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月華抄  作者: 葉月
8/21

月隠 七

 都の夜はすっかり更けて、群青色の空に星が瞬いている。

 昼間は喧騒に包まれていた大路も小路も、今はしんと静まり返っている。時折、牛車の音や野犬の鳴き声がかすかに聞こえるだけだ。

 しかし左京にある五条界隈のとある邸だけは違った。周囲には他に大きな邸もないので、辺り一帯は普段から賑やかさはほとんどない。なのに、今夜はそうではなかった。

 その邸から明るい声が洩れてくる。

「まぁまぁまぁ!」

 邸の中央に位置する寝殿に一同は集まっていた。部屋に据えた燈台の炎がゆらゆらと踊り、その場にいる人々の影をも揺らした。

 まず邸の女主人である桔梗。その友人である影明。そして、人ではない存在がふたつ。立っている桔梗を囲むように、三人は床に座っている。

「まぁまぁまぁ!」

 床に座る女の赤い唇からこぼれる嬉々とした声は、しばらく止むことはなかった。

「素敵ですわ」

 先ほどから喜びの声をあげているのは式神の瑠璃だ。両の頬に手をあてて、うっとりとした目を己の主に向けている。

 同じく式神の玻璃は相変わらず感情の読めない顔をしているが、彼女には珍しく、どことなく瞳が輝いていた。

 桔梗は三人の視線を受けて居心地が悪そうに身を捩った。その拍子に身に着けている袿が衣擦れの音をたてた。

「せっかくですから絵師を呼んで、お姿を写し描いていただきましょうか」

「……瑠璃」

 意気揚々としている瑠璃は低い声にも動じない。

 桔梗がもう一度口を開く前に、影明の笑い声が室内に響いた。

「諦めろ」

 じろりと睨むが、こちらもどこ吹く風だ。口元をにんまりと緩めたままの影明は、今の状況を心の底から楽しんでいる様子だ。ところがふいに真面目な顔つきになる。

「何を嫌がってるんだ? 似合ってるぞ」

 影明はそう言って穏やかな笑みを見せた。

「……ありがとう」

 今にも消えてしまいそうな小さな声で礼を述べる桔梗の頬は、ほんのりと赤く染まっている。

 照れ隠しをするかのように袿の袖を大きく振り、

「やっぱり動きづらい」

 桔梗は言い放つ。三人が座っている前に立ち止まり、自身も座りこむ。

「いつも被ってるじゃないか」

「あれとこれは、少々勝手が違う」

 普段の調子を取り戻し、桔梗は口を尖らせた。

 影明の言い分ももっともではある。あるのだが、水干の上から目隠しのために羽織るのと身に着けるのでは大きな違いがある。袿を幾枚も着重ねては、身動きすらとるのが難しい。

 まるで不動の術をかけられたようだ、と桔梗はぼやく。

 これでは異形と遭遇しても満足な働きができるかどうか。袿の裾を踏みつけて、妖を取り逃がしてしまったら……笑えない。自分だけならまだしも、陰陽寮全体の沽券に関わりかねない。

