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第三話:物語は始まる




三度繰り返されることになった、勇者の仲間集めこと人攫い、セレスニルの悲劇。中でも苛烈を極めたのがエリノア捕獲から四年後の"その2"だとされている。


その2は当時頻発していた新種の魔物による被害対策についての会議に出席するため、帝国の特使が王都を訪れた時に発生した(主催者は勇者の出身ということで王国だった)。




特使を護衛していたのは騎士ガロガイン、皇帝からの信頼厚く帝国最強とも呼び声が高い"老騎士"。

彼を筆頭とした護衛団は帝国の威信を王国の民衆に示す使命もあり、土産代わりに国境周辺の魔物を討ち取りながらの何とも血生臭い入国を果たしていた。

全員が怪我らしい怪我もない、彼らからすれば準備運動にも等しい児戯だった。それがまさか本当に準備運動になるとは誰にも予測してはいなかっただろう。

今回の真の敵(馬鹿)は王都にいたのである。




セレスニルに到着した特使一団が歓迎を受けながら城の門をくぐり抜けていた時、1人の男が城壁を跳び越えて彼らの背後に降り立った。

驚き振り向く特使一同と城の兵士たち、大型の魔物すら易々と越えられぬ高さを誇る王城の城壁を人間らしき男が越えて来た。

その男の姿を見た兵士たちの顔が青くなる。



その男は自国の勇者だった。背中まで伸びた黒髪を後ろで束ね、以前の石像のような無表情から僅かに人間らしい感情を見せるようになったと噂の勇者ジークであった。

常識を身に着けたという噂は残念ながらない。



警備隊長は頭を抱える、なぜこの男が他国の要人を迎えている重要任務の最中に現れたのか理解できない。


国王からも「勇者がいると話が纏まらん、しばらく城に近づかせるな。王都にはまだ帰還していないことにする。よいな、絶対に会議開催中は城に近づかせるな。」と口酸っぱく命令されていたはずなのだ、エリノアが。




この厄介な勇者を1人の少女に丸投げするのは王も警備隊長も気が引けたが、勇者はエリノア以外(後に判明したが仲間以外)の言葉に耳を貸さないので仕方がなかった。



あの白い少女が勇者に無理やり魔王討伐の旅に連れて行かれたのが四年前、それからの彼女の苦労は想像もできない。

何せ、出発した当初の勇者は言葉すら発しない男だったのだ。それが今ではエリノアの指導のおかげで最小限の会話ぐらいは可能になっていた。



警備隊長は頭痛を堪えながらここに来た理由を尋ねようとした。だが一足先に勇者の口が開いてしまった。よりにもよって帝国の特使一同を指差して発した言葉は



「お前に用がある、一緒に来てもらう。拒否権はない、今すぐだ」



開口一番、もはや開き直ったのかこの男、と思えるくらいの堂々たる"拉致宣言"である。

勇者は「仲間として一緒に魔王討伐の旅について来い」と言ったつもりだった。

城の兵士たちがそっとジークから距離を空けていく、何だか知らないが巻き込まれては叶わない。

だが、そんな中でただ1人だけ、ジークに向かって歩み出る人物がいた。



「貴様、どこの国の者だ?皇帝の使いに手を出すなど愚か者めが」


目の前の輩を特使への"暗殺者"と判断した老騎士が歩み出る。

"用がある"のが護衛対象の特使ではなく、まさか自分のことだとは夢にも思わなかったガロガイン、彼は悪くない。

エリノア曰わく「悪いのはいつも勇者」である。

そしてガロガインは即座に理解した、「小奴は強い」と。恐らく相手ができるのは自分しかいない、他の騎士たちは足手まといにすらなりかねない。



「手出し無用!小奴は我が斬り捨てる、お前たちは特使殿をつれて城の中へ急ぐのだ」



帝国騎士たちが特使を連れて行く。

マズいと判断した警備隊長が止めに入ろうとするが、ガロガインが剣を抜いた途端に凍りついた。帝国最強の騎士ガロガイン、魔法使い30人掛かりの大魔法ですらビクともしないドラゴンを単身で討ち果たし、あの地獄のような魔王領から何度となく帰還している怪物。

