第15話 夕立
時計の針は午後5時を刺している。
ホミに安静を言い渡され、エアコンの効いた部屋で退屈していた私。
ふと、急に部屋が暗くなり、何事だろうと電気を見るも正常に動いている。
これは…外から入ってくる光が少なくなったのか。
縁側に立ってみると、空は分厚くて黒い雲に覆われていて、今にも雨が降りそうだ。
そんな事を思っていると、ホミが縁側のある庭に走ってきて、急いで洗濯物を片付け始めた。
「雨降るの?」
「多分ね!これ、受け取って!」
窓を開けてホミから洗濯物を受け取り、居間に置く。
すぐにすべての洗濯物が回収され、ホミも家の中に戻ってきた。
その直後、遠くで雷鳴が聞こえた。
いつ聞いても恐ろしい音に、遠くの空を見つめていると、打ち付けるような大粒の雨がポツポツと降ってくる。
それはあっという間に大雨に変わり、夕立がやって来た。
「ひゃあ〜…大した大雨だね」
「こんなに雨が降って…畑は大丈夫?」
「大丈夫だよ。ちょっとやそっとの夕立じゃなんとも無いからね」
「じゃあ…この家は?」
「大丈夫だよ。心配なら雨戸を閉めてもいいけど?」
「う〜ん…そこまでは…」
パチパチパチと、窓に雨が打ち付けられる音が響く。
居間に戻れば、その音よりも雨が地をつく音のほうがよく聞こえるだろう。
けど…この激しい雨を眺めたくて、私は縁側に立っていた。
これで目の前に雷が落ちたらどうしよう?
なんて、何処か冗談を言うかのように思っていると―――
ピカッ――!!
ドォォン!ガラガラガラガラッ!!!!
「ひっ!?」
目の前ではないものの、すぐ近くに雷が落ちたようで、外が白い光で一瞬照らされ、反射的に耳を塞いでしゃがみ込むほどの轟音が響く。
雷が近い…
恐る恐る顔をあげると、ホミが私のことをジッと見下ろしていた。
ホミは…怖くないのかな?
「…ホミは、怖くないの?」
「えっ?いや、そんな事無いよ?怖いし、驚いたけど…まあ、この歳だし雷くらいで驚いてちゃ恥ずかしいかな?って。だけら、耐えるようにしてる」
「凄いね…私なんて、まだまだ雷は怖いのに…」
なんとか立ち上がると、ホミと一緒に居間に戻る。
縁側に繋がるドアを閉めて、雷の音を少しでも小さくしようと言う工夫だ。
…あと純粋に居間はエアコンが付いてるから、その冷気を逃さないために。
とりあえず、ホミも私も居間に居るので洗濯物を畳むことになった。
やり方はホミに教えてもらいながら、綺麗に畳めるように頑張ってみる。
「う〜ん……畳み方は同じはずなんだけど…」
「最初はそんなものだよ。何回も繰り返しやるうちに、いつの間にかできるようになる。そういうものなんだ」
「そうなのかなぁ…」
「焦ることは無いよ。いつかはできるようになる話だから」
いつかはできるようになる。
いい言葉だね。
そのいつかのために、コツコツと回数を積んでいかないと。
ホミに励まされながら洗濯物を畳んでいると、また大きな雷鳴が鳴り響いた。
今度は耳をふさぐ程ではなかったものの…怖いものは怖い。
すると、ホミが私の手を握ってきた。
「まだ怖い?」
「…ううん。もう大丈夫」
優しくて、温かい手を握り返す。
ホミのぬくもりを手で感じていると、なんだかホミに優しく抱きしめられたいと思うようになった。
私はホミにすり寄ると、そのまま膝の上に座って体を任せる。
「もぅ…仕方ないね」
ホミに抱きしめられる。
温かい、と言うよりは暑い。
冬ならいざ知らず、今は夏だ。
暑いに決まってる。
そして…
「「汗臭い…」」
畑から帰ってきてから当然着替えたし、シャワーも浴びた。
けどやっぱり…その後も汗をかくからどうしても臭ってしまう。
その汗の臭いを嫌がって私達は離れたけど……それはそれとしてなんだか寂しい気分になる。
もっとホミに触れたい。触れられたい。そんな風に思って…手を伸ばそうとして―――やめた。
「干したての洗濯物って良いよね。この乾いた香りが好きなんだ」
「分かる。お布団とかも、天日干しするといい匂いがするよね」
「サカイは知ってる?あれ、ダニが死んだ臭いなんだって」
「知ってるけど言わなかったの!せっかくいい匂いだって思えるのに、そんな事言われたら素直に嗅げないでしょ?」
「なるほど…その発想はなかった」
今はこうして、ホミと何でもない会話をしながら、布団を畳んでいる方が幸せな気がする。
