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第五話:君のいない世界




大魔王を倒す旅の途中。


とある街にて、何の変哲もない旅の宿に勇者一行は滞在していた。



その宿の一室では可愛らしいピンク髪の少年と、灰色の髪のイカつい老人が言い争っている。



「ちげーよガロ爺、次は砂漠の国だ。資料によると『夕日に照らされた砂漠は地平線の彼方まで黄金色に輝く』、だってよ。これは見に行くしかないだろっ!」



『今日も元気に冒険しようぜ!』が信条のシベリウスは、今日も全力で元気だった。



「しかしだな、あの国のサソリモンスターは地下に潜るのだ。その確実な対処を講じねばなるまい」



対するは『ガロ爺』ことガロガイン。

湖のように温和な気性と烈火のような激情を併せ持つ歴戦の騎士だ。エリノアの次にジークパーティーに加わった古株でもある。

ジークとエリノアは旅の行き先には拘らないので、ガロガインが実質的に行き先の決定権を持っている。



「そんなもん、ガロ爺なら大地ごと割れるだろ?サーチはオレがやるから問題ねえよ、だから行こうぜ!オレ、砂漠を見てみてえんだよ。魔物もちゃんと倒すからいいだろ?」


「策があるなら良い、了承した。しかし何故そこまで砂漠に固執するのだ?」


「へっ?そりゃあ、アイツも喜んでくれるかもだし‥‥‥‥っだあぁ!何でもいいだろ!?」



シベリウスのぼそぼそとした呟きはしっかり聞こえていたが、ガロガインは聞こえていないふりをすることにした。



いつものことなのだ。




そしてこの時エリノアは、隣の部屋(男部屋)から聴こえてくるシベリウスとガロガインの目的地決め会議をBGMに、やはりジーク(馬鹿)の相手をしていた。




「エリノア食べたい」


「夕食の時間はまだよ。それとアンタにはもう一度、会話の基礎を叩き込む必要がありそうね。っていうか何で私のベッドで横になってんのよ、この変態」


女部屋では、ジークとエリノアが何故か同じベッドで横になっていた。



それというのもジークが突然やってきて、元々エリノアが寝転んでいたベッドに倒れ込んで来やがったのだ。


このジークの奇行に、長年の付き合いがあるエリノアは驚かなかった。

今現在、絶好調に不機嫌であるが、そういう方面ではジークは無害なので放置している。他方面ではことごとく有毒なので取り扱い注意だが。

今の発言も含めて。



これで下心があったなら速攻で蹴り出してやるところだ、とエリノアはジークをじとりと睨んだ。


さっきも言ったが、ここは女部屋だ。エリノアとアナスタシアの部屋。そこに堂々とノックもせずに入室して寝具に倒れ込んだ挙げ句、微妙に殺気立って睨まれても退出しない、ある意味さすが勇者である。

並みの男ではない。




そしてエリノアとジークはというと、一人用ベッドを2人が使用しているため、必然的に2人の顔の位置は近かった。

しかしジークに負けた気がするのでエリノアは自分からは退かない。そもそもエリノアが最初に寝転んでいたのだから。



そのためお互いの顔を見つめ合う体勢になってしまっている。だが今更この程度で動揺するエリノアではない。

ついでにジークの顔を観察するくらいにはエリノアには余裕があった。




黒曜石のような光沢のある黒髪、静かな光を秘めた漆黒の瞳、そして鼻筋は理想的な曲線を描いている。エリノアから見ても、ジークの外見は悪くない。悔しいがむしろ優れている。



