クリスと誠
恋人の罪を背負い、罪人の島「奇渡ヶ島」へ流された元ラガーマン・大神真司。
彼は島内の一国「白狼」の幹部・阿吽の猛攻を耐え抜き、さらには白狼の長・銀や元薬剤師のさなえが仕掛けた残酷な「毒薬ゲーム」をも自らの命を懸けて突破する。
その過程で、独露の面々や隠密・KUROたちと確かな絆を築いた真司は、その覚悟を認めた銀の命を受け、島を蝕む薬物「アヘン」の供給源を絶つ任務に就くこととなった。
アヘンの出処は、島の中央に位置する国「イルーサリ」。
一か月に及ぶKUROの地獄の特訓を経て、潜入作戦を開始した一行は、道中で出会った運び屋コンビ、クリスと誠の協力や隠密・AOI、HAKUの支援を受け、ついに広大な「ケシ畑」を特定した。
――そして今、作戦は核心へ。
運び屋としての直感を武器に、クリスと誠はアヘン工場の特定に動き出す。
不気味な静寂を保つ工場の奥に、彼らが見る「地獄」とは……。
【主な登場人物】
大神 真司
恋人の罪を背負って島へ流された元ラガーマン。日本代表候補クラスの身体能力を持つが、争いを嫌う心優しい青年。「非暴力」の信念を胸に、無法地帯の島を変えようと足掻く。
独露の面々
元総長の圭太、天真爛漫な妻の唯、知性派の晴人、気配に敏感な翔の四人組。真司の誠実さに触れ、今では生死を共にする仲間となった。地獄の特訓を耐え抜き、潜入作戦に挑む。
KURO
島内の一国「白狼」の隠密。常に余裕の笑みを浮かべているが、その実態は一切の妥協を許さない「笑顔の鬼」。真司の素質を見抜き、戦える体に叩き上げた師でもある。
HAKU
KUROの部下である白狼の隠密。感情を表に出さず、音もなく敵を排除する「無口な死神」。KUROの指示のもと、影から一行を監視・支援する冷徹な実力者。
AOI
白狼の隠密の一人で、口の悪い勝気な女性。さなえとは犬猿の仲。隠密としての腕は超一流で、ピッキングなどの特殊技能を駆使して一行の道を切り開く。
クリス & 誠
イルーサリの事情に精通した腕利きの運び屋コンビ。真司の怪力に助けられた縁で協力者となる。気さくなクリスと冷静な誠。二人の「運び屋の知恵」が、工場特定への大きな鍵となる。
通りを行き交う馬車を、クリスと誠が真剣な目で追っていた。
何台の馬車が通り過ぎたろうか、なかなか見慣れない馬車が通らない。
徐々に日が水平線に近づいて行く。
通りには、仕事を終えて帰路に就く人などもちらほらと見え始めた。
そんな中、すらっとした中年の男と背の低い若い男が出店でパンを買っている。
「なあクリス、関係ない話だが、あのパン屋が渡した紙袋の中身、多分パンじゃねえな」
「フーン、なんでそう思ったんだ?」
「パン屋の袋の受け渡しの時、ほんのちょっとだが手が下がった。パンの重さじゃねえ」
「さすが誠さん、良く見てること」
「まあそんな事はさておき、今日はもうダメかもな」
「ああ、そうだな。いったん出直し……」
そう言いかけた時、数メートル先、細い路地に一台の馬車が入って行ったのが見えた。
「おい、誠」
「ああ」
お互い顔を見合わせると、急いでその路地へと走った。
適度な距離を保ちつつ、馬車を追っていく。
「こんな小道を走る運び屋なんて、怪しさ満点じゃねえか」
嬉しそうにクリスが話す。
「間違いなさそうだが、人通りも少なくなって来た。尾行がバレねえように慎重にいこうぜ」
「そうだな」
やがて馬車は、工場地域を抜けて居住地区へと入って行く。
さっきまでの工場の騒音が消えて、周りが静かになってくると、自分たちの足音や馬車の車輪の音がやけに大きく聞こえだす。
「……おい、急に静かになったな。」
クリスが声を潜めて話す。
通りはしんと静まり返っていて、民家の明かりが路地を照らしているだけだ。
自分たちの足音さえ、誰かに聞かれているような気がしてくる。
「ますます怪しいが、こんなところにアヘン工場なんてあるのか?」
クリスが心配になって来た様子で言う。
「まあ……どんな所に停まるかのお楽しみだな」
馬車は、さらに細い入り組んだ路地を進むと、とある民家の裏口へと入って行くと裏庭に大量の重たそうな木箱を卸し去って行く。
「ご案内ありがとぉ~」
クリスが馬車に手を振って見送る。
「しかし、こんな所に運び屋が入って行くなんて、怪しさ満点じゃねえか」
誠がそう言うと、クリスが顔を曇らせながら、さらに小声になって言う。
「おい、あそこ見てみろよ」
「ん? あっ、警備兵じゃねえか」
「こりゃ間違いなさそうだ。けど、どうやって中を確かめりゃいいんだ」
「なんとかあの警備兵二人をおびき出せないもんかな。よしクリス、また知恵を振り絞れ~」
そう言って、誠がクリスの頭を両手で掴み、再び左右に振る。
「バカバカ、そんなことしたっておまえ……」
そんな二人のやり取りを、HAKUが陰から見て呆れている。
