第7話 働かざる者食うべからず
日が昇り、本格的に暑くなり始めた午前10時半。
ホミに連れられ、または畑にやってきた。
今回は昨日と同じ格好に、軍手をつけているので虫もそれほど怖くない。
更に、今日は虫よけスプレーを過剰なほどかけてきたので、私に虫は寄り付かない。
おまけに蚊取り線香をホミからもらって腰につけているので、万が一私に寄り付こうものなら殺虫成分にやられてお陀仏。
今の私は無敵だ!
「さて、今日は草むしりをしてもらおうか!」
「先生!質問いいですか?」
「うんうん。なにかな?」
「草は全部抜いてもいいんですか?」
ホミのテンションが高いので、私もそれに合わせてテンション高めで話す。
…あんまり慣れてないから、ちょっと疲れるけど。
「いい質問だね!抜いていい草は、畝の側面や、畝以外に生えてる草だね。畝の上の草は、私が抜くからいいよ」
「うね…?」
「畝っていうのは…そうだね、この茄子を見てくれる?茄子が植えてある列は細長く横に土が盛り上がってるでしょ?この土の盛り上がりが畝だよ」
「へぇ~?何でこんなことするの?」
「土を柔らかくしたり、通気性や保水性を高めたり、野菜を育てる場所と通路を明確にして管理をしやすくしたりするためだよ。この、畝の側面に生えてる草は全部抜いていい。あと、畝以外に生えてる草も抜いていいよ」
「は~い」
なるほどなるほど、つまり野菜が植わっていない場所の草を全部抜けばいいんだ。
楽勝だね!
「抜いた草はこのバケツに入れてね?バケツがいっぱいになったらコンポストに―――入れるのは私がやるよ」
「うんうん!」
「…いつかはできるようになってね?」
私の仕事は決まった。
さあ草を抜いて抜いて抜きまくるぞ!
そう意気込んで、まずは足元周辺に生えている草を掴む。
そして草を全力で上に引っ張ると……
「ふんっ!んぐぐぐぐぐぐぐ…!」
「ははっ!その草は雑に引っ張るだけじゃ抜けないよ?」
「はあ……はあ……雑草の分際でぇ…」
掴みやすそうな大きな草だったので、力いっぱい引っ張ってみたもののびくともしない。
雑草のくせに強い…
こんなのどうやって抜くのさ?
都会育ちのひ弱な私には抜けないよ。
「こいつは放置するとなかなか抜けないめんどくさい草に成長するからね…そういう時は、こうするんだよ」
カバンから変わった形のハサミを取り出し、それを私が抜こうとした草の根元に突き刺す。
持ち手の真ん中から少しずれた位置に刃があるという奇妙な形のハサミでチョキンと切ると…きれいに草が取れた。
「すごい…でも大丈夫なの?根っこが残ってたらまた生えてこない?」
「ふっふっふっ…生えてこないんだなこれが」
私の目線まで草を持ち上げると、ホミは切断された位置より少し上を指さした。
「雑草には成長点って呼ばれる部位があってね?そこから新しい細胞が生まれて、その点を中心に大きくなっていく。草むしりをしてもまた生えてくるのは、根っこが残ってるからじゃない。成長点が残ってるからなんだよ」
「へぇ~?」
「よく『根っこまで抜きなさい』って言われるのは、大抵の植物は根っこごと引き抜かれたら成長点も抜けるからだよ。今日の場合はこの私が切ったあたり。根元から少し下の根を切って抜けば大丈夫。……ただし、そうでない植物もある」
そう言って、ホミは少し畑を見渡すと私を呼んで目的の植物のところにやってくる。
その植物は、葉が細長くてつるつるしてて、なんだか成長途中のニラみたいだ。
けど、ニラじゃないってわかる。
ニラはこんなに太くないし、もっと平べったい。
これは何だろう?