訪れた国々の貴族令嬢たちに毎回言い寄られているのはその証拠だろう。

ただし仲間以外が話しかけても基本無反応なので、口説き落とすのは竜退治よりも至難を極める。

ジークの欠陥を嫌というほど知っているエリノアはジークに惚れ込む令嬢の気持ちが全く理解できないが。



そして何故コイツは自分と出発した当時のままの姿なのだろう、エリノアは今更ながらに疑問に思う。


あの頃は随分と背丈にも差があったが、今は下手すれば同年代の男女に見えるのだ。

勇者の特典で不老スキルでも持っているんだろうか、そんなびっくりスキルは隣のベッドでぐーたれているエルフだけで十分だとエリノアは思った。


そんなエリノアの心の声に気づいたのか、アナスタシアが眠そうにのろのろと起き上がった。そのまま何故か部屋の扉まで歩いていき、ドアノブに手をかけて振り返る。



「‥‥エリー、ジーク」


「ん?」


「ごゆっくり」


「ちょっと待ちなさいシア」


そのまま出て行こうとしたアナスタシアの腕をエリノアが掴んで引き留めた。

その言い回しはマズい気がしたのだ、かなり。

アナスタシアは目線をエリノアから若干逸らしたまま呟いた。


「‥‥ベッドで横になりながら、向き合うのは、どうかと思うよ?私、居づらい」


「う‥‥、私が悪かったわよ、謝るから帰って来て」



どうやらあの状態は、やはりマズかったらしい。よく考えて見ると、年の近い(ように見える)男女がやることではない。



やはり蹴り出してやるのが正解だった。



エリノアがベッドの縁に座り直しながら、どうでもよい反省をしていると。




バアンッ、ドアが勢いよく開いた。



「エリノア!次の旅は砂漠の国に決まったぜ!」


「失礼する」



開いたドアからは、今日も可愛らしいピンク髪の少年神官シベリウス、そして遅れてガロガインが入ってきた。

しかしシベリウスはジークを見つけると、ムッと顔をしかめる。



「あっ、ジーク!お前はクジで負けたから床で寝るんだろうがっ!何でエリノアと一緒のベッドで寝てんだよ!?」


「シベリウスは駄目だ」


「いやお前も駄目だからなっ!?つーかどけよ!」



予想だにしていなかったジークの切り返しを両断したシベリウスはジークの服を引っ張って、ベッドから降ろそうとするがびくともしない。



「床は堅い、気持ち良く眠れない。ここなら気持ち良く眠れる、エリノアも一緒に」


「お前マジで言葉に気をつけろ。次言ったら『沈黙呪文(サイレント)』をぶつけてやるからな」



強い口調でジークを諫めるシベリウスだが、うっすら顔が赤い。そういう言葉にはかなり敏感な年頃なのだ。

そしてエリノアはそんな少年のウブな反応を見逃さなかった。



「アンタは私のベッドで一緒に寝たいの?チビ助」


「お、おう‥‥‥‥‥そうじゃねえよっ!?あっぶねえ、マジで危ねえ。なに考えてんだよエリノアっ!」



思わず即答してしまったが、すぐにシベリウスは頭を真っ赤に茹で上がらせて叫ぶように抗議した。先ほどとは比較にならないくらい動揺している。

無意識に今のエリノアの姿を凝視してしまう。

エリノアが着ているのは黒のワンピースタイプの部屋着。シックな黒がエリノアの白い肌を際立せてシベリウスの目を離さない。かすかに肌に朱色がさしているのは風呂上がりなのかもしれない。少女の未熟な身体には違いないが、身体付きだって悪くない。エリノアに初めて抱きしめられた時の感触が蘇る。



「え、えっと‥‥そのぅ」


「アンタとジークの2人っきりでね。私はシアと一緒に寝るから、ごゆっくり」


「んなこったろうと思ったよっ!!」



またからかわれた、本来なら悔しがるところだが、シベリウスはこの毎回のやり取りが不快ではない。

惚れた弱み、というやつなのかもしれない。

だがジークと同じベッドはいただけない。




「ジークなんかと一緒に寝るなんてお断りだぜっ」



しかしそうは言いつつ、シベリウスはアイテムの買い出しなどでジークと2人でよく出かけていたりする。そのくせ頻繁に小競り合いを起こす面倒くさい奴らなのだ。

エリノアから見ても年の離れた友人同士にしか見えない。



喧嘩するほどナントやら、である。



エリノアがそんなことを考えていると、ジークをベッドから引き剥がすのを諦めたらしいシベリウスが軽く髪と服を整えて、コホンと咳払いをした。その仕草が懸命に背伸びをしている子供のようで微笑ましい。