「でも、なかなか様になってたぞ」

 影明の言葉には素直に頷けず、桔梗は眉をひそめた。

 玄翔の邸から戻ってすぐ、袿を身に着けて練習した甲斐あってか、動きは良くなっていると桔梗自身も思っている。

 それでも。

「見かけだけは何とかなりそうだけど、心配だ……」

 湧き上がっている不安はなかなか消えることはない。

 落ちこみ気味の主人を励ますかのように、瑠璃は拳を握り締めて力説する。

「桔梗様でしたら大丈夫ですわ。自信を持ってください」

「そんなに動き辛いものなのか?」

 普段はほとんど気にならない気楽な発言が、今夜は妙に心に引っかかった。不安に思う心がそうされるのかもしれない。

「だったら影明がこれを着て参内する?」

 無責任な発言とわかりつつも嫌味のひとつも言いたい気分だった。

「遠慮しまーす」

 悪びれもしない様子にそれ以上の不満を述べる気も失せて、桔梗は強張っていた表情を柔らかくした。

 いつも通りの変わらないやり取り。それが心を少し軽くする。影明はあえてそうしてくれたのだろう。

「第一、桔梗の方が全体の能力上だからな。内裏には参内できないし、俺ができるのは内裏周辺での手助けのみだ」

「わかってる。頼りにしてる」

 陰陽頭・玄翔の口利きで内裏の周囲を徘徊していても、影明が咎められることはないだろう。

 妖退治自体は問題ないはずだ。ただ、見知らぬ場所へひとり放り込まれるのは少々心細くはあった。

「……まめに連絡とって会おうな。忍が帰ってくるまでここにも寄るし」

 瑠璃と玻璃のことも心配事のひとつだった。

「うん。頼りにしてるよ」

 重ねて言うと、影明はあとは任せろと言わんばかりに力強く頷いた。

「で、桔梗が潜入した後の話だけど」

 言いながら影明は紙を広げた。

 そこには内裏と大内裏の簡易的な図が描かれている。

 桔梗は指でなぞるようにしながら内裏とその周囲を確認した。陰陽寮は内裏の南側に位置している。

「陰陽寮を拠点にするのは無理だな。無関係な大勢は知らないみたいだから」

「そうだね」

 影明に同意して頷いた。

 玄翔が言うには、内裏に勤める者全員が今回の騒動と対処を知っているようだが、それでも大騒ぎする訳にはいかない。聞かれもしないのに自らの正体と目的を明かすのは危険と面倒が伴う。たとえ相手が真実を知っていたとしても、知らぬ存ぜぬを徹底した方がいいだろう。

「となると……大内裏で落ちあうのは止めた方がいいのか?」

 簡易図を見つめて影明は唸った。

 大内裏では陰陽寮の者に目撃される可能性がある。影明のみならば、彼はいずれ陰陽寮に出仕することになるので、玄翔の使いとでも言っておけば誤魔化せる。しかし桔梗は今も玄翔の弟子ではあるが、陰陽寮とは一切関わりがない状態のため少々不自然さが残る。

「じゃあ、内裏はどうなんだろう?」

 簡易図を穴の開くほど見つめて唸った。

 どの程度自由に動くことができるのか、現段階では判断がつかない。事情はわかっていても、普段勤めていない人間が出入するのを好ましく思わない者もいるだろう。

「内裏も難しそうだね」

 正面に位置する承明門(しょうめいもん)建礼門(けんれいもん)は言わずもがな。怪異が起きている飛香舎(ひぎょうしゃ)弘徽殿(こきでん)の周辺に控えることが多くなりそうだと考えると、一番近いのは西に据えられた遊義門(ゆうぎもん)だ。

「人目につかない場所なんて大内裏にないんだから、どこも一緒だな」

 影明の言い分に桔梗は内心苦笑する。当然警備の者が目を光らせているのだから、彼の言う通りこっそりとはいかないだろう。人知れず通ることが可能なのは、常人には視えない妖や霊くらいだ。

