第二話:勇者からは逃げられない
勇者に選ばれた者には特別な力が授けられる。
その力の一つが"仲間を集める"ことである。
個人差はあれど、勇者は見る・触れるなどの方法で仲間となるべき者を判別できるとされている。
しかしこの能力には重大な欠陥があった。
それを如実に表したのが"セレスニルの悲劇"と呼ばれる事件である。
その日、王都セレスニルでは国を挙げての一大パレードが行われていた、はずだった。
春風が吹く穏やかな日、その盛大な行事が行われているはずの王都では、空気が凍りついていた。
ゴクリと誰かが唾を飲み込む音さえ聴こえる。
観衆の誰もがその人物から目を離せない、悪い意味で。
その人物こそ勇者ジーク、王国神殿が選定した"勇者"であり、魔王を討伐することを予言された青年である。艶のある黒髪と黒目を持つ18才の若者だ。
このパレード自体が勇者として選ばれた彼の民衆への御披露目と魔王討伐の旅への出立を激励するためのものだった。
さっきまでは。
概要はこうだ。
勇者の青年が突然パレードを外れ、街道に走り出た。そしてあろうことか、行列を見守っていた観衆の列に突撃した!
以上である。
全ては一瞬のことであったらしい。稲妻のような速さと衝撃であったと王国記には記されている。
そんな事態を目撃した王は唖然としていたが、すぐに何か考えがあるのではないか、と思い至った。
何しろ彼は神殿から祝福を授けられた勇者なのだ、だからきっと凡俗たる自分には理解できぬ何かがあったのだ。
ならば自分の役目は王として彼を信じてやることだ、と自分を納得させた。彼はその寛大な器ゆえ名君と称えられた人物だったのだ。柔和な笑みを浮かべて事態を見守っている。
そして王の信頼を一身に背負って観衆の中へと踏み入った勇者は誰とも知らぬ
少女の頭を鷲掴みにして持ち上げていた。
−あ、コイツヤバいわ。
その場にいた貴族と民衆は一人残らず断言した、そして顔面をひきつらせて固まった。
勇者は無表情で石像のように直立不動の姿勢を保ち、持ち上げられた白い髪の少女は事態が飲み込めずに石化している。
そりゃそうだろう。お祭りを観に来たら、突然エラい人が周りの人を掻き分けて近づ来てアイアンクローをぶちかましてきたのである。
完全無言の勇者に直視されてジワジワと少女の大きな瞳に涙が滲んできた。
「な、なにやっとんじゃ貴様はー!?」
「き、きゃあああ!!」
王の怒声は街中に響き渡り、ようやく我に帰った少女が恐怖に泣き出した。
「さっさとあの男を取り押さえんかぁ!」
王の一喝で解凍された観衆はどよめき立ち、騎士達が慌てて駆けつけてくる。
5、6才の泣きじゃくる少女を持ち上げ直視する青年、ド直球の犯罪者にしか見えない。
困惑した騎士達が勇者から少女を解放し引きずるように勇者を城へ連行する光景は人々にあんまりな衝撃を与え、あんまりな記憶として語り継がれることになる。
勇者ジークの伝説はある意味でこの瞬間から始まった。
そしてもう一人、
白い髪の少女こと幼き日のエリノアは勇者ジークとこうして出会い、土下座せんばかりの王の懇願に両親が折れて勇者の旅へと嫌々同行させられる。
町娘から勇者パーティーへとランクアップを果たし、以後10年以上を魔物との戦いの中で過ごす羽目になるエリノアにとってまさに記念すべき厄日であった。
この出来事は"セレスニルの悲劇その1"として語り継がれることになる。
要するに、勇者の能力最大の欠点は"仲間側からは自分が勇者の仲間だと分からない"ことであったりする。
そして勇者によって、いきなり魔物討伐の旅に連れて行かれるのだ、ある意味魔王以上に恐ろしい存在である。
後日、あと3人の仲間を集めるためにこの奇行が3回繰り返されることになる、迷惑極まりない話でしかなかった。
それこそが"セレスニルの悲劇その2〜3"と呼ばれる、仲間達と勇者との忘れたくても忘れられない、しばしば愚痴の対象とされる出会いだった。現在から百年前、エリノアと仲間達の対勇者奮闘記は始まった。
−−−−−−
唐突に現れた白い髪の少女、その姿を見た瞬間そのトロールは奇妙な高揚感を覚えていた。
