第1話:ひねくれ少女は時を超えて
とある冒険家は語る、アレはこの世界の果てだったと。
数多の山脈と荒野、身の毛もよだつ怪物の住居を越えた先にある遥かなる秘境。
赤いペンキをぶちまけたかのような真紅の空と生命力を失った灰色の大地がどこまでも続いていた。大地には呪われたように黒い森が広がり木々は呪詛を吐き出し、腐臭がする川には魚の姿をした魔物が獲物を求めて徘徊する。
"地上の地獄"と呼ばれる場所がその世界にあった。
その地獄の何処かには打ち捨てられた都市があり、無事に辿り着いた者は黒い濃霧を身に纏う古城を見ることができるだろう。
その内部には玉座が配置された謁見の間が存在する。元々はこの地を統べる帝国の王が座していた尊き場所。だが現在の主は帝国の王族ではない。
人間ですらもなかった。
数十年前、この地を蹂躙した忌み深き魔物の王により、帝王そして全ての王子と王女は切り刻まれ、国は滅亡へと追い込まれる。
この時魔物に殺された人間は二百万人を超えたと当時の記録には記されている。
そして魔物の王は自らを"大魔王"と称し、新たな君主として城に君臨した。
王を得た魔物達は凄まじい。種族の違いを乗り越え団結した魔物の軍勢は数の上でさえ人間を上回ってみせた。
これ以後、世界中で魔物によって幾つもの国が倒れ、人間という種族は滅びへと向かっていく。
遂に世界の半分が魔物に食い千切られた時、生き残った各国の王たちは決断した。
それは"人類全ての残存戦力"をつぎ込んだ一斉攻撃だった、失敗すれば文字通り全てが終わる。
しかし最早大博打に打ってでるしかなかったのだ。
"太陽の狼達""守護の楯""閃光騎士団"、そして"勇者一行"。各国の誉れも高き最高戦力に命令が下された。
魔王城へ進行し、かの大王を討ち果たせと。
そして現在この場に立っているのは勇者を含む4人の人間たち、荘厳な謁見の間は勇者一行と"大魔王"との戦いの余波で粉々に砕かれ見る影もない。城中にはおびただしい魔物の死体が山を為して積み重なっている。
他に人間はいない、みな彼らを城へと突入させるための布石となったからだ。
ここで起きたことにどうということはない、再び歴史が繰り返されたのだ。今回は珍しく人間が勝利した、それだけの話だった。
「勇者よ、もうここは崩れる。脱出するぞ、我らは生きて帰らねばならね。」
瓦礫を踏みしめ騎士然とした風貌の老人が無言で佇む青年に進言する。
勇者と呼ばれた青年は身じろぎもしない、堅く拳を握りしめ目の前の一点を見つめ続けている。
「‥‥離脱、するよ‥」
トコトコと歩み寄った若草色の髪の少女が勇者の鎧を掴み、顔を覗き込むようにして呟いた。
勇者の鎧も少女が身に纏った薄手の鎧も真っ赤な鮮血で染まっている。
彼らの血ではない、たった今自分達の前から消え失せた、もう一人の大切な仲間が流した血だ。
「‥‥ジーク、行こう‥?」
今にも泣き出しそうな瞳が勇者を捕らえて離さない。
能面のような無表情を浮かべる勇者は仲間達に向き直る。
「−−−−−−。」
彼の口からは絞り出すように吐息が漏れただけだった、それを合図に勇者達は元来た道を辿り始める。1人足りない少女の最期をそれぞれの胸に刻みつけながら。
爆撃にあったかのように徹底的に破壊された城を跡にした勇者達は王都で熱烈な歓迎を受ける。
魔物により村が、都市が、国が1日ごとに滅んでいく悪夢の日々を終わらせた英雄たち。未だ様々な苦難の中にある人々の希望として彼らが吟遊詩人の語る煌びやかな物語の登場人物とされるのに時間はかからなかっただろう。
莫大な犠牲と引き換えに復興へと歩み出した世界は光に満ち溢れていた。
そして、時代は移り変わる。
戦いの記憶は過去のものとなり、記憶は伝説として後世に語り継がれていく。
虚構と真実が入り混じった逸話が星の数だけ生まれる中で、ひときわ民衆の心を惹きつけたものがあった。
