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第4話【2】『葬列の歌姫たち』

 地鳴りのような重低音がコンクリートの床を激しく揺らし、眩いばかりの黄金色のスポットライトが、地下室の濁った空気を鋭利に切り裂いた。


 先攻、『ステラ』のパフォーマンス。


 それは、Gプロダクションが誇る資本の暴力と、徹底した英才教育が結実した、現代アイドルの到達点とも言える光景だった。

 本来、一万単位の動員を誇る彼女たちが、収容人数わずか八百人のライブハウス『アーク』のステージに立つ。それは肥後による、極めて悪趣味な演出だった。


「格の差を、網膜に焼き付けてやる」


 その言葉通り、至近距離で放たれるトップアイドルの輝きは、逃げ場のない密閉空間において、観客の理性を容易に焼き切る「閃光弾」として機能していた。


「マイちゃん! 愛してるぞーっ!!」

「ステラ! 世界一だ!!」


 八百人の観客――そのほとんどが、プラチナ化したチケットを競り落としたステラの熱狂的な信奉者たちが放つ熱狂バフは、物理的な質量を伴ってステージに注がれていた。

 客席を隙間なく埋め尽くす黄金色のペンライトの海。その光の波は、彼女たちが一歩ステップを踏むたびに激しくうねり、酸欠寸前の会場全体の酸素をすべて奪い去るかのような一体感を生み出している。

 この狭い箱に、これだけの熱量を詰め込む。それは、観客の興奮を臨界点まで高め、対戦相手であるルミナの存在を、存在の微塵も残さず圧殺するための、肥後による「バフの暴走」を意図した計算だった。


 舞台袖の暗闇から、影山仁はその光景を、冷徹な検死官のような無機質な眼差しで見つめていた。

 彼の手元のタブレットには、会場の「熱狂指数」と「二酸化炭素濃度」、そして観客一人ひとりの心拍数の推定値が、冷酷なグラフとなってリアルタイムで刻まれている。


「……完璧な過負荷バフだ。期待、羨望、自己投影、そして偶像崇拝。……肥後という男は、彼女たちに『欠点を見せない』という強力な呪いをかけて、ここまで精神を肥大化させたか。だが、その膨れ上がった風船の中に、中身たましいは残っているのか?」


 影山は、ステラの三人の背後で、強制的に「四人目」として組み込まれたくるみの姿を捉えた。

 彼女の動きは、ステラの三人と見事に同期している。だが、影山の地獄のようなデバフ・トレーニングを経た彼女の肉体は、ステラの「無機質で清潔な正解」に対して、激しい拒絶反応を起こしていた。

 くるみの頬を伝う汗は、他の三人よりも明らかに脂ぎり、その瞳は、完璧なアイドルの表情を維持しながらも、逃げ場のない鼠のような、根源的な焦燥に満ちている。


(……わかるか、くるみ。君が今浴びているのは、光ではない。君という個を磨り潰し、平均化するための高熱だ。君が愛しているのは、君自身ではなく、君を囲む『システム』に過ぎない)


 影山は、異世界において「過剰な祈り」を捧げられた聖女が、その清廉な期待に耐えきれず、内側から発火して一握の灰になった光景を、昨日のことのように思い出していた。

 ステラの三人、そして今そこに混ざっているくるみ。彼女たちは今、観客の勝手な理想という名の「毒」を押し付けられ、本来の自分ではない「記号」として消費され尽くそうとしている。

 その期待バフが限界値を超えた時、人間という器は、音を立てて崩壊する。

 影山は、その「崩壊のトリガー」を、自身の計略によって静かに、確実に引き抜く準備を進めていた。


「……さて。肥後が仕掛けた稚拙な音響操作デバフの効果を確認しようか」


 ステラの楽曲が、最高潮のクライマックスに差し掛かる。

 本来ならここで、彼女たちの、練習を積み重ねた「生歌」が、会場全体を支配するように力強く響き渡るはずのパートだ。

 しかし、肥後が影山を処刑するために設定した「マイク感度の極端な引き下げ」と「バックトラックの音量の大幅な増大」は、皮肉にも、自らの看板であるステラに対しても、等しくその牙を剥いていた。


