第21話 伝統のお祭り
「うぅ……足が痛い…」
「よしよし。夜までに治るといいね〜」
昨日の重労働のせいで、足が痛くて仕方ない。
まさかこんな筋肉痛になるとは…
畑に何度か行ってるから、多少筋肉がついたんじゃないかと思ってたけど…現実はそう甘くないらしい。
朝から筋肉痛に悩まされ、ホミに慰めてもらうことになってあまり気分がよろしくない。
けど、今日は大事な大事なお祭りの日。
私たちのメインは夜からなので、それまでになんとか筋肉痛が治ってくれたら助かるんだけど…
「今日は参拝に行く時以外はゆっくりしててよ。エアコンの効いた部屋でダラダラ過ごしてさ」
「そのつもりだけど…ホミは?」
「私はお祭りのお手伝いとか、屋台の準備とか、いろいろと忙しいからね。残念ながら、サカイと一緒に入られないんだ」
「そうなんだ……」
「そんな悲しそうな顔しないでよ。ほら、今日は高校野球をやってるはずだから、それでも見て時間を潰してさ?」
「…わかった」
野球か…クラスのうるさい男子は、すっごく偏見だけど大抵野球部かサッカー部だ。
他人に興味がないから誰がどんなんことをしてるとか全く知らないけど、多分あのうるさい男子は野球部だったと思う。
そんなこともあって、私はあまり野球が好きじゃない。
ホミと見るなら…楽しいかもだけど。
「お昼時には帰ってくるからね。もしお腹すいたら、おにぎりを作っておくからそれ食べて」
「うん」
「寂しくて泣かないでね?」
「泣かないよ。この歳で恥ずかしい」
「ふふっ、どうかな?」
ホミはあまり信じていない様子。
どこか私をからかうようなそぶりを見せながら居間を出てキッチンに行くと、話していた通りおにぎりを作ってくれた。
そして作業着に着替えると、ペットボトルにお茶を入れて準備万端。
「じゃあ、留守番よろしくね」
「うん…」
「いってきます」
「いってらっしゃい…」
祭りの準備などをするために出ていくホミを見送ると……私は居間に戻ってきて、座布団を枕にして床に寝転がった。
「………」
畳の床は少し硬いベッドのようなもの。
エアコンの効いた涼しくて静かな部屋ではあっという間に睡魔に襲われ、目を閉じて夢の世界へ。
おいしそうな匂いにつられて目を覚ますまでずっとお昼寝をして、気が付いたらもうお昼。
ホミの作ってくれた美味しいお昼ご飯を食べると、満腹で眠たくなってまた寝てしまった。
けれど今度は30分ほどで起こされて、ホミと一緒に山を下る。
麓の村にやってくると、昨日お神輿を取り出した倉庫の横にある小さな神社にたくさんの人が集まっていた。
私たちがそこに来て数分後、役員らしきおじさんが音頭を取って一斉に参拝することに。
手を合わせて頭を下げる。
それだけでいいみたいなんだけど……
「…おわり?」
「うん。サカイは一旦帰ってくれていいよ?」
「えぇ…?」
本当に、本当に拝んでおしまいなので何しに来たんだ感はある。
この村の人たちは何を目的に集まってるのか…
「昔はこうして集まったのを理由に遊んでたけど、もう私も大人の仲間ってことで忙しいからね。サカイは遊んでくる?私が紹介するよ」
「私の人見知りを知っててそれ言ってる?」
「安心してよ。今はこの村に中高生はいない。小学生と、小学生未満の子たちのお守をしてくれたらいいんだよ」
「まあ、それなら何とか…?」
小学生や、小学生未満の子たちの子守をする。
それなら人見知りの私でもなんとか務まると思う。
同じく子守をしているお母さん方とはあまり話せなそうだけど…
というわけで、ホミに紹介されて小学生や、それ未満の子供たちの面倒を見ることになったんだけど……
「はぁ…はぁ…待って…」
「大丈夫?私が見ておくから休んでくれていいのよ?」
「いえ……ホミとの約束と…私の信頼にかかわる話なので…」
子供たちの体力を舐めていた…