大魔王との決戦に挑んだ勇者パーティーでただ1人だけ帰還せず命を散らせた悲劇の少女の物語。平和な世界を見ることもできず夢半ばで力尽きた儚き姿、その悲壮が読み手の心を揺さぶり放さないのだという。
−他人の不幸話に興味津々なんて、性格悪いわねアンタたち。
とは後にコレを知った本人の弁である。
−−−−−−−
深い海の底から海水をかき分け浮かび上がるように、ゆっくりと重々しく意識が回復してくるのを感じた。
拳を握りしめては広げるを何度か繰り返す、感覚的には眼も耳も問題なさそうだ。
「‥とりあえず生きてはいるみたいね」
ひょいと起き上がってみると周りには見渡す限りの樹、樹、樹。
バカみたいな結論だが、私が森にいるのは確からしい。
どういう理由で私が大魔王のイカれた居城から何の変哲もない森林に飛ばされたのかは分からない。ここが何処なのかを調べたかったが、初めに目覚めた時は魔力が空っぽだったので回復に勤めるため再び眠りに落ちるしかなかった。
そして半日くらい休んでようやく立ち上がれるくらいには回復したという訳だ、相変わらず身体は鉛のように重い。
木々の間を吹き抜ける風が私の白い髪をなびかせる。血の匂いが微かに混じっているのが凄く、不快だ。
仲間のことも気になるところだが、国を単独で滅ぼせるような魔王すらぶち殺してきた連中だ、後回しで問題ないだろう。なにより大魔王を倒した今、もはや私たちの役目は終わりだ。
「あーあ、派手にぶっ壊れたわね、高かったのに」
気怠げに自分の姿を確認した私の目に入ったのはズタズタになった装備品だ。
"あの化け物め"と心の中で悪態をつく。
元は赤竜の皮で作られた防具だったのがボロ布のような廃品と化し、あちこちから肌が露出してしまっている。
ドスンと重々しい戦闘音が聴こえた、微かに漂う血の匂いの元となっている戦闘が近くで行われているんだろう、面倒な予感がする。
ため息をつきながら身体に不調がないかを念入りに確かめる。
間違いなく八つ裂きにされるくらいのダメージを受けていたはずだが、特に大きな傷は見当たらない。
立ち上がれないくらい魔力を消費していたのは無意識下の自己治療でもやっていたのだろうか?
「■■■■■ッ!!」
「た、助けッ!?」
何やら耳障りな叫び声が聴こえるが放っておく、まずは私の現状を把握すり必要がある。
「‥ちっ、長くは持ちそうもないわね、このパーティー」
死なれてはここが何処なのか尋ねることができない、急いで装備を確認していく。
鎧は問題なし、竜の皮をベースにしてあるため魔力を注ぎ込んでやれば自己再生する。
魔力も鎧の軽い修復と一回の戦闘くらいなら大丈夫であろう量がある。
武器は‥‥ない。
まあ、それくらいならどうにでもなる。
「■■■■■■ッ!」
この頭の悪そうな声はトロールだろう、力だけが自慢の人型の魔物。大きさは2.5メートル程度、特殊な攻撃方法は持っていない種族。
数は、7から8といったところか。
「さて、魔物退治に行きましょうか‥‥‥急いだほうが良さそうね」
−−−−−−
「‥‥そ、んな」
森の奥は開けた空間になっており、そこで1人の金髪の少女が虚ろな瞳でそう呟いた。
構えた剣先は震え、身に着けた金属製の鎧には幾重もの亀裂が走っている。
たった今、彼女の目の前では最後の仲間がトロールの振り下ろした棍棒に叩き潰され息絶えた。
−私が殺したみたいなものだ
自責の念で全身から力が抜け落ちそうになる。
今回は5人での旅路だった。森に住み着き近隣の村々を襲う人喰いトロールの退治、それが少女の受けた王命であった。
だが王都の冒険者協会は「これ以上、帰還の見込みのない旅にメンバーを差し出すことはできない」と彼女の同行者として冒険者を仲介してはくれなかった。
そして協会の決定は正しかったのだ。
物言わぬ肉片になった仲間達に視線を向ける。
人の原型を失った死体もある。
珍しいことではない、魔物に殺されるとは"人として真っ当な死に方ができない"ということだ。
今回、少女は自分でメンバーを探すことから始めたのだ。
