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第2話【1】『選別という名の公開処刑』

 午前四時。新宿の街が、飲み歩いた残党の喧騒と、清掃車の低いエンジン音に包まれる時刻。

 地下四階、窓のない『サンライズ・プロモーション』第4練習場。そこには、昨日まで「死」を待つだけだった五人の少女たちが、一人の「死神」と対峙していた。


「……誰も遅刻しなかったか。自分の命が、紙屑一枚の契約書に握られている自覚だけはあるようだな」


 影山仁は、手元の時計を一秒の狂いもなく確認し、冷徹な声を響かせた。

 五人の顔は、一様に青白い。寝不足という物理的な疲労以上に、影山という男が放つ、正体不明の「圧」に削られているのだ。


「あの、影山さん。昨日渡されたノートの……この『感覚遮断トレーニング』って、どういう意味なんですか? 歌の練習とか、ダンスの振り入れは……」


 ほむらが、恐る恐るノートを開いて尋ねた。そこには『午前四時:全感覚のデバフ(弱体化)による核心の抽出』という、アイドルの練習メニューとは思えない不気味な文字列が並んでいる。


「神楽ほむら。君の最大の問題は、外部からの『刺激』に対して過敏すぎることだ。観客の表情、スタッフの視線、照明の熱……それらすべてを『期待バフ』として受け取り、自分の許容量を超えた出力を出そうとして自壊している。今の君に必要なのは、強くなることではない。……弱くなることだ」


 影山は、おもむろに部屋のブレーカーを落とした。

 一瞬で、世界が完全な闇に包まれる。


「ひっ……!」


 るなの短い悲鳴が、コンクリートの壁に反響した。

 完全な暗闇。自分の手すら見えない。換気扇の回る微かな音だけが、不気味に耳を打つ。


「動くな。発声も、呼吸を乱すことも許さない。今から一時間、君たちはその場で『石』になれ。視覚という最大の情報源をデバフ(遮断)し、自分の中に澱んでいる『無駄な自意識』を徹底的に削ぎ落とせ」


 闇の中から、影山の足音だけが近づいてくる。

 足音は、五人の周りをゆっくりと巡り、獲物を品定めする捕食者のように執拗に繰り返された。


「アイドルという商売は、究極の『バフ』の押し付け合いだ。笑顔を作れ、希望を振りまけ、輝け……。だが、その過剰な装飾の下で、君たちの本質は窒息している。……前世で俺が仕えていた聖女もそうだった。民衆の祈りという名の呪いに呑まれ、彼女は自分を見失った」


 影山の声が、至近距離で聞こえる。

 凛は、暗闇の中で激しく心臓を鼓動させていた。対人恐怖症の彼女にとって、視覚を奪われた状態で「誰かが近くにいる」という状況は、極限の拷問に等しい。


「氷室凛。君は今、周囲の『敵』を想像して怯えているな。……無駄だ。敵などどこにもいない。今ここにいるのは、俺という支配者と、無価値な自分だけだ。……自分を飾るプライドをデバフしろ。君を縛る技術への固執を捨てろ。空っぽになれ。空っぽになった器にしか、本物の『毒』は宿らない」


 影山は闇の中で、彼女たちの精神の「形」を視ていた。

 異世界で培った、魂の輪郭を読み取るデバフ師の眼。

 ほむらは熱すぎる。凛は硬すぎる。くるみは歪すぎる。紬は薄すぎる。るなは軽すぎる。

 それぞれが抱える「個性」という名の欠陥を、一つずつ丁寧に、冷酷に、情報のメスで削り取っていく。


「一時間だ。一秒でも動けば、その瞬間に解散ライブのステージには立たせない。……始めろ」


 それは、レッスンなどという生温いものではなかった。

 感覚を奪い、精神を極限まで追い詰め、最後に残った「生存本能」だけを抽出する儀式。

 五人は、沈黙という名の深淵に叩き落とされた。


 ――三十分が経過した頃。

 静寂の中で、ほむらの意識に変調が起きた。

 暗闇に慣れたはずの視界に、妙な光景が浮かび上がる。

 それは視覚ではない。自分の鼓動、隣に立つ凛の震え、部屋の隅に溜まった埃の気配……。

 情報を「入れる」のをやめたことで、逆に、世界が「透けて」見え始めたのだ。


(あ……。あたし、今まで、何を見てたんだろう)


 これまで必死に追いかけてきた「理想のアイドル像」が、いかに虚飾に満ちた、重苦しい金箔だったか。

 影山が言っている「デバフ」の意味が、細胞レベルで理解でき始める。

 不必要な情報を削ぎ落とし、最短距離で目的を達成する。

 彼がやろうとしているのは、自分たちを磨き上げることではない。

 自分たちという「素材」を、最も効率的に殺傷能力を高めた「凶器」へ研ぎ澄ますことなのだ。


 一時間が経過し、パチリと照明が点いた。

 眩しさに目を細める五人の前に、影山は一滴の汗もかかずに立っていた。


「……五人とも、脱落しなかったか。予想よりはマシな根性だ」


 影山は、床に五本のミネラルウォーターを置いた。

 それは昨日の佐藤が配っていたような安物ではなく、ラベルすら剥がされた、無機質な液体だった。


「さて、感覚のデバフが済んだところで、次の工程に移る。……君たちの葬列を彩る『参列者』が、先ほどから入口に到着しているようだ」


 影山が視線を向けた扉の向こうから、複数の足音と、華やかな――だがどこか鼻につくような笑い声が近づいてくる。


「おはようございまーす! あ、ここが噂の『ゴミ処理場』? 想像以上に臭いわね」


 扉が開かれ、眩いばかりのトレーニングウェアに身を包んだ、三人の少女たちが現れた。

 彼女たちの背後には、数人のカメラマンと、高級そうなスーツを着た男が控えている。


「影山さん、紹介するわ。うちの事務所の看板、次期トップアイドル候補の『ステラ』の皆さんよ」


 現れたのは、昨日影山が「買い取った」はずの事務所の、親会社にあたる『Gプロダクション』の人間だった。

 ほむらたちは、思わず息を呑む。

 『ステラ』。

 それは、自分たちが逆立ちしても届かない、圧倒的な「光」の中にいるエリートたちだった。


「影山。君の契約は認めてやるが、一つ条件がある。……二週間後のライブ。彼女たちを『ステラ』の引き立て役として、公開オーディションのステージに立たせてもらう。……もちろん、負けた方はその場で完全引退だ」


 影山は、敵意を剥き出しにするGプロの男に対し、薄く、どこまでも冷徹な笑みを浮かべた。


「……いいだろう。過剰なバフを浴びて肥大化しただけの雛鳥たちが、絶望デバフに触れてどう叫ぶか。……見物だな」


 泥を啜る五人と、星を冠する三人。

 最底辺と最上位が激突する、血塗られた幕が上がろうとしていた。


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