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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合姫/amour éternel

作者: 須藤ゆう

むかしむかし

ある小さな村に、一人の旅人が訪れました。

村の外れには小高い丘があり、その上に白い屋敷があるのを見つけ、旅人は尋ねました。


「もし、あの丘の上にはどなたかお住まいなのですか?」

「あそこの屋敷には、よくない噂があるのです。」


聞くとその屋敷には美しい娘が住んでおり、数年前までは屋敷で育てた花を売りに村まで来ていたのだが、ある日を境にとんと姿を見せなくなってしまった。

心配した村人達が屋敷まで様子を見に行くと、娘は凛とした透き通る声でこう答えました。

「皆さん、どうもありがとうございます。ですがどうか、どなたかお一人だけでいらして頂けますか。」

そう言って、決して門を開けようとしませんでした。

村人たちは話し合い、翌日、一人の青年が屋敷へ行くことになりました。



「こんにちは、今日は一人で参りました。さぁ、門を開けて下さい。」

娘は扉越しに、柔らかい口調で青年にたずねました。

「ごきげんよう。あなたは今、幸せですか?」

「いいえ。近頃めっきり貴女(あなた)の姿が見えないから、私は寂しくて寂しくて今にも死んでしまいそうです。

このまま永遠に会えないのでしたらいっその事、毒を飲んで死んでしまいたい!」


青年は、娘に恋心を抱いていたのです。


「そうですか。」

そう言うと娘は扉を開け、青年を屋敷の中に招き入れました。

鮮やかな花が庭中(にわじゅう)に咲き乱れ、そよ風がふんわりと優しい香りを運んできました。

娘は村に来ていた時と変わらぬ美しい姿でした。

白くほっそりとした肌の上に純白の(ころも)が広がり、銀色の美しい髪はまるでそよ風の様に優しく揺れていました。空色(そらいろ)のすんだ(ひとみ)とふっくらとした愛らしい口元が笑みを(かたど)って、青年に微笑みかけました。

青年は、久しぶりに会う娘の姿にすっかり舞い上がってしまい、花々をしり目に娘の後に続いてどんどん進んで行きました。


庭を抜け屋敷の裏に回り込むと、白塗りの小さな建物がありました。

唯一ある扉の前で娘は立ち止まり「この中で、少し待っていて頂けますか。」と言い残して、消えるようにどこかへ行ってしまいました。


残された青年が恐る恐る扉に手をかけると、隙間から花の香りが(あふ)れてきました。

意を決して扉を開けると、建物の中は真っ白なユリの花で埋め尽くされていました。

頭上がガラス張りになっていて、そこから陽の光が降り注ぎ、凛と咲く白い花々をよりいっそう輝かせています。


中央に備え付けられた真っ白なテーブルまで進んだ時、娘が戻ってきました。その手にあるトレーには、ティーセットと焼き菓子が並んでいました。娘は、テーブルの上にお茶の準備を整えて言いました。

「今日までのあなたのお話を、私に聞かせて下さい。」

いきなりの事で何を話せばいいのか青年が迷っていると、「お生まれはいつですか?御兄弟はいらっしゃるの?」と訊ねられました。

娘の優しく包み込むような雰囲気に、青年の緊張はあっという間に解けてしまいました。

今まで行った場所や家族の事など様々な想い出を、娘に熱心に語ります。娘もとても楽しげに、興味深そうに耳を傾け、時には声をあげて一緒に笑いました。


気がつくとすっかり薄暗くなっていました。

建物には松明も何もなく、月明かりだけが二人と周囲の花を照らします。


「おっと、もうこんな時間ですね。今日はもう帰らないと。また、明日も伺いますね。」

「いいえ。こうして会う事は、もう出来ません。」


娘の返答に青年はビックリしてしまいました。

あんなに楽しそうに話を聞いてくれたので、てっきり娘は心を開いてくれたものだと思っていました。

娘は相変わらず柔らかな笑みを浮かべています。


「今日はとても楽しかったです。帰る前に一つだけお願いがあります。今日、私を訪ねて来た時「死んでしまいたい」と(おっしゃ)っていましたね。それは本心ですか?」

「はい。今日を最後に貴女(あなた)に会えなくなるのでしたら、私はその寂しさに押しつぶされて命を絶ってしまうでしょう。」


青年は、はっきりと娘に告げました。

今日一日で、青年の恋心はどんどん膨れ上がっていたのです。

その熱いまなざしを見据えたまま、娘は青年の方へと手を伸ばしました。

まるで周囲に咲くユリの花の様にピンと伸びたその手から、キラキラと輝く粉末が青年のカップの中へと降り注がれます。そして青年の目の前に簡素な箱に入れられた小さな種をそっと差し出し、娘は柔らかく結ばれていた唇を開きました。


