幕間:ファブニールの歌
大魔王を倒した後も、人の歴史は続いていく。
人々は歩みを止めることなどできない。
例えその道の先にどんな未来が待ち受けていようとも。
貴方達は知らなければならない、悲劇の物語の先に心穏やかな余白のページがあるとは決して限らないということを
ジークパーティーにおいて、煩わしい各国との交渉役をエリノアは一手に引き受けていた。
何故、自分だけがこんな面倒で損な役回りばかりなのかとエリノアは常日頃から愚痴っていた。
まあ仕方なかった。
メンバーにどうしようもなく大きな欠陥があったからだ。
常識のぶっ飛んだハチャメチャ勇者。
スーパー俺様主義のチビガキ神官。
無口でトロい、年中ぐーたらエルフ娘。
こんな連中が各国の有力者との交渉などできるはずがなかったのである。
唯一、老騎士だけは人格者だったが帝国の重鎮ということで他国から警戒されて話し合いには役に立たなかった。
そして戦闘能力だけを見るなら一流ぞろいのジークパーティー、魔物の被害に頭を悩ませていた各国としては是非とも自国に取り込みたい戦力だった。
ジーク達が魔物退治のお礼として招待されたパーティーで、しつこく勧誘されるのも毎回のこと。
そしてジークに交渉を持ちかけた貴族達が話さえ聞いてもらえず黙殺されるのもいつものこと。
しばらくして彼らが実質的なリーダーはエリノアだと気づいて、ワイングラス片手にエリノアを口説こうと近づいたところをジークとシベリウスが実力行使で蹴散らすのもお約束だった。
頭を悩ませたエリノアはジークパーティーを『勇者一行』として、あらゆる国々に対する中立の存在とすることでこういった衝突をさけようと考えた。
その成果が『大陸協定』だったのだ。
しかし、
エリノア=ユースティは魔王城の決戦にて死亡した。
エリノアを失ったジークパーティーが惜しまれつつも解散したのは必然の事態だった。エリノア抜きにはパーティー存続は不可能だったのだ。
パーティー解散後、ジークは故郷である王国へ、ガロガインは帝国へと帰還した。
エルフの国を追放されていたアナスタシアは故郷に帰る訳にもいかず、王都に数年間滞在した後に何処かへ姿を消した。
そして、単身で旅を続けていたシベリウスはアナスタシアと入れ替わるようにヴォルムスに帰国する。
そこにあったのは穏やかな日々、肌で感じるような暖かで豊かな復興へと着実に世界は歩みを続けていた。
ジーク達を題材にした物語が数多く作成されることになるのはこの頃だ。描かれるのは魔物に苦しむ世界を救った輝かしい英雄の物語。
こうして世界は平和になったのだと、生き残った人々は笑顔で語り明かしたのだ。
世界には光が溢れていた。
だが災厄は終わらなかった。
戦端を開いたのは帝国だった。いち早く国を立て直した帝国は未だに復興に励む他国に対して、再び大陸の覇者としての君臨を目論み武力による侵略を開始した。表向きは魔物対策のための国家間協力を求める外交、だが中身は帝国への服従を強制する武力外交だった。この結果、次々と小国家が帝国の圧政下におかれていくことになる。
この蛮行に諸国は激しく動揺する。『砂漠の国』や『新緑の国』に代表される小国は自治を死守するためにヴォルムスに接近、帝国の侵攻を脅威と判断したヴォルムス王はこれらの小国との同盟を締結し帝国との全面戦争に臨む決意を固めた。こうして大陸全土を巻き込んだ戦争が勃発することになった。
エリノアが命を懸けて護ったはずの未来、大魔王のいなくなった世界で人々は未だに戦い続けていた。