「詳しい名前は私も知らないけど…まあ雑草だね。見てて?」
その変な雑草の根元を掴み、引っ張る。
すると、ブチッという音が聞こえ、太い根と一緒に雑草全体が抜けた。
かなり強く引っ張っていたように見えるし、抜くのは大変そうだね。
「抜けたと思ってる?」
「えっ?」
「まあ見ててよ」
今度はカバンからスコップを取り出しさっき草を抜いた場所を掘り始める。
少しして土の中から長い根っこと、1センチにも満たない芋みたいな塊が出てきた。
「これがこの草の本体。コイツまで抜かないとこの草はなくならないよ」
「え?じゃあ、このたくさん生えてるのって……」
「そう。畑全体をひっくり返して全部抜かないことには、こいつらは畑からいなくならないわけだね」
「そ、そんな…こんなにいっぱい生えてるよ?」
ホミが説明してくれた草はそこら中に山ほど生えていて、いちいち掘り出していてはきりがない。
そんな草だ。
農業の大変さを思い知らせるにはいい草かもしれない。
「まっ、完全にはなくならないとはいえ抜いたほうがいいよ。いくら本体が残っていると何度でも生えてくるとは言え、常に葉っぱを抜かれてたらそれ以上大きくなれない。つまり、それ以上広がらないんだよ」
「そうか…出てきたのを全部抜いていれば、結局葉っぱしか作れないから種を作れないのか」
「そういうこと。というわけで、やる気があるなら掘り返して、そうじゃないなら見えてる部分だけ抜いてくればいい」
「わかったよ。任せて」
草むしりに必要な道具を一通りもらうと、それらを駆使して通路や畝の側面の草を次々抜いていく。
パワーの必要な草は根元より少し下を切って、上手に抜いていく。
掘り返さないといけない厄介な草は面倒な時は見えている部分だけ抜き、やる気があったり一本だけポツンと生えている時は土を掘り返して抜いてやる。
腰は痛いし腕も痛いし暑くて汗をかきまくって大変だけど……
「ふぅ……結構頑張ったんじゃない?」
腰や手の痛みを和らげるために立ち上がり、体を反ったり伸ばしたりして凝り固まった部分をほぐしながら振り返ると……そこには私が抜いたために黒茶色い土が露出し、周りと比べて点々とした緑がなくなっている一列の通路があった。
緑がなく黒茶色という汚い色のはずなのに、なぜだかそこが綺麗に見えて不思議だ。
「さて、もうひと踏ん張り行きますか!」
「いや、午前の部はここまでだよ。いったん家に帰ろう」
やる気を入れ直し、隣の列も綺麗にしようと屈んだ矢先、ホミが帰ると言い出した。
まだまだやれるし、一列しか終わってないのに……
「サカイ、汗すごいよ?熱中症で倒れたら大変だからね。いったん帰るよ」
「……ホントだ」
よくよく自分の状態を見てみると、中に来ているシャツがびっしょり汗で濡れて大変な事になている。
いつの間にか首に巻いているタオルもかなり濡れてるし…水分補給しながらやってなかったら熱中症になっているレベル。
流石に不味いかもと思い、立ち上がって一歩歩き出すと……
「あれ…?」
突然足に力が入らなくなり、その場で倒れそうになった。
何とか膝をついて倒れはしなかったものの…頭がぐわんぐわん揺れてるみたいに、変な感じがする。
「サカイ!?大丈夫!?」
「やばい…」
「汗は…ちゃんと出てるね。日に当たりすぎたかな?」
「かもね…」
作業用の服を着て水分を取りながらやっていたとはいえ、流石にいきなり始まった長時間の炎天下での作業に体が追いついていないみたいだ。
ホミに背負われて家に帰ってくると、服を脱がされてタオルを敷いた床で横になり、扇風機の風を直に当てられる。
エアコンもつけてくれたので、部屋の温度も下がってすぐに涼しくなるだろう。
「とりあえず、ちゃんとお茶を飲んでよ?」
「うん…」
「これからもう一枚タオルを持ってくるから、寒くなったらそれを被ること。私はお昼ご飯を作ってくるから、安静にしててね?あと、何か困ったことがあったり調子が悪くなったらすぐに呼んでね?」
「分かってるよ…風に当たって麦茶を飲んだらそんなに苦しくなくなったから大丈夫だって」
ホミに心配をかけさせてしまったけれど、まだ軽症だったのか少し体が冷えると、めまいや倦怠感はほぼ収まった。
最後まで心配して、グチグチいろいろと言われたけど…私は大丈夫だ。
少し汚れている天井を眺めながら、『今料理を手伝いに行ったら怒られるだろうなぁ』なんて考えていると、ホミが戻ってきた。
私が体を起こすと、ホミは赤い何かを掴んで差し出してくる。
それは…塩を吹くほどの、美味しそうな梅干しだった。
「梅干しは塩分補給とクエン酸が暑さに負けた体に効くんだよ。だから食べて」
「えっと…そのまま?」
「そのまま。ほら、あ~ん」
「あ~、ん……んんんんんん~~~~!!??」
梅干しを食べてまず最初に感じたのは塩味。
塩を吹いているだけあって、それはもうしょっぱい。
でもそれは本当に一口目の味。
その次の瞬間には舌をめった刺しにされたかのような酸味が広がり、思わず体が震えていしまう。
ぶわっとどこから出ているのかわからない唾液が大量に口の中にあふれ、更に酸味が口全体へ広がった。
「…とりあえず大丈夫そうかな?んじゃ、種はこの小皿に吐き出して置いてくれればいいよ。お昼ご飯作ってくるし」
「ほぅは~ひ」
「なんて言ってるかわかんないけど、引き止められてる気はしないしいいや。安静にしてね」
小皿を机に置いて、お昼ご飯を作りに行くホミ。
私は再び床の上で横になると、梅干しを食べる。
酸っぱいけれど、慣れてしまえば途中からはおいしくなって、気が付けば種だけが残ていた。
その種を小皿の上に出すと、私はコップにいっぱいいっぱいの麦茶を注いでごくごくと飲む。
よく冷えた麦茶は最高で、2杯もおかわりしてしまった。
……そのせいか、トイレに行きたくなって慌てたのは内緒の話。
お昼ご飯が出来上がる頃にはもうすっかり元気になって、食欲も復活してた。
空腹は最高のスパイスというだけあって、いつもなら『多い』と言って食べきれない量のお昼御飯が、今日は恐ろしい勢いで消えていく。
「おかわり!」
「よく食べるね……小食じゃなかったの?」
「今日は別!」
ご飯の2杯目を食べられるほどに復活した私は、お昼からもガンガン働けそうだと思い、作業服に着替えようとしたが……
「まだ完全に回復したわけじゃないからダメ。また明日ね」
と、ホミに止められて午後からは室内でできることをすることになった。




