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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

理由

 昨夜帰ってきてすぐに脱ぎすてたコートが、今朝起きてみるとそのままソファの上に放置されていた。当然だ。私が片付けなかったら誰が片付けるんだ。

 冷静になってきた頭で考えて、昨日ことを思い出す。

 半年前に、私から告白して付き合うことになったセンちゃん。彼は笑顔がチャーミングで、耳たぶのところにほくろがある。頼れるタイプか守りたいタイプかと問われれば断然後者。ピンクの薄い唇だったり、少し長めの前髪だったり、ちょっとしたことですぐに頬をピンクに染めて俯いちゃったり、容姿も行動も少女っぽい。

 そのセンちゃんが、いつものデートの途中に急に真剣な表情になって言ったのだ。

 ……思い出したくない。思い出したくないけど、思い出さないと前に進まない。

「別れてほしいんだ」

 あ、だめだ。今1000くらいダメージ食らった。

 痛みに耐えて思い出すと、つまりそういうことだ。その言葉の意味をすぐには飲み込めなかったけど、いてもたってもいられなくて、センちゃんが私の名前を呼ぶのも無視して無我夢中で家まで走った。そしてコートを乱暴に脱ぎすてて、泣いているうちに寝たのだ。

 もうなにをする気も起きない。このまま床に寝そべっていたい。だけどちょっとだけ背中と腰が痛い。床で寝るのはやっぱり体に負担がかかる。私はもうピチピチの学生ギャルではないのだ。

「よっこらせ!」

 気合い入れに掛け声をかけて起きあがる。とりあえず起きて一番に目に入ったコートをハンガーにかけようと、ソファに近づく。

 その時、コートのポケットが淡く点滅しているのが見えた。携帯だ。十中八九センちゃんからの着信だ。

 別れを切り出された後だけど、彼があんな言葉だけで私を捨てるとは思えない。彼は思いやりに溢れていて、きっと今も私を傷つけたと思って心を痛めている。実際に私は傷ついてるけど、センちゃんまで苦しまなくていい。きっとなにか私にいたらないところがあったんだろう。

 この電話に出ることがきっとセンちゃんを救う。でも出たら別れる発言に至った理由を聞かされる。それがいかに筋が通っていても、今の私には心を抉られるほどのダメージにしかならない。

 私は点滅するランプを無視してコートをハンガーにかけた。同時にチャイムが鳴った。

 心臓が冷えるとはまさにこのこと。

 手にしていたハンガーをぼとりとコートごと落として、その場に立ち尽くす。

 いや、冷静になれミオ。居留守をつかえばいい。センちゃんがやってきたという保証はない。そもそもチャイムを鳴らしたのが誰であっても、昨日の晩、化粧もおとさず泣きまくったそのままの顔で玄関先には出られない。そうだ、居留守だ居留守。

 そう思った直後にまたチャイムが鳴る。今度は連続でニ回。

 そのチャイムの鳴らし方がいつものセンちゃんのそれで、私の足は気持ちとは裏腹に玄関に向かう。だって、センちゃんが心細い時に無視できるほど、私はできた人間じゃない。

「ミオちゃん?」

 ドアを開けると、目を腫らしたセンちゃんが立っていた。私よりも若干背が低い彼は本当に儚い少女のようだ。散々泣いた後のようなセンちゃんの様子に、心臓がギュっと握られたような気がした。

「センちゃん、外、寒いでしょ。中に入りなよ。……あ、別になにもしないよ」

「ううん、すぐに済むんだ。ありがとう」

 センちゃんは、今にも消えてしまいそうな笑顔で首を横に振る。ごめんね、そんな悲しそうな顔をさせてごめんね。

「昨日は、急にあんなこと言ってごめんね。その……、ミオちゃんのことが嫌いになったとか、好きって気持ちがなくなったとかじゃないんだ。むしろ、今でも誰よりも大好きなんだ」

 そう言うセンちゃんの瞳には新しい涙がじわりと浮かんでいる。私はそっとその涙をぬぐった。すると、束の間くすぐったそうにフフと笑みをこぼす。

「だけどこれ以上ミオちゃんを騙したまま付き合っていけない」

 ざわりと胸騒ぎが起きた。

 二股か、あるいは三股か。はたまた実は妻子持ちであるか。

 「騙す」という言葉にそれ以外に理由が思いつかない。

 どれにしても、こっちにとって相当に覚悟が必要な告白だ。でも、センちゃんは私に覚悟を決める間も与えずに言葉を発した。

「僕、女なんだ……」

「……」

 …………。

 脳内が一旦ショートする。

 そして少しずつセンちゃんの言葉の意味を理解していく。

 そういえば昨日別れを切り出されたのは、ホテルに行こうって話が出た瞬間だ。私から提案したから、ひかれたのかと思ってた。

 センちゃんが同性だったことには地球がひっくり返ったのかと思うほど衝撃を受けたけど、大事なのは、センちゃんはまだ私のことを好きだってことだ。そして私もセンちゃんが可愛くて仕方がないってことだ。

 その答えにたどり着いた時、言葉よりも先に私は最愛の恋人を力の限り抱きしめた。

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