黒煙の上がるヴォルムス東部の森林地帯、『トロールの森』という別名がある場所だ。遥かな未来において二代目勇者ルフナとエリノアが出会うはずの、始まりの地。
そこには、おびただしいヴォルムス王国の守護騎士達の遺体が散乱していた。この戦場で息があるのは2人だけ。
「けほっ‥‥こ、ここは通しません」
「弱ったな、我は一刻も早くセレスニルに行かねばならぬのだが」
佇むのは年老いた帝国騎士ガロガイン。
彼は皇帝の命により本隊とは別行動にて王都攻略へ向かう途中、警戒活動中だった『神託都市守護騎士団』に遭遇、やむなく戦闘に突入したのだ。
元々、守護騎士の中では非力な部類だった『神託都市守護騎士団』。老騎士との不運な出会いは彼、彼女らを物言わぬ屍に変えることになった。たった1人を除いて。
ガロガインに向かい合うのは年端もいかぬ女の子。まだ5、6歳だろうか。修道女のようなローブを着た青髪の幼女が恐怖に震えながら老騎士の前に立ちふさがる。
「どうあっても譲らぬか、ならば我も全力でこの剣を振るわねばならぬ」
「ーーーこ、ここより先は通しません!『神託都市守護の楯』マリベルの名において、例えガロガイン卿であろうとも、わ、私がみんなを護ります!」
「‥‥了承した。いらぬ気を回したようだ、謝罪しよう小さき勇士よ」
ガロガインが剣を構え直したのを見て、マリベルはその場に跪いた、そして神に祈るように両手を組む。
呪文詠唱を開始したのだ、自分とガロガインとは数メートルしか空きがない、この距離で。
例え一般人であっても容易にマリベルの元に辿り着き、その口を閉じさせることができるであろうほど近い距離。
当然、呪文完成が間に合う可能性などない。そんなことはマリベルにも分かっていた。
「お主とは別の形で出会いたかったものだ。‥‥‥勇ある者よ、せめて安らかな眠りを」
その幼き勇気に敬意を示し全力で、痛みを感じぬように最速で、ガロガインの剣は一閃された。
マリベルにはガロガインの速度を捉えられない。マリベルには、その剣を回避する手段は最初からなかった。
「‥‥‥う、あ?」
端から見ればどこまでも無慈悲な老騎士の一斬、されど心からの慈しみを内包した一撃はマリベルの小さな肢体を切り裂き、絶命させた。
はずだった。
響いたのは、金属同士の接触音。間一髪でガロガインの剣は防がれた。
防いだのは直前までこの場に存在しなかった真打ち、腰まで伸びた黒髪を細く後ろ手に纏めた青年、漆黒のマントが揺らめく。
そして迫る恐怖に堅く目を閉ざしていたマリベルを抱きかかえて、ガロガインの間合いから離脱したのは神官服の少年。
恐る恐るマリベルが目を開く。
「し、シベリウス君っ!?ジーク様っ!?」
「悪いなマリベル、遅くなった。もう大丈夫だ、後はオレたちに任せろ。なあ、ジーク!」
「ああ、当然だ」
ジークは油断なく魔剣を構え、ガロガインを牽制している。エリノアと旅をしていた頃には身につけていなかったマントには『楯』の紋章が誇らしげに刻まれている。
ジークの影に隠れながら、シベリウスも銀色の杖を取り出して戦闘体制に移行した。
まだあどけなさを残しながらも凛々しい顔立ちに相変わらず可愛らしいピンク色の髪。あれから背丈はずいぶん伸びた、もう誰もシベリウスを『チビ助』とは言えないだろう。ちなみに高慢な性格は変わっていない。
振り返らずにシベリウスはマリベルへ告げる。
「行けよマリベル、向こうはお前の助けが必要なんだ。そこに俺たちが使った転移魔法陣がある、まだ使えるはずだ」
「っ、私たち三人でガロガイン卿を撃退すべきです!」
「ダメだ、お前の『呪い』はガロ爺には効果が薄い。だからお前はセレスニルの守護騎士団に加勢してくれ」
