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第2話【2】『選別という名の公開処刑』

 「――公開オーディション? ちょっと、勝手なこと言わないでよ!」


 沈黙を破ったのは、るなだった。彼女はスマホの画面を握りしめ、現れた『ステラ』の三人組を激しく睨みつける。

 ステラのセンター、一ノ瀬マイは、るなの視線を柳に風と受け流し、完璧に手入れされた指先で自身の艶やかな髪を弄んだ。その仕草一つをとっても、彼女たちが受けてきた「選ばれた者」への英才教育が滲み出ている。


「勝手も何も、これが業界のルールよ。弱者は強者の踏み台になる。それ以外に、あんたたちみたいなゴミに存在価値なんてあるのかしら?」


 マイの言葉に、背後のスタッフたちがクスクスと下卑た笑い声を漏らす。カメラマンの一人が、無遠慮にレンズをほむらたちのボロボロな練習着に向けた。

 Gプロダクションの幹部、肥後ひごが、影山の前に立ち塞がり、分厚い契約書を指で叩く。


「影山君、君が個人で権利を買い取ったのは勝手だが、この地下練習場の使用許可、および『Lumina 5』という商標権の半分は、まだ我が社が握っている。君が我々の提案を拒むなら、今すぐこの子たちを路頭に迷わせることもできるんだぞ?」


 肥後の言葉は、明確な脅迫だった。

 エリートグループ『ステラ』をさらに売り出すため、かつての姉妹グループであり、今は「落ちこぼれ」の代名詞となった『Lumina 5』を公開の場で叩き潰し、その残酷なコントラストをメディアの餌にする。それが彼らの描いた、合理的で醜悪なシナリオだった。


 ほむらは、隣で震える紬の手を握りしめた。

 格差。

 それは、彼女たちがこの一年間、嫌というほど味わわされてきた「呪い」だ。

 ステラには最新の設備、一流の講師、そして何より「守られている」という絶対的な安心バフがある。対する自分たちは、カビ臭い地下室と、素性も知れない「死神」のような男が一人。

 勝負になるはずがない。誰もがそう思った。


「……なるほど。過剰な脂身バフを蓄えた家畜が、飢えた野犬を煽りに来たというわけか」


 影山が、静かに、だが氷のように冷たい声で呟いた。

 彼は肥後の前にゆっくりと歩み寄り、その手に持たれた契約書を、まるで見覚えのあるゴミでも見るかのような目で見据えた。


「影山君、言葉に気をつけたまえ。これはビジネスだ。君に拒否権はないはずだ」


「ビジネス、か。……君たちの言うビジネスとは、賞味期限の切れた商品を無理やり飾り立てて、大衆の虚栄心を煽る詐欺のことか? 見ていろ。その『ステラ』とかいう三人の足元を。期待という名の重しを載せすぎて、膝が笑っているぞ」


 影山の指摘に、マイの眉がぴくりと跳ねた。

 影山には視えていた。

 華やかな衣装の裏側で、過酷なスケジュールと「負けられない」という恐怖に侵食され、彼女たちの精神の輪郭が歪み始めているのが。彼女たちは、Gプロという巨大な装置が生み出した「偶像バフ」であり、その中身は驚くほど脆い。


「……面白い。その条件、受けて立とう」


「影山さん!?」


 ほむらが叫んだ。無謀だ。今の自分たちが、テレビや雑誌で連日取り上げられている彼女たちとステージに立っても、公開処刑にされる未来しか見えない。


「ただし、条件がある。オーディションの形式は、我が社が指定する。……場所は、二週間後の解散ライブ会場。観客は、あえて『ステラ』の熱狂的なファンだけを集めて行ってもらおう」


「な……!? 自らアウェイに飛び込もうというのか? 正気か、影山君」


 肥後が困惑した表情を浮かべる。

 ステラのファンを前にして、無名の、しかも悪評の立っているLumina 5が歌えば、会場は罵声と怒号に包まれるだろう。それはオーディションですらない、ただの虐殺だ。


「正気だ。……純度の高い『敵意』こそが、今の彼女たちに必要なデバフ(触媒)だからな。……不快な光を浴び続け、自己肥大化した君たちのスターが、本当の『絶望』に触れた時、どんな無様な声を上げるか……今から楽しみだ」


 影山の瞳に、前世で敵国の精鋭騎士団を、精神汚染の呪いで自滅させた時と同じ、暗く淀んだ光が宿る。


「……いいだろう。そこまで言うなら、望み通りにしてやる。二週間後、君たちが泣いて許しを乞う姿を、全世界に配信してやるよ」


 肥後は吐き捨てるように言うと、ステラの三人組を連れて練習場を去っていった。

 扉が閉まった瞬間、練習場に重苦しい沈黙が戻る。


「……どうして、あんなこと受けたの。無理だよ、あんなの……。ステラのファンなんて、あたしたちのこと、人間とも思ってない連中ばかりなのに」


 るなが、泣きそうな声で訴える。

 影山は振り返り、床に落ちたステラの宣伝チラシを、無造作に踏みつけた。


「恐怖か? いい兆候だ。……恐怖とは、生存本能が『死』を避けるために発する警告だ。その警告をデバフ(制御)し、集中力へ変換する。……今日から二日間、君たちには一切の食事を禁じる。……極限の飢えの中で、自分の魂が何を求めているのか、その正体を見極めろ」


「……食事も、ダメなの?」


 紬が呆然と呟くが、影山の瞳に慈悲の色はない。


「強者はバフ(飽食)によって鈍り、弱者はデバフ(飢餓)によって研ぎ澄まされる。……君たちは今、この瞬間から、ただの女の子であることをやめろ。……俺が君たちを、世界を蝕む『呪い』そのものに仕立て上げてやる」


 影山の冷徹な宣言が、コンクリートの壁に染み込んでいく。

 ほむらは、空腹と恐怖で震える腹を抱えながら、影山の背中を見つめていた。

 

 救いなど、どこにもない。

 あるのは、自分たちを縛り上げる過酷な規律と、その先に待つ、真っ暗な奈落の底での戦いだけだ。

 だが、その奈落の底でしか、彼女たちは「自分」を取り戻すことができないことを、彼女たちはまだ知らなかった。


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