止めないとマズいと分かっていても、ガロガインから放たれる殺気に身体が萎縮して動かない、制止の声すら出せなかった。



そして勇者を暗殺者と勘違いしたガロガインが剣を抜いたことでジークも反射的に抜刀した。

兵士たちが震え上がる、もはや止められない。



「我は新生帝国"太陽の狼たち"が一員、騎士ガロガイン!暗殺者よ、帝国に弓を引いたことを我が剣にて悔いるがよい!!」



「エリノアが言っていた、欲しいものは全て力ずくで手に入れろ、と。俺はお前を倒す」



エリノアがこの場にいたならこう呟いただろう



「私そんなの言ってない」


だがそのエリノアはここにはいない。王都に到着して直ぐに「家に帰るから追ってくんな」と命令してから勇者と別れて行ってしまった。

そしてヒマを持て余した勇者が街を散策していたところ、新しい仲間候補を発見してしまったのが惨事の始まりである。

ともあれこうして2人の剣士はぶつかった。





「おおおおっ!!」



石畳が砕けるほどの老騎士の踏み込み、繰り出された斬撃は一振りなれど極めて苛烈。ジークが受け止めた瞬間、落雷のような衝撃と重圧が体中を走り抜けた。



「!!?」



岩に身体がめり込んだような感覚とともに、気がつけばジークは先ほど越えてきた城壁にその身を叩きつけられていた。

信じられない力、そして速さだ。今まで相手にしてきたどの魔物も自分をここまで一方的に吹き飛ばすなんてありえなかった。



「『状態表示(ステータス)』」



ジークが唱えたのは勇者にのみ授けられる、対象の身体情報を把握できる魔法だ。

エリノア曰わく"鬼畜魔法"、これで敵味方問わずHPを正確に把握できるため半死半生のままで戦闘続行など語り出したらきりがないほどエリノアが地獄を見た原因である。

そして勇者の脳裏にガロガインのステータス情報が浮かび上がる。




ガロガイン

LV82

帝国騎士

HP:7910/7910

MP:3406/3407

魔力資質:『循環』




ジークは思わず目を見開いた。時間がないため簡易的な身体把握魔法を使ったのだが、それだけでもコレほど圧倒的なステータスを見せつけた相手は今までに当然いない。

強いなんてものではない、文字通り"最強"の騎士が目の前にいる。



「強敵、だが負けられない。エリノアが新しい仲間を欲しがっている、必ず勝つ」



無論、エリノアが欲しがっているのは仲間という名の道連れである。死ねば諸共という感じの。

どの道ジークには関係ないが。



「手加減とは詰まらぬ真似をする、弱者相手になら手を抜くとでも思ったか?このガロガイン、如何なる敵にも手加減などせぬ。そして敵の力量を見誤るなどありえぬわっ!」


「エリノアから普段は全力を出すなと言われていた、危険だから"勝てる程度の力"で戦えと。お前は強い、だから全力でいく、全力でお前に勝つ」





頼むから止めてくれっ、兵士たちは心の中で叫んだがジークに届くはずがない。

脱兎の勢いで逃げ出していく兵士たち、もはやこれまでと警備隊長までもが命からがら全速力で離脱する。

ほどなく響き渡った爆弾じみた剣撃の轟音、呼応するように城自体が揺れている。



勇者が何かをやらかす時、いつもなら仲裁に入るエリノアは久しぶりの親子水入らずの時間を優先したために城に現れない、つまり完全放置だ。

今頃は対勇者用の結界を何重にも張った実家でくつろいでいるのだろう。

もちろん、勇者の扱い方を知らない兵士達ではこの決闘の収拾がつくはずもなかった。


両国最強同士の誰も望まない決闘は王城の一部を更地に変え、止めに入った国王を負傷させ寝込ませることになった。


エリノアが旅立った時には良心の呵責に苦しみ精神的な要因で体調を崩していた王だったが、今回は物理的なダメージでダイレクトに治療室送りになってしまった。