「ーーシベリウス君は嘘つきです‥‥‥でもお二人の御武運をお祈りします」
そう言い残しマリベルが転移陣に飛び込んだのを見届けてから、シベリウスはガロガインに向かって叫んだ。
「何でっ、何でだよガロ爺!ガロ爺ならあのバカ皇帝と話をつけることだってできただろっ!?どうしてこんな戦争に荷担したんだ!!」
「我が王が戦いを望んだのだ、それが帝国の栄光のためならば騎士たる己に異論はない。ただ王の剣として万敵を討ち果たすのみ、我の意思はそれだけだ、シベリウスよ」
「ふ、ふざけんなっ!いったい何人が犠牲になったと思ってやがる、エリノアが何のために命を懸けて戦ったのか忘れちまったのかガロ爺!!」
「構えろシベリウス、ガロガインは本気だ。ここで止めるぞ、俺たちが」
独特な構えを見せるジークの右手には愛剣である『無銘の魔剣』。左手にはミスリル製の青白い輝きを放つ魔法銃『イスタロト』、魔王城で回収したジークとシベリウスにとって一番大切な少女エリノアの形見だ。
魔剣と魔銃の変則的な組み合わせ。生前のエリノアの得意とした戦型をジークは並々ならぬ鍛錬の果てに再現していた。
エリノアと共に戦っている、そんな気持ちが甦ってくるから。ジークはただそれだけのために。
「この数年会わぬ間に随分と構えが変わったな、ジーク‥‥‥王都攻防戦、我らのどちらかが加勢した時点で勝敗は決するだろう。いやお主らがここに出向いた時点で我が帝国が優勢か」
「それは甘い考えじゃねえのか?マリベルが向かった時点で王都の戦力は跳ね上がったぜ、アイツは多人数相手だと滅法強いからな」
「現状、セレスニルに何人の楯たちが揃っているのかは知らぬ。しかし、我を除く全ての狼たちと帝国主力軍を相手にお主ら不在の王都が防ぎ切れると思うか」
「セレスニルは堕ちない。そんなことはオレが許さない。ガロガイン、お前が相手でもエリノアの故郷を傷つけるというのならオレは戦う」
セレスニルは護る。例え何者が敵であろうとも、エリノアの故郷を二度と踏み荒らさせるものか。ジークとシベリウスは2人で亡きエリノアに誓ったのだ。
「もはや問答はよかろう。お主らに護りたいものがあるなら武器を取れ、己の譲れぬ意志をこの老骨に示すのだ」
ガロガインとて断腸の思いでこの戦いに望んだのだ。どこの世界に己の友人を傷つけて心を痛めぬ騎士がいるというのか。
これ以上言葉を尽くしても徒に時間を浪費するだけだろう。そして時間の経過は目の前の2人には不利に働いてしまう。
それはガロガインの望むところではない。
故に問答は終わり、ここから先は剣にて語るとしよう。
高々と剣を掲げたガロガインが騎士として名乗りを上げる。
まるで初めてジークと出会ったあの日のように。
「我が名はガロガイン、ファブニール帝国『太陽の狼達』が一員なり!!さあ名乗りを上げろ、我が友たちよっ!」
「ヴォルムス王国『王都守護の楯』ジーク=フリードリヒ、参る」
「ふ、副官シベリウス=ロウエンだっ!」
激闘を予感させる両陣営の高らかな名乗り、しかしお互いの手札は全て知れている戦い。
一人一人の実力がほぼ拮抗していたジークパーティーの内から2対1、ならば始まる前から結果は分かりきったことだった。
半刻も経たぬ内に勝敗は決した。それは伝説の英雄らしくないあまりにも呆気ない決着。
大気を震わす轟音と共に血溜まりに沈んだのは老騎士一人。
「ーーーすま、ぬな、お主ら、に、重荷を、背負わせ、てしま、った」
「もうしゃべるなガロ爺!!い、今すぐ治療してやる、治療するからっ!」
