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第1話【1】『泥に咲く花の葬列』

 華やかなスポットライトの裏側には、必ずといっていいほど、カビと埃の匂いが充満している。

 新宿の外れ、築四十年の雑居ビル。その地下四階にある『サンライズ・プロモーション』の第4練習場は、もはや「地下アイドル」という言葉すら生温い、墓場のような場所だった。


「――以上だ。今日付で、お前ら『Lumina 5』は解散。この事務所も明日の朝には畳む」


 脂ぎった顔の中年マネージャー、佐藤が、手元の書類を無造作に床へ放り投げた。

 鏡の一部が大きく割れ、ガムテープで補修されたレッスン場に、乾いた紙の音が響く。


「……解散? ちょっと、待ってくださいよ、佐藤さん! 来週には、結成一周年記念のライブが……」


 センターの神楽ほむらが、震える声で食い下がった。

 ポニーテールに結んだ髪は乱れ、安物のTシャツは汗で張り付いている。彼女の瞳には、まだ消えきらない「熱」が宿っていた。


「一周年? 笑わせるな。客が五人しか入らないライブに、誰が金を出すんだ? お前らの歌は騒音、ダンスは学芸会。一年前、お前らみたいな『他所のオーディションで落ちたゴミ』を拾ってやった温情を、少しは感謝してほしいもんだな」


 佐藤は鼻で笑うと、メンバーたちの顔を順番に、値踏みするように眺めた。

 バレエ出身だが対人恐怖症の氷室凛。

 元売れっ子子役だが性格の歪んだ鳴海くるみ。

 不幸体質の調整役、一之瀬紬。

 承認欲求の塊、猫宮るな。

 そして、熱意だけが空回りする音痴のセンター、神楽ほむら。


「……給料、三ヶ月分。まだ、もらってません」


 最年長の紬が、消え入るような声で指摘した。

 佐藤の顔が、一瞬で険しくなる。


「給料だと? お前らのレッスン代と衣装代、どれだけかかってると思ってるんだ。こっちは倒産なんだよ。文句があるなら裁判でも何でもしやがれ。ま、金のないお前らに、弁護士を雇う体力なんてないだろうがな」


 佐藤は吐き捨てるように言うと、逃げるように扉を開けた。

 バタン、という重い音が地下室に反響し、後に残されたのは、湿った静寂だけだった。


「……終わった」


 るなが床にへたり込み、ツインテールをくしゃくしゃにかき回す。

 凛は無言で鏡を見つめ、くるみは持っていたペットボトルの水を一気に飲み干して、空の容器を握りつぶした。

 ほむらだけが、立ち尽くしている。

 その拳は、白くなるほど強く握られていた。


「終わってない……。あたし、まだ、何も……!」


「いいえ。客観的に見て、君たちのキャリアは完全に死んでいる」


 背後から、低く、冷徹な声が響いた。

 五人が弾かれたように振り返る。


 そこには、いつの間に入ってきたのか、一人の男が立っていた。

 仕立てのいい、だがどこか喪服を連想させる漆黒のスーツ。

 無造作にセットされた黒髪の間から覗く瞳は、感情を一切排した、深い淵のようだった。

 男は、床に散らばった解散通知の書類を、革靴で無造作に踏みつけた。


「……あんた、誰だよ。佐藤のツレか?」


 くるみが刺すような視線を向ける。

 男は答えず、ゆっくりと五人の周りを歩き始めた。

 その視線は、品評会の馬を鑑定するかのように無機質だ。


(……この眼)


 ほむらは、背筋に冷たい氷を押し当てられたような錯覚に陥った。

 それは、彼女たちがこれまで見てきた、蔑みや憐れみの視線ではない。

 もっと根源的な――「構造」そのものを暴くような、鋭利な眼。


「名は影山仁。……前任の無能から、このグループの『事後処理』を委託された」


「事後処理……? あたしたちを、掃除しに来たってわけ?」


 るなが立ち上がり、挑発するように胸を張る。

 影山と呼ばれた男は、るなの前で足を止め、わずかに目を細めた。


「掃除ではない。死体キャリアの片付けだ。君たちのデータはすべて洗わせてもらった。神楽ほむら、情熱はあるが音響環境を破壊する音痴。氷室凛、技術はあるが客席を石像と勘違いする臆病者。鳴海くるみ、知能はあるが他者を不快にさせることに特化した性格破綻者。一之瀬紬、不運を言い訳にする無気力なリーダー。猫宮るな、数字しか愛せない虚飾の塊」


 影山の口から次々と繰り出される言葉は、彼女たちが心の奥底に隠していた「致命的な欠陥」を正確に射抜いていた。


「……あんたに、何がわかるんだよ!」


 ほむらが叫び、影山の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。

 だが、影山は最小限の動きでそれをかわし、逆にほむらの手首を軽く抑えた。


「わかるさ。君たちの内側で、期待という名の『バフ』が、自分自身を壊していく音が聞こえる。……救いようのない、欠陥品だ」


 ほむらは言葉を失った。

 手首を掴む彼の指先からは、体温が感じられない。

 ただ、圧倒的な「拒絶」と、それを上回るほどの「理解」が伝わってくる。


「解散ライブまで、あと二週間あるそうだな」


 影山は手を離し、懐から一枚の黒い名刺を取り出した。

 そこには、名前以外、何の肩書きも記されていない。


「このまま泥の中で朽ち果てるか。それとも、史上最悪の『デバフ(清算)』で、君たちを笑った世界を黙らせるか。……選択肢は二つだ」


 影山の瞳に、微かな、だが不気味な光が宿る。

 それは、前世で一国の運命を歪めてきた、呪詛師の眼そのものだった。


「君たちの魂を、俺に預ける覚悟はあるか?」


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