「でしたらそのお茶と一緒にこの花の種を飲んでください。そうすれば一晩で、貴方(あなた)は安らかな眠りにつくでしょう。私が貴方の身体を土に埋めて、毎日毎日お水をあげます。そして8日目の朝に、貴方の花が咲くのです。私は貴方が寂しくないようにずっとそばに居ます。朝は歌い、昼は語り、夜は一緒に眠りにつきます。それが嫌なのでしたら、この袋を持って村へお戻りください。そして今日の事も、私の事も、全て忘れてしまって下さい。」


青年は娘の突然の言葉にも勿論(もちろん)ですが、差し出された袋に吃驚仰天(びっくりぎょうてん)しました。

袋の中には、青年の持ち物がぎっしりと詰まっていたのです!

慌てて自分の衣服や荷物を探りますが、何も見つかりません。

硬貨。護身用の剣。娘へ贈ろうと思っていた贈り物。・・・何もかもを袋の中に見つけ、青年は身体中に冷たい汗が噴き出すのを感じました。

目を見開いて娘の顔を見ると、そこには変わらず柔らかな笑みがありました。

月明かりが、娘の白い肌と伸びた長い銀髪を照らします。

青年にはその姿がどんどんと恐ろしいものに見えてきて、袋を掴みとって逃げるように飛び出して行きました。


花が散るのもお構いなしに庭を突っ切り全力疾走すれば、門はすぐそこです。

やけくそで門の扉に体当たりします。ですが、不思議な事に扉などそこに存在しないかの様に青年の身体はそれをすり抜け、丘を転がり落ちてしまいました。丘のふもとには木が茂っていて、それが風で揺れ葉がぶつかり合い、不気味な音をたてました。

青年は恐怖を振り払うかのように大声で叫びながら、一目散に村の方へと駆けて行きました。


村へ戻ってきた青年から話を聞くと、村の人々は不可解な顔を浮かべました。擦り傷や切り傷だらけの身体を縮こまらせ、真っ青な顔で震える青年を見て、きっと林の中で何かに()かされたのだろう。と思いました。夜に奇妙なものを見たり聞いたりと言う話は、この村でもしょっちゅうだったからです。


夜が明け、今度は娘ととても仲の良かった村娘が屋敷へと向かいました。

しかしその晩、やはり青ざめた顔で戻って来て、3日間嘔吐し続けその後も(しばら)くうなされ続けました。

次に行った猟師の男も、娘をたいそう可愛がっていた婦人も、同じように帰ってきました。

その次に行った少年は屋敷の中にも入れず、とぼとぼと陽が高いうちに帰ってきました。

そして遂に、7日目に訪ねて行った男は夜が明けても帰ってきませんでした。


どこかで野生の動物に襲われたのかもしれないと、男たちが探しに出かけましたがとうとう男の亡骸が見つかる事はありませんでした。

その気味の悪さから村人たちはその後一切、屋敷に近づかなくなりました。


その後、村人の話を聞いた幾人かの旅人や近隣の村の者が屋敷に向かって行きましたが、やはり結果は同じでした。そしてその内の何人かは、今もまだ戻ってきていないそうです。


旅人は、屋敷や娘について問う事をやめました。



村に来てから3日目の夜、牧羊犬のけたたましい鳴き声が響き渡り旅人はベットから飛び起きました。

外に出てみると大勢の村人が、ある一点を見つめていました。

視線の先はあの丘でした。丘の上に真っ赤な炎が広がっています。

赤々(あかあか)と照らされる空を見上げ、(みな)どうすることも出来ませんでした。

やがて火の勢いは収まり、陽が昇る頃には立ち昇っていた煙も炎も屋敷も、すっかり消えて無くなっておりました。それでも、村人たちの不安は消えません。

誰かが屋敷に火を放ったのかもしれない。この村は呪われている。これは災いの前触れだ!