そしてシベリウスはエリノアに向き合った。この部屋に来たのは元々、この少女に伝えたいことがあったからなのだから。


「砂漠の国なんだけどよ。夕焼けがすげえ綺麗らしいんだ。多分モンスターはすぐに片付くから、寄り道の時間くらいは取れると思う。だから‥‥」



ここでシベリウスは緊張をほぐすため深く息を吸い込んだ、大事なのはここからだ。


よしっ、と心の中で自分を激励して大切な言葉を続ける。




「だから、エエ、エリー!もしよかったらオレと一緒に、イダァァッ!?」



ドズンッ、地響きのような音が鳴り、みしりと床が軋んだ。

空気を切り裂く何かがシベリウスに振り下ろされたのだ。

シベリウスに真上から叩きつけられたソレは『勇者の手刀(ジークチョップ)』、ガーゴイルくらいなら叩き割る威力がある対人用の禁断技である。



対人用のくせにエリノアに使用を禁止されているため人間相手に使われたことは5回しかない。つまり今が6回目である。



「ぐあああぁっ!?」


悲鳴を上げながらシベリウスが頭を押さえて転げ回る。

そして間髪入れずに、アナスタシアが回復呪文を唱えて治療に入る。爽やかな緑色の光がシベリウスの頭部を包み込んだ。



「‥‥治療、終わった」



この間数秒、馴れたものである。ついでに凹んだ床にも魔力を流し込み修復する。エルフであるアナスタシアは木製の床なら『活性化』させて元に戻すことができる。



ほどなく涙目でシベリウスが起き上がった。足腰はガクガクだ。



「うー、ありがとなシア。そして何すんだよジーク!威力的にシャレにならねえだろうがっ!」


「特に理由はない。しかし、その言葉の続きを言われるのは不愉快だった、俺が」


「知るかボケェ!!毎回毎回じゃましやがって、もう許さねえ。今日こそいつかの国王みたいに吹き飛ばしてやるっ!つーか、いい加減決着をつけてやる!!」


「望むところ」



何の決着かはこの2人にしか分からない。ちなみにエリノアはどうでも良さそうに2人の決闘モドキを見つめている。




先手必勝、シベリウスは愛用の杖に魔力を流し起動させる。子供の背丈を超える銀製の杖、表面には赤い宝石で螺旋状に魔法陣が刻み込まれている。


『銀の螺旋杖』、刻まれた大小30個の魔法陣は装備するだけで持ち主の魔法の威力を倍増させる効果がある王都神殿の秘宝。

シベリウスが出発前に神殿から強奪してきた例の逸品である。神殿の宝物庫に安置されていたのを無断で拝借してきた。


シベリウス曰わく「いずれオレの物になるから問題ない」らしい。


おかげで激昂した神殿から異端審問の戦闘屋をけしかけられるハメになった。



大問題である。



そしてこの時、またしてもエリノアが問題解決に奔走させられることになった。

帝国出身のガロガインや、エルフ出身のアナスタシアでは完全な部外者なので手助けできなかったのだ。



ガロガインの時はミイラ国王にネチネチと説教をされ、アナスタシアの時はエルフの閃光騎士団に国境まで延々と追いかけられた。


仲間が増えてもエリノアは相変わらず苦労性だった。



話を戻そう。


当たり前だが、あの杖は狭い部屋の中で使ってよいものではない。



「光の精霊舞い降りよ、この身を寄り代として‥‥‥‥ああ面倒くさいっ、何でもいいからきやがれ!」



いい加減な詠唱にも関わらず、シベリウスの周りに目映い光が集まっていく。即興で詠唱を省略してしまう辺りが天才と呼ばれる所以である。




それを見たジークもまた剣を構えた。『無銘の魔剣』、エリノアが丹念に魔力を流し込みこの八年をかけて強化してきたジークの愛剣。

エリノアの膨大な魔力のおかげで、元は単なる儀礼用の宝剣だったのが今や、ガロガインが唸るほどの魔剣と化した。



この剣を手入れするのがジーク唯一の日課だったりするのをエリノアは知らない。知ったとしてもデレないのが手強い、どう手強いのかはジークにしか分からない。



そして何度も言うが、ここは狭い部屋の中である。


武器を構えた両者に反応して、事態を見守っていたガロガインが遂に動き出した。


「そこまでにしておけ。ベッドはお主らが使用し、我が床で就寝すれば問題あるまい。これ以上は宿屋の迷惑になろう。宿が焼け落ちてしまえば、はしゃいでいたでは済まぬのだぞ」