最初は単なる鬼ごっこだと思って子供たちを追いかけ回していたけれど…とても一桁の年齢とは思えないくらい機敏に動き回るんだ。
その上私が通れないような細い道や、虫がうじゃいうじゃい居る場所にも平気で行くものだから、まったく追いつけない。
ものの5分で息が上がり、汗で服がびっしょり濡れてしまっている。
「おねーちゃんまだぁ~?」
「おそい~!」
「待ってね…すぐ行くから…」
もう走りたくないし、家に帰ってゴロゴロしたい。
けど、ホミとの約束と私を紹介してくれたホミのメンツ、そしてこんなクソガキ共にいいようにされるのは、高校生のプライドが許さないんだ。
だから、もうヘトヘトの体でなんとか子供たちを追いかけ回し、大人のちゃんと頭を使った賢いやり方で捕まえた。
…なお――
「だいじょうぶ~?」
「しんじゃった?」
「し、死ぬ…」
子供たちを捕まえることはできたものの、その結果今までにないくらい疲れて動けなくなった。
一緒に子守をしていたお母さんの家に連れて行ってもらい、オレンジジュースをもらてクーリング。
夕方になるまでゆっくりさせてもらって、ホミが迎えに来てくれたら、すっかり仲良くなった子供たちと一緒にお祭りの会場を回ることになった。
「おねぇーちゃん!てっぽうやろう!」
「射的ね。いいよ。と言っても、私は射的なんてしたことないけど」
「ならオレがおしえるー!」
6歳の女の子と、8歳の男の子の兄弟。
あとはその友達の7人の子供たち。
田舎の村ということもあって、3町揃ってもこれだけの子供しかないらしい。
この町の未来が心配になるけど、とりあえずそれは一旦置いておこう。
子供たちと一緒に射的をして全弾外したり、スーパーボール掬いで他の子たちは少なくとも1つは取れてる中、私だけ1つも取れなくてお情けで一番目立つスーパーボールを貰ったり、楽しみにしていたかき氷を子供たちの取られてり(欲しそうにしていたのであげた)、いろいろあった。
中々楽しかったけど…私の隣にホミはいなかった。
最初のうちは、子供たちのお母さん方と一緒に後ろから見守ってくれてたけど…いつの間にかいなくなってた。
「ホミちゃんは『巫女舞』の準備に行ったのよ」
「みこ…まい…?」
「昔からあるこのお祭り伝統の踊りでね?村の大人になった女の中で一番若い子が、衣装を着て踊るのよ」
「ホミは大人扱いなんですか?」
「一応、ね?まあホミちゃんがやるのが一番花があるし、本人もあれは嫌いじゃないらしいから」
お祭りの中で披露される、『巫女舞』なる踊り。
それをするためにホミは控室に行ったんだろう。
一番若い女性が踊る…なんというか、何のためにそんなことするんだろうね?
「その『巫女舞』の始まり理由は知ってますか?」
「う~ん……元々は山の神社に参拝に行ったときに、『お供え物を持ってきましたよ』って神様に伝えるために始まったって聞いたことあるけど…まあ、今は山に登らないから、形だけ残ってるのよ」
「形だけ…」
「ホミちゃんが舞わなくなったら、なくなる風習ね。というか、数年前まではやってなかったのよ?」
「そうなんですか?」
「ええ。ダメもとでホミちゃんにやってみないかって聞いてみたら、やるって言ってくれたから復活したの」
ホミが復活させた伝統…
そう聞くと、やっぱりホミはすごいって思える。
私とは、行動力が違うんだって。
…これだけいろいろやってるのに、なお満たされてなかったって、ホミの心の中はどうなってるの?
一体何が欠けているのか、私にはわからない…
「あら?噂をすればなんとやらね。『巫女舞』が始まるわよ」
「え?あ、はい…」
町のお母さんに連れられて、グラウンドの中央から離れた。
みんな一斉に端に移動してスペースを開ける。
グラウンドにダンスを披露するのにちょうどいいくらいのスペースが出来上がると、大きなスピーカーから、笛と太鼓の音が聞こえてきた。
『巫女舞』の音楽かな?