「その都度状況を見るしかないか。難しいけど」

「そうだね」

 影明に相槌を打って、桔梗は周囲にわからぬようため息をついた。

 心配なのは後にも先にも内裏での立ち振る舞いだ。どこかの貴族の邸ならば、玄翔の邸と内装も雰囲気もさほど変わらないだろう。どうにかこなせそうだ。

 だが、内裏は未知の世界。しかも知り合いは皆無。事が進みやすいようにと段取りが整っているとしても、経験のない場所に飛びこむ勇気はなかなか生まれない。

 安請け合いをしたつもりはないが、今更ながらとてつもなく大きな仕事なのではないか……と一抹の不安がよぎる。

 あれこれと心配していても何も変わらない。ならば初めから断ればよかっただけのことだ。一度引き受けたのだから、最後まで全力を尽くすべきだ。

 ――だが、頭でわかっていても不安が消えることはない。一旦納得しても「でも……」と堂々巡りしてしまう。色々と悩みすぎて、余計な神経をすり減らしかねない。

「考えても仕方ない、か」

 ぽつりと桔梗が呟いた。

 今は任務を全うすることのみに集中すべきだ。

「落ちあうのが難しそうなら、連絡は式神でも文でも、方法は他にもあるだろ」

「そうだね」

「桔梗様、明日はそのまま行かれるのですか?」

「いや、朝早く玄翔様の邸へ伺ってから参内することになるよ」

 明後日内裏へ向かう手筈だ。

 玄翔との最終打ち合わせと素性を誤魔化すためだ。表向きは陰陽頭の遠縁が参内ということになっている。

 桔梗は身じろぎして、羽織っていた袿の袖から腕を抜いた。何枚か重ねてられた袿が肩から滑り落ちる。

 袴と単衣の上に袿を一枚羽織った姿となり、ほっと一息つく。

 参内するならばそれなりの格好をしなければならない。着慣れないために肩が非常に重く感じてしまう。幾重もの色の合わせは、見ている分には華麗で好ましく思うが、己がこれを着るとなると話は別だ。

 実際には〝十二単〟と呼ばれるほどの枚数を重ねることはない。しかし常にこれを身につけ、優雅に、時には敏捷な行動を求められる宮中女性は凄い、と桔梗は心からそう思う。

「裾踏んづけたりするなよー?」

「わかっているよ。……少しは動きも良くなったと思うけど」

 意識を足下に向けずとも真っ直ぐ歩けるようになった。玄翔のところで歩いたときよりも、かなりましになったと言えよう。

 影明たちと雑談に興じながら、桔梗は首を軽く前後左右に動かす。緊張と相まって身体も強張っているようだった。

 過度の緊張から体調を崩すようなことがあっては困る。

「……他にも気がかりなことは色々あるけれど、あとはなるようにしかならない、か」

 誰にも聞こえぬよう小声で言う。

 これ以上は深く考えないようにしよう、と桔梗は頭を切り替えるために手元の衣を持った。

 脱いだまま放置しては皺になってしまう。手触りも良く、目利きの力がなくても上質な衣だとわかる。これを駄目にしてしまうのは忍びない。

 ふと視線を感じた。桔梗がちらりと目を向けると、瑠璃が眉間に軽く皺をよせてこちらを見ていた。正確には羽織っている衣と、先ほどまで着ていたが今は簡単に畳んで手元に置いている数枚の袿をだ。

