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第4話【1】『葬列の歌姫たち』

 二週間という、あまりに短く、同時に永遠にも感じられた地獄の猶予が明け、ついにその日が訪れた。

 新宿歌舞伎町の外れに位置する大型ライブハウス『アーク』。収容人数は八百人。本来、解散寸前の地下アイドルには分不相応なその箱は、今日、異様な熱気と殺気に包まれていた。

 会場を埋め尽くしているのは、Lumina 4(ルミナ・フォー)を応援するファンではない。その九割以上が、対戦相手であるエリートグループ『ステラ』の熱狂的な信奉者たちであり、残りの一割は、ネット上の炎上騒ぎを聞きつけて「落ちこぼれが公開処刑される瞬間」をスマートフォンに収めようと手ぐすね引いて待っている野次馬たちだった。


「――見てよ、あの行列。みんな、あたしたちが負けて泣き喚くところを見に来たんだね」


 バックステージ。窓のない、カビ臭い控え室の隅で、るなが震える指先でモニターを指差した。

 画面越しでも伝わってくる、会場の圧倒的な「アウェイ」の空気。客席に翻るペンライトはすべてステラのイメージカラーである黄金色に染まり、開演前から「ステラ! ステラ!」という地鳴りのようなコールが、地下の楽屋まで振動となって伝わってくる。


「……怖いか。当然だな。今の君たちは、武装もせずに戦場の中心に立たされている赤子と同じだ」


 影山仁が、影の中から音もなく現れた。

 彼は昨日までと変わらぬ、漆黒のスーツを隙なく着こなしている。その手には、最新の音響解析ソフトが起動したタブレットと、数枚の奇妙な形状をした「銀色のシール」が握られていた。


「影山さん……。あたしたち、本当にマイクを使わなくていいの? さっき、スタッフたちが笑ってた。……『あいつら、自殺志願者かよ』って」


 紬が、青白い顔で影山を見上げた。

 彼女たちの前には、通常なら手にするはずのマイクが一本も置かれていない。代わりに影山が指示したのは、衣装の「喉元」と「心臓の真上」に、その銀色のシールを貼り付けることだけだった。


「笑わせておけばいい。……肥後という男は、君たちのマイクの感度を通常の三割まで下げ、バックトラックの音量を最大にするようにエンジニアを買収した。……歌声を物理的な騒音で塗りつぶし、一言の叫びも観客に届けさせない。それが、彼が用意した『公開処刑』の全貌だ」


「……っ! やっぱり、汚い手を使って……!」


 ほむらが拳を握りしめる。だが、影山はその怒りを一瞥し、薄く、残酷な笑みを浮かべた。


「いいや、感謝すべきだ。彼が音響設備という『文明のバフ』を自ら放棄してくれたおかげで、俺のデバフ(計略)は完成した。……いいか、よく聞け。あそこのスピーカーから流れる爆音は、君たちの敵ではない。……君たちの生声を、会場全体に共鳴させるための『増幅器キャリアー』だ」


 影山は、ほむらの至近距離まで顔を近づけ、その瞳の奥にある「飢え」を確認するように見つめた。

 異世界において、彼は「音」を操る魔導師を倒す際、あえて相手に大魔法を唱えさせ、その魔力の波動を「逆位相」でぶつけることで、術者の内臓を破裂させたことがある。現代の音響理論においても、それは可能だ。

 影山がメンバーに貼らせたシールは、特定の周波数に反応して微細に振動する特注の圧電素子。

 彼女たちが放つ「不協和音」が、会場のスピーカーから流れる爆音と衝突した瞬間、音波の干渉によって、マイクを通した声よりも遥かに巨大で、鋭利な「衝撃波」へと変換される。


「……君たちの喉を焼いた、あの地獄の二週間。そのすべてを、この一瞬に凝縮しろ。……綺麗な歌などいらない。客を喜ばせる笑顔も、媚びも、希望も、すべてデバフ(切除)しろ。……ただ、自分の地獄を、あの黄金色の光の中に叩き込め」


 その時、楽屋の扉が乱暴に開かれた。

 現れたのは、華やかな純白の衣装に身を包んだ『ステラ』の三人。そして、彼女たちの背後で、かつての仲間であるくるみが、自分たちの衣装とは正反対の、宝石を散りばめたドレスを纏って立っていた。


「あら、まだ逃げ出してなかったのね。……見て、くるみちゃん。これが『本物』のアイドルの姿よ。あんな薄汚い連中と一緒にいなくて、本当に正解だったわね」


 ステラのセンター、マイが、くるみの肩を抱き寄せ、勝ち誇ったように言い放った。

 くるみは、ほむらたちの視線を避けるように、うつむいたまま一言も発しない。その指先は、ステラの豪華な衣装の裾を、ちぎれんばかりに強く握りしめていた。


「影山君。君の負けだよ。……この会場の空気、そして演出。すべてはステラのために設えられた。……君の育てた『欠陥品』たちが、絶望の中で声を枯らす様を、最前列で特等席を用意してあげよう」


 肥後が、影山の肩を叩きながら下卑た笑いを漏らす。

 影山は、肥後の手を無機質な動作で振り払うと、感情の失せた瞳でステラの三人を見据えた。


「……期待という名の過負荷バフを、限界まで詰め込まれた美しい人形たちか。……その糸が切れた時、どんなに凄惨な壊れ方をするか。……せいぜい、今のうちに最高に輝いておくがいい。……それが、君たちが一生で浴びる、最後の光になるのだから」


 影山の宣告に、楽屋の空気が一瞬で凍りついた。

 ステラの三人は、その底知れない瞳に射すくめられ、言い返すことすらできずに立ち尽くす。


「……行くぞ。……葬列の始まりだ」


 影山は、Lumina 4の四人に向き直った。

 彼女たちの瞳には、もはや恐怖はない。

 そこにあるのは、自分たちを縛り付けてきたすべての不条理を、この世から消し去ろうとする、漆黒の殺意だけだった。


 一分後。

 会場の暗転と共に、ステラの完璧なバフに彩られた、虐殺という名のステージが幕を開ける。

 だが、その舞台裏で影山は、タブレットの最終調整を終え、漆黒の闇の中へと消えていった。

 彼が狙っているのは、単なる勝利ではない。

 「アイドル」という偶像そのものを、この夜、この場所で、永遠に葬り去ることだった。


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