ガロガインの重々しい言葉にジークとシベリウスが構えを解いた。


ジークとシベリウスも別段、ここで暴れたりはしない。

ジークは愛剣に魔力を流していないし、シベリウスも精霊を呼びつけただけで攻撃指令は出していない。


つまりジョークだったのだ。一歩間違えば建物が消し炭になるので宿の主人には堪ったものではないだろうが。


ジークですら、それが許されない行為だとは分かっているつもりだ。エリノアの八年に及ぶ指導のおかげで。



「ガロ爺だって、この間の流氷の国ではしゃいでただろ」



そして冗談のつもりだったのに真剣に怒られてしまったシベリウスはご機嫌斜めだ。

ガロガインを祖父のように慕っているためいつもは素直に従うのだが、エリノアが絡んでいる今回は虫の居所が悪かった。よってガロガインに珍しく反論した。



「我のは修行の一環である寒中水泳だ、はしゃいでいたわけではない。つい熱が入ってしまい、半日も流氷の下に潜ってしまったことは否定せぬが」


「けっこう楽しんでんじゃねえか。つーか、何で凍死しなかったんだよガロ爺?」



シベリウスは魔法で解析していたが、あの時の老騎士に魔法的補助はなかった。

本気であの時は焦った、ジークもシベリウスの魔法補助を受けた上で、ガロガインを助けようと氷海に飛び込んだのだ。

結果として、何食わぬ顔でガロガインは帰って来た。



「あんなに不機嫌なジークの表情は初めて見た」、エリノアはガロガインを探して一時間遅れで帰ってきたジークを見て、そう言っていた。




そういうわけで、ナチュラルに人間の限界を超越するのがこの老人の唯一にして最大の謎であったりする。なにか特殊スキルでも持っているのではないか、と疑うのは当然だ。そしてガロガインの答えは




「帝国騎士だからだ」



「「それは違う」」



即答、即否定だった。

しかも驚くなかれ、ジークとシベリウスの否定の声が重なった。ガロガインが心底から意外そうな顔をする。



「ぬぅ、ジークまで我を否定するか。お主も我に近い存在だと思ったのだが」


「エリノアが言っていた、人間ならアレは死ぬべきだったと」



「私そんなこと言ってない、けどまあいいか」



ジークの言葉をエリノアがやんわりと否定する。ジークに何かを教えるのはエリノアの役目だったため、この男は独自に仕入れた知識や自身の思い付きまでエリノアが教えたことにしやがるのだ。


