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第2話【4】『選別という名の公開処刑』

 翌朝、午前九時。Gプロダクション本社の最上階にある第1リハーサルホール。

 そこは、地下四階の湿った練習場とは対極にある、光の神殿だった。壁一面の特注鏡、最新の音響設備、そして全面ガラス張りの向こうには、東京の街並みが一望できる。

 影山に連れられてやってきた『Lumina 5』の五人は、その圧倒的な清潔感と「正解」の匂いに、自分たちの汚れきったレッスン着が浮いているのを痛感せずにはいられなかった。


「――ワン、ツー、スリー。はい、そこ、指先まで意識を飛ばして!」


 ホールの中央で、トップグループ『ステラ』が踊っていた。

 三十六時間の断食と極限のデバフ・トレーニングを経たほむらたちの視界には、彼女たちの動きが、恐ろしいほどの解像度で焼き付く。


「……すごい。無駄が、一ミリもない」


 凛が、息を呑んで呟いた。

 ステラのダンスは、寸分の狂いもない数学的集合体だった。センターの一ノ瀬マイを中心に、左右の二人が完璧な対称を描く。彼女たちには、迷いがない。自分たちが愛されているという確信、そしてバックアップという名の巨大なバフ(資本)が、彼女たちの細胞一つひとつを黄金色にコーティングしている。


「これが、君たちが二週間後に殺さなければならない『虚像』の正体だ」


 背後で、影山が冷徹に告げた。彼はステラの華やかなパフォーマンスを見つめながら、その裏側にある「脆弱な糸」を探り当てるように目を細めている。


「彼女たちは美しい。だが、それは温室で育てられた造花の美しさだ。肥料を与えられ、温度を管理され、害虫を排除された結果の、無機質な調和。……対して君たちはどうだ? 泥を啜り、胃壁を焼き、自らの呪いを吐き出してここに立っている。……どちらの『毒』が深く観客に刺さるか、試してみたくはないか?」


「影山君、相変わらず口が悪いね。見学は自由だが、うちの宝物たちに変な気を起こさせないでくれよ」


 Gプロ幹部の肥後が、取り巻きを引き連れて現れた。彼の隣には、既に数社のメディア記者が待機しており、カメラのフラッシュがステラの三人組に浴びせられている。


「さて、見学はこれくらいにしてもらおうか。……マイ、準備はいいかい?」


「もちろん。……あんな薄汚い連中、視界に入るだけで不快だもの。本番では、二度と立ち上がれないようにしてあげる」


 マイは、ほむらたちを一瞥すると、最高に可愛らしく、そして残酷な笑みを浮かべた。

 その瞬間、肥後が影山に向き直り、一枚のプレスリリースを突きつけた。


「決定したよ。二週間後の公開オーディション、地上波のゴールデン枠での生中継が決まった。……タイトルは『絶望の淵からの再起か、残酷な幕引きか。ステラVSルミナ5、公開処刑ライブ』だ」


 記者が一斉に、ほむらたちへマイクを向ける。

「自分たちが勝てると思っているんですか?」「ステラの引き立て役としての意気込みを」「負けたら本当に引退するんですよね?」

 遠慮のない言葉の暴力が、バフという名の重圧となって彼女たちに降り注ぐ。


(……怖い。息が、できない……)


 紬が震え、るなが視線を逸らす。かつての彼女たちなら、ここで心が折れていただろう。

 だが、今の彼女たちの胃の腑には、影山が与えたあの「琥珀色の熱」が、今も燻っていた。


「――黙れ」


 影山の、地を這うような低い声がホールに響き渡った。

 ただの一言。それだけで、殺到していた記者たちが、蛇に睨まれた蛙のように硬直した。


「彼女たちが語る言葉など、今はまだない。……すべては二週間後、その耳で直接聴くことになる。……耳が腐り落ちるような、最高の呪詛をな」


 影山はほむらの肩を、力強く押し出した。


「行くぞ。……光の中に長居すると、君たちの『毒』が薄まる」


 影山に導かれ、五人は眩いリハーサルホールを後にした。

 エレベーターで地下へと下りていく間、ほむらは鏡に映る自分たちの姿を見た。

 ステラのような華やかさはない。肌は荒れ、目は血走り、全身から負のオーラが漂っている。

 だが、その瞳の奥には、昨日まではなかった「飢えた獣」の光が宿っていた。


(……殺す。あのキラキラした笑顔を、あたしたちの泥で塗りつぶしてやる)


 ほむらの心臓が、ドク、ドクと重く脈打つ。

 それは、影山が彼女の精神に仕掛けた、最初の「復讐のデバフ」が芽吹いた瞬間だった。


 再び戻ってきた地下四階。

 影山は、五人の前に立ち、タブレット端末を無造作に放り投げた。


「さて、環境は整った。……敵の姿も、自分たちの醜さも理解したはずだ。……これより、第ニ段階に移行する。……君たちの声を、物理的に『兵器』へと変換する工程だ」


 影山は、かつて異世界の王都を一夜で沈黙させた沈黙呪術デバフの構成式を、現代の音響理論のコードへと書き換え始めた。

 

「……笑うな。媚びるな。ただ、己の地獄を音に乗せろ。……世界をデバフ(失墜)させる歌を、俺に聴かせてみろ」


 死神のタクトが振られる。

 少女たちは、もはや迷わなかった。

 彼女たちは、自分たちを縛っていた「アイドル」という名の古い殻を脱ぎ捨て、影山が作り出す「闇」の一部へと溶け込んでいった。

 二週間後の処刑台を、自分たちの戴冠式に変えるために。


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