悲鳴のような声を上げながらシベリウスがガロガインに走り寄る。そして真っ青な顔で回復呪文を発動させた。
ジークは茫然自失とした様子でガロガインを見つめていた。左手の魔法銃からは白煙が立ち込め、ガロガインの背後の森は見渡す限り一面を焼き払われ景色が一変している。
ガロガインに致命傷を与えたのは、ジークが手に握る魔法銃だ。
ジークの魔力量を持ってしても、一発放つごとに意識を削り取られるような感覚を覚える最悪の燃費率を誇る最高位の魔銃。破壊力は語るまでもない。
ジークはエリノアの形見で仲間の半身を吹き飛ばしてしまった。
ガロガインの利き腕であった左腕は丸ごと消失し、左半身の大部分が黒く炭化している。
まだ助かるだろう、
アナスタシアがこの場にいたのなら。
アナスタシアはいない、つまりもはやガロガインは助からない。
「ガロ、ガイン、オレはそんなつもりでは」
こんなはずではなかったのだ。以前のガロガインなら確実にかわすか、防いでいたはずだ。
何故だ、とジークは既に無意味となった思考を巡らせる。
そしてジークは気づいてしまった。ガロガインは、かわせなかったのだ。
宿敵たる大魔王を討ち果たした時点で、本来ならガロガインの戦いは終わっていた。
強さを求める目的を失ったガロガインに襲いかかった急激な老いは彼の能力を大きく衰えさせていた、ジークの記憶にある強靭無比なガロガインはもう何処にもいなかったのだ。
エリノアならこんなミスはしなかっただろう。
きっとガロガインの動きを一別しただけで見破ったはずだ、彼女は自分たちの怪我や不調を見逃さなかったから。
重すぎる罪悪感がジークを押し潰す。
「す、すまないガロガイン、オレはお前を」
「気に、病むな、み、ごとだった、ジークよ」
「し、しゃべんなって言ってんだろ‥‥ガロ爺」
ジークの隣ではガロガインに縋るようにシベリウスが涙ながらに慣れない回復魔法を唱えている。
「大丈夫だ。なんたってオレが治療してんだぜ?安心、して、くれよ、爺ちゃん」
震える手で行使される回復魔法、その治癒力はジークパーティーの回復役であったアナスタシアに遠く及ばない。どす黒い血が地面に広がっていく、止まらない。
「あ、れ?‥‥‥へ、変だな、呪文間違えたかな、アナスタシアはさ、オレの時もこの呪文で‥‥」
もうやめろ、とジークがシベリウスの肩に手を置いた。シベリウスは諦めることなどできない。ジークの手を振り払って治療を続ける。
そんな2人を虚ろな瞳で見つめながら、ガロガインは喉の奥から溢れる血の塊を抑え込み穏やかに微笑んだ。
「さ、らばだ、我が友よ、一足先、に我も、エリノアの、元に逝、く」
「−−−ガロ爺?ガロ爺っうああああぁぁぁっ!!!」
シベリウスの悲痛な叫びが森に木霊する。
エリノアの死から僅かに五年、かつての仲間達の手でガロガインはその命を終えた。忠義と絆、様々な物の板挟みに苦しんだ晩年だったと『ファブニール帝国記』には記されている。
だがそれでもガロガインは満足そうに死んでいった。
あの遠い日、大魔王の討伐ばかりに固執していた己に道を示してくれたジークとエリノア。
そんな2人と痛快極まる冒険を繰り広げ、エルフの国ではまるで御伽噺のヒーローのように捕らわれの姫君を救い出した。
ついぞ家族を気遣うこともできなかった不器用な己を『祖父』だと慕ってくれる少年まで現れた。
自分には勿体無いほどに満ち足りた人生だった。ガロガインに心残りがあるとすれば一点だけ、あの決戦でエリノアを救えなかったこと、それだけだ。
もし死後の世界で再会できたなら謝罪するとしよう。
ー果たして彼女は自分を許してくれるだろうか?