 センターの一ノ瀬マイが、渾身の力を込めてサビのフレーズを歌い上げる。

 だが、その声は会場を物理的に震わせる巨大なデジタル・ビートの奔流に一瞬で掻き消され、最前列で固唾を呑んで見守る客にすら、金魚が水面で口をパクつかせているような、無様な沈黙としてしか届かない。

 観客は、彼女たちの「完璧なダンス」と、脳を麻痺させる爆音に酔いしれているため、まだその致命的な違和感には気づいていない。だが、演じている本人であるマイには、それが明確な「拒絶」として突き刺さっていた。


 喉が焼けるほど歌っているのに、自分の声が自分にすら届かない。

 その恐怖が、マイの喉を、筋肉を、精神を、一瞬でデバフ(弱体化)させていく。

 揺るぎない自信に満ち溢れていた彼女の瞳に、初めて「私は本当にここに存在しているのか?」という、アイデンティティを揺るがす致命的な疑念が走った。


「……いい兆候だ。バフの魔法が、内側から剥がれ始めている。美しい人形に、亀裂が入った」


 影山は、舞台袖で出番を待つLumina 4(ルミナ・フォー)の四人にゆっくりと歩み寄った。

 彼女たちは、ステラの眩い、だが空虚なステージを、まるで死地を前にした古参の兵士のような、異様な静寂で見つめていた。

 ほむらの全身からは、影山が仕込んだあの銀色の素子シールを通じて、微かな、だが耳の奥を刺すような鋭利な「不協和の振動」が既に漏れ出している。


「……影山さん。あたしたち、歌える。……今なら、あの光を全部、あたしたちの泥で飲み込んでしまえる気がする」


 ほむらが、掠れた、だが鉄の意志を宿した声で告げた。

 その瞳は、もはや恐怖に怯える地下アイドルのものではない。

 自分を捨て、自分を貶め、自分を「無能」と定義したすべての世界への、底知れない復讐心……。その純粋な「悪意」が、影山のデバフによって、世界を転覆させるための最強のエネルギーへと変換されていた。


「……ステラの出番が終わる。客席は今、絶頂の後の、最も脆い『空白』にある。そこに、君たちの飼いならした地獄を、一滴の容赦もなく叩き込め」


 ステラの曲が幕を閉じ、会場は割れんばかりの拍手と、黄金色の光に包まれた。

 マイたちは、酸欠で意識を飛ばしかけながらも「完璧なアイドル」としての仮面を貼り付け、舞台を去る。

 入れ替わりでステージへ向かう、ボロボロのレッスン着を纏い、呪詛を纏った四人の亡霊たち。


 肥後が、舞台裏で影山とすれ違い際に、勝利を確信した、吐き気を催すような笑みを浮かべた。


「……さあ、最高の見物だ、影山君。声の出ない、マイクの通らない『死体』たちが、八百人の敵の前で、どう惨めに、誰にも聞こえない断末魔を上げるか……。楽しみで仕方ないよ」


 影山は、肥後の言葉に一言も答えず、ただ手元のタブレットの「デバフ・トリガー」に指をかけた。

 

 暗転するステージ。

 黄金色のペンライトが、何が起きたのかと困惑するように、一つ、また一つと、吸い込まれるように消えていく。

 静寂。

 八百人の呼吸の音さえも、物理的な重圧となって響くような、冷徹で、絶対的な「無」の時間が流れる。


 その闇の中心で、神楽ほむらが、床にマイクを静かに置いた。

 ゴトッ、という乾いた鈍い音が、会場のスピーカーから流れるホワイトノイズに乗って、奇妙なほど大きく、観客の心臓を直接叩くように反響した。


 ――葬列の歌が、ついに始まる。


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