もちろん、このジークの習性のせいでエリノアが酷い目にあったことも一度や二度ではない。

無意識にせよ、狙ってやっているにせよエリノアには迷惑過ぎる。




「‥‥‥それにしても、いつも騒がしいわねコイツらは。仲良いんだか悪いんだか」


「‥‥‥でも、楽しそう、だね」



眠そうな表情のアナスタシアがエリノアの横に、ポフンと座った。

ジークとシベリウスは再び、いがみ合っている。ジークは無表情だが。



「そうね、道連れが増えるごとにジークは楽しそうになってるわよ。騒がしいのが好きなんじゃない?」


「‥‥エリーも、だけどね。私たちと、出会う前はずっと、2人で旅してたんでしょ?」


「ジークのせいで星の数くらいの回数は酷い目に会ったわ、生きてるのが奇跡かもね」


「でも、エリーは死ななかった。ジークは、ちゃんとエリーを、守ってたんだね」


「‥‥死なない程度に、っていうのを付け忘れないようにしなさいよ」



ぷいと、エリノアは照れたように顔を背けた。


未だに仲間を辞めようと思うことも残念ながらあるが、概ねエリノアはジークのことが嫌いではない。エリノアがジークと過ごした時間は既に家族と過ごした時間より長いのだ。



もう嫌いでいられる期間は過ぎてしまった。



だからエリノアは今も、こうしてジークと一緒に旅を続けている。



「‥‥‥‥エリーは、素直じゃない」


「さあ何の話かしら?私はもう眠るわ」





それは、この世界にとって百年前の話。










ここで白い少女の夢は終わる。





「あっ、エリノアさん。おはようございます!」


「‥‥‥そうね、おはようルフナ」



いつの間にか眠っていたようだ。ガタガタと揺れる王都行きの馬車の中でエリノアは目を覚ました。



エリノアが二代目勇者と名乗った少女、ルフナと出会ってから既に一週間が経過していた。




もう少し寝かせてくれていても良かったのに、エリノアは恨みがましい目でルフナを睨む。


「そ、そんな顔しないでくださいよ。見えてきたんです。あれが王都セレスニル、私の故郷です!」



馬車の窓を覗き込みながら、近づいてくる半年ぶりの故郷にルフナは嬉しそうだ。

エリノアはこの世界換算だと百年ぶりの帰郷ということになる、らしい。


ルフナを横目にエリノアはこの一週間の会話を思い出す。


『一番最近の魔王の出現時期、ですか?えっと、ちょうど百年前ですね』


『魔物に滅ぼされた国はありませんよ』


『ほ、本当に私が勇者なんですよっ!大神官様のお墨付きです』


この一週間、エリノアの矢継ぎ早な質問にも、今の時代での常識的な知識の欠如にもルフナは丁寧に対応してくれた。

おかげで、最低限の状況は飲み込めた。エリノアが何故か百年後の世界にいることは。



ルフナは、鬱陶しいくらい優雅独尊を貫いたジークとは似ても似つかない性格のようだ。当然、エリノアからしても嫌いなタイプではない。



そして、そんなルフナの腰に差さっている剣、初めて会った時は見逃してしまったが、忘れるはずもない。その剣は




ジークの愛剣である『無銘の魔剣』だった。




ジークがこの剣を手放すなんて有り得ない。

ジークの魔力資質に合わせて強化した魔剣、ジークにとってコレ以上に扱いやすい剣はないはずなのだから。だからー




あの日、ルフナが言ったことは真実なのだろう。





ほどなく2人の乗った馬車はセレスニルに到着した。


残らず整備されたレンガ道に、光の魔石をはめ込んだ街灯が立ち並ぶ。

エリノアの知っている王都からは、商店の数も行き交う馬車の数も比較にならない。


エリノアの記憶と合致する景色は何一つない。


エリノアは自分の故郷をルフナに案内されながら歩いていく。




「まずは大神官様にエリノアさんのことを紹介しますね。すごく自分勝手でウザイですが悪い人じゃないんですよ?」



上司に対する容赦ないルフナの人物評。この一週間で分かったことだが、この金髪娘には意外と毒がある。


「なので最初は神殿に「やっと帰って来たね、ルフナっ!半年も連絡寄越さないなんてヒドいよ!!」っ?」


街道を歩いていた2人に突然弾丸のように飛んで来たピンク色。


桃色髪の少女が、ガバッとルフナに飛びついた。


「えっ、カナ「さあ、行こうよ♪」さん!?」



問答無用とばかりに、即座に展開された魔法陣がルフナを包み込む。

何だか知らないが、とりあえずエリノアはルフナから距離を取った。



「え、いや。ちょっとーーーーーーーっ!?」



バシュン、エリノアの目の前から金髪と桃髪の2人組が光になって消え去った。



「‥‥苦労してるみたいね、アンタも」



あっという間に連れ去られるルフナを見てエリノアがつぶやいた。

どうやら今回の勇者は自分から問題を起こすのではなく、他人から振り回されるタイプの人間のようだ。

少しだけエリノアはルフナに親近感を持った。



「っていうか、案内役がいなくなったじゃない。神殿なら場所は同じかもしれないけど」



百年経ったとはいえ、まさか神殿が移動しているなんてことはないだろう。


なら記憶を頼りに神殿へ向かえばいい。

そこで大神官とやらに会えばいいのだろう。


しかし、エリノアにはその前に訪れたい所がある。



「逆に都合がいいか、独りの方が動きやすいし」






せっかく王都に帰って来たのだ、『家族』に顔を見せるくらいはしておきたい。百年ぶりだが果たして自分を覚えているだろうか。



目当ての場所へ向かいながらエリノアは家族との日々を思い出していた。



祖父とガロガインが仲良くなったり、妹とアナスタシアが楽しそうに遊んだりしていた。

何一つ欠けたものがない世界だった、思えばエリノアはあの頃が一番幸せだったのだろう。



帰りたい、願いが叶うならあの頃の王都に。過去の住人であるエリノアがそう考えるのは自然だ。




だがそれは叶わぬ願いだ、そもそも百年前の時点で既にエリノアには帰る場所がなかった。



父と母、家族皆は王都陥落時に亡くなった。他の大多数と同じく魔物に喰い殺された。どれだけエリノアが悔やんでも、嘆いても変わらぬ冷たい現実。



あの家はなくなっているだろう、そもそも瓦礫の山を百年も放置し続けたのなら笑い物だ。


エリノアにとってはほんの一年前でも、この世界にとっては百年も前のことなのだから。



だからエリノアがこの王都で訪れて意味のある場所は一つしかない。



「ただいま、私のこと覚えてる?」


エリノアがたどり着いたのは王都の郊外。そこに目的の物はあった。

エリノアが思っていたより状態が良い、誰かが手入れしてくれているのかもしれない。



かつての家の瓦礫を刻んで作った粗末な墓標、エリノアが自力で作成した家族の眠る場所だ。


あの時、仲間にも手伝わせなかったのは半ば意地になっていたんだろう。


「下手な字、百年も残るんならもう少しキレイに彫ればよかったかもね」



自分が彫った表面の字を指先でなぞる、文字がところどころ歪んでいるのは家族との別れを信じたくなかった自分の心境を現しているのだろうか。精神的なダメージのせいか、あの当時のことを思い出せないのは救いかもしれない。