ホミがどこにいるのか気になって、キョロキョロとせわしなくあたりを見回していると、自治会館から赤と白の巫女服(?)を着たホミが出てきた。
ホミが来ている巫女服は、私が想像するようなものではなく、どちらかというと男性向けゲームに出てきそうな露出の激しい服だ。
…いや、胸にさらしを巻いて、それっぽいあしらいがされている赤と白の二色の布を身に纏っている。
そう言っても差し支えないような、あまりにもえっちな恰好。
こんなの…絶対子供の教育に良くないって。
私が昼間に鬼ごっこをして、無邪気に笑っていた無垢な男の子の性癖が歪んでしまう…
「……あれが数年間『巫女舞』が無かった理由よ」
「なるほど…確かにあれをするのは相当勇気が必要ですね…」
あんな露出が激しくてえっちな恰好。
進んでしたいとは思わない。
あれをやろうと思ったホミの肝の座り具合はどうかしてると思う。
そんなことを考えていると、本格的に『巫女舞』が始まった。
元々が神様に捧げものを持ってきたことを伝えるための舞いというだけあって、動きは激しく、音楽も壮大だ。
ただ…それをあんな格好ですればどうなるか……
「いやぁ…今年もいいものが見れたなぁ?」
「ホミちゃんに感謝だよぉ…酒が進む…」
「ええのぅ……このために長生きしとると言っても過言じゃないからのぅ…昔は、わしの妻もああして『巫女舞』を舞っておったんじゃ」
「懐かしいなぁ…ここ十数年は踊り手が居なくてつまらない踊りか、そもそもやらないかの二択ったからなぁ」
酒の入った男衆の目が、ホミのさらしを巻いても一目でその存在感が分かる胸に吸い寄せられている。
激しい動きに合わせて荒ぶるホミの胸は……やっぱり目を引くものがある。
…子供たちの情操教育への悪影響と、年を食った男どもの邪な目という意味で。
「全く。まーた鼻の下伸ばしてるわ、あの人」
「ホミちゃんも可哀そうよねぇ…あんな踊り、無理してやる必要無いのに」
「真面目なホミちゃんの善意に付け込んで…やっぱり来年こそは廃止させないとね」
「けれど、ホミちゃんのおかげでこのお祭りにも花があるのは確かだし、無くすと男たちのモチベーションに関わるのよね…」
「男なんて何歳になっても同じさ。くだらないことと、下ネタが好きなのよ」
女性たちからはやはり不評だ。
ホミの胸に邪な視線を送る男たちに、女性が冷ややかな目を向けている。
けれど、ホミの舞いが悪いわけではなさそうだ。
「にしても、また上手くなったんじゃないの?」
「ホミちゃんは真面目だからね。お祭りを盛り上げようと、きっと練習してくれてたのよ」
「健気よねぇ…それに対して男どもときたら…」
「ホントよ。私は絶対あんなことできないわ。ホミちゃんはやっぱりすごいわね」
ホミの舞いの腕前や、そもそも舞いをしようという意思事態も高く評価されていて、自分の事じゃないのになんだか嬉しい。
けれど同時に……モヤモヤしたものがどんどん湧いてくる。
それがのどに引っかかって、気分がすぐれないんだ。
…別に、ホミは私だけのものじゃないのに。
モヤモヤのせいでホミの舞いを楽しむことが出来ず、なんだか不完全燃焼で終わってしまった。
結局、『巫女舞』が最後の催し物だったらしくその後すぐに祭りはお開きになった。
後片付けに関しては、女性陣による無言の圧力で男だけでやることになったので、私たちは先に家に帰ることに。
片付けで疲れた後は、奥さんたちからこってり絞られるだろうし、そう考えると少しだけモヤモヤが無くなった気がする。
「どうだった?」
「どう、って…」
「お祭りは楽しかった?ってことだよ」
「…楽しかったよ。無邪気で元気な子供たちの相手をすると、こっちも元気になれるね」
