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親父

作者: 城縫威

「なあ親父、逝くには少し早いんじゃないのか?」

目の前には闘病の末、逝った俺の親父がいる。その顔には苦悶の表情はなく十人見れば十人、安らかに逝ったと答える、そんなような顔だ。俺が小さかった時には下町の定食屋の店長で、勢い良く沢山具の入った鍋を振っていたのが昨日のように思い出せる。あの頃、親父は寡黙で厳しいと言う印象が強かった。

当時、色んな高層ビルが建ち始めていて、そんな中、下町の中に居るのが嫌で近場の大学を出たら直ぐに俺は家から出た。時たま見るハイカラな物を見ると、自分だけ取り残されている気がして嫌だったんだ。

母さんは親父と違って明るく快活な性格をしていた。店の中で笑顔で客の注文を聞いていた。あの頃の活気が、がやがやと五月蝿いだけだと思っていた音が、今でも想い出すのに難くない。今ではあの騒音が心地よかったのだと感じれる。下町はより古ぼけて、母さんの顔に皺が出来るように、俺も価値観が変わるほどに年を取ったんだ。それでも、親父や母さんに比べたらまだまだ若いが。

俺が少しでも悪さをすると、親父は怒鳴って俺を叱りつけた。殴りこそしなかったが、子供の頃の俺はあれが怖くてしょうがなかった。今思えば、親父は厳しかったのではなく、子供を躾ける良い親父だったんだなと思える。

料理屋の息子だったからか、俺もよく料理の勉強をさせられた。店が休日の時に教えてもらったのだが、子供だった俺は外で友達と遊んだりしたかったからよく嫌だと親父や母さんに言ったものだ。親父はただ俺にやれと言うだけだったから、俺もただ嫌だと言って反抗したのを覚えている。母さんが言うには、将来この店を継ぐかもしれないから、とか、将来料理ができているとすごく楽だから等を言っていたが、将来なんてものを全く考えていない俺は、母さんのいう言葉全てが説教みたいに感じて嫌で嫌でしょうがなかった。大人になった今だから言えるが、やはり料理が出来るというのは良い事なのだなと思っている。まさに芸は身を助けると言ったものだ。家を出て直ぐに格安のアパートは借りられたが、勿論、金銭に余裕がなかった俺は外食など出来るはずもなく自分で自炊することになる。料理が出来る事が節約にもなったのであの時程料理が出来て良かったと思ったときはない。

何年か安定しない日々を送った後、ようやく安定した職に付けた俺はそれを報告しに下町にある自分の家に帰った。若干寂れたような雰囲気がしたが、それでも浅草寺の雷門に来る観光客とか、常連が残っているらしく、子供の時程の混雑はしていなかったが、それでも客が入っていた。

その時の事はよく覚えている。その日、親父が店仕舞した後、俺は「今日は俺が夕飯を作ってやるよ」と言った。自炊していた時期もあり、自分の料理の腕には少しばかり自信を持っていたし、親父に俺の料理の腕が子供の頃からどれだけ上がったかみせたかったのだ。意気揚々と俺は料理を作り、テーブル並べて親父達と食事をとった。俺は安定した職に就けたと親父達に報告し、ただそれだけで食事が終わってしまった。俺の作った料理に何も言わなかった親父は新聞を片手に奥のテレビのある方に行ってしまった。俺は食器を片付けながら心の内で悪態をついていたのを覚えている。

そうしたらどうだ、ソファーに座って新聞を読んでいた親父が少しだけ俺の方を向いて言ったんだ「お前の作った料理、美味かったぞ」って。それを聞いた俺は親父から顔を背けた後に言ったんだ「……おう!」って。食器を洗うために蛇口から出る水以外にも目からぽつりぽつりと涙が出てきて止められなかった。あの時見てた母さんは何を思ってたんだろうか。不器用な親子だなとでも思っていたんだと思う。その日一日は実家に泊まって、次の日には自分の今住んでいる家に帰った。

それから数カ月後だ、俺が仕事場で仕事をしてると母さんから電話が掛かって来たんだ。なんだと思って出たら親父が病気で倒れたっていきなり言われたから本当に驚いた。その日は直ぐに仕事を止めて飛んで親父の居る病院に行ったんだ。そしたら身体にチューブを繋げてる親父とそれを見つめている母さんがいた。母さんから親父が癌でもう身体中にまわってるって聞いて愕然とした。自分のお金も大分貯まってきて親父達に旅行でも行かせようかなって思っていた時にそれだから、どうしたらいいか混乱していた。ただ親父が生きている時間があと少しだというのは分かった。

会社は休むことが出来ないが、幸いにも病院が俺の住んでいる所からそう遠くない所にあり、会社側に事情を話した所、早めに仕事を止めてもいいとのことで、毎日とまでは行かないが見舞いに行くことは出来た。日に日に弱っていく親父が見ていて痛々しかった。

だが弱っていきながらも俺や母さんの励ましに応えようと頑張ったのか、余命宣告された期間よりも一ヶ月と一寸を生きた。身体中は傷みに苛まれていただろうと思うのだが最後はこうやって人生に満足したように、苦しさを感じさせないままに逝った。

徐に椅子から立ち部屋を出る。

「もう、いいの?」

部屋の外で待っていた母さんが俺に言う。

「あゝ、親父のこれからもあるから俺は行くよ。」

「そう…。」

「母さん、俺は親父と約束したんだ。」

意外そうな顔で母さんが俺を見る。

「俺が親父のいる所に行くことになる時、その時は沢山の土産話を持って来いって。持ってきたらお前の好きな料理を俺が作ってやるって。」

「そうだったの。なら、お母さんも何か貴方と約束しないとね。貴方より早く、あの人の所に行くことになるから。」

そんなことを笑って言う母さん。

「縁起でもないこと言うなよ。母さんは長く生きてくれよ?」

「まあ、出来るだけ頑張るわ。」

俺と母さんはそれだけ言うと、親父の葬儀をあげる準備をするために共に歩き出した。









なあ親父、それと母さんも

なんだ?

なあに?

ただいま

おかえり

おかえりなさい

お前、約束は覚えているだろうな

勿論、沢山の土産話を持ってきたよ

そうか、ならお前が好きだったあれ作ってやるよ

……あゝ!

      ーー了ーー

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