呆れながら周囲を見渡すHAKU。
建物の横に、沢山の樽を積んだ荷車を見つけると一人頷いた。 その荷車の元へ音もなく駆け寄ると――。
ドッカ~ン、と大きな音と共に、荷車に乗った樽が崩れ落ちた。
HAKUが、樽を縛っていたロープを解いたのだ。
「何事だ! ちょっと見てくる」
そう言って、警備兵の一人が音の鳴る方へ向かった。
HAKUはそれを確認すると、素早く塀を登り建物の裏庭へ。
そして、門の前に残ったもう一人の警備兵の前を、挑発するかのように駆け抜けた。
「おい、お前! 何者だ!」
そう言って追いかけようとするも、一人なので戸惑う警備兵。
HAKUは、さらに挑発をしながら裏庭の植え込みの方へと走る。逃げられてしまうとたまらず、門の前の警備兵もHAKUを追いかけた。
それを見ていたクリスと誠。
「おいクリス、なんか門の前を人が通っていったぞ」
「おお、どういうわけかチャンスだな。行こうぜ、誠」
「よっし!」
二人は、大急ぎで門の前へ。
「やっぱ鍵がかかってんな。クリス、出番だぜ」
「おうよ、任せな」
そして手慣れた手つきで門の鍵を素早く開けるクリス。
「さすが元コソ泥」
誠が茶化す。
「うるせー、コソ泥って言うな、この~」
「なにはともあれ、お邪魔しようぜ」
ゆっくりとドアを開けて、中に人が居ないかを確かめながら二人は中に入った。
ケシの収穫前なので、中には人は居ない模様だ。
建物の一階は、薄暗くだだっ広いワンフロアになっていて、たくさんの木箱が置かれている。
クリスがその中を覗く。
「石炭だ」
「こっちの中身は、空の小瓶だぜ」
「まさにアヘン作りの準備真っ只中ってところかな」
そう言ってクリスは、置いてあったロウソクを拝借して火を付けた。
明かりをつけ辺りを見渡すと、地下への階段を見つける。
誠を呼び、下に行こうと親指を下に向けるジェスチャーをした。
階段の上まで来ると、地下から何とも言えない甘く重たい匂いが上って来ている。
顔をしかめながら階段を降りるクリスと誠。
一歩一歩降りるごとに、匂いが段々とどろりとしたものに変わっていく。とても不快な匂いだ。
そして地下までたどり着くと、大きな釜が一つ置かれていた。
「こいつでアヘンを煮てるのか、ちきしょー……」
恋人の顔を思い出し、怒りが込み上げるクリス。
「おい、クリス、これ」
誠が小瓶を投げ渡す。
中には、白い粉状のアヘンだ。
「おいおい! 奴ら、さらに純度の高いアヘンを作ってるのか」
「ああ、おそらくそうだな」
怒りに震えるクリスだが、誠がなだめる。
「とにかく、これで分かった。ここを破壊するのは、畑と同時じゃないとな。今日の所は戻って、あいつらに報告と行こうぜ」
クリスは俯き、肩を震わせている。
その肩にそっと手を回す誠。
「絶対に許さねえ」
「ああ」
【機密情報:奇渡ヶ島・裏ファイル】
クリス:
「……アヘンの匂いってのは、一度嗅いだら忘れられねえ。地下のあの釜を見た時、正直、頭の中が真っ白になっちまった。恋人をあんな目に遭わせた元凶が、目の前にあるんだからな……」
誠:
「ああ、あの時のクリスの顔、初めて見る怖さだったぜ。……でも、よく堪えたな、相棒。あそこで警備兵が勝手に居なくなったのは運が良かったが、おかげで命拾いしたぜ」
KURO:(どこからともなく、いつもの笑顔で現れて)
「おやおや、お二人ともご苦労様でした。……おや、誠さん。『運が良かった』ですって? フフフ、世の中には不思議なこともあるものですね(※HAKU、ナイスサポートですよ)」
誠:
「ん? 何だよその含みのある笑いは。……そういえばKUROさん、さっきクリスのこと、変な名前で呼ぼうとしなかったか?」
KURO:
「おや、聞き逃しませんでしたか。
実はクリスさん、本名を**『丈二・クリストファー』**と仰るのですよ。
彼はハーフでしてね。その生い立ちゆえに、この島でも人一倍苦労を重ねてきた……。本人は隠しているつもりもないようですが、普段のおちゃらけた態度は、彼なりの処世術なのでしょうね。フフフ」
クリス:
「おい! 仰々しく紹介してんじゃねえよ、この鬼隠密! ……ったく、その名前で呼ばれるのはシャバにいた時以来なんだよ。今は『クリス』で通してんだからよ」
KURO:
「失礼。ですが、読者の皆様も彼の『本気』の理由を知りたがっていると思いまして。
さて……工場は特定しましたが、問題は『同時破壊』です。
作戦決行の日は近い。
ですが、作者さんのデスクにある**『真司へのさらなる試練』**というメモが、私にはどうしても気にかかるのです。
次回、潜入作戦は最終段階へ。
そこで真司さんを待ち受けるのは、かつてのライバルか、それとも――。
皆様、運命の歯車が回りだす音を、どうぞお聞き逃しなく」