「瑠璃? どうかした?」

「あぁ……すみません」

 瑠璃は右手を頬に当てて何やら悩んでいる風情だ。

 それっきり何も言わないので、桔梗は気になって再度訊ねた。

「心配事ではないのです」

 いつになく神妙な口調で瑠璃がそう言ったが、やはり詳しくは話そうとしないので桔梗は困り顔になる。

「話してくれなければ気になって、今夜は眠れそうにないよ」

 今度は瑠璃が困惑気味な顔になった。

「……怒りませんか?」

「……。怒らなければならないようなことをされた覚えはないんだけれど……」

「やっぱり言い辛いです」

「何かあったのか気になって任務を全うできないよ」

 意図的にそう言ってみるが、

「それは……困りますわ」

 しかし話す気はないらしく、瑠璃はついと視線を逸らす。

「それじゃ桔梗も困ると思うぞ?」

 影明が助け舟を出すが、状況は一向に変わる様子はなかった。

 困り果てた桔梗は考えを巡らせる。だが、いくら考えても〝何かされた〟記憶はない。

 訳がわからず瑠璃を見つめると、視線を感じたのだろうか。彼女も同じようにこちらを向いた。

 そのまましばし時間が過ぎた。影明は事の成り行きを見守ることにしたのか黙ったままだ。玻璃は言うまでもない。

 やがて意を決したように顎を引き、瑠璃はそっと口を開いた。

「桔梗様。やっぱり、絵師に描いていただく気はありませんか?」

「……はい?」

 何を言われたのか一瞬理解できず、桔梗は間の抜けた声をあげた。

「これっきりはもったいないから、せめて絵に残したいんだろう」

 影明が妙に冷静な声で瑠璃の代わりに答える。

「や、それはわかったんだけれど」

 少し前に聞き流したことをまだ諦めていなかったらしい。「その話題は不快だ」という旨を伝えれば、彼女はそれ以上話をしてくることはなかったのだ。少なくとも今までは。

 こちらをじっと見つめる瑠璃の目が、どこかつぶらな瞳の仔犬を思わせた。正面から純粋無垢な目で懇願されて、桔梗は言葉を詰まらせる。

 身内に弱くない人間などいるのだろうか。

「わかった……なるべく、前向きに、考えておく」

 そう言わねばならない押しの強さを瑠璃から感じ取った。

 たどたどしい桔梗の了承でも、一応は納得したらしい。瑠璃は約束ですよと言って楽しげに微笑んだ。



 翌日、朝早くに桔梗は出立した。

 自邸の車寄(くるまよせ)のところで瑠璃と玻璃、影明に見送られて、照れくさい気持ちになりながら玄翔の元へと向かう。

 影明は明日以降、同じように玄翔邸へ行くことになっている。

 玄翔の邸は都の北東に位置する一条に建てられている。内裏に近いため、影明はしばらくの間ここに寝泊りすることになった。

 彼も桔梗と同じように師匠の元で世話になっていたのだが、後から入ってきた弟子希望者に部屋を譲るべく、今は己の邸に住まいを移した。師匠の教えを請うときには都度通っている。

 規則的に進む牛車の揺れに身を任せて、桔梗は肩の力を抜いた。ごとごとと音を立てながら、車はゆっくり進んでいく。

 牛車は玄翔が寄こしたものだ。


 太陽が昇る頃、そろそろ出発しようと考えていたところで、外から牛の鳴く声がかすかに聞こえた。

 近くを通った牛車かと思ったが違った。声は門の辺りからした。

 牛車に乗って訊ねてくる知り合いなどほどんどいない。

 様子を見に行った瑠璃が戻ってくると、彼女は困ったような、それでいてどこか愉快そうな、曖昧な笑みを浮かべてこう告げた。

「どうやら、玄翔様の式神のようです」

 慌てて門へ向かおうとしたところ、牛車が車寄に停まっているのが見えた。牛車は寝殿までは入ってこれないので、門に近い車寄に停めるのは当然である。

 牛車の近くまで行くと、あるはずの牛飼童の姿は見えなかった。

 ――便利というか、なんというか。

 桔梗は瞬きも忘れるほど呆気にとられ、その後力なく笑った。

「大胆だな」

「……そうだね」

 同意する以外に言葉が思いつかず、桔梗はもう一度笑う。

 世話をしたり、牛に付き添って先導する牛飼童がいないというのに、寄り道もせず牛車のみが目的地までたどり着くことはそうそうないだろう。人々が活動を始める朝方に、見るからに怪しい牛車を届けるなど思い切ったものだ。

 件の幽霊だけでなく車の妖が闊歩している、などと騒ぎになっていなければいいのだが――玄翔の技術からすれば、車のみを動かすことも可能だろう。牛の式神が一緒なだけでも、彼なりに気を使ったのかもしれない。

「でも、助かった」

 桔梗は安堵の声をあげた。

 玄翔から身ひとつで来ればよいとは言われていた。しかし「はいそうですか」と甘える訳にもいかない。必要だと思う物を風呂敷に包んだら、なかなかの量になってしまった。徒歩で行くには少々かさばると考えていたところだった。


 牛車に乗って少しした頃、桔梗は中に敷いてある畳の上に文を見つけた。

 そっと開き中身を確認すると、思ったとおり玄翔からの文だった。引き受けたことへの簡単な労いの言葉が綴られている。その他、以前使用していた部屋が空いているのでそこを使うようにと書いてあった。

