表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/17

第1話【2】『泥に咲く花の葬列』

 沈黙が、地下練習場の重苦しい空気をさらに濃くした。

 影山仁が差し出した漆黒の名刺。そこに刻まれた名前を見つめる五人の表情は、困惑と、得体の知れない恐怖に支配されている。


「……魂を預けるって、あんた、何様のつもりだよ」


 真っ先に口を開いたのは、くるみだった。元売れっ子子役としてのプライドが、影山の傲慢な物言いを許さない。彼女は小柄な体を震わせ、一歩前に出た。


「佐藤みたいな小悪党ならまだしも、あんたみたいな胡散臭い奴に、あたしたちの何がわかるっての? データ? 査定? そんなのでアイドルが作れるなら、世の中苦労しないわよ。あたしはね、三歳からこの業界の泥水をすすってきたの。あんたみたいな『分析ごっこ』の素人に指図される筋合いはないわ」


「三歳から泥水をすすって、結果がこれか。随分と効率の悪い飲み方をしたものだな」


 影山は表情ひとつ変えず、手元のタブレット端末を操作した。画面には、彼女たちがこれまで行ってきたライブの映像が、いくつもの波形データと共に表示されている。


「効率……?」


「そうだ。俺が作るのは君たちが夢見るような『光り輝くアイドル』ではない。無駄を削ぎ落とし、敵を確実に仕留めるための『兵器』だ。あるいは、観客の正気を効率的に削り取る『呪い』と言ってもいい」


 影山は画面を彼女たちに向けた。そこには、ほむらが歌っている際の音響データが赤く点滅していた。


「神楽ほむら。君の歌声は、単純な音痴ではない。発声の瞬間に喉の奥で微細な痙攣が起き、それが会場の反響と干渉して不快な超音波に近いノイズを生んでいる。これは『技術』の問題ではない。君の精神が発する生存本能の拒絶……。期待に応えようとするたびに、君の心臓は過剰な拍動を繰り返し、それが声帯を締め上げているんだ。前世で言うところの、魔力暴走に近い現象だ」


「な、なによそれ……。あたしは一生懸命、歌ってるだけで……。みんなに元気を届けたいって、本気で……!」


「その『本気』が、観客にとっては『毒』なんだ。期待に応えようとするたびに、君の喉は絞まり、聴き手の耳を刺す。皮肉なものだな。君の情熱が、君の武器を殺している。君が笑えば笑うほど、客は無意識に不快感を覚え、離れていく。君の存在そのものが、グループに対するデバフ(弱体化)として機能しているんだ」


 ほむらの顔から血の気が引いていく。一生懸命さが仇となっているという指摘は、彼女が薄々感じていた恐怖の正体だった。


 影山は容赦なく、隣に立つ氷室凛へ視線を移した。


「氷室凛。君のダンスは完璧だ。だが、それは『練習室』の中だけの話だ。君の網膜は、客席の視線を無意識に『捕食者の眼』として処理している。視線を感じた瞬間に君の末梢神経は凍りつき、可動域は三割減少する。君がクールを気取っているのは、そうしなければ精神が崩壊するからだ。だが、客はそれを見抜いている。君のダンスには『魂』がないのではなく、『怯え』が透けて見えるのだ」


 凛は無言で眼鏡のブリッジを押し上げたが、その指先は隠しようもなく震えていた。


「一之瀬紬。リーダーとしての君の調整能力は、もはや病気だ。周囲の空気を読みすぎて、自分という個を消し去ることに特化してしまった。その結果、君の周囲には『負の因果』が溜まりやすくなっている。衣装が破れる、機材が壊れる……それらは偶然の不幸ではない。君が『自分が犠牲になればいい』と願う無意識の呪詛が、物理的なエラーを引き寄せているんだ」


「私……私が、みんなの足を引っ張って……?」


 紬が力なく膝をつく。影山の言葉は、彼女たちが目を背けてきた「自分自身の呪い」を白日の下に晒していく。


「猫宮るな。君の承認欲求は、もはや底の抜けた器だ。SNSの数字が増えるたびに、君の本当の個性は削られ、平均化された『偽物の記号』に置き換わっている。今の君には、中身がない。ただ、他人の反応を反射するだけの鏡だ」


 影山は一歩、五人の方へ踏み出した。その瞬間、練習場の古びた蛍光灯がパチリと音を立てて爆ぜ、室温が急激に下がったかのような錯覚を全員が覚えた。

 彼が指をパチンと鳴らす。


「ならば、発想を変えろ。強くなろうとするのをやめろ。自分を飾り立てるのをやめろ。今の君たちは、偽りの希望という名の『過剰なバフ』で、自重に耐えきれず潰れかけている」


 影山の脳裏に、かつて守れなかった聖女の姿がよぎる。彼女もまた、民衆の過剰な祈りというバフによって、内側から引き裂かれた。

 あの時、彼は救えなかった。だが、この世界なら。


「俺が、君たちの周囲にある『余計な期待』をすべてデバフ(無効化)してやる。君たちが抱える欠陥を、そのまま敵を殺す牙に変えてやる。……魔法が消えたこの世界でも、因果の糸は繋がっている。情報の流れ、心理の死角、そして人間が何に絶望し、何に屈するのかという法則……。それらを操作すれば、弱者が強者を喰らうことなど容易い」


「……そんなこと、本当にできるの?」


 ほむらが、涙を溜めた瞳で影山を見上げた。


「できる。二週間後の解散ライブ。会場はキャパ二百のライブハウス『アーク』。チケットの販売数は、現時点で三枚だ。だが、当日、そこは満員になる。それも、君たちを嘲笑いに来るアンチと、死体を見物に来る野次馬でな。……そこで君たちは、自分たちの葬式を最高の虐殺場に変える」


 影山は初めて、薄く、残酷な笑みを浮かべた。


「歌え。ただし、それは『祈り』ではなく『呪い』としてだ。……神楽ほむら、明日から俺が組む特別メニューをこなせ。他の四人もだ。俺の指示は絶対だ。一秒の遅れも、一度の不服も認めない。君たちの意志など不要だ。ただ、俺の指指す方向にその牙を剥け」


 影山はタブレットを閉じ、脇に抱えた。


「さあ、始めようか。まずは、君たちが大事に抱えている『アイドルとしての誇り』……その無価値なガラクタを、俺がデバフ(消去)してやる。……汚い練習着を脱げ。明日からは、俺が用意した『戦闘服』以外、身につけることは許さない」


 その言葉を合図に、練習場の古びた蛍光灯が激しく明滅した。

 影山の影が、壁一面に大きく広がり、五人を飲み込むように伸びていく。

 

 五人は、もはや逃げることも、反論することもできなかった。

 彼女たちの前に現れたのは、救世主などではない。

 絶望を戦略に変え、運命を歪める、本物の『魔』だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