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先生!  作者: 榎本壮詩
9/11

8:自称『親友』の警告

ソウマは後悔していた。


(断固拒否すればよかった)


配属されてきた新米秘書は、彼が一番苦手とする人種だった。


(大胆な行動に出たかと思えば急に落ち込んだり、訳の分からない理由でやる気になったり……、正直、意味が分かりません)


 イノリのこれまでの行動や態度を思い出し、ソウマはすいっと眼鏡を押し上げる。

 どうやら自分のもとの送り込まれることとなった人物は、『仕事熱心で真面目』という条件をクリアしてはいる。が、相当な変わり者のようだ。

 自分のことは棚に置き、ソウマはイノリをそう評価した。

彼女に悪気があるかないかと言えばないのかもしれない、一生けんめい頑張ったのかもしれない。

しかし、だからと言って「はい、そうですか」とすべてを受け入れるような寛容さは、ソウマはこれっぽっちも持ち合わせていない。


 とりあえず、先手必勝。

ソウマは、今後の自分の生活に支障が出ないよう、極力関わり合いを持たなくて済むよう、昨夜から準備しておいた『注意点』という名の制約を新米秘書に提示してきた。


 イノリの戸惑った表情がソウマの頭を過る。

 多少やりすぎた感も否めないが、関わりを持って衝突するようなことになればもっと面倒だ。これもお互いのため。そう結論付け、ソウマは着慣れた白衣の襟元を正すと、すでにイノリの事など頭から抜け落ちたかのように、颯爽と歩き出した。


 真っ白な白衣を翻し、ソウマは大股で長い渡り廊下を突き進む。

 

 高等研究所と学術院は同じ敷地内にあるが、それぞれの面積が広大なため、徒歩で移動するには少し時間がかかってしまう。

 いくつかの連絡通路用の渡り廊下が設置されているが、高等研究所の端にある自室からでは、その渡り廊下までの道のりも馬鹿にならない。

 高等研究所所属の研究院となれば、敷地内でのある程度の魔具の私的使用も容認されるため、飛行用の魔具を常用する者も少なくない。

しかし、ソウマはめったなことでもない限り、必要なこと以外で自分の力を研究以外に使用しない事にしていた。


(思ったよりも時間を取ってしまいましたね)


 ソウマは平均よりも長い脚を忙しなく動かし、胸元の懐中時計を取り出すと、いつもよりも大幅に移動が遅れていることを確認する。

 遅刻をする程の遅延ではないが、早めにいくに越したことはないと、ソウマは歩くスピードをさらに速めた。

 すると――


「よっ、色男!今日も絶好調に不機嫌そうだねえ」


 よく通る少し太い声が、ソウマの背後から投げかけられた。

 しかし、呼びかけられた本人は、まるで何も聞こえていないかのように歩みを止める様子はない。それどころか、若干ペースが上がったのは気のせいではないだろう。


「あっ、ちょっとちょっと、お前だよ、お前!聞こえてんだろ?」


 あわてた様子で駆け寄り、ソウマの目の前に立ちはだかったのは、燃えるような赤い髪と目をした精悍な青年だった。

 子供のような大人のような雰囲気を纏った青年は、少しふて腐れたような表情でソウマの事を睨み付ける。


「まったく、親友を無視するとはいい度胸だな」


「ヤマト……今あなたに構ってる時間はないんですよ、どいてください、邪魔です」


「あっ、素っ気ねぇの、そうやって冷たい態度ばっかり取ってると……って、あ、おい、待てって!」


 立ちはだかる相手には目もくれず、つんとした態度で自称『親友』の脇をする抜けていく。

 しかし、『ヤマト』と呼ばれた赤毛の青年は早足なソウマのペースに合わせて横に並ぶと、ぴったりとついていく。

 

「話なら暇な時にでもまた聞いてあげますから大人しく帰ってください」


「暇なときなんかどうせねぇくせに、よく言うぜ……」


「私はあなたと違って色々とやることがあるので忙しいんですよ、あなたと違って」


「俺だってそれなりに忙しくしてるっつーの!今日だって別に遊びに来たわけじゃないんだぜ?」


「……遊びじゃなきゃ、なんです?」


 てっきり暇つぶしにふらふらと遊びに来たとばかり思っていたソウマは、初めて旧友の言葉に耳を傾けそぶりを見せた。

 やっとこちらの話を聞く気になったソウマに、ヤマトは満面の笑みを浮かべると、じゃ間の慎重さを埋めるために少しだけ腰を折り、ソウマの耳元にぐっと顔を寄せる。

 ソウマも休みなく動かし続けていた足を止め、反射的に心なしかヤマトへ右耳を差出す格好となった。

 長身の男二人が身を寄せ合うという、どうにも不思議な光景である。


 大人しくヤマトの言葉を待つソウマに、ヤマトは小声でこう呟いた。


「お前んとこに来た新しい秘書、可愛い?」


 ヤマトの告げた内容はソウマにとってあまりにもタイミングの悪い内容であった。

 相手が何の反応も示さない事を良いことに、ヤマトはニヤニヤとだらしない表情で話を続ける。


「あ、もしかして可愛い系じゃなくて綺麗系?美人?どんな子?今度俺にも会わせ――っいてっ」


 くだらない事をこれ以上聞いていられるかと、ソウマは手にしていた資料の束で、ヤマトの左顔面を引っぱたいた。


「そんなくだらないことを聞きに来たのなら今すぐ帰ってください。それか、不法侵入で訴えますよ?」


「お、俺はここの卒業生だぞ!っていうか、ケイ、今のは結構地味に痛かったぞ?」


「今は部外者です、即刻出て行ってください。それに、わざと痛くしたんです、痛いのは当たり前でしょう」


 見たものすべてを凍らせるような冷たい視線が、左頬をさすり、若干涙目になったヤマトへ向けられる。


「ぶ、部外者だけど!でも、防衛隊員だから!パ、パトロール!パトロール警備中だよ!ほら、最近街中も物騒だし!」


 メガネをすいっと押し上げ、ソウマは苛立ちを隠す様子もなく、つんっと顔を背けて再び歩き出す。

 立ち止まってしまった時間を取り戻すかのように、今度は早足というよりも駆け足に近い程の速度で歩き出す。

 ソウマは、ヤマトがまだついてくるかと思ったが、追いかけてくる様子はない。

 結局は遊びに来ただけだったと判断し、ソウマは自称『親友』を名乗る青年を振り返ることなく目的地の建物の正面玄関へ駆け足で潜り込む。

 始業の鐘はまだ鳴っていない。どうやらギリギリで遅刻は免れたようだ。




「例の事件、内通者がいるぞ」




 頭の真後ろから聞こえてきた脳まで響くような低い声に、ソウマは大きく体を揺らした。

 遠くに置いてきたはずの赤い髪が今は自分のすぐ背後――背中越しに炊い相手の体温を感じ取れるほど近くに立っている。

 驚きとしてやられたという思いが混ざり合った複雑な表情でソウマは口だけを小さく動かす。


「……目星はついているんですか?」


「まぁな、でもまだ確証はない」


 先ほどのまでのお茶らけた青年とは似ても似つかない真剣な雰囲気でヤマトは警告する。

 

「お前の周りにいるとも限らない、気をつけろよ」


 それだけ言い残すと、ヤマトはあっと言う間に姿を消した。

 

――リーン……ゴーン


 始業の鐘が院内に鳴り響く。


 ソウマはいなくなったはずのヤマトの方へ振り返ると、神経質そうにメガネを押し上げ、神妙な面持ちで呟いた。


「遅刻……か」


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