 邸を出た後に弟子候補が使っていると聞いていたのだが、部屋を移動したのかそれとも辞めてしまったのか。

 玄翔様の弟子も多くなったなぁ、と桔梗は他人事のように思う。同時に、入れ替わりが激しいとも感じる。

 ついこの間見かけた者の姿はなくなって、代わりに初めての者を見かけることも少なくない。玄翔の邸に行く度にそう思うのだから、頻繁に入れ替わっているのかもしれない。

 ゆっくりと進んでいた牛車は、玄翔の邸の門を潜るとその歩みを止めた。門はいつも通りひとりでに開閉する。

 牛が消えた気配がしたかと思うと、車の前方が少し斜めに傾いた。

 桔梗は慌てる様子もなく腰を上げ移動する。風呂敷包みに纏めた荷物と、車に乗る前に脱いだ沓を手に取り、前簾をあげて外へ出た。

 太陽の眩しさに一瞬目を細めた桔梗は、手のひらで影を作り光を遮った。すぐに慣れたが一息ついてから後を振り向く。

 それと同時に、牛車が跡形もなく消えた。

 正確には牛車の代わりに白い紙が見えたのだが、それも風に煽られて舞い上がった、と思う間もないほど瞬時に消え去った。

 玄翔の術にはいつもながら舌を巻く。

 式神を操るときはたいてい紙を適度な大きさに切って使用する。人型に切り抜く場合もあるが、単に四角い紙でも問題はない。

 術者は、事が済み式神の役目を終えたときに自動で術を解除するよう最初に組みこむか、己の元へ帰ってきたときに術を解除する。どちらの場合も使用した紙切れはそこに残ってしまう。

 そのまま放っておくと、術の痕跡から術をかけた者の素性や居場所を割り出すことも可能になる。術者にとっては命取りだ。

 術を一片も残さない念の入れようはさすが上に立つ人間と言うべきか。

 桔梗は思わず感嘆の声をあげた。

 ――と、視界の隅に人影を捕らえた。

 邸の方からこちらへ向かって歩いてくる。

 きりりとした眉が印象的な壮年の男だ。何事にも真摯に取り組む姿勢が装いにも表れているのだろう。黒い衣冠を少しも崩すことなく着用している。

 彼がこちらに気づく少し前に、桔梗は深く頭を下げた。

「ご無沙汰しています。龍安(りょうあん)様」

 彼の切れ長の目は鋭く、刃物を思わせる。

「桔梗か」

 低い声が頭上から降ってくる。

 そろりと顔をあげると、彼の瞳にさらに鋭い光が宿った気がした。

 理不尽なことで彼から責められはしないが、玄翔に似て何もかもを見透かすような独特な瞳で見据えられると、時折生きた心地がしない。桔梗はいつも以上に口元を引き締めた。

「……明日、上がるのであったな」

 言葉少なに龍安が問う。

 単語を省略しているのは、どこで誰が聞いているかわからないからだろうと察した。

 もっとも、玄翔の結界が張ってある敷地内ではその心配も皆無ではあるが。しかし注意に越したことはない。

 桔梗もそれに倣って、意識して言葉を選ぶ。

「はい。ご存知でしたか」

 心情をそのまま口にしたが、当然かと思い直す。

 龍安は桔梗の兄弟子という立場である。そして彼は現在陰陽寮に勤めている陰陽師であり、玄翔の覚えもめでたい。次期陰陽頭候補に一番近い人物である。表向き密命とはいえ、玄翔も彼には相談しているはずだ。

「お前の評価は陰陽寮全体の信用に関わる。せいぜい気をつけろ」

「はい」

 言いたいことを言って気が済んだのか、龍安は桔梗の返事も待たずに行ってしまった。これから陰陽寮に向かうのだろうか。あっという間に門の向こう側へと姿を消した。

 門が完全に閉まるまで見送って、桔梗は踵を返した。

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