「勇者を城に近づかせるな」という彼の判断は正しかったのである。

ちなみに決闘は王が止めに入ったことでガロガインがジークの正体に気づき中断となった。

死者が出なかったのは奇跡であったと記録には残されている、しかし国王は死にかけた。




そしてこの決闘で帝国最強の騎士と引き分け、ついでに国王を戦闘不能に追い込んだジークはまた一つ、伝説への階段を登った。



後日、城に呼び出されたエリノアは全身から魔法薬の匂いを漂わせた包帯グルグル巻きのミイラ王から新しい仲間となる老騎士を紹介されることになる。



国王の機嫌はすこぶる悪かった。



−−−−−−−−−−



最終的に勇者は仲間集め(人攫い)を四回繰り返した。その内の三回が王都で行われ、コレが『セレスニルの悲劇』として語り継がれた。


その1はお祭りを見物していた町娘エリノア。


その2は特使護衛のため王都を訪れていた騎士ガロガイン。


その3はエルフの国で落ちこぼれだと他のエルフ達から疎まれていた少女アナスタシア。



アナスタシアだけはエルフの国でのことだったため、セレスニルの悲劇には入っていない。

すなわちその4、4人目にして最後の仲間が三番目の悲劇の犠牲者となる。それはガロガインの一件から三年後のことだった。



街を歩いていた神官服の少年がジークに突然担がれたことから始まった。



「おおぃっ、真っ昼間から人攫いかよっ!?って何のようですか勇者様っ!?」



最後の仲間となる少年神官シベリウスは神殿へ向かう途中でジークに捕縛された。



「お前は俺たちの仲間になる。そして魔王討伐に出発する、昼飯を食ったらすぐに。」


「どんだけ急なんだっ、嫌に決まってんだろが、ふざけんなぁ!ちょ、そのまま担いでどこ行くんだ!?」


「食堂に行く」


「え、マジなのかっ?マジでこのまま昼飯食ったら魔王討伐の旅にオレを連れて行くのか!?だ、誰か助けてくれぇぇぇ!!」


ジタバタ暴れるも効果はなく、結局そのまま荷物よろしく担がれた状態でシベリウスは食堂に連れ込まれた。

全ての仲間に言えたことだが、拒否権は元々ない。




「頭を掴むなと言われたので、担いで来た」


「もういいわ、ジークのやることにいちいち反応してたら身が持たないし。今回は国王をぶっ飛ばさなかっただけマシかもね。アンタ、シベリウスだっけ?可愛い髪の色ね」


「‥‥なでなで、してみたい」



連れ込まれた食堂は勇者一行の貸し切りだった。そこでシベリウスは勇者の仲間と同じテーブルに座っていた。ここにいるのはジーク、エリノア、アナスタシアの三人だ。

王国の希望と謳われた現役の英雄たち、彼らが魔王の眷属を討ち倒していることにより、人間は少しずつ魔物の脅威から解放されつつあった。

そんな人達と同席して緊張しないわけがない。だからシベリウスも最初は緊張していたのだ。



しかし、髪のことを言われるとむくれた。

シベリウスの髪の色は鮮やかなピンク色、例え事実でも可愛らしいと言われるのは年頃の男の子にはツラい。



「うー、気にしてるのによぅ‥‥。撫でんなコラ!」

若草色の髪をしたエルフ耳の少女がシベリウスの頭をやんわり撫でる。



「や、止めろよぅ‥‥」



普段から"神童""、百年に一度の天才"などとちやほらされプライドが高いシベリウスにとって他人とはすべからく格下の存在だった。

今、高い身分にいる者達もいずれ自分が抜き去る通過点に過ぎない。

などと俺様一直線なことを考えているシベリウスも女の子には免疫がなかった。

しかも2人ともかなりの美少女だったとなると動揺も一層激しい。



真っ赤になりながらアナスタシアの手を払おうとするが、まったく効果がない。