様々な言葉が飛び交います。

誰一人として焼跡を見に行こうとはしませんでした。


そこに若き王子が、供を引き連れて現われました。

村を抜けてその先にある橋を渡るためです。

「一体、何があったのですか?」

村人達がこれまでの経緯を話すと、王子は「それなら私も一緒に焼跡を見に行こう」と言い出しました。村人も供の者も反対しましたが、王子に説き伏せられて一行は屋敷のあった丘へと向かいました。

旅人もその一行について行きました。


丘を登ると庭の花も、沢山の百合の花も全て燃えて無くなってしまっていました。

建物があった場所まで進むと、人影が見えました。

うずくまり、涙をぼろぼろと零しながら、娘が()(むし)るように地面を掘っていました。両手は土と血で汚れ、白い肌も銀色の髪も(すす)だらけでした。服は所々焼け焦げています。

王子は馬から降り、娘の傍らに(ひざまず)き言いました。


「どうして泣いているのですか?」


娘の瞳から更に涙が(あふ)れだしました。


「私は、今も昔も寂しくてしょうがないのです。」


そう言って泣き崩れる娘の手をとり「それならば私の元へ来ればいい」と王子は言いました。供の者たちも頷きます。

しかし、王子の言葉を聞いた娘は両手で顔を覆い細い肩をいっそう震わせて首を何度も横に振りました。


「駄目なのです。駄目なのです。あなた方の優しい言葉は、どうしても私を苦しませるのです。」


そう言うと、娘はまた涙を零しながら土を掘り始めました。


ここに眠っている人たちは、(みんな)寂しくてしょうがないのだと。

だから、私はそんな彼らのそばに居たいのだと。


娘は何度もそう呟きながら懸命に掘り進めていきます。地面は溢れ出る涙でどんどん滲んでいきました。

一体(いったい)何のために掘っているのか聞くと、自分が眠る場所だと言う。

王子はより懸命に、娘を止めました。そして、どうにか泣きやんで欲しいと、村人たちの言う優しい笑顔を取り戻して欲しいと思いました。


しかし王子の思いも虚しく、とうとう娘は穴を掘りきってしまいました。

そして懐から短剣を取り出し、自身の胸へ剣先を向けました。短剣は娘の悲しみで震えていました。なおも説得を続ける王子に向かって、腫れた瞳でうっすら頬笑んで言いました。


「それならどうか、最後に私を抱きしめて下さい。そして、あなたの手でこの短剣を私の胸へ突き立てて下さい。そうすれば、きっと私はもう寂しくなくなります。」


王子の言葉を待たず、娘は震える手で短剣を胸へと沈め始めました。

供の者が止めるのも聞かず、王子は地面に座り込む娘を後ろからそっと抱き締めました。その身体は冬の大地の様に冷え切っていて、震える娘の手にはもう短剣を握る力も残っていないようでした。

苦しそうな娘の姿が見ていられなくなり、王子は短剣を胸の奥深くへと突き立て、そのまま引き抜きました。娘の白い服にも王子の服にも、どんどん赤い染みが広がっていきます。


「あぁ神様。有難う。だけど、あなたには辛い思いをさせてしまいました。ごめんなさい。ごめんなさい。」


娘は何度も何度も王子に謝りながら、(つい)に事切れてしまいました。

最後の最後まで、その瞳から涙が止まることはありませんでした。



王子は深い悲しみに沈みそうになりましたが、どうにか娘の気持ちに応えてやりたいと、その亡骸から(すす)を払いのけ、顔や手を綺麗に()いてやり、その身体に美しい真っ白なドレスを着せてやりました。

そして、沢山の花を集めて一緒に埋めて焼跡にお墓をたてると、旅人に言いました。

「旅の人よ、どうか彼女の花が咲くまでこの場所を守ってくれないだろうか。そして、その花が咲き、散ってしまったら、私の元へと連れてきて欲しい。」

旅人はその命を快く受けました。



数ヵ月後、旅人が王子へ謁見を申し出ました。しかし王子を目の前にしても、旅人は何だかずっと困った顔をしていました。

王子が理由(わけ)を尋ねると、旅人は話しはじめました。


王子が村を去った翌日、旅人が目覚めると墓の周りからいくつもの小さな芽が顔を出してどんどん成長していき、8日目の朝には丘の上がユリの花でいっぱいになったと言うのです。

そして、他の花がしおれて枯れていくにも関わらず、娘の墓の下から芽吹いた一輪だけは、いつまでも変わらぬ姿で咲き続けているのだと言う。


王子はそれを聞くと、旅人にその一輪を鉢に入れて城まで連れてきてくれと頼みました。

それは娘の花の為に王子が用意していたものでした。


そしてその一輪のユリの花は旅人の手で王子の元へと渡り、王子が王となりやがて眠りにつくその時まで、彼の(かたわ)らで美しく微笑み続けました。


今でもその国では、白いユリは永遠の愛の象徴として人々に愛され続けています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・美しさと気味の悪さの象徴として、百合を上手く使っている。 [気になる点] ・常体と敬体が混在している。 ・複数の解釈ができるため解りにくい箇所がある。 例 『聞くとその屋敷には美しい娘が…
[一言] 思わずこの世界に入ってしまったように読み切ってしまいました! とても面白かったです!
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