「それは良かった。子供たちに元気を分けてもらえたようで何よりだよ」
ホミに祭りは楽しかったかと聞かれて、楽しかったことだけ答える。
鬼ごっこをしたとか、射的を全部外したとか、スーパーボールを貰ったとか。
「「………」」
そんな話が終わると、何故か話すことがなくなって黙り込んでしまう。
…“なぜ”なんてつけなくても、理由は分かってる。
「……サプライズ、のつもりだったんだ」
「うん…」
「サカイには、合わなかったかな…?」
「そんなことないよ。ホミはすごいって。……一緒に屋台を回ったお母さんたちがホミの事を褒めてて、自分の事じゃないのに嬉しくなったんだよ?」
「ホントに?ありがとう、サカイ」
「いや、私は……」
「………」
「………」
何とも言えない空気が流れて、私は反応に困る。
…素直に、「カッコよかったよ」の一言が言えなくて……それさえ言えたら全部解決するはずなのに…
「…来年もまたやるからさ。その時は…もっと練習して、それで……」
「………」
寂しそうで、苦しそうで、そんな感情が見え隠れする声色。
…一緒に舞いを見たお母さん方は、前よりも上達してるって言ってた。
つまり、ホミは練習したんだ。
…祭りを、盛り上げるために?
……違うでしょ。
「もっと上手な舞いを見せてあげるよ。だから来年も――」
「――もういいよ」
「……え?」
私は、月明かり以外に照らしてくれるものがない夜の闇の中で真っ直ぐにホミの顔を見つめる。
よく見えない表情も全部わかるように、ギリギリまで近づいて真っ直ぐ見つめるんだ。
「もう…お祭りであの舞いをやらないで」
「…なんで、そんなこと言うの…?」
「…ホミのあの姿を見るのは……私だけでいい」
「―――ッ!!」
息を呑んで固まってしまうホミ。
それを見てなんだか恥ずかしくなってきた。
「……っていう、わがまま…なんだけど……その…ホミがやりたいなら…」
…私はヘタレて、結局言い切れなかった。
予防線を張って、判断をホミに任せてしまう。
あぁ、だから私はいつまでもこうなんだ。
そんな風に、少し後悔してしまうけれど…言ってしまったことはなかったことにできない。
「…うん。考えとく…」
「……そっか」
少しだけ、がっかりしたようなホミ。
けれど…私にはわかる。
暗闇の中でもわかるくらい、ホミの耳が赤いってことが。
わざと顔を傾け、耳同士を触れさせてみると……すごく熱い。
「…恥ずかしいならそんなことしないでよ。サカイ」
「別に恥ずかしくないし」
「耳、すごく熱いよ?」
「―――ッ!?」
同じ極の磁石を近づけたみたいに離れ合う。
すると急にあたりが真っ暗になった。
夜の雲が、月明かりを隠してしまったらしい。
「暗いね。今ライトつけるから――」
「――待って!!」
「え?――んんっ!?」
「――んっ…!」
夜の闇で何も見えないことをいいことに、私は飛びつくようにホミの唇を奪った。
けど、恥ずかしさで一杯の中の破れかぶれの行為。
ほんの一瞬。
1秒にも満たない時間だけ重ねて、逃げるように離した。
そして、さっきまでのように横並びに戻った瞬間、雲が晴れて月明かりが差し込んでくる。
「「………」」
さっきの沈黙とはまた別の気まずさのある沈黙が訪れる。
逃げるように歩き出すと、ホミが私の左手を握ってきた。
ホミの右手を握り返すと、一緒に並んで歩く。
暗くて足元が不安定な山道を、転ばないように二人で手をつないで歩く。
『今の私たちの人生みたい』なんて、ポエムみたいなことを考えながら家に帰る。
不安でいっぱいな夜道も、二人なら怖くない。
安心して家まで帰ってくると……
「「~~ッ!!」」
蛍光灯に照らされた相手の顔を見て羞恥心で火が出そうになり、翌朝まで顔を合わせることもできなかった。




