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第4話【4】『葬列の歌姫たち』

 刹那。

 神楽ほむらの全身が、物理的な衝撃を伴って拍動した。

 

「――ッ!!」


 それは、もはや人間が発する声の領域を超えていた。

 空気が、肉眼で視認できるほどの歪みを伴った弾丸となって撃ち出されたのだ。


「『リ……バァァァス!! ノォォォォォォォォォォイズッッ!!!!』」


 曲名を宣告する、その一喝。

 それは、電子的なバフ(増幅)を一切介さない、剥き出しの生体波。

 喉が裂けるような衝撃と同時に、ほむらの放ったその「声」は、会場の壁に反射して逃げ場を失った爆音を、逆に自分の歌声を運ぶための「波」として利用し、八百人の観客の胸板を、直接、力任せに打ち抜いた。


「な……っ!? マイクなしで、なんでこんな……建物が揺れてるのか!?」


 最前列の客が、鼓膜を抑えてのけぞった。

 影山が教え込んだのは、綺麗な歌唱ではない。会場という巨大な空洞、そのコンクリート壁の反響係数までをも自身の楽器の一部としてデバフ(逆利用)する、前代未聞の共鳴術だ。


 ピアノの重厚な不協和音が猛り狂うイントロが始まった。

 ほむらのハスキーな低音は、床を伝う地響きとなって観客の足首を縛り、逃げ場を奪う。三十六時間の断食によって研ぎ澄まされた彼女の内臓は、音の振動に合わせて波打ち、肺活量の限界を超えた「呪い」を生成し続けていた。


 続いて、氷室凛が跳んだ。

 対人恐怖症を「視界のデバフ(遮断)」へと変換した彼女の動きは、もはや観客を人間として見ていない。捕食者が獲物を品定めするように、あるいは自分以外の存在を「無」として切り捨てるように、絶対的な静寂を纏って舞う。その指先が空気を裂くたび、会場を支配していたステラの「偽りの熱狂」が、冷たい剃刀で削ぎ落とされていく。

 

 一ノ瀬紬のコーラスが重なる。

 彼女の不幸体質がもたらす「音のゆらぎ」を、影山は計算し尽くしていた。あえてピッチを数ヘルツだけずらすことで、聴く者の脳内に不快な不安感デバフを強制的に発生させる。

「……なんだ、この寒気は。嫌なことを思い出す……。失敗したこと、捨てられたこと……全部、この歌のせいか!?」

 客席のあちこちで、観客が自分の頭を抱え始めた。彼らは、ステラという「正解」を見ていたはずだった。だが今、ルミナという「不正解」を叩きつけられ、自分たちが隠していた「醜い自分」を直視させられている。


 猫宮るなの視線が、観客を射抜く。

 承認欲求という名の呪いを「視線の奪取」という術式に変えた彼女の動きは、あざといまでに正確だった。彼女と目が合った観客は、まるで魂の一部を吸い取られたかのような虚無感に襲われ、それなのに、その暗い穴を埋めるように彼女の姿を追いかけずにはいられなくなる。

 

 四人がステージ中央で交錯し、完璧な『沈黙の円陣』を形成した。

 ステラのダンスが数学的な「正解」だとするなら、彼女たちのダンスは、自らの血を啜り、骨を削って踊る、剥き出しの「生存証明」だった。

 影山が教え込んだ、暗闇での静止訓練。一時間、一ミリの動きも許されず、己の筋肉の繊維一本一本の悲鳴を聴き続けた地獄の時間。

 あれは、筋肉の無駄な震えをデバフ(切除)し、一挙手一投足に「絶対的な停止」と「爆発的な初動」を宿らせるためのものだ。

 四人が揃って腕を振り上げた瞬間、八百人の視線が、強力な磁石に吸い寄せられる鉄屑のように、強制的に一箇所へ固定された。


「――私を殺した世界を、愛してあげる」


 サビの歌詞が、ほむらの口から、血の混じった飛沫と共に放たれる。

 期待という名のバフを捨て、絶望という名のデバフを武器に変えた彼女たちの歌は、観客たちが日々の生活で溜め込んできた「言葉にできない泥」と、完璧に共鳴シンクロした。

 

 観客席から、嗚咽が漏れ始める。

 それは感動などという生温いものではない。自分たちの魂を、ステージ上の怪物たちに根こそぎ持っていかれた者たちが、もはや立っていることすらできず、膝をついて彼女たちを仰ぎ見ているのだ。

 黄金色の海は、今や完全に沈黙していた。

 拍手も、ペンライトを振る者もいない。八百人が、ただ呆然と、ステージ上の怪物たちが吐き出す「毒」を、全身で浴び続けている。


 その光景を、舞台袖の肥後は、自分の眼が信じられないといった面持ちで注視していた。

「……マイク感度は、一割以下のはずだぞ。バックトラックの音量は、ジェット機の離陸音に相当するレベルだ。……なのに、なぜだ。なぜ、あいつの声だけが、壁を突き抜けて聞こえてくるんだ!?」

 肥後には、影山が構築した「音響のデバフ」の理論が理解できなかった。

 影山は、会場の空調システムの吸気リズムと、スピーカーから出る重低音の位相を計算し、特定の「無音の回廊」を客席に向かって作り出していた。その回廊を、ほむらの生声が、一点の減衰もなく突き抜けていく。

 

 ステラのセンター、マイは、舞台袖で自分たちのファンの変わり果てた姿に絶望していた。

 自分たちがどれだけ「完璧」を演じても、この怪物たちが放つ「不完全な真実」には勝てない。

 マイクが通らないことに動揺し、声が萎縮してしまった自分の臆病さが、観客に「偽物」だと見抜かれたのだ。

 