本当は、もっとホミに触れたいけど…ホミがそうだとは限らない。
だから…ただ眺めるだけ。
自分の我ばかりを通していたら、いつか私はホミに嫌われる。
そう思って、談笑するだけ。
「う〜ん…中々止まないね?」
「ただの夕立じゃないのかな?…土砂崩れとか起きたりしないよね?」
「起きないと願うばかりだよ。…ちょっと外の様子を見に行く?」
「危なくない?」
「大丈夫だよ。川や水路に近付かなきゃ」
洗濯物をたたみ終わると、止まない夕立を見てホミが外に行こうと言い出した。
こういう時って外出しない方がいいと思うんだけど…まあ、ホミが大丈夫って言うなら行ってみようか。
ホミに連れられて古びた雨具を着せられ、ぶかぶかの長靴を履いて、更に傘をさして完全防御で外に出る。
玄関を開けた瞬間、シャワーを最大出力で使った時のような雨音が鳴り響く。
傘が風で飛ばされないよう警戒しながら、夕立の中を歩く。
「凄い雨だね…」
「だね。ほら、家の前が川になってるよ?」
「ホントだ…」
家の前の道は傾斜がある。
麓から先はどこまで続いているか知らないけれど、グネグネと蛇行した一本道はアスファルトで舗装されていて、雨が地面に吸収されない。
そして側溝もないので山の上の方から続く道に降った雨や、道に流れ込む雨水が家の前の道を流れ、まるで川のようになっている。
ホミは家の敷地を出て道路の上に立つと、笑顔で私を手招きする。
「わっ…凄い…」
流れる雨水の上を歩くと、長靴越しでも確かに水が流れているのが分かる。
雨の日には基本外出せず、雨が止むまで何処かで雨宿りする事が多い私には、初めて感じた感覚だ。
確かに水が流れているのが分かる柔らかい感覚。
なんだか癖になりそうで、流れの強いところに行って、ちゃぷちゃぷと水音を鳴らす。
「楽しんでるね、サカイ」
「うっ…!子供っぽいって思った?」
「まあ…ちょっとは?でも私は、否定しないよ」
私に声をかけてきたホミは、何だか子供を見るような目をしている。
確かに思い返してみれば、雨の日にこんな格好で、楽しそうにちゃぷちゃぷと水音を鳴らすのは子供っぽいかも知れない。
そう考えると恥ずかしい…
「子供は自己主張の天才だからね。サカイに必要な要素だと思うよ。子供っぽさ…童心ってやつ?」
恥ずかしがる私に、ホミがフォローを入れてくれる。
言いたいことはわかるけど…つまりそれは―――
「…私が、自己主張できない人間だと思ってるの?」
そういう事だ。
もちろん、自分でも人に物を言える性格ではないとわかってるけど…いざ面と向かって言われるとムカッとする。
ましてやホミだ。
ホミとは本心で話せるから、特に嫌な気分になって、それを抑えることが出来ない。
「実際そうでしょ?私には強くでられてるけどさ、いざ学校に行ってクラスメイトに同じ事できる?」
「………」
「まあ、そういう事だね」
しかし、私の怒りは物凄く大人で理にかなった言葉に押し潰された。
事実で殴られるって痛い。
「もう少しサカイが自己主張できる人間だったら、ここには来なかったかもね」
「何が言いたいの?」
「別に?思ったことを口にしてるだけ」
「なにそれ…」
陽気で楽しげに話すホミ。
私は…そんなに明るく居られない。
ホミと暮らすのは楽しいけれど…明るいホミと何でもない私。
その対比で苦しむ。
今になって、分かったことだ。
「自己主張……私にできるのかな?」
「できるようになるんじゃない?いつかはね?」
いつかはできるようになる、か…
果たしてそれは、いつの話になるのかな。
少なくとも今は今のままでいい。
けれど…この先そうも言ってられないだろう。
そうした『やらなきゃいけないこと』は、漠然とした未来を想像して、私を不安にさせる。
「…サカイ?」
「ん?どうしたの?」
「……いや、何でもないよ。帰ろうか。また雷が鳴ったら、今度はサカイが漏らしちゃうし」
「んなっ!?私のことをバカにして…」
「ふっふっふっ…悔しかったらやり返してきなよ。さて、逃げろー!」
「あっ!?待てー!!」
ホミに馬鹿にされたので、必ずや目にもの見せてやると追いかける。
傘をたたんで雨具を脱いで、家の中でドタバタ走り回るんだ。
何だか楽しくなって、それで汗をかいてお風呂が気持ちよくなる。
そして、無駄に体力を使ったので眠たくなり、気がつけばホミが布団を出してくれる前に居間で寝てしまった。