お前マジで一度痛い目に会え、と常日頃から非才な大人達に言われていたが、その報いがこんな形になるとは思わなかった。

自分が勇者パーティーに選ばれたのは才能を考えれば当然だ。

しかし自分はすでにエリートへの道が約束されているのだ。

命懸けで魔王討伐なんて馬鹿らしい、そんなのは自分以外の誰かが適当にやってくれればいい。


よし断ろう、そう決意した時、 ひょいっと身体を持ち上げられた。



「わ、わっなにすんだお前っ!?」



降ろされたのはエリノアの膝の上、そして後ろから抱きかかえられた。



「やっぱりいい手触りね、うん気に入った」



抱きしめられたまま髪を触られる、ジワリとエリノアの体温が伝わってくる。

女の子特有の柔らかな身体の感触と聴こえてきた吐息に心臓が跳ねた。



「おおおっ、お前っ!?」



上擦った声が情けなく響く。その時、クスッと笑いを堪えきれずにエリノアが小さく吹き出した。



「お前、からかっただろっ!俺をからかったな!?」



「さーて、どうかしらね。まあ中々上等な反応だったわよ、チビ助くん」



エリノアはニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべている。

そんな表情すらもシベリウスからはとても魅力的に見えてしまう。


そうして解放されたシベリウスは未だに真っ赤な顔をして、ふらふらと元いた席に座った。

結局、それはエリノアの隣なのだが。


そんなシベリウスの様子を堪能した後、エリノアは先程からこちらを注視していたジークに話しかける。



「国王への報告はガロ爺が行ってるわよ、本人は帝国の人間じゃなくて王国出身の私たちが報告するべきだって渋い顔をしてたけどね。それで何か注文する?」


「任せる」



またか、エリノアは溜め息をつく。この男は勇者としての責務以外には酷く無頓着だ。

こういった食事や宿、アイテムなどの調達や選択はいつも仲間任せなのだ。実は優柔不断で決められないだけではないか?とエリノアは最近思い始めている。

まあ、大した手間でもないのでこれくらいは構わないのだが。



「たまには自分で決めなさいよ、まったく」


「‥‥‥でも、選んであげるんだね。エリーはいい子、いい子」



文句を言いつつも真面目にメニューを吟味するエリノアの白い髪をアナスタシアが撫でつける。

どうやらこの行為を気に入ったようだ。



「私まで撫でるなっ、あ、ちょっと‥‥‥‥シア、アンタがその気ならこうしてやるっ」



「‥‥‥むっ?負けない」


そんなやり取りをシベリウスは少し驚いた顔で眺めていた。これが勇者パーティーなのだろうか、意外だった。

もっとこう、殺伐とした戦闘集団だとシベリウスは思っていたからだ。

聞き及ぶだけでもドラゴンやキメラ、凶悪な魔物を既に何頭も倒してきたような連中なのだ。

そんな人間達がこんなにも年相応に笑ったりするなんて思わなかった。



「‥‥‥エリー、やりすぎ。今から私も本気になるから、覚悟」



くしゃくしゃにされた髪を直しながらジト目になったアナスタシアが宣言する。

どうやらエリノアの手痛い反撃に会ったらしい。



「いいわ来なさい。でも覚悟するのはアンタよ、シア」



お互いの髪を弄ってじゃれあっているエリノアとアナスタシア。

ジークはその隣で運ばれてきた料理を無表情でムシャムシャと頬張っている。



「‥‥なんだか面白いな、お前らって」



もしコイツらと旅をしたら危ない目に会うだろう、割に合わないことだって多いはずだ。

魔物と戦って、村や街を救いながら世界中を旅するのだ。

考えただけで面倒くさい、でもそれはー



「神殿に籠もっているよりずっと楽しそうじゃん」