 影山は、舞台袖で銀のペンダントを、掌が赤くなるほど強く握りしめていた。

 その瞳に宿るのは、前世で一度も成し得なかった「完璧なデバフの完成」を目の当たりにした者の、狂気に近い愉悦だ。

 彼が授けたのは知略だ。だが、その知略を現実の圧倒的な物理的破壊力へと変えたのは、彼女たちが自らの身を焼き鍛えて手に入れた、剥き出しの「実力」だった。

 影山の計算すらも超えて、彼女たちの声は、会場の空気を物理的に「重く」変質させていく。


 曲の終盤、四人が最後に放ったロングトーン。

 それは、マイク感度を下げられた音響設備の限界値を遥かに超え、会場の全ヒューズを、物理的な空気の振動だけで焼き切った。

 バチッ、という激しい放電音と共に、会場を照らしていた予備の照明さえもが、彼女たちの声に共鳴して爆ぜる。

 

 一斉に落ちる照明。完全な、闇。

 だが、その暗闇の中でこそ、観客たちは、生まれて初めて「魂を震わせる歌」を聴いたのだと、その震えの止まらない体が証明していた。

 一ノ瀬紬の不幸が、猫宮るなの空虚が、氷室凛の恐怖が、そして神楽ほむらの怒りが、一本の巨大な黒い光となって、新宿の地下深くから、世界を貫いた。

 

 彼女たちは、勝ったのだ。

 影山の知略と、彼女たちの、命を削るような血の滲む努力の結末によって。

 偽物の光は今、本物の闇によって、跡形もなく塗りつぶされた。

 

 闇の中で、八百人の意識は一つに結ばれていた。

 それは「ファン」という名の応援者ではない。

 自分たちの地獄を肯定してくれた怪物に、魂のすべてを差し出した「共犯者」たちの、死よりも深い沈黙だった。

 

 影山は、その闇の奥で、静かに、そして誰よりも深く、勝利の味を噛み締めていた。

 かつての聖女が求めた「光」は、人々を一時的に癒やすだけの麻薬に過ぎなかった。

 だが、この「闇」は違う。

 一度触れれば、二度と元の世界には戻れない。

 それは、救済という名の、永遠のデバフ(弱体化)だった。

 

 ステージの上、唯一、光の中に取り残されたように立ち尽くしていた鳴海くるみは、自分の喉が、激しい「乾き」に襲われていることに気づいた。

 ステラとして用意された「完璧な歌」を歌っていた自分の喉が、今は、ルミナの叫びを欲している。

 彼女は、自分がまとった豪華な衣装の重さに、吐き気を覚えた。

 これじゃない。

 あたしが欲しかったのは、こんな、誰かに与えられた宝石じゃない。

 

 くるみは、震える手で自分のマイクをステージに叩きつけた。

 その硬質な音は、照明の消えた会場に、新たな反逆の合図として響き渡った。

 彼女は、闇の中に立つ四人のシルエットに向かって、よろめきながらも、確かな足取りで歩き出す。

 

 勝負は、決した。

 新宿の地下深く、泥の中から産声を上げた五人の怪物は、今、一つの生命体として、世界を喰らう準備を終えたのだ。


楽曲タイトル:『リ・バース・ノイズ(Re: Birth Noise)』

作詞・プロデュース:影山 仁

(Intro)

(ピアノの不協和音が静寂を切り裂き、心拍数を乱すドラムが重なる)

(ほむらのハスキーな咆哮)

[1番 Aメロ]

「頑張れ」なんて 毒を盛るなよ

期待のバフ(重圧)で 骨が軋んでる

拍手の雨は 酸性雨アシッド

愛という名の 皮を剥いでみろ

[1番 Bメロ]

(凛・紬・るな:Low Chorus)

「見ないで」「消えたい」「満たして」

(ほむら:Main)

混濁した 祈りの果てに

天使の羽は 毟り取られた

残ったのは 剥き出しの 黒い喉(楽器)だけ

[1番 サビ]

私を殺した 世界を愛してあげる

このノイズ(絶叫)で お前の耳を 腐らせて

正解なんて デバフ(消去)してやる

泥の中で 産声を上げろ

Re: Birth Noise 地獄の底から 聞こえるだろう?

[2番 Aメロ]

鏡の中の 偶像フェイクを壊せ

笑顔の裏に 隠した 腐敗した肉

光に焼かれる 造花はいらない

闇に根を張る 雑草ぼくらを 笑えよ

[2番 Bメロ]

(凛・紬・るな:Low Chorus)

「怖い」「不幸」「足りない」

(ほむら:Main)

純白のドレスを 引き裂いて

裏切りの蜜を 喉に流し込め

期待外れの 幕引きを 見せてやるから

[2番 サビ]

お前を救った 光を殺してあげる

この不協和音(呪い)で 安寧を 引き摺り下ろせ

希望なんて デバフ(無効化)してやる

絶望の先に 真実を刻め

Re: Birth Noise 心臓を掴んで 離さない

[Bridge]

(演奏が止まり、生々しい足音と呼吸音だけが響く)

綺麗な夢は もう見飽きたんだ

震える膝を 殺意に変えて

絶望だけが 裏切らない

(全員合唱)

「さあ、跪け」

[ラスト サビ]

私を殺した 世界を愛してあげる

このノイズ(絶叫)で お前の耳を 腐らせて

正解なんて デバフ(消去)してやる

泥の中で 産声を上げろ

Re: Birth Noise 地獄の底から 聞こえるだろう?

Re: Birth Noise ここから 全部 塗り潰す

(Outro)

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