ガロガインはそうボンヤリと思い浮かべながら、友二人に看取られてこの世を去った。
この戦いでヴォルムス王国はファブニール帝国主力軍を撃退することに成功、これにより一時的に帝国の野望は頓挫することになる。
そしてジークとシベリウスによって、ガロガインの遺体は丁重にヴォルムス王国からファブニール帝国に返還された。
帝国中の人々の尊敬を集め、少年達の憧れのヒーローであった老騎士。
そんな彼の死に帝国中の人間が悲しみに明け暮れた。
そして誰もが誓ったのだ。
王国への復讐を。
戦いは終わらなかった。更なる憎悪という薪がくべられた戦火は煉獄の炎のごとく大陸中へと広がって行く。
皮肉なことに、魔物から世界を救った英雄達に待ち受けていたのは血で血を洗う人間同士の殺し合いの舞台だった。
ジークの魔剣が、
エリノアの魔銃が、
シベリウスの魔法が、
繰り返される国の戦乱によって穢されていった。
彼らが何を想い何のために戦ったのか、全てが過去となってしまった今では知る術はない。
「‥‥‥嫌な夢」
本当に嫌な夢だった。
カナタは横になっていたベッドから気だるげに起き上がった。
ここは神殿の一角にあるカナタの自室だ。
壁一面に本棚が取り付けられ、それでも収まりきらなかった魔法書が床にうず高く積み上げられている、どことなく埃っぽい部屋。私室というよりは資料室とでも表現した方がしっくりくる。
無造作に設置されたベッド以外に人が暮らしている気配はない。年頃の女の子の部屋でないのだが、どうせ招く友人もいないので今まで気にしなかった。
しかし最近この部屋を訪れた祖父が可哀想なものを見る目を自分に向けてきたため、模様替えも視野に入れている。
雑貨屋に売っているぬいぐるみでも置けばそれらしくなるかな、と街中の雑貨屋を絶賛物色中だ。
「あれ、変だな」
ポタポタと、カナタの頬から流れ落ちる水滴が自身の座るベッドシーツを濡らした。澄んだ黒い瞳から涙が零れていく。
「どうしてボク、泣いて、るんだろう?」
何度となく手の甲で拭っても涙は溢れ出して来る。
カナタの頭の中にはシベリウスの魔法知識が移植されている。大神官の百年に及ぶ研鑽が少女の頭脳には詰まっている。
恐らく移植魔法を使った際にシベリウスの記憶の断片が紛れ込んでいたのだろう。カナタは時々こうしてシベリウスの記憶を夢として見てしまうのだ。
その中に愉快な内容の夢は少ない。
「今回は酷かったなぁ、頭痛いし」
強い頭痛がする。記憶を見た時は何時もそうだ。元々、シベリウスは知識の移植に反対していた。それをカナタが押し切って実行したのだ。だからこれはカナタの自業自得、そこまでしてもカナタには力が必要だった。
「痛っいなぁ、もう」
幼い頃から繰り返し聞かされてきた、世界を救った英雄達の物語。ほとんどの物語では、彼らが描かれるのは悪い敵を倒し、お姫様を救い出すところまで。その先の未来は分からない。
ならその残りの人生は幸せであるべきなのだ、カナタはそう思う。
だが人間の戦いの歴史は続くのだ。
「一体この世界はさ、あの人達から大切なものを幾つ奪えば気が済むのかな。だからボクは世界が嫌いなんだよ」
その後も帝国との紛争は絶えず行われた
そのたびにジークとシベリウスは戦った。魔物ではなく、守る対象だったはずの人間達と戦い続けた。
苦しんだのなら、その分幸せにならないと駄目だ。カナタはハッピーエンドしか認めない。
なら、これからシベリウスが穏やかに過ごせるようにカナタは戦おう。
そのためにもまずは『王都守護の楯』を受け継ぐ、祖父の負担を少しでも減らすのだ。
「ボクは誰にも負けない。ボクだけは絶対に、無条件でお爺様の味方だ」
明日の第二次試合、先々代ジークと先代シベリウスに誓って無様な戦いはしない。最高の勝利で飾ってみせる。
「で、そのためにはまず」
ちらりと本棚の上に無造作に置かれたソレを見る。
ピンク色の封筒にハートマークのシールで封をした、恋文にしか見えないソレ。
第一次試合を終え、知らない中年男にケンカをふっかけられた後、街をノロノロと歩いて部屋に帰ってきたカナタ。正直なところ疲れていた。
だから周りへの警戒が疎かになっていたのだろう、気づくとカナタの身につけていたマントにコレが張り付いていたのだ。本気で腹立たしい。
そして表に書かれた宛名がカナタ宛てだったので、不気味に思いながら開封してみたのだ。
『今夜、ラファの酒場にて夜会を催したいと思う。一次試験を突破した実力者である我々で親睦を深めようではないか。ついては集合時間は‥‥‥‥』
「マジで何言ってんのコイツ?」
白状しよう、意味が分からない。前置きがほぼゼロで、要約すればカナタと酒盛りをしたいというもの。何のために?