そしてせっかく故郷に帰って来たのに、真っ先に向かうのが墓地だとは笑えない。


だが他にエリノアに縁のある場所などあるはずもない。



何も、ない。


誰も、いない。


エリノアの心は見事なまでに空っぽだ。


人は他人との繋がりによって『自分』を形成するらしい、なら今のエリノアは死人と変わらないのだろう。



ふと家族の墓から目を離し、『それ』を見つけたエリノアが微かに笑った。



「何だ、こんなところにいたのアンタ?」



それは独り言。誰かに話しかけたつもりでも聞いてくれる相手がいないなら、正しく独り言だ。




『救世の英雄ジーク=フリードリッヒ、ここに眠る』




「なんで私の家族の墓の隣にアンタの墓があるのよ‥‥、どこまで私に纏わりついてくんのよ、ジーク」


ジークの墓標は、エリノアの家族の墓に寄り添うように置かれていた。

それは世界を救った英雄のものとはとても思えない簡素な墓。震える指先で灰色の墓石を撫でつける、とても冷たい。

ああ、理解させられてしまった。



この世界に、ジークはもういない。


それは同時にエリノア達の旅の終焉を意味している。空っぽだった心が今度は急速に冷たくなっていく。



「‥‥そっか、死んだのねジーク」



エリノアがふらりと座り込む。少し疲れただけだ、本当に少しだけ。疲れてしまった。


ほんの一週間前、エリノアたちの双肩には世界の命運がかかっていた、だが今は救ったはずの世界がエリノアにとってどうでもいいモノに成り下がってしまった。


ルフナはあれから百年と言っていた。

もし本当にこの百年、魔王が一度も発生していないなら近い内に新しい魔王が現れるだろう。



それも前回と同等の力を持って。



そういう『システム』だ。

あの土壇場でエリノアだけが突き止めた大魔王最後の秘密、奴の人間に対する憎悪の源泉。

だからこそエリノアは断言できる。


今度こそ人間世界は滅び去るだろう。



「なんで私だけ、こんなところに‥‥‥またあの化け物と戦えとでも言うの?」


無理だ、エリノア1人では大魔王の使い魔共を突破することすら難しい。アイツらだけでも旧帝国を滅ぼす力があったのだ。

あの三体に対抗するだけでもヴォルムス王国最強の戦士である"守護の楯"がダース単位で必要なのだ。


せめて、エリノアと同等の実力を持つ者があと1人いればどうにかなるかもしれない。



「相討ちくらいは狙えるかもね」



だがもうどうでもいい。戦う理由がなくなってしまった。ジークパーティーの終焉はエリノアの戦いの目的の消失と同義だ。


ルフナには悪いが、自分はもう戦えない。

だからー




「エ、リノア?」


低くしわがれた声がエリノアの耳に届いた。


聞き覚えなんてない、

だが向こうはエリノアを知っているようだ。


エリノアは座り込んだまま振り返る。



「エリノア、なのか?」


180cmを超える長身に、深いシワ、痩せこけた頬。見覚えのない男だった。

そこにいたのは真っ白な髪をした年老いた神官。


その両腕にはエリノアの皮鎧と同じ色の深紅の花束を溢れんばかりに抱えている。


数枚の花弁が風にさらわれ、宙を舞う。



老神官はそのまま微動だにせずに、迷子になった子供のように揺らいだ眼差しでエリノアを見つめている。


その仕草にエリノアは覚えがあった、記憶とは似ても似つかないその姿。


ありえない、と心が否定する。



だがエリノアは、胸に残った最後の祈りを込めるかのように、そんな弱り切ってしまった内心を悟らせないように、精一杯の強がりを添えてその言葉を口にした。



「ーーずいぶん老け込んだわね、ひょっとしてルフナが言ってた嫌みな大神官ってアンタだったの?」


魔王は嘆くだろう、人間世界は確かに滅びる運命にあったのだ。



「久しぶりね、チビ助」



今日この時この場所、この2人が再開する今この瞬間までは。


先日、この作品を友人に読んで貰いました。




友人「なぜ逆行物にしなかったし」




あえて言わせて貰おう

「その発想はなかった」と。

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