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第4話【5】『葬列の歌姫たち』

 照明が物理的な共鳴によって爆ぜ、完全な闇に包まれた会場『アーク』。

 そこには、耳を劈くような静寂だけが居座っていた。八百人の観客は、自分たちが今しがた「精神の核」を抜き取られたことに気づかず、ただ肺の中に残った『リ・バース・ノイズ』の残響を、毒薬のように反芻し続けている。暗闇の中、誰かの嗚咽と、過呼吸のような荒い吐息だけが、呪いの儀式の後のように生々しく響いていた。


 舞台袖。

 肥後は、ミキシングコンソールの前で、震える指を空中に彷徨わせていた。

「……消えた。数字が、全部消えた。……私のキャリア、ステラの未来、Gプロの株価……すべてが、あの泥犬どもの咆哮一発で、塵になった……」

 モニターには、通信が途絶したことを示す砂嵐が映し出されている。それは、彼が築き上げてきた「偽りの光の帝国」が、物理的にも社会的にもデバフ(完全破壊)されたことを告げる葬送の合図だった。

 彼の隣では、ステラの三人が、文字通り魂を抜かれた抜け殻のように床に座り込んでいた。一ノ瀬マイの完璧だったメイクは涙と汗でドロドロに溶け、その瞳には、かつての傲慢さは微塵もない。ただ、ステージ上の「怪物」たちへの、本能的な恐怖だけが焼き付いている。


 その闇を切り裂くように、一人の少女が動いた。

 鳴海くるみだ。

 彼女は、自分がまとった宝石だらけの衣装――ステラの「四人目」という名の、あまりに重く、虚しい首輪を、自らの爪が剥がれるのも厭わず激しく引き千切った。

 パリン、パリンと、高価なスパンコールや人工ダイヤが床に散らばり、彼女がこれまで執着していた「光」の残骸が、暗闇の中で虚しく跳ねる。


「……あたし、何を迷ってたんだろう。……こんな重いだけのガラクタを、宝物だと思い込まされて。……影山さんの言う通りだ。あたしには、泥の方がお似合いよ」


 くるみは、ステラとして手渡されていた、最新型のワイヤレスマイクを、肥後の足元に向かってゴミのように投げ捨てた。

 そして、まだメンバーたちの体温と呪詛の残響が渦巻くステージの上、闇の中に立つ四人のシルエットに向かって、確かな、迷いのない足取りで歩き出す。


「……くるみ」


 センターに立つほむらが、肩で激しく息をしながら、戻ってきた仲間を、暗闇の中で見つめた。

 四人の元へ辿り着いたくるみは、ボロボロになったほむらの手を、力強く握りしめた。その掌は、影山の地獄のトレーニングで培われた、剥き出しの熱と、世界への敵意を共有する共犯者の体温を帯びていた。


「遅くなってごめん。……あたしも、泥の中で産声を上げに来たよ。……一緒に、全部塗りつぶそう」


 五人の手が、闇の中で一つに重なる。

 その瞬間、会場の非常用電源がようやく作動し、薄暗い、血のようなオレンジ色の光がステージを不気味に照らし出した。

 

 客席の八百人は、その光景を、一人の例外もなく「祈るような沈黙」で見守っていた。

 拍手はまだない。だが、彼らの瞳には、ステラを見ていた時のような「娯楽を安価に消費する色」は微塵もなかった。自分たちの汚い内面、隠してきた劣等感、誰にも言えない地獄を肯定し、その喉で叫んでくれた「怪物」たちへの、狂信的な、服従にも似た熱が宿っている。

 一人の男が、壊れたペンライトを投げ捨て、自らの両手を激しく打ち鳴らした。

 それに呼応するように、二人、十人、百人。

 やがて、会場全体が、物理的な振動を伴うほどの重厚な、呪詛のような拍手の渦に包まれた。


 影山仁は、舞台袖の最も深い影の中から、五人の再集結を見届け、無機質な笑みを浮かべた。

 彼は懐から、あの銀のペンダントを一度だけ取り出した。前世で、祈りの力に殺された聖女が遺したもの。かつての彼は、その輝きを守れなかった自分を呪い続けてきた。


(……聖女よ、見ていろ。祈りで人は救えない。……だが、呪いなら世界を塗り替えられる。……今、この場所から、君を殺した『構造』への復讐を始める)


 影山は、ペンダントを強く握りしめ、そのまま舞台袖のゴミ箱へと、何の未練もなく放り投げた。過去をデバフし、彼は現在という戦場に立つ。

 影山は、狂乱と絶望が渦巻く会場を背に、独り、出口へと向かった。

 廊下ですれ違ったスタッフたちは、死神のような彼の圧倒的な気配に恐怖し、壁にへばりついて道を開ける。

 彼は足を止めることなく、出口の重い鉄扉を開けた。

 

 外は、土砂降りの雨だった。

 新宿の街を洗う、黒い雨。だが、影山の胸の内に燻る「復讐」の炎は、消えるどころか、より激しく、より深く、芸能界という名の巨大な魔窟を焼き尽くすために燃え広がっていた。

 ふと、影山のスマートフォンが震える。

 表示されたのは、差出人不明のメッセージ。


『素晴らしいデバフだったよ、ジルバ・ド・ラ・ヴァル。……現代の地獄へようこそ』


 その文字列を見た瞬間、影山の瞳に、初めて「戦慄」と「歓喜」が混ざり合った、歪な光が宿った。

 前世で自分を暗殺し、聖女を追い詰めたあの王族の紋章が、現代の巨大メディアコングロマリットのロゴとして、スマートフォンの画面に反射していた。


「……一歩目だ。……さあ、次は世界そのものを、デバフ(解体)してやる」


 影山は、雨の中に溶けるように姿を消した。

 

 地下から這い上がってきた五人の怪物、Lumina 5。

 彼女たちの葬列は、今、世界中の「偽りのバフ」を蹂躙し、塗りつぶすための、終わりなき宣戦布告へと変わったのである。


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