少女から感じるそれは魔性だった、理性が乏しいからこそトロールは本能的に理解する。
この女は異常だ、人間がその身に秘める魔力だけで魔物を魅了するなどありえない。
本能が警鐘を鳴らす、だが身体は止まらない。武器である棍棒を引きずり、惚けた表情のまま腕を伸ばし
「■■■■■ッ!?」
そのままの姿勢で視界が反転した。
遅れてやって来た首を走る激痛と共に、驚くほど呆気なくトロールは絶命することになる。
−−−−−−−
「まずは一匹っと、なんか思ったより数が多いわね。ほら、アンタ大丈夫?」
のろのろと倒れる首なしトロールを無視して後ろへ振り返る。
戦場にたどり着いた私の目に映ったのはトロールに囲まれている冒険者らしき金髪娘だった。
あのままだと生け捕りにされただろう、もちろんその先にはさらに残酷な死が待ち受けている。
死なれては此処がどこか聞き出せない、傍に落ちていた冒険者の死体から剣を頂戴して私は群れへ飛び込んだ。
自分から群れの中に飛び込むなんて仲間が見たら呆れるだろう、騎士道の体言者のような老騎士あたりは自分から飛び出すのだろうが。
ぽかんと口を開けて座り込んでしまった金髪娘に大きな傷はない。
放っておいても大丈夫そうなので金髪娘から醜いトロールへと視線を移す。
それにしても数が多い、死体を合わせれば20頭くらいいるのではないだろうか。オマケにこちらの出方を窺いながら司令塔からの指示を待っている。生意気にも理性的な戦闘を実践しているようだ。実に鬱陶しい。
「さっさと逃げなさいよ、面倒くさい。逃げても追いかけて殺すけど」
何となく目障りだったので草の上に転がっていたトロールの頭を踏み砕く、胡桃を砕いたような音と共に赤い液体が飛び散った。王冠を被ったトロールの顔が憤怒に歪む。
「カズハ、コチラガウエダ!イッセイニカカレ、キサマラ!!」
軍団の統率者トロルキングの怒声にトロール達が各々の武器を片手に津波のように押し寄せる。
そう来るしかないだろう。小賢しい知恵を付けようが、これだけ近距離で向かい合っている以上は攻撃か逃亡くらいしか選択肢はない。しかし、どちらを選ぼうがこいつらの結末は同じだ。
真正面からの大振りの一撃、眼前に迫った棍棒を鋼の剣で一閃する。
「■■?、?」
それだけで木製の棍棒は乾いた音を立ててへし折れた、思っていたよりも脆い。剣からギシリと軋む音がしたが問題ない、どうせ拾い物だ。せいぜい使い潰すとしよう。得物を失い呆けた面をしたトロールの土手っ腹に魔力を収束させ、炎魔法を発動させる。
「吹き飛べ"発火"!」
渦を巻ながら現れた炎の球が爆発する、粗末な鎧をえぐり取られながら吹き飛ばされたトロールが仲間に激突し包囲網の一部が崩れた。
だがコイツ自体の生死はどうでもいい。
ぐるんとその場で私は身体を一転させる。
「せえ、のっ!」
吹き飛んだトロールが開けた群れの僅かな隙間に目掛けて、遠心力を最大に生かし剣を投擲する。
ヒュンッと風を切り裂き弾丸のように放たれた剣は寸分違わずに
「ゴ、ゴアアァ゛!?」
トロルキングの眉間に深々と突き刺さった。
突如として悲鳴を上げるトロルキング、だがトロール達は止まらない。
剣を投擲し無手になった私を見て好機だと考えたからだ。
無論、そんなことは投げた私自身が一番よく分かっている。トロールが間合いに入った瞬間を見計らい、足元に転がっていた剣を蹴り上げ、掴み取る。
驚愕した表情を浮かべたトロールを馬鹿馬鹿しいとばかりに斬り捨てる。
こんなものは作戦ですらない、ただ落ちていた物を利用しているだけだ。冒険者の死体はそこら中に散らばっている。
大方、トロルキングの指示を受け知恵をつけた連中に分断されて1人ずつ挽き肉になるまで棍棒を振り下ろされたのだろう。各個撃破されたため武器の落ちている範囲にバラつきがあった、加えてコイツらには戦闘中に死体に気を配るような思考はない。
剣に魔力を叩き込み強化しながら、さらに二頭を斬り倒したところでトロール共が後ずさりを始めた。そのまま我先にと逃げ出していく。
