隠密
真司たちの張りつめた空気とは裏腹に、外は小鳥のさえずりが響く爽やかな朝だった。
薄暗い洞窟の中では、作戦会議が行われていた。
晴人が筆を走らせ、和紙に簡単な地図を描く。
その地図を見ながら、圭太が指で書き足しつつ説明を始めた。
「いいか、白狼城はこの尾根に挟まれてる」
地図の中央をなぞる。
「んで、俺たちがいる洞窟がここだ」
一同が黙って頷く。
「城に行くには、この上の山を登って――北側に下る」
指先がゆっくりと地図を滑る。
「そうすると、白狼城の裏手の山に出る。そこから屋上に回り込んで潜入だ」
翔が、ごくりと唾を飲み込んだ。
「時間は、月が真上に来た時だ。あの時間が一番いい」
「圭太さん、すごいですね……手慣れてるんですね」
真司が素直に感心していると、翔がふと眉をひそめた。
「……皆、外、何か感じませんか?」
「え?」
翔以外は、きょとんとしている。
次の瞬間――
「うわっ……圭太さん、後ろ!」
晴人が叫んだ。
圭太の背後に、いつの間にか黒ずくめの男が立っていた。
音もなく、気配もなく。
圭太が反射的に叫ぶ。
「みんな、逃げろ!」
何者かも分からない。
だが、本能が告げていた。
――ヤバい。
独露と真司は、反射的に洞窟を飛び出した。
外に出た瞬間、足が止まる。
そこにも、黒ずくめが二人。
振り返ると、洞窟の中にいた男が、ゆっくりと歩いて出てきた。
三人。
黒ずくめの男女が、無言でこちらを見ている。
「……お前ら、何者だ」
圭太が低く唸るように問いかける。
だが、返事はない。
ただ、じっと睨み返してくるだけだった。
圭太は小声で言った。
「いいか、二手に分かれて逃げる」
視線は前を向いたまま。
「計画通り、白狼城の裏手に集合だ」
一瞬、仲間の顔を見渡す。
「唯は、俺と来い。真司は、晴人,翔と一緒に反対側へ回れ」
短く息を吸う。
「合図したら、一気に走るぞ」
「良し逃げろ!」
圭太の合図と同時に、一同は崖を駆け上がり、二手に分かれて森の中へと消えていった。
崖の下では、KUROが静かに二人を見ていた。
「HAKUさんは三人の方を。AOIさんは、女性と逃げた二人を追って下さい」
落ち着いた声だった。
「おそらく、城へ向かうはずです。見つからない距離を保ったまま監視を。予定外の動きがあった場合は、お二人の判断にお任せします」
一瞬、視線が細くなる。
「……HAKUさん。相手は阿形さんの一撃に耐えた男です。十分に警戒を」
HAKUは小さく頷いた。
AOIも無言のまま身を翻す。
次の瞬間、二人は崖の上へと消え、KUROはゆっくりと城の方へ歩き出した。
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「ハァ、ハァ……逃げきれたのかしら」
唯が息を切らしながら後ろを振り返る。
「ふぅ~、追って来てねぇな」
圭太が肩で息をしながら笑った。
「俺様の完璧な指示と、統率の取れた独露の動きに敵わないって思ったんだろ。ガッハハハ」
安心したせいか、いつもの調子が戻っている。
そのおよそ三十メートル後方。
茂みの中に、気配を殺して身を潜める影があった。
AOIだった。
圭太の声も、唯の息遣いも、はっきりと聞こえているAOIは、静かに首を左右に振り呆れている
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一方その頃。
真司たちも、追っ手が来ていないことを確認し、歩き始めていた。
「ハァ……ハァ……しかし、二人とも速すぎですよ……」
晴人が今にも吐きそうな顔で息を切らしている。
「すみません。これでも、気にかけながら走ってたんです」
真司が申し訳なさそうに頭を下げた。
そんな会話の中。
「……ん?」
翔が、ふと足を止める。
わずかに振り返る。
「翔、気にしすぎじゃないか? もう何の気配もなさそうだよ」
晴人が軽く笑って言った。
「う、うん……気のせいかな」
そう答えながらも、翔の表情はどこか納得していなかった。
その約三十メートル後方。
木々の影に溶け込むように、HAKUが身を潜めていた。
(警戒心が強いな……)
目を細める。
(しかし、この距離なら気付かれまい)
HAKUは、隠密として完璧な距離を保っていた。
「さあ、圭太さん達に遅れを取らないように急ぎましょう」
ようやく息が整った晴人が歩き出す。
「晴人さん、ここから白狼城までどのくらいかかるんですか?」
真司が隣に並びながら聞いた。
「そうですね……通常の道なら1時間くらいです」
晴人は前を見たまま答える。
「でも、山を登ってからまた下りますからね。普通に行けば……6時間は見ておいた方がいいでしょうね」
「結構な距離ですね」
真司が山の頂上を見上げながら気合をいれた。
軽快に歩いていく3人にHAKUは、しっかり距離を保ち静かに追跡していく。
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太陽はすでに沈み、月がゆっくりと空の中央へと近づいていた。
白狼城の裏手。
森の奥、岩陰に身を潜めながら、圭太と唯はじっと息を殺していた。
ここに着いたのは、まだ夕日が沈みかけていた頃だ。
それから、どれほど時間が経っただろうか。
虫の鳴き声だけが、静かに続いている。
「……やべぇな」
圭太が小声で呟く。
「あいつら、途中で何かあったんだろうな」
いつもの軽口ではない。
はっきりとした心配が滲んでいた。
「何かあったのは……間違いなさそうね」
唯も視線を森の奥へ向けたまま答える。
声は小さいが、不安を隠しきれていなかった。
しばらく、二人は黙ったまま暗闇を見つめ続ける。
「……とにかく、この暗闇じゃ戻る訳にもいかねぇ」
圭太が息を吐く。
「明日の朝まで待って、それでも来なかったら洞窟に戻ってみよう」
その言葉に、唯は小さく頷いた。
だが――
その瞬間だった。
ガサ……。
わずかに、茂みが揺れた。
二人の体が、同時に強張る。
圭太が反射的に身構え、目を細めた。
次の瞬間。
暗闇の中から、人影が現れる。
「……真司!」
圭太の声が、思わず漏れた。
現れたのは真司だった。
その後ろから、翔。
そして――少し遅れて、晴人が姿を見せる。
右手には、木の枝を削った即席の杖。
足首は布で固く縛られていた。
三人の姿を見た瞬間、圭太と唯の表情が一気に緩んだ。
「おい……遅ぇよ、お前ら」
圭太はそう言いながらも、声には安堵が混じっていた。
唯もほっとしたように息を吐く。
だが、すぐに異変に気付いた。
「……どうしたの?」
視線が、晴人の足へ落ちる。
圭太も目を見開いた。
「ど、どうしたんだ晴人……」
晴人は少し困ったように笑い、申し訳なさそうに口を開いた。
「実は……あの後、黒ずくめの男と遭遇しまして……」