ついでに言うならカナタは未成年だ、酒は飲めないし興味もない。
そしてカナタには知りようがないことだが、自分の宿屋に帰ったケディングも現在、この意味不明な手紙を受け取って同じことを考えていた。
何だコレ?と。
ピンク色の便箋を握りしめ、まじまじと見つめる二メートル近くの大男、あまり想像したくないシュールな光景である。
そしてカナタの手紙には続きがあった。
『貴殿の公式ファンクラブに入ったのだが、何か特典はあるのだろうか?個人的には貴殿の髪と同じようなピンク色漂う特典を希望したい』
グシャリと手紙を握り潰した。
カナタはファンクラブなど許可した覚えがない。むしろ存在自体、今初めて知った。それなのに『公式』と銘打たれた謎の集団、どこから沸いて出たのだろう。
首謀者は誰だ?
何故だか祖父の顔が頭をよぎったが気のせいだろう、そうだと信じたい。
「まずはこのふざけた手紙の主をとっちめて、それから聞き出せばいいよね。うん、そうしよう」
くしゃくしゃになった手紙の差出人名をもう一度確認する。
『親愛なるクラウゼ=ファランドより』
「クラウゼ、三位通過の男だっけ?閃光騎士団出身の‥‥‥‥あっ、思い出した!コイツ確かエルフの女の子に手を出して追放処分にされた奴だ。っていうか親愛なるって、ボクはコイツとさっき初めて会ったんだけど‥‥‥本当に何なのコイツ?」
嫌な感じはするが、逃げるわけにはいかないだろう。酒宴を辞退するのは良くないことだと、尊敬する祖父も力説していたはずだ。
それが堅苦しい神殿を抜け出して街へ繰り出すためのシベリウスの言い訳だったとカナタが気づくのはもう少し後のことになる。
若干の身の危険を感じつつ、カナタは『転移魔法』でラファの酒場へと跳んだ。
今夜、5人の勇士は揃う。この出会いがカナタの人生を大きく変えることになるとは、まだ少女は気づかない。
そして、カナタの初めての友人となる金髪の娘との邂逅もまた近づいていた。
その時こそ少女の孤独な旅はきっと終わるのだ。
ファブニール帝国民よ
我らの英雄の死を決して忘れるな
ガロガインの無念を晴らすのだ
我が国民たちよ
王国を赦すな
奴らを駆逐せよ
かの騎士の気高き魂は我らと共にある
我ら帝国こそがこの世界の覇者である
帝国に栄光あれ
帝国に栄光あれ
帝国に栄光あれ
王国に呪いあれ
王都に今一度の破滅あれ
愚かなる王国民に我らの怒りを知らしめよ
狼たちよ、忌々しき楯どもに断罪の牙を突き立てよ
ーファブニール帝国
『第四代皇帝、烈竜帝の演説より』