さっきまで響いていた耳障りな叫び声が止んでいるので、多分予定通りにことが進んだのは間違いないだろう。
森の奥へと消えていくトロール共を無視して、確認のためソイツに近づいていく。そこには頭を赤く染めきったトロルキングがうつ伏せに倒れていた。
司令塔を失えば集団が崩壊するのは人間にもいえることだが、魔物は特にその傾向が強い。
私の狙いは最初からコイツだけだったのだ。
「‥‥まあ一応」
軽く剣を振るうとその首がゴロンと転がり落ちた。今更残酷だとは思わない、確実に仕留めたかを確認する作業だ。
その頭から目的の物を引っこ抜く。青銅と銀で装飾が施されたトロールの長の証であるソレ。
私は"トロールの王冠"を手に入れた、血みどろに汚れている。街に着いたら売り飛ばそう。
「あのっ、すみません!私の話を‥‥。」
「今そっち行くから座ってなさい」
「い、いえっ。私から行きます」
トロールの死体を避けながら金髪娘が恐る恐るとした様子で近づいて来る、剣は鞘に収めているあたり警戒を解いているように見えるのだが、キラキラとした瞳で私を凝視しているのが気になる。何だろう、嫌な予感がする。
王冠を外したトロルキングの頭を投げ捨てる、こっちは別にいらない。
「まあいいや、とりあえずこの森の名前を「私の仲間になってください!」‥‥‥‥‥ん、は?」
『勇者一行はあらゆる国家、勢力、権威に対して中立を保つ』
私たちに世界中を一切の人為的障害なく魔物退治の旅をすることを認めた大陸協定。
これのおかげで私たちは、新生帝国の最精鋭"太陽の狼たち"や諸島連合の"閃光騎士団"では手出しのできない中立地帯や既に滅亡した国の魔物を狩ることを主な任務とされていた。"狼""閃光""楯"が人類守護の役割なのに対して、謂わば魔物に対する攻勢、剣の役割だった。
戦争が終わったとはいえ、特定の国の人間と組むなどありえないし、許されない。大魔王を倒したといえ魔物はまだ沢山いるのだ、私たちの故国が戦力としての私たちを手放さない。
「あ、そうでした。"コレ"は私しか分からないって大神官様もおっしゃってました」
「"コレ"っていうのが何のことかは知らないけど無理、他を当たりなさい」
「ち、ちょっと待って下さい!」
とても嫌な予感がする。具体的には不明だが、とにかく目の前の金髪娘には関わらないほうがいい。ここ10年で鍛え上げられた直感が警告している。
「ちっ、もういいわ。アンタに尋ねたいこともあったけど‥‥‥、いや待てよ、勇者の馬鹿と合流しないほうがいいような‥‥って何よアンタ?」
考えてみれば、勇者がいないならいないで私的には面倒がなくていい、アイツと一緒にいると基本的にろくな目に会わないのだ。この10年間、大魔王の配下よりアイツに殺されかけたことの方が多いかもしれない。
それというのも勇者には"ステータス"という、私たちのHPやMPを表示するモノが見えているらしく、私たちが死ぬ限界ギリギリまで酷使しやがるのだ。
だがこれはまだマシな方だ、仲間が増えるにつれて多少改善されていったからだ。つまり一番付き合いの長い私が一番深い地獄をみたわけでもあるが。
他にも性格や常識、そもそもの人格などを思い返せば存在そのものが私にとって災厄みたいな男だった。
‥‥向こうから来ない限り合流しなくてもいいか
。うん、そうしよう。
情報収集を中止して立ち去ろうとしたところ、金髪娘にガッと肩を掴まれる。仲間になるのは断ったがまだ何かあるのだろうか。というか放せ。
「あの、信じてもらえないかもですが」
「私が勇者なんですっ!」
後日、ここが百年後の世界だと説明された私は思い知ることになる。
"勇者からは逃げられない"
血の匂いが立ち込める森の中で二代目勇者と私はこうして出会った。
知らなかったのか?
勇者からは逃げられない
ジークはこんな感じの青年です、そして旅立ちが18で大魔王討伐コンプリートが10年後ということは!?
彼は本編には物理的に出せませんが、こうして過去編で少しずつ描いていく予定です。
エリノアが酷い目にあったのはだいたいコイツのせい。