出会い
洞窟の暗がりの中。
突然、圭太がテーブルを中央に引きずり出してきた。
力こぶを見せつけるように腕を曲げる。
「真司よぉ。元ラガーマンか何か知らねぇがな――」
にやりと笑う。
「俺だってシャバじゃ、それなりに力自慢で通ってたんだぜ」
「はあ……圭太さん、中々強そうですね」
真司は軽く笑いながら答えた。
半分はお世辞だったが、圭太を不快にさせないよう気を遣った言い方だった。
二人は向かい合い、肘をテーブルに乗せる。
拳が、ゆっくりと絡む。
「レディー、ゴー!」
唯が楽しそうに号令をかけた。
――ぐっ!
圭太の腕に一気に力が入る。
こめかみに血管が浮き、じわりと汗が滲む。
しかし。
真司の腕は、微動だにしなかった。
まるで、そこに固定された柱のように動かない。
「……ん、ぬっ……!」
圭太はさらに力を込める。
歯を食いしばり、肩にまで力が入る。
それでも、真司の手首はまったく傾かない。
真司の表情は、変わらなかった。
ただ、静かに受け止めているだけだった。
「ぬぅおおおおお……!」
圭太の声が漏れる。
腕が震え始める。
それでも――一ミリも動かない。
「ぬぅわわわわ……っ!」
顔を真っ赤にして、全身で押し込む。
だが、まるで巨大な岩を押しているかのようだった。
びくりともしない。
「だめだ、だめだ!」
圭太が叫ぶ。
「全員手伝え! 晴人! 翔! 手ぇ貸せ!」
「え、マジ!?」
「は、はい……」
二人も慌てて真司の腕に手を重ねる。
三人がかり。
それでも――動かない。
洞窟の中に、荒い息遣いだけが響く。
真司は、ようやく小さく息を吐いた。
「……そろそろ、いいですか」
静かな声だった。
「遠慮なく、いきますよ」
その瞬間。
三本の腕が、小枝のように軽々と倒れた。
「うおっ……!」
圭太の手の甲がテーブルに叩きつけられる。
晴人と翔も、そのまま前のめりに崩れた。
「ハァ……ハァ……何なんだよ、お前……」
圭太は肩で息をしながら、真司の腕を見つめる。
「こんな強ぇなんて、漫画かよ……」
「な~んだ、おとっちゃん情けないなぁ~」
唯がケラケラ笑う。
「くっそ~っ……」
圭太の顔に、悔しさがにじむ。
だが次の瞬間、ぱっと顔を上げた。
「よし、じゃあ真司! ねずみと勝負しろ!」
「え、俺?」
翔が急なご指名に驚いて声を出す。
「翔はなぁ、通称“ねずみ”って呼ばれてんだ。すばしっこいんだぜ」
圭太はすでに立ち上がっている。
「この洞窟の上まで崖を駆け上がって勝負だ! 力がダメなら速さだ!」
そう言うと、とっとと洞窟の外へ一人で向かって歩き出した。
「……はあ」
晴人が苦笑いを浮かべる。
「真司君、ごめんね。うちのリーダー、弱いくせに負けず嫌いだからさ」
「また唯さんが絡むと、余計なんだよな」
翔がだるそうに肩をすくめる。
「しかも自分が負けたのに、俺に勝負させるしさ……」
「ハハハ、大丈夫です」
真司は笑った。
「体育会系なんで、こういう挨拶って嫌いじゃないです」
翔は少しだけ驚いた顔をする。
「翔さん、お互い、遠慮なしで行きましょう」
「……はっはい」
洞窟の外から、圭太の声が響いた。
「おーい! 何やってんだお前ら早く来い!」
唯が楽しそうに駆け出す。
「さ~ぁ第二ラウンドに行こう~!」
真司は、少し笑みを浮かべながら外へと足を向けた。
洞窟を出て上を見上げると5メーターほどの垂直な崖になっている。
その20メーターほど先に既にスタートラインを引いて、圭太が岩に腰を下ろしている。
「遅せーぞ、早く二人そこに並べ」
そそくさと翔がスタートラインに立つ
さっきと目つきが変わって真剣な表情だ。
その表情を見て真司も気合を入れる
「よーし、真剣勝負だ翔さん」
「うん」
「二人ともいい表情だアハハハ」
呆れた表情の晴人の横で楽しそうに唯が笑う
「準備はよさそうね。そんじゃ~行くよ~!よ~いど~ん」
掛け声と同時に最初に飛び出したのは真司だった。
さすがにラグビーで鍛えた瞬発力
しかしねずみも負けてない
「やるじゃねえか、翔」
真剣な表情で勝負を見ている圭太が低く呟く。
崖まで二十メートルの競争を制したのは真司だった。
そのまま躊躇なく岩に手をかけ、崖を登り始める。
だが、ほとんど差もなく翔も崖に取りついた。
「よし、この勝負は翔の勝ちだな」
圭太がニヤッと笑った――その瞬間だった。
「うあっ!」
叫び声と同時に、真司の足が滑る。
濡れた岩肌に靴底が取られ、体がぐらりと傾いた。
両腕だけで、必死に岩にしがみつく。
チャンスとばかりに、翔がその横をすり抜けるように駆け上がっていく。
「真司君、ルート間違えたね。へへへ」
真司が自分の足場を見た。
岩の隙間から水が染み出し、苔が張り付いている。
――しまった。
だが。
こんなことで、負けるわけにはいかない。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
雄叫びとともに、濡れた足場を力任せに蹴り上げる。
滑るなら、腕で引き上げればいい。
それまで冷めた目で見ていた晴人が思わず声を上げた。
「化け物か、あの人……」
「あははは、ウケる! 漫画じゃんね、おとっちゃん!」
「ほんと漫画みてぇなやつだぜ……」
圭太と唯も驚きの声を漏らす。
勝ちを確信していた翔の表情が変わる。
焦りを滲ませながら、一目散に頂上を目指す。
だが――
「うおおおおっ!」
背後から、真司の声がどんどん迫る。
翔の手が崖の縁に届いた、その瞬間。
真司も、同時にそこへ手をかけていた。
二人はほぼ同時に体を引き上げ、崖の上へ転がり込む。
「はぁ……っ、はぁ……っ……」
荒い息だけが響く。
しばらくして、真司が崖の下を見下ろした。
「圭太さん! どっちですか、今の!」
判定を求めて声を張る。
圭太は、ほんの一瞬だけ口を噛みし少しの間が有ってから
苦渋の表情を浮かべ悔しそうに圭太が判定を口にした。
「この勝負!引き分けだ!」
唯が拍手をすると冷めて見ていた晴人も手を叩く
圭太だけがちょっと不機嫌そうだ
「真司君、あの滑るルートで平気で登ってくるなんてすげーや。ルートが違ってたら僕負けてましたね」
「いや翔さん早かったです。ルート選ぶのも含めて勝負ですから」
そういって真司が手を差し出し握手を求めた。
翔は、少し照れくさそうに真司の手を伸ばした。
だが――
その動きが、ぴたりと止まる。
翔の表情が、一瞬で凍りついた。
目が、真司の後ろを見ている。
「……やばい」
怯えた声だった。
「真司君、後ろ……」




