。

 ちっこい俺を笑っていた。


「負けたくないよ」


 空と大地は勇気を与えてくれる。

草や花は自らの足で立つことを教えてくれる。

そうだ、自分には立つべき二本の足があるんだ。


 失敗が何だ、牛や豚がいないからって何だ、また買えばいいんだ。

倒れたって立ち上がればいいんだ。

また始められる。

イチからだってゼロからだって。


 神様、自分、もう一度やってみます。そう短冊に願いを記すと、

新聞社に速達で送った。 

明日の朝刊が楽しみだ。

            

「よーし、明日からまた忙しくなるぞ!」          


 床につくとかつらを外し、野球帽を被った。

北国の夜は厳しく、素肌を晒しては寝れないのである。


「ふうっ、明日起きたらフサフサになってるといいな」


 パチンと電気を消し、明日の幸せを願いながら静かに目を閉じた。

外では寒空の中、動物達が元気に走り回っていた。      


みんなありがとう。

感想を書いてくださいね。

みんなありがとう

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― 新着の感想 ―
[一言] 落ち着いた雰囲気で静かに狂っているのが面白いです。 それにしてもなんて滅茶苦茶な先生。
[一言] 文章が すごく読みやすくなっていてビックリしました。 なんだか子鉄先生 作品が大人になりましたね… そろそろ ホラーとかにもチャレンジしてみますか?(笑)
2007/07/17 12:39 宮薗 きりと
[一言] 感想が……見つかりませんっ。チャチャチャ。 ちょぉっとキャラがパンチ不足な感じがしました。 梅雨のせいですね゜酸性雨でヅラっちゃったのはこの子じゃなくて鉄子やな○ でわでわ(^^ゞ
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