独りでに口元が笑っていた。ああ、どうやら自分は思ったよりも男の子だったらしい。

冒険だの、世界を救うなどといった言葉に自然と胸が高鳴る。答えは決まった。


なら善は急げだ。 三人に向かって自分の意志を高らかに伝えよう。



「ちょっと待っててくれよ、流石に手ぶらで魔物退治は無理だぜ。神殿から使えそうな物をぶん捕って来るからさ」



「だからオレが帰って来るまで出発するなよなっ!」






こうして少年神官シベリウスは旅に出た。

それは大魔王を討伐するまでのたった四年の旅、それでもこの旅は彼の人生において決して忘れられない時間となった。




初めて野宿をした、暗闇が怖くてガロガインに寄り添って眠った。



初めて大怪我をした、アナスタシアが何日も休まずに治療してくれた。



初めて理不尽を知った、ジークのやることは予想できない。



そして、



初めて恋をした、少しひねくれ者だけど、とても綺麗な少女に。


でも気づかれたら笑われるので本人には内緒にしておくことにする。



どれも宝石のような思い出、旅に出なければ手に入らなかったもの。

これらを手に入れた彼の選択はきっと正しかったのだろう。





だが何事にも終わりは存在する。それがどんなに光に溢れた英雄伝であろうとも、暗闇に惑う悲劇であろうとも、幕引きは必ずやってくる。

そして、その最後が幸福なものだとは限らないのだ。




当時、魔物には旧帝国を滅ぼした頃の勢いはなく、勇者一行が少しずつ魔王城への道を切り開いていた。

彼らの活躍を伝え聞きながら人々は魔王との戦いが終わる日を待ち望んでいた。


この頃の人間達にはまだ余裕があった。何せ、自分達が魔物に追い込まれる可能性など露ほども考えてはいなかったのだから。







シベリウスと勇者達との出会いからから三年後、大魔王の号令の下、人間領への総攻撃が始まった。


この数年間で確認されていた新種の魔物を中核に構成された軍団が一斉に境界線を越えて押し寄せたのだ。

完全な不意打ち、加えて高い知能を持つ魔物は既に都市内部に潜り込んでいた。

それらが内と外から人間世界を攻撃し、各国は大混乱に陥る。


国内ですら相互連携が取れず、混乱の中で抵抗戦力のない数々の村、街が飲み込まれ、各国の精鋭達も新種の魔物によって次々と撃破されていった。




この時、魔王領の奥深くまで進攻していた勇者一行は人間世界への総攻撃を知る術はなかった。

そして彼らが引き返した時には何もかもが手遅れだった。



それから程なくして




王都セレスニルは、陥落した。



勇者達が帰還したのは総攻撃から二週間後、セレスニルの陥落から三日後だった。破壊し尽くされた王都に以前の面影はなかった。

人間の死体が一面に転がり、あるものは焼け焦げ、あるものは喰い千切られ打ち捨てられていた。

ドラゴンや巨人族、大型の魔物の攻撃に晒され原型を保っている建造物すら見当たらない死の都。


あの時のことはシベリウスもよく覚えていない、思い出したくないというのもある。

だが、愉快な冒険が終わってしまったことだけは理解できていた。

そして何よりも、この日を境にエリノアから笑顔が消えた。






そして運命の日。

魔王領の最深、魔王城にジークを除く勇者パーティーは集結していた。



「私が大魔王を足止めして、アンタたちは奴の使い魔を倒す。うん、その作戦でいいんじゃないの?」


エリノアはそう言って青白く輝く魔銃を構える。

それは魔法金属ミスリルを天界の技術で加工した最高位の魔法銃。

各地で猛威を振るう新種の魔物すら一撃で蒸発させる力がある常識外の出力を誇る切り札だ。この城の外壁をぶち抜いて侵入のための突破口を開いたのもこの銃だった。



