阿吽
圭太の言葉も虚しく、真司は侍たちの元へ一目散に駆けていった。
「おい、やめないか!」
突然の声に、侍たちが一斉に振り向く。
鋭い視線が真司に突き刺さった。
「なんだお前は!!」
「この野菜を作るのに、皆さんどれだけ苦労していると思ってるんですか」
「はぁ? バカじゃねえのか」
吐き捨てるように言うと同時に、一人の男が真司の腹を思いきり蹴りつけた。
しかし――
真司は、びくともしなかった。
「……!!」
侍の顔に驚きが走る。
「おりゃあっ!」
今度は体格のいい侍が、勢いよく拳を振り上げて顔面を狙う。
だが真司は、それを片手で受け止めた。
ぎし、と拳が止まる。
侍の目が見開かれる。
その場の空気が、明らかに変わった。
「なんだこいつ……」
後ろにいたボスらしき男が、不敵な笑みを浮かべながら前に出る。
「邪魔するなら――斬っちまうぞ」
ついに刀を抜いた。
鞘から滑り出た刃が、太陽の光を受けて鋭く光る。
そのまま、真司の頭上へと振り上げられた。
――茂みの中。
息を飲み、祈るように見守る独露の四人。
次の瞬間。
刀が、真司めがけて振り下ろされた。
思わず目をつむる独露。
――カァンッ!!
乾いた金属音が響いた。
はっと目を開ける。
宙を舞っていたのは、刀だった。
真司の手には、すでに木刀。
振り下ろされた一撃を正面から弾き飛ばしていた。
「なっ……!」
侍たちがざわめく。
次の瞬間、他の侍たちも一斉に刀を抜き、真司に迫った。
だが――
真司は、迫りくる刃を次々と木刀で受け流していく。
弾き、かわし、叩き落とす。
侍たちは顔色を変えた。
「やばいぞ、こいつ……逃げろ!」
誰かが叫ぶと、五人は一斉に背を向け、畑を踏み荒らしながら森の方へ猛ダッシュで逃げていった。
静けさが戻る。
真司は、ふぅ……と大きく息を吐いた。
張り詰めていた緊張が、ゆっくりほどけていく。
足元に転がっていた、侍たちが盗もうとしていた麻袋を拾い上げようと手を伸ばした――その時だった。
空気が、変わった。
ざわざわ、とした空気。
何かを感じる、そうだ恐怖だ。
怖い。
何かが、怖い。
恐怖が全身に走る。
理由は分からない。
だが、確実に何かがいる。
(何だ……?)
ゆっくりと顔を上げた瞬間、真司の視界が塞がれた。
大きな“壁”が、目の前に。
いや――違う。
壁ではない。
二人の男だった。
いつの間に現れたのか、まったく気配がなかった。
真司の目の前に、仁王立ちしている。
(……いつ来た?)
同じ背丈。
体格も、顔つきも、瓜二つだった。
目を見開き、無言で真司を睨みつけている。
その視線だけで、体が固まり動かなくなる。
恐怖の正体は、この二人だった。
「……ヤバい、阿吽だ」
茂みの中で、圭太がかすれた声で呟いた。
唯は恐怖のあまり目を閉じ、両手で顔を覆っている。
「あ……あれが、阿吽の二人……」
晴人と翔が、同時に息を呑んだ。
真司の前に立ちはだかる二人。
その目を見た瞬間、ほんの一瞬だけ――真司の足が止まった。
その刹那。
阿形の腕が、ゆっくりと振り上げられた。
丸太のように太い腕。
それを見て、思わず茂みから飛び出したのは翔だった。
「おい!」
圭太と晴人が同時に叫び、立ち上がる。
その瞬間、吽形が独露の方へ顔を向けた。
睨みつける。
ただ、それだけ。
それだけなのに、圭太と晴人の体がすくんだ。
翔も、一瞬だけ足が止まりかける。
だが、それでも走るのをやめなかった。
次の瞬間――
振り上げられた阿形の拳が、真司の脳天へと振り下ろされた。
ドスンッ!!
鈍い音が響いた。
視界が揺れる。
真司の記憶が、一瞬白く飛びかける。
「真司君!」
翔の叫びが、遠くから聞こえた。
その声で、かろうじて意識が繋ぎ止められる。
だが、激しい痛みが頭の奥を突き抜けた。
そして――
間髪入れず、吽形の拳が今度は脇腹へ向かって飛んでくる。
(うっ……さすがに無理だ)
珍しく、真司の中に諦めがよぎった。
だが。
その拳は――止まった。
ぴたりと。
阿吽の二人は、同時に遠くの空を見上げていた。
狼煙が、上がっていた。
二人はそれをしばらく見つめると、ゆっくりと集落の男たちへ目を向けた。
その視線を受けた男たちは、まるで何かを察したように、木の陰や家の壁に寄りかかり、その場に座り込んだ。
一斉に、動きを止める。
そして阿吽は、再び真司を見た。
「……去れ」
低い声だった。
短く、それだけ言った。
その時、翔が真司の元へ辿り着き、腕を強く引いた。
「行こう!」
阿吽は、もう攻撃の構えを見せていなかった。
ただ、じっと真司を見つめながら、少しずつ後ずさっていく。
真司も、翔に引かれるまま、ゆっくりと距離を取る。
何が起きたのか分からない。
だが――
さっきまでとは違う。
阿吽は、戦うつもりがない。
その異様な空気の中、真司はその場を離れていった。