王からの援助金を惜しげもなくつぎ込み、メンバーを募った。
結果として集まったのがまだ恐れを知らない、快活な新人達だった。
トロールは人型の魔物の中でも頭が悪い、群れから一頭ずつ誘い出して討伐すれば危険は少ない。
そう説明されていたのだ。
王城に常駐している元冒険者の男が得意げに語っていたのを思い出し、少女は悔しそうに唇を噛み締める。
現実はこちらが誘い出され、包囲された。
そしてパーティーをバラバラに分断された上で、実力的に劣る者から順番に殺された。
反撃すらままならない、明らかに統率された動きだった。
男を責めようとは思わない、悪いのは話を鵜呑みにした自分だ。
ぐっと少女は薄緑の肌をしたトロール達の中心にいる個体を睨んだ。
醜悪な顔を勝ち誇ったように歪めたトロール、頭頂部には王冠のような物をかぶり、他の個体と比べて人間味のようなものを感じさせる。
コイツだ、コイツが群れに命令を出している。少女はそう結論づけた。
人間に近いレベルで群れを統率し、"狩り"を行う魔物の群れが出現した。
危険過ぎる
群れ自体も報告にあった7頭から15頭前後に大きくなっている。
今ここで討ち果たさなければ被害がどれだけ増え続けるか検討もつかない。
仲間の死に動揺している場合ではない、自分は"〓〓"なのだから。
一頭のトロールが叩きつけてきた棍棒を軽いステップを踏むように回避しそのまま丸太のような腕を斬りつける。
「■■■■ッ」
「その首、もらいます!」
棍棒を取り落とし腕を押さえたトロールの首目掛けて、脚に風魔法の補助をつけ渾身の力で跳躍する。
「■■■■ッ!?」
ドシュッ、疾風のように飛来した少女の剣はトロールの分厚い首皮を切り裂き、トロールは痙攣しながら地面へと倒れ動かなくなった。
−あと6頭
地面に着地し、返り血に塗れた金髪を払ったところで少女の顔が絶望に染まる。自分の"終わり"を悟ったからだ。
一頭の相手をしている間にトロールの群れは何重にも少女を包囲し、尚も森の奥から新しい個体が姿を現していた。
既に群れは20頭を越えていたのだろう、これでは始めから勝ち目はなかった。
剣を構え直す、勝てないのなら一頭でも多く道連れにする。それが仲間への贖罪になると信じて。
「イケドリ、二シロ」
王冠を被ったトロールが群れに命令を下す。
人型の魔物の中には獲物をいたぶり、生きたまま喰らう種族もいる、そのことを思い出した少女が「ひぃっ!?」と悲鳴を上げる。
それでも震える心を押さえつけ、1人でも多くの住民の犠牲者を減らすため少女は精一杯の悪あがきを開始しようとしたその時、
「ずいぶんと懐かしい面ね、"トロルキング"」
雪のように真っ白な髪の少女が目の前に立っていた。
「へっ?」
思わず呆けた声が漏れた。
誰だ、ではない。
魔物と相対している以上味方だろう。素性なんて何でもいい。
どうやって、でもない。
まるで牢獄のようにトロールによって何重にも包囲された輪の中心にいきなり現れたことは驚きだが、不思議と気にならない。
気になるのは本当に些細なこと
"なんでこの人は私を庇うように立っているんだろう?"
それだけだ。
エリノアは鼻につく血と魔物特有の汚臭に不快そうに顔をしかめた。
「−オ、オマエウマソウ、クッテ、チカラツケル」
たどたどしい人語を発しながらトロールが近づいて来る。
薄緑の肌に皮で作られた簡素な鎧を身にまとう、3メートル近くはあろうかという群れでも特に巨大な体躯だった。
それが、何処か恍惚とした表情でエリノアに接近する。
トロールは並みの戦士なら腰を抜かすくらいの威圧感と凶暴性をもつ。
手にした棍棒を構えもせずに自分へと太い腕を伸ばしてきたトロールに対し、エリノアは
とても残酷な笑みを浮かべた。
以前から自分の作品を持ちたいと考えており、遂に投稿させていただきました。
反応次第では続きも投稿していこうかと思います。
勇者パーティー
エリノア
無口勇者ジーク
騎士の爺ちゃん
若草髪の少女
???(今回はセリフなし)