「いいわけねえだろっ、バッカじゃねえのお前!死ぬぞ、マジで死ぬぞっ」 必死な形相でシベリウスが詰め寄った。

彼の解析魔法により、この地域一帯は異世界に組み換えられていることが分かっていた。魔王城の周辺部は強力な魔物を産み出すための実験場になっているのだ。


世界を歪めて自分に都合の良い空間を創り出すなど想像の埒外だ。人間も魔物もこの世界の一部分である限り、その根幹を揺るがすなどあってはならないことなのだ。


そしてその全てはこの先に待ち受けている大魔王1人の魔力によって成し遂げられている。

エリノアの実力を疑っているわけじゃない、だが ヤツは正真正銘の化け物だ。


「その時は殺される前に殺すわよ、あの化け物の弱点だって見つけたんだし。だから手分けしなきゃならなくなったけど。」


「ほ、他に方法だってあるはずだ。考えるから、だから待てよ!ガロ爺、シア、お前らからも何か言ってくれ!」


「シベリウスよ、もはや猶予はない。我らは我らが無傷でこの城まで辿り着くためにその身を盾にした同胞に報いねばならぬ、現在もこの地獄の何処かで戦う彼らを救うには一刻も早く奴を倒すしかない。大魔王を倒さぬ限り、魔物の数に制限はないのだ。それに今、あの大いなる怪物を相手に時間稼ぎが可能なのはエリノアをおいて他にはいない。」


「‥‥‥エリーが言うなら、信じる。きっとみんな一緒に、帰る」


「畜生‥‥‥‥‥っ」


「さあ行くわよ、勇者はもう乗り込んでんだから。この城を吹き飛ばしてやるくらい派手な決戦と洒落込みましょう」







強気な言葉とは裏腹に、三年前とは違う疲れ果てたような作り笑顔が彼女が見せた最後の姿だった。

結局、彼女は約束を護らなかった。使い魔を倒し駆けつけた自分たちの目の前で、白い少女は大魔王に殺された。




あの時、自分があんな策を考えなければ彼女が命を落とすこともなかったのだろうか。

或いは自分にもっと力があれば新たな選択肢が生まれたのだろうか、分からない。



最近、この夢を見ることが増えた気がする。

あれほど恋い焦がれた白い少女の最期の姿。



我ながら女々しいものだ、初恋を"百年"も引きずっているなど愚かを通り越して滑稽でしかない。

寝床から起き上がり鏡の中の自分の姿を見る。

映り込んだ白髪は彼女のような美しい白銀ではなく、色の抜け落ちた老人のソレ。彼女が「可愛い」とからかっていた色でなくなったのは随分前だ。

無理もない、あれから百年も経つのだから。



そしてシワだらけの手を眺める、本当に衰えたものだ。五十年も勤めた王都守護の役目も数年前、譲り渡した。


現在、王都はあの頃を遥かに超えて発展した。

彼女の分まで王都を見守り続けてきたつもりだが、自分の役目もそろそろ終わりかもしれない。そんな寂寥感に浸っていた時だ。




「だーい神官さまー!朝ですよーっ、」



朝の静寂を吹き飛ばす快活な呼びかけとともに、鮮やかなピンク色の髪の少女が入って来る。

いつものことながらノックはなかった。

本来なら説教モノだが今朝はそんな気分ではないので見逃してやることにする。



「おはよー、"シベリウス祖父様"♪」



「お前は魔法よりも、もう少し礼儀作法を身につけろ、孫娘よ」



「面倒だよぅ」と駄々をこねる孫娘に『大神官』シベリウスは苦笑した。



それは彼にとってはいつもと変わらぬ朝のやり取りだった。

シベリウスはまだ知らない。世界の転換点に再び自分が関わることになることを、白い少女の冒険は終わっていなかったことを。










そして物語は始まる。


プロローグ終了。






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